さくらと見えない贈り物



− 4 −

3月31日、土曜日。成田空港。
約束の、午後2時。

「おひさしぶりです、李君。
 驚きましたわ。ずいぶん背がお伸びになったんですのね」

「ああ。最近、急にな」

「≪成長期≫ですわね。声もお変わりになりましたのね」

ニコニコと挨拶する知世ちゃんの隣で、わたしはなんにも言えなくって、ただ立っていた。
小狼くんは、たまに会うたびに少し背が伸びていたけれど、今度は≪少し≫じゃないくらいだった。
背だけじゃなくて、なんだか…うんとお兄さんになっちゃったみたい。
明るめのオリーブグリーンの詰襟のジャケットに、グレーのズボン。
小狼くん、元々わたしなんかよりずっとしっかりしてて、大人っぽかったのに…。

ウサギさんの模様が編み込まれたオレンジのニットに、白いキュロットの自分が、
なんだか子どもみたいに思える。

…どうしたらいいか、わからなかった。
でも、何か言わなくちゃ。
ええと……。
口を開きかけた、その時。

「≪感動の再会≫もええけど、そろそろどっかで茶ぁでもしばかんか〜?」

背中の≪たまごさんリュック≫の中から、ケロちゃんが顔をのぞかせて、言った。

「ケ、ケロちゃん!」

あわててリュックをおろしたけれど、ケロちゃんは中からチャックをあけて、
にゅうっと丸い頭を出してきた。

「わい、どこぞ静かな店で、ケーキかなんか食いたいな〜」

「…あいかわらずだな…」

小狼くんが、低くなった声をいっそう低くして言った。

「小僧も、見た目はちょ〜っとは成長したようやけど、中身はあいかわらず生意気な
 小僧のまんまやな〜〜」

「なんだと」

「やるか〜」

はううぅ〜〜。
どうして小狼くんとケロちゃんって、会うといっつもこうなのかな〜〜?

「そうでしたわ、ケーキといえば!」

突然、知世ちゃんがポンと手を打った。

「私、明日のパーティーのための特製バースディケーキを焼かなければなりませんでしたわ!
 ケロちゃん、もしよろしければ是非、スポンジの焼け具合やクリームの泡立て具合など、
 味見していただきたいのですけれど?」

「おお!行くで〜行く行く〜〜!!
 このわいの食に対して妥協せん舌をわかっとるとは、さすが知世やな〜〜!!!」

「では、そういうことですので、私はケロちゃんと一緒にお先に失礼いたしますわ。
 李君、お荷物は家に運んでおきますわね。
 それでは、さくらちゃんは李君とお二人で、ごゆっくり〜」

おほほほほ〜〜と、笑い声を残して知世ちゃんは、ぬいぐるみのフリをしたケロちゃんを連れて
行ってしまった。
わたしはその後姿を、あっけにとられて見送っていた。
そしたら、小狼くんが聞き慣れない低い声で、言った。

「…どこか、行くか?」



− 5 −

「先週の電話では、話せなくてごめん」

謝る小狼くんに、わたしは首を横に振った。

「ううん、いいの!…で、でも小狼くん、本当に背がのびたよね?」

とりあえず入った喫茶店で尋ねるわたしに、小狼くんが答える。

「ああ。以前の服が着られなくなって、困ってる。
 式服も作り直したし、学校の制服も…」

違う声。知らない声。
小狼くんは、ここにいるのに、そんな気がしない。
どうしてか、わたしは小狼くんの顔を見ることもできなくて
紅茶からゆらゆらと立ち昇る湯気を、じっと見つめていた。

