「え、本当!?やったー!」
まずお父さんとお母さんの部屋を片付けて、お布団干して……。
ああ、でも来る直前でいいかなぁ。
「美月ー、まだぁ〜?」
「あ、ごめーん!」
そうだった、危ない危ない。
やちると一緒に円香の演奏会行くところだったっけ。
午後から雨かもって天気予報で言ってたから先に洗濯取り込んでて、その途中で電話がかかって来たんだ。
「ごめんね、お待たせ!」
「も〜っ。急がないとバス来ちゃうよ〜。」
「うん!」
無事にバスに乗れてほっとしたところで、やちるに電話のことを話した。
「え〜、本当!?」
「うん、夏休みにうちのお姉ちゃん、帰って来るって!」
沖縄にお嫁に行った、12歳上のお姉ちゃん。
来月の始めに旦那さんが出張で一週間関東に来るから、お姉ちゃんも一緒に来るんだって。
もちろん、赤ちゃんも一緒!
「うわぁ、楽しみだね〜。葉月お姉ちゃんに会うの、6年生のお正月以来?」
「うん、すっごい久しぶり。」
「赤ちゃんも来るよねっ。どんなだろ〜、抱っこさせてもらえるかなぁ。」
「多分いけると思うよ。」
お姉ちゃんは怒ると恐いけど普段は優しくて、とっても頼りになる人。
うちはお父さんもお母さんも仕事が忙しいから、お姉ちゃんがお母さんみたいだった。
中学や高校や短大に行きながらお母さん役をするのって、きっとすごい大変だったはず。
でも、あたしの知ってるお姉ちゃんは大変さを全然顔に出してなかった。
だからお姉ちゃんが家を出るって聞いたときはすごく寂しかったけど、あたしもお姉ちゃんみたいに頑張ろうって決心したんだ。
「ただいまー。」
「おう、お帰り。」
家に帰ったら、一番上のまい兄がいた。
「まい兄、今日早いね。」
「ん、ああ。先生の都合で午後の授業が無かったんだ。」
二十歳のまい兄は、今年の春から東京の専門学校に通ってる。
そこは土曜日も授業があって大変そう。
「腹減ったから、晩飯作って。」
……でも、大変だからって家事を全くしなくていいってワケはないと思うよ、まい兄。
家事を手伝ってくれるのは一番下のすー兄だけ。
まい兄達はお姉ちゃんが怒ったら何かしてくれたけど、あたしは全然ダメ。
「もーっ! ちょっとは手伝ってよ!」
「あーはいはい。」
ほらね。口ではそういいながら、ぜんぜん動かないの。
あたしもお姉ちゃんみたいになりたいのに……お姉ちゃんみたいになれるよう頑張ってるのに。
あたしとお姉ちゃん、何が違うんだろう。
「久しぶりー!」
「お姉ちゃん、お帰り!」
お姉ちゃんと旦那さんの友一兄さん、そして――
「姉ちゃん、兄さん、空君。いらっしゃい!」
きょとんとした顔でお姉ちゃんに抱っこされてる、甥っ子の空君!
お姉ちゃんにどことなく似てて、可愛い!
「お兄ちゃんお姉ちゃんはじめまして〜。西川空君で〜す。」
お姉ちゃんが、空君の手を持ちながら言った。
「こんにちは〜。」
「ま、上がって上がって。」
「今4ヶ月だったっけ?」
「そう、毎日可愛いんだ。なー、空。」
「アー。」
「わあ、喋った。」
空君ってば、一瞬にして青山兄弟のアイドルになっちゃった。
子供好きのすー兄はともかく、まい兄やあき兄までああやってるのを見るのは、何だか不思議な感じ。
「美っ月ー。手伝うよ。」
お台所でお茶の準備をしてたら、お姉ちゃんが来た。
「ありがとー、じゃあ食器棚からコップ出して。」
言いながら、戸棚からコーヒーとココアを出す。
「美月、どう? 最近。あの子たち、ちゃんと家事出来てる?」
お姉ちゃんが聞いてきた。
あの子たちってのは、お兄たちのこと。
「んー、相変わらずかなぁ。すー兄以外はほとんど何もやってくんないよ。まあ、慣れたけどね。」
「……そう、疲れてない? 美月。」
「大丈夫だよ。」
お姉ちゃんがいっちゃってすぐの頃は丁度すー兄が部活を始めたってのもあって、やることがいっぱいでしんどかったけど、この生活も慣れてきた。
まあ、本音はもっと手伝ってほしいけど、言っても無駄だもん。
「……あれ?」
次の日、朝起きたら妙に暑い。
いや、夏だから暑いのは当たり前なんだけどそうじゃなくて……。
「熱かも……。」
