青い、空の下で。〜中学生編〜

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第13話 苦手

「ぜえっ、ぜえっ。」

「美月、大丈夫?お疲れさまー。」

「あ、あかね……。」

2学期になって、9月の終わりにある体育大会の練習が始まった。

……あたし、走ったり飛んだり投げたり、とにかく運動全部が大の苦手なんだ。

「はあ、まだ暑いのに全力疾走なんてしんどいよぉ……。」

「本当だねー……あたしは慣れてるからまだ何とかなるけど、美月は体育苦手だしね。」

「関さん、青山さん。」

あかねと喋ってたら、体育委員の木野さんが話し掛けてきた。

「そろそろ誰がどの種目に出るのか決めるから、集まってもらえるかな。」

「はーい。」


「いいか、みんな!絶対勝つぞ!他のクラスをこてんぱんにしてやる!」

「西川君、張り切ってるね。」

「西川は小学校のときからそうだよ。行事とかすっごい熱くなって、みんなを引っ張ってくれるんだ。」

男子の体育委員は同じ上小出身の西川。

小学校の運動会は紅白対抗だったけど、中学校ではクラス対抗だから、こうなるだろうなって思ってた。

「運動部員もしくは足の速さに絶対の自信があるやつは、スウェーデンリレーとか200メートル男女混合リレーとか、とにかく距離の長いやつ!」

「あかね、どうするの?」

「とりあえずリレーだったら何でもいいかな、100メートルでも200メートルでも。」

さすが陸上部、余裕だなあ。あたしはどうしよう?

「80メートル走希望の人は、じゃんけんするからあたしのところまで来てくださーい!」

木野さんが叫んだ。

80メートル走……種目の中で一番距離が短いな。リレーじゃなくて個人競技だし、これならいけそう。


「最初はグー、じゃんけんポン!」

「じゃあ、女子の80メートル走は坂口さんと純ちゃんね。」

………じゃんけん、負けちゃった……。

「ねえ、木野さん。あと余ってる種目って……。」

木野さんに聞くと。

「んーと……200メートルリレーだね、女子の。」

「え…ええ!?」


「おーす、美月!」

聞き覚えのある声に振り向いたら、案の定、ケンカ友だちの裕がそこにいた。

「裕……。」

「…って、元気ないじゃん。また何かあったのか?」

「いや、そんなんじゃないよ。ただちょっと、体育大会でリレーに出る事になっちゃって。」

「え、美月が!?まさか200メートルじゃないよな?」

「……そのまさかなんだ。」

あたしがそういうと、裕はいきなり

「よっしゃああ!」

って、叫んだ。

「へ!?」

「美月がリレーの選手なら、8組の勝利は絶望的!よーっし!勝つのは俺だぜ、横山!!」

横山って、確かうちのクラスの卓球部員、だよね。

裕と仲悪かったっけ?

「んじゃ、そういう事で!まあ、ほどほどに頑張れ!」

「……って、ちょっと!」

………段々腹たってきた。

元気付けてくれるかと思ってたのに、ひどくない?


第14話 特訓!

「むかつくっ!」

我が家は只今、兄妹4人で夕食中。

あたしとすー兄の体育大会の話になったから、リレーに出ることになったのを話した。

……裕に“絶望的”って言われたことも、ついでに。

ああ、また腹立ってきた。

「美月〜、落ち着け落ち着け。真実だぞ、裕の言ったこと。」

「ちょっと、舞人兄!」

さらに追い討ちをかける舞兄を、すー兄が諌めてくれる。

「美月も、そう怒ってたら夕飯不味くなるだろ。ほら、せっかく上手いことできたんだから、麻婆豆腐。」

久しぶりにすー兄と一緒に作った麻婆豆腐を口にする。

うう。腹立ちはおさまらないけど、おいしい。

「あーあ。体育大会の日、台風来ないかなぁ……。」

そしたら走らなくて済むのに……。


「おい、美月。」

晩御飯が終わって食器を洗っていると、お風呂から上がった秋兄が声をかけてきた。

「なに?」

「俺、明日からしばらく朝練がないんだ。」

「あ、そうなんだ。じゃあお寝坊できるね。」

「おう。だから、明日から朝は俺と美月で走り込みだ。」

………はい?