あんなに会いたかったのに。
会って、お話したかったのに。
言葉だけが、ふわふわと宙に浮いているみたい。

「あ、あのね。今年は桜、ちょうど満開だから…。だ、だからね。
 明日のお誕生日パーティーも、知世ちゃんのお家のお庭でお花見もしようかって…」

「そうか。楽しみだな」

小狼くんは、お砂糖もミルクも入れずに、ティーカップに口をつけた。


   * * *


お店を出て、そのまま友枝町に帰ることにした。
並んで歩いていて、横を向くとまず目に入るのは、小狼くんのあご。
ほんのついこの前まで、同じ高さに目があったのに。

ずっと以前、まだ小狼くんを『李くん』って呼んでた頃。
公園で池に落ちて、小狼くんのお洋服を借りたことがあったっけ。
あの時はぴったりだったのに、きっと今は、ぶかぶかなんだろうな…。
…そんなことを思いながら、わたしは小狼くんのジャケットのボタンに刻まれた鳥の模様を
ながめていた。

突然、地面がなくなった。
違う。
階段なのに、よそ見して、気づかなくて…!

「きゃ…!」

落ちる…!!
わたしは、思わず目をつぶった。
ちょっと魔法が使えたって、こんな急な出来事には、呪文だって間に合いっこない。

身体がかたむいて宙に浮く。
次の瞬間。
ぐいっ 強い力が、わたしの身体を引き戻した。

おそるおそる目を開けると、小狼くんの怖い顔。
片手で歩道橋の手すりをつかんだまま、もう片方の手でわたしを抱きとめてくれている。

「なに、ぼんやりしているんだ!?危ないだろ!!」

低くて厳しい声が、わたしを叱った。
突然のように、わたしは気がついた。
…ほんとうは空港で会ったときから気づいてて、でも、気づかないフリをしていたこと。

小狼くんが変ったのは、声だけじゃない。
ただ、背が伸びただけじゃない。
腕だって、肩だって、もうわたしの知っている小狼くんじゃない。

「…ど、どうしたんだ?どこか、痛めたのか…?」

たぶん、わたしは泣きそうな顔をしているんだろう。
小狼くんが心配そうな声で言う。
でも、それはわたしが知らない声。

「さく……」

わたしは、くるりと背中を向けると、走った。
歩道橋の階段をかけ下り、黄色い信号の横断歩道を走りぬける。

「どこへ行くんだ、さくら!?」

赤に変った信号と行き交う車の向こうで、小狼くんがわたしを呼ぶ。
わたしの知らない声で。



− 6 −

わたしはいつのまにか、ペンギン公園に来ていた。
もう、日が暮れかかっているから、遊んでいる子も誰もいない。
わたしは、ブランコに座った。

…最後にブランコに乗ったのは、いつだっけ?

ああ、そうだ。
去年の夏休みに小狼くんが遊びに来てくれた時、苺鈴ちゃんと並んで乗ったんだ。
その前は…5年生の時、雪兎さんに告白した日、小狼くんと並んで…。

『大丈夫だ。きっと、見つかる』

もう、あの声は聞けないの?
そう思ったら、胸がぎゅうっと苦しくなった。
まぶたが、熱くなった。
卒業式のときと、おんなじだ。
仲良しのお友達とは、中学校でも会えるから、
泣いたりなんかしないって思ってた。

でも、もう教室のあの席に座ることも、
小学校の制服を着ることもないんだなあって思ったら、
すごくすごく悲しくなった。

…だいじなものを、なくしてしまうみたいで。

どうして、変っていっちゃうんだろう。
どうして、変っていくことが、悲しいんだろう。
当たり前のことなのに。

小狼くんが変っていくように、わたしだって変わっていく。
毎日すこしずつ、すこしずつ、変っていく。
それが積み重なって、ひさしぶりに会ったから、びっくりしただけのこと。
そう。毎日会っていたら、きっと気づかないこと。

…でも、毎日会えないから、ふいに思い知らされる。
 
いっしょに、いられない。
いっしょに、大人になれない…。


ふと、顔を上げた。
小狼くんが、息を切らせて立っていた。
ぬいだジャケットを手に持って。
クリーム色のシャツの袖を、ひじまでまくって。
おでこに、汗が光っている。

