第43話 第44話
笑ってる顔を見ると心臓がきゅっとなったり、話をするとき変に身構えちゃったり。
「おはよう」とか「バイバイ」とかただの挨拶が、小高からのだけはすごく嬉しかったり。
あ、あとこの間風邪か何かで小高が学校休んだ時、なんでか一日がいつもよりつまらなかった。
「……こ、恋?」
11月の日曜日、やちるが遊びに来たから思い切って言ってみたら。やちるは楽しそうに頷きながらあたしの話を聞いて、そして言った。
「そう、恋だよ〜! 美月ってば、ハルくんの事好きになっちゃったんだ〜。」
「ま、待ってよやちる。恋って、あの“恋”!?」
「もー、他に何があるの〜?」
「だって……。」
そんな単語、自分自身に関係するの初めてだし。やちるや円香の恋バナ聞いたりとか、恋愛マンガのエピソードに憧れたことはあったけど。
そんなあたしに対するやちるの言葉はある意味爆弾発言って奴で、頭が混乱してる。
そんな状況で「そっか、これが恋か!」なんてすぐに納得出来るわけがない。小高のことす、好き――かどうかも実感湧かない、わからない。
「……“好きになる”って、なんかそういうイベントとかが起こってなるものなんじゃないの? ほら、ピンチを助けてもらうとか曲がり角でぶつかるとか。」
「美月ぃ、マンガじゃないんだから〜。あたしだってそんな劇的なことはなかったけど、いつの間にか好きになってたよ〜。」
……悪あがきは、経験談の前では無力だった。
「も〜、素直になりなって!」
気が付いたら8時過ぎてて、猛スピードで着替えてごはん食べて後片付けは舞兄に任せてダッシュでギリギリセーフ。
「おはよう!」
「美月、遅〜い。」
――やちるが変なこと言うから! って文句を言いそうになったけど、やめておいた。
「おはよう、珍しいわね。」
「へへ…寝坊しちゃった。昨日夜更かししてさ。」
夜更かしの理由を知らない円香にそう言ってごまかしたら、“知っている”やちるが隣でニヤニヤ。うう、恥ずかしい。
「げっ!! 英語のプリント白紙だ!!」
「何やってんだよハル、それ今日の二時間目提出の宿題じゃん。」
教室の窓側真ん中らへんにいる男子集団の声に、心臓がぴょんと跳ねる。
英語のプリントって……確か裏表印刷の問題集コピーが5枚くらいあったはず。
「おい、誰か写させろ! クオリティー問わねぇから!」
「それ宿題やってねえ奴の態度かよっ!」
「しかもクオリティー気にしないと、あんまり出来悪いと最提出じゃなかったか? よって、俺のはパスな。」
「おい受験生。」
「あーもう!」
小高が男子達の輪から出た。そのままこっちへ歩いてくる――って、え?
「青山、英語部だよな? 悪い、宿題見せて!」
「いっ…いいよ!」
ほとんど反射でそう答えて、安心したのか笑顔になった小高にプリントを渡した。
「サンキュー、二時間目までには返すから!」
――いや、たまたまだよ。ていうかあたし一応“友達”だし、仲良いし。
なんかすごく焦っちゃったけど、変に思われてないかな?
――大丈夫だよ今必死にプリント写してるもん、無駄な心配だよ。
そもそも、普通の会話でなんで焦ったの?
――きっと、いきなりこっちへ来たからびっくりしたんだよ。
なんだか小高のことばかり考えてるけど。
――やちるに言われたからだよ、多分。
……好きなの? ねえ、これって恋なの?
――……わかんない。
二学期は今日で終わり。入試まで後2ヶ月半、担任の先生の言葉に改めて気合いを入れる。
期末テスト直後にあった県内一斉模試では宮野高校合格率は90%だったけど、油断は出来ないし。
三人での帰り道、円香がそう提案した。
「初日の出?」
「どこに〜? 兜山?」
「違う違う、うちのマンションの屋上。ほら、東側にある社宅が取り壊されたじゃない。この間妹の麻雪と行ってみたら、結構眺めが良かったのよ。」
「へえ、いいね。行こうよ!」
「あたしも行く〜!」
円香もやちるも、あたしより1ヶ月早く入試の日を迎える。
合格したら、卒業式が終わって一週間もしないうちにそれぞれ寮と親戚の家に行くって言っていた。
まだ実感は湧かないけど、でもその日はほぼ確実に来る。
寂しいけど、だからこそ無条件で一緒にいられる“今”を、大切にしないと――。
って、遠くない。夢から覚めて、慌ててアラームを止める。1月1日朝6時。
家族を起こさないようにそーっと着替えて外に出る。三人で初日の出を見ることは昨日のうちに言ってあるから問題なし。
「ひゃっ。」
玄関のドアを開けた瞬間、冷たい風。首元のマフラーを口元まで上げた。
水筒にあったかい紅茶でも入れてこようかな……とか考えてると。
「美月、おはよう。寒いわね。」
円香が家から出て来た。ニット帽にマフラー、ダウンジャケット……完璧な防寒。
「おはよー。今紅茶か何か持ってこようかと思ってたんだけど、飲む?」
「あ、欲しい。待ってるわね。」
なるべく急いで、かつ静かにお湯を沸かして、小さめの水筒を台所上の収納スペースから出す。
次は引き出しからティーバックを出して、一つ水筒に入れた。
沸いたお湯を注いで、ティーバックの紐をつまんで揺する。急ぎだからこんなもんでよし。
水筒を持って再び外に出ると、やっぱり上から下までもこもこ着込んだやちるも出て来ていた。
「美月、おはよ〜。お茶ありがとう〜。」
「おはよう。ごめんね、お待たせ。」
「ありがとう。じゃあ行きましょ。」
エレベーターは最上階の5階までしか行かないから、そこから非常階段へ向かう。まだ空は暗いけど、東の方は何となく明るい。
夜から朝。昨日から今日。去年から今年。中学生から高校生。
色々なことが常に変わっていくのに、あたし達はギリギリまでそれに気付かない。
だから時々心の準備が出来なくて、「変わるなんて無理! ありえない!」「ずっと今のままでいいじゃん。」なんて思っちゃう。
でも、本当は変わっていくもの、変わらないといけないものがいっぱいある。ずっと中学生のままでいられないように。
「あ、太陽……。」
やちるがそう呟いたのを最後に、しばらく三人共無言で日の出を見つめた。
「……綺麗だね。」
「本当ね。」
「あけましておめでとう〜。」
「おめでとう。」
「今年もよろしくね、二人とも。」
また無言。初日の出を見ながら、心の中で願い事を唱える。
三人共、受験に合格しますように。そして…学校や住む場所が変わっても、大事な親友であることは変わりませんように――。
最近――正確には、体育大会の辺りから。クラスメイトで割と仲の良い小高を見ると、不思議な気分になる。
「それはねぇ、恋!」
昨日やちるとあんな話をしたからか、よく眠れなくて朝寝坊した。
英語部にはひーちゃんもいるし他にも頭いい人はいるのに、なんであたしに?
「じゃあ、これで今年はおしまい。みんな、クリスマスやお正月で気を抜かないように!」
「ねえ二人とも、お正月に初日の出を見に行かない?」
――遠くで音が鳴る。ああ、これは聞き慣れたあたしの目覚まし時計の音……
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