7月7日、晴れ



「さくらぁ〜、まだ寝ぇへんのんか?
 明日は、朝からクラブやろ。また、遅刻するでえ〜〜」

目覚まし時計の針が11時をさしたのを見計らって、ケロはさくらに声をかけた。

しかし、夏用のミントグリーンのパジャマを着たさくらは、ベッドの上に座ったままで
気の無い返事をする。

「うん…。もう寝るから、ケロちゃん先に寝てて」

「昨日も一昨日も、そないなことゆうて遅ぅまで起きとって、寝坊したやないか。
 また、に−ちゃんの機嫌、わるなるでぇ〜」

最近、桃矢の御機嫌は本当にナナメなのだ。さくらの夜更かしの理由が、理由なだけに。
だが、ケロの脅しもさくらへの効き目は薄い。
うつむいて、せっせと手を動かしながら、ここ数日の間に何度も繰り返したセリフを言う。

「うん、もうちょっと…。あと、ここんとこ縫い終わってから……痛っ!」

最後の一言も、何度も繰り返されているセリフである。

「あ〜、またかいな。大丈夫かぁ?」

顔をしかめて左手の薬指を吸うさくらに、ケロは引出しからバンドエイドを取り出すと、
ふよふよと小さな羽根を動かして持っていってやる。

「ありがと、ケロちゃん」

受け取ったさくらの両手は、何も張ったり巻いたりしていない指が、ほとんどない。

「やっぱり、お父はんか知世に手伝ってもろうた方が、ええんとちゃうか?」

「ん…。だけど、知世ちゃんには一緒に柄を選んでもらったし。
 お父さんには型紙を作ってもらったし。
 あとは、自分一人でやりたいの」

注意深くバンドエイドを張りながら、さくらは答えた。

「そやけど、そないに急いだかて、もう小僧んとこには送らへんのやろ?
 13日には間に合わんから、小娘といっしょに夏休みに遊びに来た時に渡すんやゆうて、
 バースデーカードだけ送ったやないか?」

ケロの問いに、さくらは再び縫い針を手にしながら答えた。

「そうだけど…。やっぱり、13日までには仕上げたいなぁって思って」

「そないなもんかぁ…?」

ベッドの上には、細い縦縞の入った藍染めの布地。長方形に切られた何枚もの布(きれ)は、
日本の夏の衣装に縫い合わされるのを待っている。


7月13日は、小狼の誕生日だった。
≪両想い≫になって初めての誕生日だから、さくらの悩みぶりはクリスマスや
バレンタインに勝るとも劣らず、知世を

『李君へのバースデープレゼントに悩むさくらやんも、超絶お可愛らしいですわぁ〜♪』

…と、喜ばせ、はたまた苺鈴を

『だからぁ〜〜。何度も言ってるでしょ!
 なんだっていいのよ、小狼は!木之本さんからもらえるものなら!!』

…と、呆れさせていた。

そんなこんなで6月は終り、7月に入ったとたんにプレゼントは決まった。
登校途中で見かけた、ご町内の掲示板のおかげで。


『8月にね、月峰神社で夏祭りがあるの。
 下駄は、お兄ちゃんが昔はいてたのがとってあるって、お父さんが。
 足の大きさ、あうかなぁ。小狼くん、また背が伸びたって、言ってたし。
 来年もお直ししたら着られるように、浴衣の丈は長めにとっておかなくちゃ…』


ちくちくと危なっかしい手つきで針を動かし続けたさくらは、30分後、ようやくベッドの上を片付け、
眠る態勢を整えた。
だが、夏布団を被る前に天窓を開け、身を乗り出して夜空を見上げると、嬉しそうに声を上げた。

「わあ、晴れてよかった!」

梅雨の雨雲も、今は涼しい夜風に吹かれて切れ切れに星の間を漂っているだけだ。
街中の夜は明るすぎて、はっきりと天の川を見ることは出来ないが、頭上には夏の星座が
輝いている。