リビングの引き出しから体温計を出して、脇に挟む。
「美月? おはよう、早いね。」
「おはよ〜、お姉ちゃん……。」
「……あんた、声変よ?」
「うん、なんか熱っぽいんだ……。」
ピピピ。体温計が鳴った。7度6分。
「今日はゆっくり寝てなさい。家の事はお姉ちゃんがするから、ね?」
「うん……。」
熱出すの、小学校以来だなぁ……。
夢をみた。
お姉ちゃんがお嫁にいく前のころの夢……。
「あ、目さめた?」
次に起きたとき、寝ている横にお姉ちゃんがいた。
「美月の好きな卵粥、作ってきたわよ。食べれそう?」
うん、って言おうとしたら、お腹の虫が変わりに返事した。
「いただきまーす。」
リビングからはお兄たちの声が聞こえてくる。楽しそう……。
「ねえ、美月。もう無理して全部の家事、やらなくていいからね。」
「え?」
いきなりお姉ちゃんが言った。
「周防から聞いたの。みんなにはよく言って聞かせたからね。」
「う、うん…。」
お兄たち、お姉ちゃんの言うことなら聞くんだ。こんなにあっさり。
今まで何度も言ってきた。でも、流されたのに……。
「あたし……お姉ちゃんになりたい。お姉ちゃんみたいにしっかりして、何でもあっさり出来る人だったらよかった……。」
ぽろぽろって、涙が出て来た。だって、なんだかすごく自分が情けない。
お姉ちゃんはいきなりあたしが泣き出したからかびっくりしたみたいだけど、ぽんぽんって頭を撫でてくれた。
「美月、頑張ってくれたんだね。苦労かけちゃってごめんね。」
「お姉ちゃん……。」
「でもね、あたしみたいになりたいなんて思わないで。美月には美月のいい所がいっぱいあるし、美月は美月に出来ることを一生懸命やればいいの。それで余裕があれば、更に上を目指す。家事以外にも言えることよ、これ。」
ほら、泣き止んでって、お姉ちゃんがそばにあったハンドタオルを渡してくれた。
熱が下がったら、今度はゆっくり頑張っていこう……。
「うわ。まだまだ暑いなぁ。」
2学期が始まって一週間。
だけど気温は夏休み中とほとんど変わらなくて、毎日汗ダラダラ。
あき兄なんて「夏休みって暑くて勉強出来ねえからあるんだろ? だったら9月いっぱい夏休みでいいじゃん。」って言ってる。
その割には体育祭、乗り気だけどなあ……って、そんな事よりも。
「おはよー、美月ちゃん。」
「おはよ。」
窓際の後ろから2番目、ここが2学期のあたしの席。
隣が……あの小高。
1学期に怒鳴った日から嫌なことは言われなくなったけど、やっぱりなんとなく気まずい。
また何か言われないとも限らないから、ちょっと怖いし。
だから毎朝、かばんを置いたらすぐにひーちゃんやなっつんのクラスに行く。
小高はテニス部でギリギリまで朝練してるから、こうすると顔合わせずに済むもん。
「……あれ?」
かばんの中に同じノートが2冊入ってる。
おかしいな、緑色の表紙のやつは理科でしか使ってないから、1冊しか持ってないはずなんだけど。
「あ……。」
“3年2組1番 青山周防”って書いてある。
そういえば今朝、このノートがリビングのテーブルにあったからてっきり、「ノート忘れてる! やばい!」
って確認せずにかばんに入れちゃったんだ……。
すー兄授業あったら困るし、教室に届けようっと。
「美月だったのか……。ノートリビングに置いたはずなのにない! って、めちゃくちゃ焦ったぞ、今朝。」
「ごめ〜ん。」
「次からは名前を確認すること!」
ふう……でもよかった、朝休みの間に気付いて………あ。
「あ。」
……3年の教室から2年の教室に戻るには職員室前を通るんだけど……。
「おす、青山。」
な、何で小高がここに?
「お、おはよう……。」
小高が持ってる学級日誌を持って気付いた。そうか、日直なんだ。
「あのさ、ちょっといい?」
小高が聞いてきた。
「何?」
「………その、ごめんな。ひどい事言って。」
……え? 何、いきなり。ドッキリ?
「ごめん、謝ってすむ問題じゃないって思ったけど、それでも謝らないとって。」
小高の様子は真剣で、ふざけてるともからかってるとも思えない……けど。
「何で急に……。」
――謝る気に、なったの?
