月は夜ごと海に還り

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  第四章  



(1)




擦れた悲鳴、くぐもる呼吸。
ゴウゴウと重い飛行音を響かせる、戦艦の中。
真っ暗でガランとした灰色の部屋の真ん中に、こうこうと照らされたライトに浮かび上がる、悶絶する肢体。


据えられた台に俯せに横たえられ、両腕を鎖で拘束されている009。

断続的に流される電流。その衝撃にビクンビクンと魚の様に台の上で細い体が跳ねる。
奥歯のスイッチには無理矢理金属片のカバーが被せられ、噛み締めても金属の薄っぺらい音がするだけ、言葉を紡ぐ事も出来ず、 喉の奥で喘ぎ、叫ぶ事しか許されなかった。

 全身を貫く電流の痛みに悶える自分を、満足そうに傍で見つめる中年の科学者。その背後の壁にもたれて腕組みしながら目を伏せ、 沈思している様にも見える、自分を攫って来た若い男。

「009・・・もう一度尋ねよう。・・・B.Gに帰って来る気は無いか?」

ハアハアと息を喘がせ、ぐったりしている009に、先程から同じ質問が繰り返される。

「ただお前がその首を縦に振りさえすれば良いのだ。そうすれば他の仲間を追うのはやめよう・・・もともとたったの9人でB.Gに 歯向かうこと事態がお前達の大きな誤りなのだ。しかしお前の素晴らしい能力をそのまま葬るのは、我々にとっても耐え難い悲しみ なのだよ・・・009」

中年の男は猫撫で声で009の耳元で囁く。
その声は甘ったるく、背筋にじわりと侵食し、全身を犯す感覚に寒気が走る。男の不気味な姿を少しも視野に入れまいと、009は ぎゅっと目を瞑る。

「なあ009、これ以上我々を悩ませるのはやめておくれ。・・・ああ、こんな可愛い顔が苦痛に歪むなんて・・・素直に我々の 仲間になれば、すぐ解放してやれるのだよ」

009は歯を食い縛り、ぶるぶると首を横に振った。

「ふむ・・・ではもう一つの質問をしよう。・・・お前達の拠点は、ブラック・ファントム号はどこにあるか教えてくれるな?」

もちろん、答えることなんてしない。
男はふーっと溜め息をついて、背後を振返った。

「おい、リア、このお人形さんはかなり強情だぞ」

ここで初めて、自分を攫った青年がリアと云う名である事を知る。
話しかけられた彼は何も答えない。我関せずと云った体で、鞘に納められたサーベルの上に顎を乗せ、床を見つめている。

「可哀想に・・・縛られた自身の心のせいで、味わう必要のない苦しみを被る羽目になるとは・・・おい、電流をもっと上げろ!!」

男はどこかに向かって叫んだ。途端に全身を切り刻む様な、すさまじい衝撃。

「─── うあぁぁっ───!!」

009は台の上でのたうった。四肢がつっぱり、激痛に全身の骨までがみしみしと軋む。

「これ以上何もかも拒絶すれば、B.Gとしてはお前を抹殺しなければならない。今すぐここでそれを行っても良いのだぞ・・・ せめてブラック・ファントムの場所さえ教えてくれれば、お前はもう一度仲間に会うことが出来る・・・最も、それが最後にはなる だろうがな・・・。しかしお前としても、仲間にお別れも言えずに死ぬのは嫌だろう?」

暗い天井に、白く照らす熱いライトに、009の叫びはむなしく吸い込まれる。


「・・・・・・無駄な事を・・・・・・・・・」

さっきから無言のまま動かなかった青年が、壁際からぼそりと声を発した。

「何だと?」

「・・・・・・耐え難き苦痛は己自身の肉体にあらず・・・・・・。裏切りの共有はこいつらに地獄を天国にさえ見せるようになったのさ」

リアは顔を上げ、台の上の009と傍らの男を真直ぐに見た。
009は彼の声に痺れる瞼を押し開いて、その無表情な眼差しをはっきり捉えた。
ふたりの視線が合ったのは攫われてから初めての事だった。


「・・・・・・たった9人が世界の全てとなった奴等に拷問など無意味・・・・・・しかし焼き殺した所でこちとらには何の得にもなるまいよ」

まるで009を拉致して来た事自体が無意味であるかの様に、彼は呟いた。
男はその言葉を聞いて、009をじろりと眺め回した。


「なるほどな。私としても生きたまま焼き殺すことなどしたくはない。しかし・・・・・・」

ここで生贄の顎をぐいと掴んで顔を近付ける。

「もう少し私に楽しみをくれまいか?・・・・・・ゼロ ゼロ ナイン・・・・・・」

粘つく声を熱い息と共に耳に吹き掛けられて、背骨が軋んだ。

「そんな怯えた顔をするな・・・・・・お前を可愛がってやりたいだけなのだから。ああ私に手柄だけで無く、快楽 までも与えてくれるお前は何て愛しい子・・・」

男は009の背後に回り、防護服のベルトに手を掛けた。カチャリ、とこの場に似つかわしくない透き通った音をさせて、それは 固い床に落される。続いて一気にズボンが引き下ろされた。009は体を捩って抵抗する。・・・・・・無駄な事は分かっていたが。
ライトに晒された白い滑らかな肌を、男はうっとりと手の平で撫で上げた。

「なんて綺麗なんだ・・・私はこの時を待ち望んでいたのだよ」

熱っぽく呟きながら、腰から双丘、腿へと手が這い回り、その手は徐々に体の前に廻されそして・・・柔らかく揉みしだかれる。
009は声にならない悲鳴をあげ、背中を波打たせた。

こんな事って・・・!!