今夜は、七夕。
一年に一度しか逢うことの出来ない、恋人達の夜。

織姫は、琴座のべガ。
彦星は、鷲座のアルタイル。
天の川に隔てられた二つの星の間を、大きく翼をひろげて飛ぶ白鳥座…。
星や星座の名前も、見つけ方も、去年の夏に小狼が教えてくれたのだ。

「織姫さんと、彦星さん。やっと逢えたね…」

夜空を見つめる眸が、ほんの少し大人びて、ほんの少し切ない色に見えるのは
星の光のせいだろうか?
それまで黙っていたケロが、口を開いた。

「…電話、したらどうや?今の時間やったら、まだ小僧も起きとるやろ」

香港と日本との時差は、1時間。あちらでは、夜の10時半だ。
しかし、さくらは小さく首を振った。

「ううん…。だって、お父さんやお兄ちゃんと約束したもん。
 わたしからお電話するのは、月に一度だけって。
 それに来週は、13日にもちょっとだけなら『おめでとう』のお電話をしてもいいって、
 お父さん言ってくれたし」

「さくらやったら、ケータイにちょっと魔力込めたら、香港に電話をつなぐことも出来るんやで?
 そしたら電話代もいらんし、兄ちゃんにも文句言われんやろ」

ケロのアイディアに、さくらは苦笑を浮かべた。

「そんなことしたら、きっと小狼くんに怒られちゃうよ。
 『魔法は、自分の都合で使っていいものじゃない』…って。
 それに、今頃は魔術か学校のお勉強してるもん。邪魔したくないよ…」

星空に顔を向けたまま小さく呟く声に、ケロはゴマ粒のような目を少し細めた。

まだまだ、子供だと思っていたのに。
藤隆さん特製の星型にくりぬかれたフルーツ入りのゼリーを、ケンカしながら分け合うくらいに。
小狼へのバースデ−カ−ドを読み上げて、おかしなことを書いていないか、感想を求めてくる
くらいに…。
ケロは、その時のさくらの声を思い出した。


『お誕生日、おめでとう!
 プレゼントは、小狼くんが日本に遊びに来てくれた時に渡したいと思いますので、少しだけ
 待っていて下さい。
 もう、香港の学校は夏休みですか?
 友枝中学校の終業式は、19日です。毎日暑いけれど、小狼くんは日本よりずっと暑い
 香港で頑張っているんだから、わたしも頑張ります。
 小狼くんに会えるのを、すごくすごく、楽しみにしています。
 苺鈴ちゃんにも、よろしく。                      さくらより 』


「おい、遅刻怪獣!い−かげんに寝ろよ!!」

突然、ドアの向こうから桃矢の声が聞こえた。
さくらが中学に上がってから…いや、去年の夏休みが終った頃からだ。
桃矢は、さくらの部屋のドアをいきなり開けるようなことはしなくなった。
…以前はその度に、さくらもケロも心臓が縮む思いをしていたのだが…。

「もうっ!今、寝ようって思ってたのに〜。
 それに、さくら、怪獣じゃないもん!」

ドアに向かって、『い−だ!』と顔をしかめてみせると、さくらは天窓を閉めて部屋の明りを消した。

「おやすみ、ケロちゃん」

「ああ、おやすみ。わい、もう少し星でも見とるわ」


 窓辺には、小さな笹の枝
 色紙で作られた金の星と銀の月
 そして、小さな短冊


『小狼くんの修行が、早く終りますように』
『小狼くんが、修行でケガをしませんように』
『小狼くんが……』


黄色いスポンジのような小さな手が、ぺしっと短冊をはたいた。


「はよ、帰ってきいや。小僧…」


                                   − 終 −


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タイトルは同名の邦画の主題歌でもあるドリカムの名曲から。
切ない歌詞と旋律が遠恋フェチにはたまりません。
変則的ではありますが、これでも一応、小狼君誕生日テキストのつもりでした。(汗)

(初出01.7 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)