「前、俺お前に怒られただろ。あの時は“何だよ、軽いジョーダンで言ってるだけじゃん”って思ったんだけどさ……。
だんだん、罪悪感みいなのが湧いてきた。なんか俺、すごいひどい事をしてるんじゃないかって気になった。
でさ、俺五年生の妹いんだけど、妹が2学期始まってから毎日家で泣いてんだ。なんで泣いてんのかって聞いたら、転校生に悪口言われたって。
妹の友達ん家の近所に引っ越してきたやつらしいんだけど、そいつがその友達に懐いたみたいでさ。」
「そうなんだ……。それで?」
「その友達がいない時に、“あんたキモい、あたしと由紀ちゃんに近づかないで”って言われたって、泣いてたんだ。」
かわいそう……辛いだろうな。
女の子同士の友達関係って何でだろう、時々すごく難しい。
「それで、妹と青山がなんか重なって。同じことしてたんじゃないかって。」
そっか、それで謝ってくれたんだ。
本当にごめん! って言った小高を見たら、あたしよりもかなり背が小さいことに気付いた。
……あたしも小高のこと嫌なやつってずっと思ってた。
でも本物の嫌なやつだったら、こんな風に謝ったりしないよね。
今まで見えない壁みたいなものを通してしか、お互いを見ていなかったのかな。
「……うん。謝ってくれてありがとう。」
傷ついたことに、気がついてくれて。
「わあ。」
英語部の部屋から窓の外を見たら、目の前には綺麗な黄色いイチョウの葉っぱがあった。
2学期も半分過ぎたけど、そういえば中学生活そのものももう後半なんだ。
「美月〜っ!」
「美月ちゃーん!」
英語部のメンバーが来るのを待っていたら、下からやちるとのーちゃんの声が聞こえてきた。
「やっほー、二人ともー。」
窓を開けて顔を出す。
「美月も今から部活〜?」
「うん、でもまだあたし以外来てないけどー。」
「あたしたち今から学校の周り走ってくるんだ〜。」
「そっかぁ、頑張ってねー。」
やちるとのーちゃんを見送ってから窓を閉める。
この部屋の下がちょうどテニスコートだから、時々こうやってやちるとはしゃべるんだ。
お互い部活の邪魔出来ないしちょっと前までテニス部も先輩がいたから、
「鈴本さん、部活中!」
なんて言われていたけど。
テニス部は夏の大会で3年生が引退した。
円香のブラバンは来月の学内演奏会、そしてあたしの英語部は12月の“宮野市中学生英語スピーチ大会”で、それぞれ先輩が引退する。
先輩達が引退したら、あたしかひーちゃんのどっちかが部長になるんだ……どうしよう。
「あれ、先輩一人だけっすか?」
「ごめんなさい先輩、うちのクラス帰りの会が長引いたんです。」
「朝野っち、瀬っちゃん。」
1年生四人の内の二人、唯一の男子の朝野っちと真面目な瀬っちゃんが教室に入ってきた。
「ううん、気にしないでいいよ。他のみんなもまだだし、個人作業しとこう。」
「はい。」
「瀬田、俺らの分のセリフ考えとこう。」
スピーチ大会で3年生は一人一人スピーチをするけど、1・2年生は2グループに分かれて英語劇をする。朝野っちと瀬っちゃんはひーちゃんと一緒のグループ。
……みんな随分遅いなぁ……。
「I Love Santa Claus.Becase he is……えーと。」
kind……でいいかな。サンタさんは優しい……veryを付けようかな。
あたしたちのグループはクリスマスのお話。3人の子供がクリスマスで何が一番楽しみか話すっていう内容なんだ。
――パコーン、スパーン。
外のテニスコートから、ボールを打つ音が聞こえてきた。
やちる達かな? って思って見たけど、男子のほうだ。
「ハル、いくぞー。」
「おう!」
――あ。校舎側にいるの、小高だ。
反対側の男子が打ったボールをリズムよく打ち返している。
こっちからは顔は見えないけど、楽しそう。それとも真剣な顔をしているのかな。
「美月先輩!」
「うわ、びっくりした! 佳ちゃん、美緒ちゃん。」
同じグループの佳ちゃんと美緒ちゃんがいつの間にか来ていた。
「やっと気づいてくれた。あたしたちさっきからずっと声かけてたんですよ?」
「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしちゃって。」
「……ていうか〜、美月先輩男子テニス部をじっと見てましたよね、さっき。」
からかうような言い方の佳ちゃん。うう。
「そんなこと無いよ。」
なんとなく決まりが悪くて、ごまかす。
「怪しいな。好きな男子がいるんじゃないですか?」
「もー、本当に違うんだってば。ほら、台本考えないと。あたしずっと待ってたんだからねっ。」
“好きな男子”なんてそんなこと無い。この間まで“最悪なやつ”だったんだよ? ありえないよ。