「秋兄、走り込みって……?」

「体育大会に向けての特訓だ!毎日走っていれば体力もつくし、自信もつく!んじゃ、そういうことで。寝坊するなよ!」

って言い残して、秋兄は自分たちの部屋へ引っ込んだ。

………って、ちょっと待ってよ秋兄!

勝手に決めて、私の意思は無視なの?


早速次の日の朝から、特訓は始まってしまった。

「よーし、じゃあ今日はとりあえずマンションの周りをぐるっと一周だな。」

「はーい……。」

秋兄、朝から元気だな…さすが体育会系。

「よし、行くぞ!ついて来い!」

……って、ええっ、秋兄、速いよ!


「疲れた………。」

「ねえ、ひなちゃん。美月ちゃんどうしたの?」

特訓開始から5日。体育の授業や学校行事以外でほとんど運動したことのなかったあたしは、英語部の部活中もずっと疲れを引きずってる。

「実は……っていうわけなんです。」

あたしが机に突っ伏している間に、ひーちゃんが先輩たちに説明してくれたみたい。

「へえ、いいお兄さんじゃん。」

え?

「自分の時間を削って、そうやって毎朝付き合ってくれてるわけでしょ?いいなあ、私は一人っ子だからさ、そういうの羨ましい。」

香弥先輩が笑いながら話す。


「あ、あれ?」

「どうした、美月?」

7日目の今日、いつもみたいにマンションの周りを走ったけど…昨日までと比べて、あまり自分が疲れていないような…気が…?

