青い、空の下で。〜中学生編〜

第39話  第40話  第41話  第42話


第39話 あたしたちの進路


――嫌だよ、円香もやちるも違う高校を受けるなんて。

学校が離れるだけじゃない、住む場所も離れるなんて。今までみたいに、毎日会えなくなるなんて。

ずっと一緒にいたのに――。


あの後学校で何して過ごしたのか、よく覚えていない。気が付いたら家に帰ってきてた。

ずっと円香ややちるの事を考えていた。そして、自分の進路調査用紙はしっかり出していた。

誰とも話をしたくなくて、休み時間は机に突っ伏して寝たふりしていた。

円香達が話をしたそうな雰囲気をかもしていた気がするけど……。

二人とも、いつから考えていたんだろう。春から? 去年から?

そういえば図書室でやちると会ったとき、やちる、進路のコーナーにいたっけ……。少なくともあの頃には考えていたってこと?

「なんでだろう……。」

なんで遠くの高校に行きたいんだろう。なんで話してくれなかったんだろう。

……じゃあ、もしもっと前に二人が相談してきていたら、あたしはどう答えたのかな。

頭の中でシミュレーションしようとしたら、玄関のチャイムが鳴った。


「やちる……。」

ドアを開けたら制服を着たまま、かばんも持ったままのやちるがそこに立っていた。

「美月……あのね、進路のことなんだけど〜……。」

「…うん。入りなよ、かばん重いでしょ。」

学校にいた時のような怒りはいつの間にか消えていて、素直にそう言えた。

やちるを部屋に通していつも飲んでるミルクティーを用意していたら、またチャイムが鳴った。

「はーい。」

まさか円香も? と思っていたら本当に円香だった。やっぱりかばんを持ったまま。

「お帰り、円香。今やちるも来たんだよ。ミルクティー用意するから部屋で待ってて。」

学校で聞く耳持たなかったあたしに話をするため、二人とも来てくれた。

そのことが、あたしを嫌でも落ち着かせる。子供だったことを思い知る。


「美月…進路の話をしていなかったのは悪かったわ。」

「ごめんね〜、あたしは自分の進路のこと円香や美月に相談したら、今までみたいに頼っちゃって自分で決められなくなりそうで……。」

「あたしも、ちゃんと話聞かなくてごめんね。どうして遠くの学校に行きたいのか、教えてほしい。」


そして、一時間くらい三人で話をした。

円香は進学校で集中して色々なことを勉強したいから。

やちるは服飾の仕事に興味があって、高校からそういう勉強が出来る被服科の存在を知ったから。

きちんと自分の進路を考えていた二人は、なんて大人なんだろう。あたしはなんて子供なんだろう。

話をした後でも、あたしたち三人の気持ちは変わらなかった。あたしは県立宮野高校、円香は榮蘭学院、やちるは守野女子高校。

離れることを怖がらないで、今はお互い受験勉強をがんばろう。そう、決めた。


第40話 最後の夏


冬から春へはゆっくりと変わるけど、春から夏へはあっという間。

「おはよー。」

「おはよ、美月〜。」

「あれっ。やちる朝練……ってああそっか、引退したんだっけ。」

「そうだよ〜。」

期末テストも終わって、夏休み直前の3年1組。

去年までは部活に燃えたり夏休みの計画を立てたり、みんなそれぞれ開放感に溢れていた時期。

「なんの本読んで…小論文対策?」

やちるに聞くと、本を立てて表紙を見せてくれた。

「図書室行って借りて来たの〜。」

「やちるちゃん、ラッキーだったよ。毎年その本夏休み明けくらいからすっごい競争率高くなるし。」

図書委員のせっちゃんが言った。

「そういうの聞くと、受験って大変なんだ〜って思うよねぇ。」

「うんうん。」

何しろ、本なんて読書感想文のためぐらいしか読まないやちるが真剣に読んでいるくらいだもん。

そして、真剣にならないといけないのはあたしも一緒だし、もちろん他のみんなも。


「今日の放課後は、私学を受ける人対象の説明会があります。私学受ける人は忘れず残っておいてねー。」

「うわ、早く帰りたいのに。」

「え、裕は宮野高校でしょ? 関係なくない?」

斜め後ろで裕がぼやいた。班は違うけど席近いんだよね。

「それがさー、面談で“公立専願はちょっと危ないかも、念のため滑り止めも”って言われて。」

「そうなの?」

「だから一応、石和学院も受けることにしたんだ。な、ハル。」

「おう。」

あたしの斜め前、裕の二つ前の席が小高の席。小高もなんだ…。

「石和学院って確か結構ガラ悪いっていうか……怖そうな人多いよね。」

