Hero,Heroism


 多くの車が排気ガスを撒き散らして駆け抜け、昼食を終えたサラリーマンがのんびり爪楊枝を咥えて通り過ぎる。 銀行のATMの自動ドアは休み暇なくお客を吸い込んでは吐き出し、コンビニの前に停車した納品のトラックから、 業者が積み荷の揚げ降ろしに忙しい。

 編み笠越しに真昼の喧騒が通り過ぎて行く。
 何に注意を向けるでもなくただ静かに歩いていた桂は、つと立ち止った。

電気店のショーウィンドウ。中に陳列されたテレビが丁度昼のニュースを伝えていた。

 先日真選組内部で起こったクーデター事件の続報だった。
 このセンセーショナルな事件は、以前起こった紅桜事件の時と同じくらいのショックを国内にもたらし、 しばらくマスコミの過熱報道が続いたが、世間の興味は移ろいやすく、また幕府からの圧力も大きかったのだろう、 事件からもう十日経った今は既に扱いは小さい。
 画面を見つめていると、事件後現場に集まった救急車や担架の列に加え、隊士達の集団が満身創痍の薄汚れた顔をして カメラの前をぞろぞろ引き上げて行く所だった。
当初からもう繰り返し流されている、お馴染みの映像だった。

 血にまみれた疲れた顔の男達。若い平隊士の一人が、まだ興奮しているのかいきなりカメラのレンズに掴み掛かり撮影を遮ろうとして止めら れる。
 その背後をピンク色の髪の少女がカメラに向かってあらゆる変顔をしながら通り過ぎるのが映った。全くの場違いな姿に見えるが、 ちゃんと一人前に幹部用の隊服を身に着けている。これも隊服を着たメガネの少年が焦った顔で少女の上着の裾を引っ張って止めさせようとし ていた。

 二人の少し後ろを剣を肩に担いで歩く白髪頭の男が集団の間から見えた。身に着けた幹部服は他の隊士達と同じように埃まみれの ぼろぼろであちこち血が滲み、顔は黒く煤けているが、その姿は何となく締まりが無く、まるでちょっとコンビニへジャンプでも買いに行こう とでも いう様だった。

 その男がちらっとカメラの方向に視線を向け、画面と集団の向こうから桂を見た。

 そこで映像はスタジオに切り替わった。

 画面はすぐに別のニュースへと移った。



 相変わらず仲良くやっている様で、良かった事だ。

 この一件を始めて耳にしてからもう何度目かの同じ感想を桂は心の中で呟く。

 真選組の中の間者の事はかなり前から知っていた。それが高杉の息の掛かった者である事も。だから事件の知らせを受け取った時 全く驚く事は無かったし、何だかんだで仲良しな彼らの事、真選組を救うために銀時が仲間に加わったと知った時も、それを当然と受け取っ た。


 あいつに大勢の友達がいて良かった。新しい家族が出来て良かった。信頼し合える仲間がいて、本当に、本当に良かった。

 桂は心からそう思っていた。

 今回仮に万事屋として依頼を受けたという建前があったとしても、この様な国家を揺るがしかねない大事件に命懸けで立ち向かうのだ。
双方の間に元々大きな信頼関係が無くては成立しないだろう。

 頭の中で銀時が鼻で笑う。
そんなの関係ねえよ、ただ目の前に転がっていたから、拾ってみただけだ、と。
それが友人でも腐れ縁でも、敵でもロボットでも、彼にとっては同じだった。
皆が喧嘩しながら笑って毎日懸命に生きている、そんな平和な普通の世界を守りたかった、とかそんな格好をつけた事を言ってみたいのかも知 れぬな、 と桂は思わず小さく笑った。


 あいつらしい。本当にあいつらしい。あいつらし過ぎて、俺は思い悩んでしまうのだ。


 佇む桂の背後を人や車が引っ切り無しに行き来し、賑やかな声が明るい昼下がりの街に満ちている。ウインドウの中のテレビは スポーツのコーナーになっていて、若い女性アナウンサーがきゃぴきゃぴと昨日のプロ野球のナイトゲームの様子を伝えている前で、 桂は小さく天を仰ぐ。

 ずっと目に焼き付いている。
 良く知っている子供達の、いつもと何ら変わらない姿から続く、
 幼馴染で盟友だった男の、画面から自分を見つめて来る光も影も無い瞳。

 あの瞳を思い出す度に、確実に存在するある可能性が、桂の心の中で囁いている。


 ・・・・・ もし立ち向かわなくてはならない相手が、かつての盟友で幼馴染みであるこの自分、桂小太郎だったとしたら、 銀時はどうしていただろう?


 日の当たる道を歩む者と日陰の道を行く者。長い年月の別離が生んだもの。
いつか幕府と攘夷派がぶつかり合い、刃を交える事になったその時、彼の目が拾う物は何か。
 自分達はどんな言葉で、互いに何を語るのだろう。
 彼はあのさっきと同じ瞳で静かに自分を見つめ返して来るだけなのだろうか。


桂は指で額を抑えて頭を振った。

 いや・・・・ 
今回はあいつが拾った相手が偶然真選組だったというだけの話じゃないか。俺は少し疲れているのかもしれない。
先の事などまだ誰にも分からないというのに・・・・


 目の前に困っている人がいた。それが今回たまたま真選組で、立ち向かったのがたまたま高杉率いる過激攘夷派だった。

大切な物を必死に守ろうとする者達を救うために彼は一肌脱いだ。

それだけの事。ただそれだけの事だ。



 だが今回の件で情勢のある一つの流れが確実に出来つつある。

 偶然が運命という形に否応無しに姿を変えようとしている。

 別々の道を歩むかつての盟友、幼馴染み、恐らくはそれ以上だった二人、自分と銀時は、

 いつか剣を抜き合い、

 それぞれ己が信じた道の為に、

 命を懸けて戦い、傷つけ合う日が来るだろう。


 恐らくそれは、そう先の未来の話ではない気がした。






 昼下がりの街をパチンコでも行こうかとぶらぶら歩いていた銀時は、雑踏の向こうのすぐ近くに編み笠を被ったお馴染みの姿を見つけた。

 電気店のウインドウの中のテレビを桂は眺めている。画面では明日の全国の天気予報が流れていた。

 ふいに桂はウインドウの前から離れ、向こうへと歩き出そうとした。

「ヅラ!」

 銀時は声を掛けた。

 静かに桂が振り向いた時、今まですっかり忘れていた服の下の包帯が、銀時の全身をぎゅっと締め付けた。

 桂は静かな、光も影も無い瞳で銀時を見つめていた。

 完全に他人の目をしていた。

 と、すぐに彼はいつもと同じ真っすぐで、たわいもない会話をする時に見せるのと同じ穏やかな色を瞳に浮かべた。


 その時銀時の中である光景が生まれ、一瞬で背中を走り抜けて行った。

 さっき確かに見た、彼の光も影も無い瞳が教える、

 一つの可能性。

 恐らくそう遠い未来の話ではない。


 ひんやりとした血が体の中を降りて行く。

 昼下がりの風が陽の光を乗せ二人の間をさわさわと通り過ぎる。

 桂の目にはさっきの色の跡形も無く、

 いつもと同じ穏やかな笑顔で、編み笠の下から桂は静かに銀時を見つめ返した。




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