  鎖による拘束と激痛の為に一切の抵抗は出来ない。ただ好きなように弄ばれるだけの体は、最強のサイボーグと言えどももはや 俎板の上の鯉、哀れな生贄に過ぎなかった。
それでも与えられる刺激に、段々と固さを増していく。
男はにんまり笑った。

「よぉし・・・いい子だ」

男の指はねっとりと全体を包む様に絡み付き、激しく抜き始めた。

「ぁっ・・・・・・」

必死に食い縛っていた筈の歯の間から、遂に声が漏れてしまう。それを聞いて男は益々動きを速くした。透明の液体が溢れて 男の手を濡らし始め、湿った音が淫らに響いた。心とは裏腹にせり上がる快感。荒い息と喘ぎ声が混じり合う。

「・・・・・・美しい、お前は美し過ぎる・・・・・・お前のすべてが、私を虜にしてしまった・・・・・・」

耳元で囈言の様に囁きながら、男は透明の蜜に濡れた指をそっと蕾に押し当てた。ビクリと跳ねる体。
骨太の指が容赦なく押し入り、掻き回した。

「おや、お前は初めてではないようだな・・・・・・相手は仲間か?」

そうして2本、3本と増やされる度に細い体が魚の様に跳ねた。もうここで009は声を我慢する事が出来なくなった。
心は張り裂けそうなのに、受け入れる快感を知っている体はさらなる刺激を求めて喘いでいる。

「009、私のゼロ ゼロ ナイン・・・・・・!!」

男は目の前でのたうつ細い腰を持ち上げ、一気に貫いた。下半身も、脳核も、心臓も引き裂かれる悪夢の瞬間。
声も出ないその衝撃、焼けつく痛みに仰け反った。 ゆっくりした動きに合わせて揺れる肢体。
カチカチと奥歯同士が噛み合って、その手応えの無い軽さにまた絶望を思い知らされて。

「 素晴らしい・・・・・・ここも芸術作品だとは!!ああ、そんなに感じて・・・・・・どうだ、いつもこうやって仲間に慰めてもらってる のか?この可愛い顔した淫乱め・・・・・・」

やがて激しい突き上げが始まった。同時に前も抜き続けられて、痛みと快感の混じった不気味な感覚に、体はこの上なく熱いのに頭の芯は 冷たくなるばかりだ。


──── こんな・・・・・・どうして・・・・・・


重い鎖がジャラジャラと台の上を這い、それに重なる最早擦れた呼吸がざらりと喉を刺激していった。
半開きのままの唇から唾液が糸を引き、焼け爛れた自身から力付くで絞り出された熱の雫が滴り落ち、台の上と床に透明な水溜まりを作った。
頭の上で男が唸り、息を切らす。


『もう・・・・・・助けて・・・・・・アル・・ベルト・・・誰か・・・・・・』



泣きたくても泣けない。感情を押し殺して、心が体がもがくから。
力無く揺れる体に合わせて、周囲の景色もゆらゆらと陽炎の様に踊り始める。乗せられている台、音を吸い込む天井、冷たく固い床。
吊り下げられている鎖。


闇、闇、すべてが真っ暗な闇色!!

飲み込まれる。すべてが。絶望と云う名の闇に。

緋色の瞳は、今はぐったりと瞼を閉じて、その輝きさえも最早侵食されてしまった。

今度は自分の中の正常な精神さえ、闇は取り込もうとするのか。

朦朧とする目がその片隅で、壁際の黒い影を捉えた。

サーベルを床に突き立て、顎を乗せてうつ向いたままの姿。いつもの無表情な顔は組んだ手に隠されて今は見えない。

輪郭だけを皆既日食の如く輝かせた漆黒の影。

あの時と同じ。

優しさの欠片も感情も無い、乱暴過ぎる口づけ。忘れたい、と思う以前に思い出す余裕さえなかった。
でも、彼の傍で犯されている自分は、消えかかる意識の中で必死にそれを反芻していた。
その記憶が、今のこの状況を耐え抜き、精神を繋ぎ止める唯一の手段、希望だと気付いて。


背後からの突き上げがさらに激しくなり、男の絶頂が近くなる。



009はもつれる舌にありったけの力を込め、凶暴な野獣の暴れまわる腹部に呼吸を溜めた。



「・・・・・・り・・・・・・あ・・・・・・」



不自由な舌が懸命に口腔をさ迷い、辿々しく、ひとつひとつ言葉を紬出す。 震える体から溢れる涙が台を止めどなく濡らす。



青年の肩が微かに動いたのを、見逃さなかった。


体に力が入り、意識的に後ろをきゅっと締め付ける。
男が背を仰け反らせて呻き、壊れるかと思う程叩き付けた。もう少し。



「リ・・・・・・ア・・・・・・」


喉の奥で、力を振り絞り、無理矢理引き摺り出す言葉の痛み。


ガクンッともう最後のひとつ手前で大きく揺さぶられた。あと一度だけ。



009の震える瞳から、これも最後の光が闇にくっきり浮かび上がる横顔に放たれる。



「・・・・・・リ・・・・・・ア!!」



熱が、体内を駆け巡った。





「リ・・・・・・ア!!」




・・・・・・リア・・・!!!・・・






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