「公立よりレベル下の私学がこの辺じゃそこしか無いんだと。石和とか冗談じゃねえ、絶対宮野高校受かる!」

ゲームや部活や漫画の話ばっかしてた裕と小高も受験モード。

あたしも気合いを入れないと。今は安全圏でも他のみんなが賢くなったら危ないもんね。

「よしハル、それは一先ず置いといて。昼休みにドッジしようぜ!」

「いいな、男子みんなで行くか!」

「ちょ、言ってることとやってること違くない?」

「いいんだよ、学校では遊んで家で勉強! 中学時代の昼休みが後何回あると思ってる、大事にしねーと。」

「そういうもん?」

遊びたいだけのようにも聞こえるけど、“後何回”の言葉が耳に残った。

「美月もやるか?」

「やだよ、あんた絶対あたし狙うもん。」

「美月、今日の給食揚げパンやって!」

「本当!? やった!」

受験が終わったら、その頃にはあたしの日常が今とは違っている。

給食とか、セーラー服とか、英語部とか……当たり前になっていたものとの関わりがなくなる。

同じクラスになってどんどん仲良くなっていけているみんなも、県立宮野高校を受けるのは半分もいない。

裕の言葉で、ふとそれを実感した。

「……まあ、だからってしんみりするのは早いよね。」

「ん? なんか言った?」

「ううん、何にも。」

残りの中学生活はそんなに長くない。だから、勉強と同じくらい大事にするんだ。

今日は7月15日。卒業式まであと8ヶ月――


第41話 体育大会


勉強65%、遊び35%。去年までより勉強の割合が増えた。

中学最後の夏休みはそんな感じで終わって、気が付けば二学期――。

「二学期のメインイベントと言えば体育大会! 勉強のストレスはスポーツで吹っ飛ばすぞ!」

「裕、新学期早々暑苦しい!」

「サンキュー!」

「褒めてねえ!」

一学期に引き続き体育委員の裕が、黒板の前でクラスを盛り上げる。

だけど、周りのみんなとは対照的にあたしのテンションは今ひとつ上がらない。

一年生のときは練習したのにお腹が痛くなって選手交代、去年はじゃんけん負けて大嫌いなハードル走。

体育大会って、ロクな思い出がないんだよね……。

「…月、美月ー! 何出るん、早う決めな、何も言うてへんのん美月だけやで。」

「へっ?」

やばい。ぼーっと考え事している間に、種目決めが始まってたらしい……って。

「何これ!?」

黒板に残された未決定の種目を見て、思わず叫んだ。

「早く来ないから悪いんでしよ。」

男女混合100メートルリレー、女子200メートルリレー、50メートルハードル走……。

「みんな勝ちたくないの!?」

「えー? でも美月ちゃん、50メートル走のタイムそこまで遅くないよ? クラスの平均とそんな変わんないし。」

女子体育委員の西ちゃんが、体力テストの結果表を見ながら教えてくれた。

「……でも。」

「あっじゃあさ、自信無いなら混合にしたら? 他のメンバーがみんな速いからカバー出来るし。」

「あ、それいいじゃん。一緒に出よー。」

「かずさん…。」

黒板をよく見たら、確かに後の二人はバスケ部のかずさんと陸上部の千佐ちゃんだから、心強いかも。

「じゃあ……出てみようかな。頑張ってみる。」


「西田、混合リレーの女子誰?」

休み時間、二つ前の席に座っている西ちゃんに裕が聞いているのが見えた。

「千佐子とかずさんと美月ちゃんだよ。」

「えっ、美月!? お前100メートルも全力疾走出来んの!?」

裕の奴、心底びっくりしてこっちに向かって叫んだ。

「出来るよ、失礼な!」

「死ぬ気で走れよ、リレーは得点高いんだからな!」

「分かってるー。」

裕にはテキトーに返事をしたけど、やっぱり不安になってきた。

うちのクラスはみんな仲良くて、普段から賑やかなのは楽しくて居心地いい。

だけど今の「みんなで力を合わせて優勝するぞー! オー!」…みたいな雰囲気は、なんか運動音痴でごめん、って思っちゃう。

「大丈夫だよ、みんなで走るんだからさ。」

「桜井、男子は誰なのよ?」

今は西ちゃんと同じ班のかずさんも話に加わる。

「俺、ハル、松山。」

「あ、見事速い人ばっかり。美月ちゃん、不安がらなくても大丈夫じゃない?」

「そっかな…。」

「決まっちまったモンはしょうがねえから、カバーしてやる。そのかわり美月、お前ほんっとに死ぬ気で走れよ!」

「う、うん!」

「裕の気合い、ハンパねーな。」

話が聞こえたのか、席の遠い小高と松山もこっちに来た。

「気楽に頑張ろーぜ、青山。」

「気楽にって……余裕だなぁ、小高は。」