「どうして…?」

ここにいるのが、わかったの?
そう、言葉にする前に小狼くんが言った。

「…なんとなく、ここのような気がしたから…」

どうしてかな?
ぽろぽろと涙があふれてきた。
…だめだよ。小狼くんが困っちゃう。心配かけちゃう。
あわてて止めようとしたけれど、どうしよう。あとからあとから、こぼれてきちゃう。
だけど小狼くんは黙ったまま、ポケットからハンカチを出してくれた。

それはまるで、あのときのように。

『わかってる…!ちゃんと、わかってる』

わたしは受け取ったハンカチを握ったまま、ことんと小狼くんの肩に頭を押し付けた。
ううん。肩じゃなくって、胸の上の方かな。
それでも、やっぱり暖かくて。

トクン トクン

小狼くんの心臓の音がした。

……大丈夫、変らないから。
   少しぐらい背が伸びても、声が低くなっても、大人になっても。
   なにも、変ったりしないから……

そう、言ってくれているような気がした。
そして、小狼くんはわたしの肩にそっと手を置いた。

「かならず、帰ってくるから…」

「えっ…?」

「まだ、時間がかかると思う。
 でも、香港でやらなきゃならないことが終ったら、かならず帰ってくるから」

「………」

「…だから、まっててくれるか…?」

「…うん…!」

わたしは、ぎゅうっと小狼くんにしがみついた。

「あのね、小狼くん」

「…なんだ?」

小狼くんの耳たぶが、真っ赤になっていた。

「お願いが、あるの」


桜の花びらが、どこからか風に乗って運ばれてきた。



− 7 −

4月1日、日曜日。
知世ちゃんが開いてくれたお誕生日パーティーは、とてもとても楽しかった。
お天気も良くて、知世ちゃんのお家の桜も満開だったから、お庭にテーブルを出して、
お花見も兼ねた。

知世ちゃん、利佳ちゃん、千春ちゃんと山崎君、奈緒子ちゃん、そして小狼くん。
桜の花の下で、みんなが持ち寄って来てくれたお料理やお菓子を食べた。
知世ちゃんが作ってくれたバースディケーキは二段重ねで、真っ白いクリームの上に
イチゴがいっぱい乗っていて、とっても美味しかった。

『ウエディングケーキみたいだね〜』

と、みんなが言うと

『本番には、三段重ねのケーキを作らせていただきますわ〜〜♪』

と、知世ちゃんは明後日の方を見つめながら答えていた。
小狼くんがジュースにむせて、苦しそうだった。
それから、みんなでゲームをしたり、おしゃべりしたり。
知世ちゃんのお母さんの会社の新製品のカラオケマイクで歌ったり。

パーティーのあと、小狼くんを空港までお見送りしに行った。
わたしは、笑顔で小狼くんに言えた。

「まってるよ、ずっと」


   * * *


「『さくら』って、呼んで」

わたしは、あの時公園で、そうお願いしたの。

「…さくら」

小狼くんは耳たぶを赤くしたまま、低くなった声で、呼んでくれた。

「もう一度」

「さくら」

「もう一度」

「さくら…」

小狼くんは、わたしがお願いしただけ、何度も何度も呼んでくれた。


…もう、だいじょうぶだよ。
次に電話でお話するときも、その向こうに見つけられるよ。
少しだけ、大人になったあなた。
でも、なにも変らないあなた。
わたしを呼んでくれる声の向こうに、いつでも会うことが出来る。
 

  ……わたしの、一番のあなたに……



                                   − 終 −


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ココロもカラダも変化していくこの年齢での遠距離恋愛は、とても困難です。
彼等の時間は大人よりも長く、そして早く流れていく。
だからこそ二人の恋の成就はドリ−夢であり、理想です。
“見えない贈り物”
は、成長であったり、約束であったり、お互いの想いであったり…色々です。
前回、使い損ねた小狼君の『まっててくれるか?』を使えたので、自分としては良かったなと
思えるお話です。(笑)

(初出01.4 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)