月は夜ごと海に還り

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(2)



「痛!あだだだだだ、痛ッてェよコノヤロー!」

診察ベッドに腰掛けた002は、派手な悲鳴を上げて長い足を盛大にバタつかせた。

「そら、あんまり動きなさんなよ・・・まだ滲みるかね?」
飄々と受け流して、007は膝に乗せた相手の足に容赦無く消毒液を垂らした。

「ひええぇぇぇ足が焼けるゥゥゥゥー!!!」 
固定されていない左足が跳ね上がって傍のテーブルをガシャンと蹴った。
引出しに薬瓶を並べていた008はくすくすと笑いを漏らした。

 メンテナンス室に続いた隣の薬品室。リアの脳データ解析に忙しいギルモア博士に代わって、 007が002の怪我をした足を診ている。
 手際良く007は患者の足に包帯を巻き付け、最後景気づけとばかりに端をぎゅっと引っ張って結ぶと、 002はひぇと空気の漏れた様な情けない声を上げた。
「これくらいで根を上げるようじゃあ00ナンバーの肩書が泣くねぇ。何かい、達者なのは口と鼻だけか?」

 そう言って007は002突き出た鼻をおまけの様にキュッと摘んだ。
 002は半分涙目で怪我した足を抱え込んだ。

「そんな荒っぽい手当てで悲鳴上げるなって方が無理だっつーの!マジで痛ってーんだからな!」
「お前さんが空の散歩を控えてもうちっと大人しくしてたら、何度も痛い思いをする必要も無くなると思うがねぇ」

 飛べない翼を持て余す時間は002にとって長かった。完治を待てずに気儘にあちこち飛び回るせいで、傷口はまだぐずぐずと 開いている。
 仲間に口酸っぱく注意される度に002自身もなんとか自重しようとするのだが、陽の光を乗せた潮風が一杯に体を包むと もう我慢が出来なくなって、澄んだ青空の懐へと飛び込んで行ってしまうのだ。

 008が007に目配せした。
「仕方ないよ007。いつもの遊び相手が全然構ってくれないんじゃぁ、002がやさぐれるのも仕方無いかも」
 002はばっと顔を上げた。
「おい、何勝手な事言ってんだよ。別に子供じゃあるめぇし、やさぐれるとか勝手に決めつけるな」
007はニヤリと笑った。
「なるほどねぇ、お気に入りを盗られて傷心モードって訳だ。まあだがここは我慢のしどころ。これも愛に於ける試練の 一つって事でどうだい、若者よ?」

むうと頬を膨らませる002に008は肩を竦めた。

 「確かにべったりの相手が相手だからね。向こうは敵の立場を明確にしちゃった訳だし、もうちょっとでもこっちに心を開いて くれれば002の気持ちもだいぶ違うんじゃないかな」

「だがまあ009の気持ちも汲んでやりな。リアがB.Gを出るつもりは無いと知った時の彼の心中は察するに余りある。 そもそも連れて来た責任ってのも感じているだろうしなぁ。奴さんが必死になるのも無理無いだろうよ」

「・・・だいたいさぁ・・・!」
 002は心底おもしろくないといった体でそっぽを向いて口を挟んだ。

「何だね?」
「・・・あのリアって奴は元々死ぬつもりだったらしいじゃん。つまりB.Gのしがらみから逃れるつもりでいた筈だろ。なのに足を洗う つもりは無い、と來たもんだ。しかも俺達の顔も見ない、話もしねぇなんてまるで余計な事してくれたっていわんばかりじゃねぇか。 あんな奴はB.Gでも何処でもさっさと帰りゃいい。どうぞご勝手にってなもんだ。だから俺はあいつの事はどうでもいいんだよ。 俺が腹立つのはそんな訳のわかんねぇ相手にやたら友愛精神?だか何だか知らねえけど、ウダウダウダウダずぅーっと付き合っている 009だよ・・・!」

 一気に捲し立てて002は黙り込む。
007と008は顔を見合わせやれやれと首を振った。

「まあまあそう興奮しなさんな。お前さんの気持ちはよーく分かる。確かに事情も分からないまま、009と博士以外は 近寄らせてもくれないってんじゃ、我々としちゃあどうしようも無いやね・・・それはそうと、その009はまだ説得中 なのかね?」

 008は包帯の入った箱を腕一杯に抱え、背伸びをしてメンテナンス室との境のドアに付けられた小窓を覗いた。

「・・・そうみたいだね。昨日からずっと同じ調子だ」

 部屋の奥、ベッドの上に半身を起こしたリアと傍らの椅子に座った009が向かい合っているのが斜めに見える。


 しばらく008は彼らの姿をじっと見つめていたが、やがて仲間達に分からぬ位に小さく首を捻り、扉から離れた。




 
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