「大丈夫だって。青山が遅かろうがこけようが、俺マッハで取り戻すから安心しろ!」

「ハル、大きく出たなー!」

「調子いー!」

「えー、ここは“ハル凄ーい! 頼りになるー!”って褒めたたえる場面だろ! なあ、青山。」

「あはは。」

――みんなと一緒に笑ってごまかしたけど、ほんとは嬉しかった。照れくさくていえっこないけど。


第42話 不思議な気持ち


9月23日金曜日祝日、天気は晴れ。中学最後の体育大会の日がやってきた。


「いいか、3年1組一同! 目指すは学年優勝だぞ!!」

「おおーっ!!」

朝からテンションの高い、体育委員の裕率いるうちのクラス。

リレー出るって決めたものの……あたしのせいでビリになっちゃったらと思うと、緊張でお腹痛いよ。

「美月、大丈夫〜?」

「大丈夫じゃないよ、みんなに迷惑かけたらどうしよー! やちる助けて!」

――なんて助けを求めても、どうにもならないことくらい分かってる。

けど、不安な気持ちを全部自分の中に溜めてたら余計不安になっちゃうから、せめて愚痴って紛らわす。


教室の椅子を持って、グラウンドに出る。空は快晴。

グラウンドには白線で引かれたコースと応援席、放送席や救護所のテント、入退場門。

目の端に、円香達吹奏楽部が開会式の最終確認をしている姿が見えた。

「青山、生きてるかー?」

「わあっ!」

後ろからいきなり声をかけてきたのは小高。

「死んでないよ、失礼な。」

「わりー! 冗談、冗談。」

絶対悪いと思ってなさそうな謝り方だけど、“友達ならでは”のノリに心が少し軽くなる。だって、去年の今頃ならこんなやり取りは有り得なかった。

「そんな心配すんなよ。気楽に頑張ろうぜ!」

「うん!」

さっきまでの憂鬱な気分はどこ行ったの? って自分でも思うくらい、はっきりそう返事した。


プログラムは順調に進んで、あっという間に午前最後の競技――混合リレー。

「今の順位、3位だ!」

裕が、入場門横に貼られた得点表を見て声を上げる。さっきまで8組と同率2位だったけど、スゥエーデンリレーで負けた分、離されたっぽい。

「1位5組、10点差。2位8組、3点差。まだまだ抜けるぞ!」

人間って不思議。周りがみんな盛り上がっているからか、いつの間にかあたしも優勝目指して頑張ろうって思ってる。

迷惑かけたら嫌とか速く走れる訳がないとか、そんなマイナス思考は霞んでる。

みんなが、一緒に頑張ろうって言ってくれるからかな。言葉一つで、人のやる気はプラスにもマイナスにもなるのかな。

あたしは第3走者。裕に貰ったバトンを小高へ渡す。

ピストルの音が空へ向かって鳴り、第1走者の千佐ちゃん達が一斉に走り出した。

「千佐子ーっ!」

「千佐ちゃん、行けーっ!!」

待機場所からかずさんと二人、必死で声を張り上げる。

100メートルリレーだから、男子3人はトラックのちょうど向こう側。

「千佐子、2位だよ! 1位は5組!」

裕にバトンが渡ると、もう次はあたし。他のクラスの第3走者とバトン受け取りラインに立つ。

もう何も考えらんない。今はただ、貰ったバトンを渡すだけ。

「美月ー!」

裕の声を合図にリードをとる。視界の端に、5組の子が見えた。

手の平に感じた確かな手応えを確実に掴み、前を走る人を目掛けてスピードを上げる。

必死で走っても、それでも差は開くし後ろから別の気配も確かに感じる。抜かさないで。抜かさないで。せめてこの順位を保ちたい。

夢中でバトンを小高に渡す。一瞬見えたその顔は穏やかで、“心配すんな”って、言われた気がした。


「っしゃー!! 混合リレー1位!」

小高は速かった。あたしがつけてしまった差を、あっという間に取り戻した。

かずさんも速かった。小高の勢いを引き継いで、5組を抜かして差をつけた。

そのままアンカーの松山にバトンが渡って1位でゴール。学年順位は2位に浮上した。

「みんな、凄かったー。あんま役にたたなくてごめんね。」

「何言ってんだ、青山頑張ったじゃん。」

みんなと比べるとやっぱり遅くて、足を引っ張った気がする。そんなあたしの言葉に、小高は即座にそう返してきた。

「そうそう、順位キープしててくれたし。」

「うんうん。」

みんなの言葉に、心がじんと温かくなる。

嬉しい。ここにいて良かった。リレーのメンバーで良かった。3年1組で良かった。


ちなみにうちのクラスは、最終的には逆転して見事! 学年優勝を飾った。


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