モドル | ススム | 009

  君ガ恋ヲ語ル   




「・・・・・・だから君には関係が無いって言っているんだよ・・・・・・!」


009は悲痛な声で叫んだ。居間を飛び出し、夜の冷たい廊下の真ん中で二人は言い争う。


「お前は自分一人の力だけでこれまで生きて来たと思っているのか」


ばっと振り向き、強い目で彼は004を睨みつけた。


「そんな事誰も言っていない!ただ僕らが一緒にいるのは、そうするより仕方無いからだ。ほかの普通の人達とは、もう関われないからだ。そうだ ろう・・・・・・!」


頬を紅潮させて彼は叫ぶ。涙の溜まった瞳は暗い焔に燃え、荒い息が血の気に染まった唇から絶え間無く吐き出される。

 009は取り乱している。
度重なる戦闘で負傷が続いた。加速装置が上手く作動しない。腕をやられてレイガンが役に立たなかった。
そのせいで仲間を危険に晒したと思っている。自分のせいで一般人を巻き込み、救えなかったと思っている。
 お前のせいじゃない、全ては偶然が引き起こしたのだと言い聞かせても、既に自暴自棄になっている彼には通じない。
もう終わった事なのに、いや、終わってしまった事だからこそ、彼は益々苦しみ、自責の念に襲われ、後悔に苛まれるのだ。

いい加減004も苛立っていた。

もうここまで来ると、彼の言い分は残念ながら全くの自分本位にしかならず、ただ理屈を並べては同情を得ようかとする如く悲愴な声で叫び続ける だけの彼に、004の忍耐力にも限界があった。


彼の主張はまだ続く。

「君だって同じだろう、サイボーグなんかでなければ、こんな世界、とっくに逃げ出していたさ!何が悲しくて殺し合いなんか しなくちゃならないんだ・・・・・・!」


彼の気持ちは痛いほどよく分かる。十代の少年に課された荷物は余りにも重すぎる。
だが愛に飢えた子供の鬱屈は004の手に余る。


「・・・・・・だがどうしたって俺たちは00ナンバーサイボーグだ。望もうと望むまいと。世界は俺達を必要としている。だから今まで戦って来 られたんじゃないのか。だからこそ今こうして生きているんじゃないのか」

「そんなの、僕らはただの機械だから、人を殺す道具に過ぎないからだ・・・・・!壊れたら終わり、鉄屑になって終わりの、 使い捨てのただの機械なんだよ・・・・・!」

殴ってやろうか。咄嗟に004の頭をそんな思いがよぎった。

 彼は子供でありたいと思っている。愛を知らない少年は、愛され、守られ、必要とされる事を望んでいる。

 同時にそれは、彼はこの自分に理性的で立派な大人を求めている事を意味し、

 それがどんなに残酷な事なのか、

 子供であり続けようとする彼には分からない。

 今までどれだけ彼の事を見つめて来たか。どれほどの時間、彼の事を考えて来たか。

広い家の中、真夜中に二人きり、これがどんなに息苦しい状況であるのか、

彼は知ろうともしない。


しんとした夜の廊下、彼の涙混じりの声と、声に出せない自分の叫びとが暗い壁にぶつかり、がんがんと反響し合う。



しばらく黙って俯いていた彼は、やがて上目遣いに自嘲した笑みを浮かべた。


「分かってる。君が僕にあれこれ言うのは、最強のサイボーグ009がいなくなっちゃたりしたら困るのは君達だからだ。 自分達の命が危ないからだ。・・・・・・でも大丈夫だよ。僕がダメになったら、 BGからまた誰かを引き抜いて来ればいい。 もっともっと賢くて性能のいいサイボーグが来てくれるよ。僕みたいな厄介者じゃない、素晴らしいサイボーグがね!!」


大声で吐き捨てると、彼はくるりと踵を返して玄関の方へ走って行こうとした。

004は素早く彼の手首を掴んだ。


「・・・・・痛っ!何だよ、やめてく・・・・」


激しい拒絶の言葉は間近に迫った004の表情にかき消された。


手首を掴み上げ、息の掛かりそうな距離で、004の冷えた瞳が、鋭く009を射抜いている。


「・・・・・誰かが自分の代わりになればいいと、なれると思っているのか。・・・・・それで万事解決だと?だったらお前、それこそ本当に使い 捨ての機械だぞ。お前だけじゃない、俺達全員が、だ」


呆然と見上げる009の瞳に、見る見るうちに新たな涙がこみ上げて来る。004は手の力を緩めようとはしなかった。



「・・・・・じゃあ、じゃあ、どうすればいいんだよ・・・・・・!」


彼は引き絞る様に叫んだ。



「僕がいたら、余計に命を奪うだけ、だったら僕はただの鉄屑である方が、数万倍ましなんだから・・・・・!」


彼は手を全力で振り解こうとする。だが戦闘時ではない通常の状態で、更にヒステリックに取り乱しては、不安定に体に力が入らず、004の拘束 を解くのは無理だった。
それでも何としてでも009は逃れようと身をよじって抵抗する。

「やめろ、落ち着け・・・・!」

004は腕を掴み、体を抱え込む。暴れる手足が壁にぶつかって鈍い音が響く。


「放して、放してよぉ・・・・!」


009は泣き叫ぶ。二人の体が縺れ合い、壁にぶつかっては離れた。004は暴れる体を抱きすくめ、抑え込み、反動で二人は 重なって床に倒れた。

手首を床に押し付け、息を荒げて004は相手を拘束した。

上下する胸の振動が互いに直接伝わる。

濡れた瞳で009は尚叫ぼうとした。


「君は・・・・・!」


004の瞳がすっと静かになった。同時に009の叫びが掻き消される。


彼の唇を004は奪った。

宥める様に、あやす様に、柔らかく、そして乱暴に奪った。




 冷たい夜の一秒一秒の時が過ぎる中、
 抵抗も忘れ、茫然と受け入れる彼の、見開かれた瞳にはもう何も映っていない。


 ただこの自分の溢れ出て止まない熱と、今にも割れて砕け散りそうな心の痛みが彼の中に忍び込み、今すぐ甘い傷になって 疼き苛む事を、004は願うしかなかった。






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