「あのね、昨日までと比べてあんまり疲れなかったなって思って。」

秋兄に言うと、秋兄は笑って、

「おっし、効果出てきたな!」

って言った。

「効果…特訓の……。」

そうか。

苦手でも、頑張って特訓すれば、ほんの少しでも効果が期待できるんだね。

夏休みにやちると頑張って、円香に頼らずに宿題を終わらせることが出来たときのように、

頑張ったら、それはきっと自分にとってプラスになってくれる。

「よし、明日からは走る量を増やしてみるぞ!」

「うん!」

体育大会まで、あと10日――。


第15話 体育大会当日

「わ、いい天気!」

今日は体育大会本番、文句なしの晴れ。

「やちる、早くー!」

ブラバンは入場行進で入場曲を演奏するから、円香は先に学校へ行った。

「ごめんごめん美月、お待たせぇ〜。」

だから今日は、やちると2人で学校に行くんだ。

「美月、いよいよ今日だねぇ。秋羅お兄ちゃんと毎朝頑張ってたもん、バッチリだよねぇ?」

やちるが聞いてきた。

「うーん……。何とかなる、かな?」

バッチリ…って言えるほどではないけど、特訓を頑張ったのは本当だし、今日は精一杯走ろう。


「じゃあねぇ、美月〜。」

「うん!お互い頑張ろうね!」

学校に着くと、運動場には既にかなりの人数が集まっている。

教室にイスを取りに行かないといけないから、やちると分かれて8組に向かう。

「おはよう、青山さん。今日頑張ってね。」

教室に行く途中で会った木野さんに、そう言われた。

「うん。」

「そうだぞ、青山さん!」

近くにいた横山が、急に話しかけてきた。

「俺さ、クラブの奴らと賭けしてるんだ。優勝したクラスの部員が、そのほかの部員にアイスおごってもらえるんだ。」

「はあ……。」

「メンバー的に勝てる可能性があるのは、うちのクラスか6組って言われててさ。」

6組……やちるや裕のクラスだ。

それで裕、あんなに必死だったんだ。


「いっけー行け行け行け行け8組!」

「いっけー行け行け行け行け8組!」

ついに始まっちゃったよ、体育大会。

リレーは午後の競技なのに、今から緊張……。

あ、でもその前に1年女子のダンスがあるんだった。


「美月、お昼食べよう。」

「うん。」

お昼休みに、あかねと教室に戻ってお弁当を広げる。

「いよいよだね、リレー。」

「うん……。」

「…どうかしたの?美月。元気ないよ?」

あかねが聞いてくる。

「…実は、さっきからおなか痛くて……。」

「え!?」

ダンスが終わって少ししたあたりから、時々キリキリってなる。

夕べ変なものは食べてないはずなんだけどなぁ……。

「ご飯は食べれそうなの?」

「………ううん……。」

大好きな卵焼きなのに、何か食べる気がおきない。初めてだよ、こんなの。

「少し、休んだ方がいいよ。リレーまでまだ1時間くらいあるし。」

「うん……。」


「痛い………。」

午後の競技が始まったけど、おなかの調子はよくなるどころか、ますます痛くなってきた。

「大丈夫?青山さん……。」

「ねえ、リレーやめた方がいいんじゃない?そんな状態じゃ走れないよ。」

え………。

「うーん、そうだね……。誰か代理を…。」

「ま、待って!」

今日までいっぱい練習したのに……あき兄と頑張ったのに……。

「わ、私、出れる……。」

「美月……。」

ここでリレーに出ることをやめたら、練習が無駄になっちゃう……。

「あ、あ痛たたた……。」

「ほら、休んどきなよ!大丈夫、責任持って代理探すよ?」

「しょうがないよ、青山さん。ね?」

あたしが走るはずだったリレーは、クラスの女子が代わってくれた……。


第16話 体育大会後日談

「えー、というわけで。我が1年8組は、昨日の体育大会において、見事学年準優勝を果たしました!」

委員長と男子体育委員の仲良しコンビが教室の前でそういうと、みんなから歓声と拍手が起こった。

そう。

うちのクラスは、1年生の中で2位。

ちなみに6組は、3位だった。

「あ、えーと。残念ながら体調の問題で不完全燃焼だった人もいるけど…。」

委員長の安藤が、あたしの方をチラッとみて、言いにくそうに言った。

あーあ……。

あんなに頑張って練習したのに、何であそこでおなかが痛くなっちゃうんだろう。

緊張かな、やっぱり。

結構あがり症なんだよね、実は。

「ていうかさ、むしろ不完全燃焼の人がいたから勝てたんだよね、きっと。」

井上さんたちのヒソヒソ話。時々笑い声も混ざってる。

(何で……!)

落ち込むよりも先に、腹が立った。

あたしだって頑張ったのに、そんな風に人の心を傷つけるようなことを平気で言う彼女たちにもだけど、

それよりも、頑張ったのにその成果を発揮できなかった自分自身に対して。


「おい、美月!」

学校からの帰り道、珍しく裕に会った。

バイバイ、って言って通り過ぎようとしたら、呼び止められた。

「何?」

「美月、どうしてリレー出なかったんだよ!」

「え?」

なんでだか、裕が怒っているように見える。

「おかげでうちのクラス、8組に負けたじゃんか!お前がサボったからだぞ!」

サボったんじゃない……。

「あーあ、まったく……」

「うるさいっっ!」

サボったんじゃない!

「おなかが痛くなっただけだったんだよ!あたし、リレーでみんなの足引っぱらないように…あんたをギャフンって言わせるために…練習して…毎朝…なのに……。」

なのに、本番で走れなかった……。

「あたし……何やっていたんだろう。2週間と少し……。」

意味ないよ。いくら頑張ったって、本番でその成果を出せなかったら、意味がないじゃん…。

「……ごめん、美月。」

あっけにとられていた裕が、口を開いた。

「俺、ムカついてたんだ。横山たち、8組のやつらにしこたまバカにされて。美月にあたるなんて、どうかしてたよ……。」

「いいよ、分かってくれたから。それに、あたしもさっき裕にあたっちゃったしね。」

自分のふがいなさに、あたしもムカついてた。

人にあたるなんて、あたしたち子供だね、お互い。

「途中まで一緒に帰ろうよ、裕。」

「おう。」

人にあたるのはいいことじゃないけど、少しスッキリしちゃった。

「風が冷たくなってきたねー。」

季節は、夏から秋へ。

血がのぼっていたあたしの頭も、冷えてきた――。


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