Present・box



箱が、置かれている。

塵一つ無く磨かれたフロ−リングの床。その上に敷いたペルシャ絨毯の真ん中に。
何の変哲もない、ダンボ−ル箱だ。
子供が一人、かくれんぼ出来るくらいの大きさだが、中は空っぽ。
独特の香の薫りが漂う空気だけが詰まっている。

…今は、まだ。


   * * *


そこは、プライベ−トな居間だった。
一階の庭に面した客間とは違う、≪家族≫のための空間。
広さは客間の半分ほどだが、中国風と英国風が混在した装飾は、この国の、
そしてこの家の気質を表わしているかのようだ。
普段は静謐な空気は、時折気まぐれな嵐のような賑やかさに包まれる。

…ほら。

声が、近づいてくる。
やがて、どっしりとした両開きのドアが勢い良く開いた。
笑いさざめきながら、四人の美しい女性が入ってくる。
二十代前半から後半くらい。
それぞれに個性的で、どこかしら似通った彼女達は、手に手に箱を携えていた。
大きさはまちまちだが、どれも包装紙やリボンで華やかに飾られている。

「じゃあ、私からね」

褐色の髪を肩口で切り揃えた女性が、四人の中で一番大きな箱をダンボ−ルの中に入れる。
濃紺のシックなワンピ−スの肩に、ラベンダ−のパシュミナ。
落ち着いた服装に相応しく、箱の包装も上品な茶系統のチェック柄だ。
縦横はちょうど空箱にぴったりだが、大きさの割に厚みはなく、さほど重くもなさそうだ。

「芙蝶(フーティエ)姉様は、サマ−ス−ツだったわね」

「ええ。仕立てを急がせて、ようやく間に合ったわ。
 これならギリギリ、13日に間に合いそうね」

「オ−ダ−メイドなんて、豪気ね〜」

「さすがは夫婦共働きの上級道士」

「悔しかったら貴女方も早くイイヒトを見つけなさいな。
 雪花(シェファ)は、腕時計だったわね?」

うなづいたショ−トボブの女性が、小さな正方形の箱を入れる。
深い緑の包装紙に、金のリボンが掛っている。

「ロレックスなんて、贅沢すぎない?」

その声に、ベ−ジュのパンツス−ツを着た肩を竦めながら答える。

「あのコも、もう15なんだし、李家の男よ?
 安っぽいモノなんか身に着けさせらんないわ」

「…っていうか、雪花姉様って普段は知らんカオしてる割に、実は一番小狼贔屓よね」

「雪花はいまだに『お父様が理想』だから」

「小狼、お父様似だもんね〜」

「うっさいわね!
 黄蓮(ファンレン)、緋梅(フェイメイ)、あんたたちの番よ!!」

「じゃあ、私のを先に入れさせてもらうわね」

促されて、腰まで届くロングヘア−を造花の髪飾りで纏めた女性が、絨毯に膝をついた。
南の島にでも行ってきたのか、小麦色に焼けた肌に色鮮やかなパレオ風のワンピ−スが
良く映える。
手にした頑丈そうな白い蓋付きの紙箱は、藍色の細いリボンで幾重にも縛ってあった。

「まだまだ育ちざかりなんだから、靴なんて送ったって来年は履けなくなるわよ?黄蓮」

「そんなの、ス−ツだってワイシャツだって同じじゃない。
 小狼ってば、自分の事には無頓着なんだから、あたし達が気をつけてなきゃ、年中
学校の制服と拳法の胴着だけで過ごしちゃうわ。ね、緋梅」

「まったく、そうよねぇ。
 ワザワザあたし達が“よそゆき”を一揃いコ−ディネイトしてやってるっての、
気づくかしら?」

言いながら、肩までの長さの髪をポニ−テ−ルに結った女性が、芥子色の包装紙で
ラッピングされた箱を縦向きに置く。
ノ−スリ−ブのボ−ダ−シャツに、白いサブリナパンツ。
四人の中では最も若く、まだ大学生ぐらいのようだ。

「オ−ダ−メイドとまではいかなかったけれど、作り直した式服のサイズに合わせたから
 まあ、秋までは着られるでしょ」

ポンと軽く箱を叩くと、姉達に倣(なら)ってソファ−に腰を下ろす。

「…さて。あとは…と」

ビクトリア調のサイドボ−ドの上に乗った年代物の置時計の針を眺めつつ、芙蝶が呟く。
その後を受けて雪花が顎で窓の外を示した。

「最後の仕上げの御到着よ」

間もなく、パタパタと足音をさせて、一人の少女が飛び込んで来た。
頭の両側で結われた長い真っ直ぐな黒髪を翻して、快活な声で挨拶する。

「お姉様方、ごきげんよう!!」

「苺鈴、いらっしゃ〜い♪」

「いつ見てもカワイイわね〜♪♪」

「また、男のコをフッたんですって?」

「たまにはデ−トぐらいしてあげれば〜??」

口々に言われて、苺鈴はミニ丈のキュロット・スカ−トの腰に両手を当てた。

「だって、しょうがないわ。
 勉強もスポ−ツもお料理も。
 何一つあたしに敵わない男のコなんて、つまんないんですもの」

「まあ、それはもっともねぇ〜。
 ところで苺鈴、持ってきた?」

うなづきつつも水を向ける黄蓮に、苺鈴はニッコリと笑顔を返す。

「もちろん!お姉様方が選んだス−ツやワイシャツにピッタリのモノを探して来たわ!」

斜めにブル−のストライプの入った包装紙の、細長い平べったい箱を一番上に置く。

「苺鈴のネクタイで、完璧ね♪」

腰をずらして苺鈴の席を空けながら、緋梅が言った。

「そうよ、バッチリコ−ディネイトしたんだから。
 木之本さんとのデ−トには、是非着てもらわなくちゃ!」

苺鈴の言葉に、四人の口元に笑みが浮かんだ。


   この娘が義妹に成る可能性が、まるで無かったわけではない。
   ただ、弟にとっては彼女は最初から兄妹(きょうだい)のようなもので
   それが何時の間にやら≪5人目の姉≫になってしまった。
   でも、悪い話ではない。
   自分達の≪妹≫は減らず、更にもう一人増えることになるだろうから。


「小狼、この夏休みはほとんど向こうなんですってね。
 日本の高校受験の講習で、帰るのは8月半ばの…ええと、≪お盆≫休みだけって。
 でもねぇ、それって実は木之本さんの為なのよ。
 大道寺さんと二人掛かりで彼女の数学の特訓ですって。
 このままだと同じ高校、危ないらしいから…っていうのが、この前のメ−ルでの話。
 だからって、せっかくの長期休暇なんだから、たまにはデ−トに誘わないと愛想尽か
 されちゃうわよねぇ?」

ポスンとソファ−に座るやいなや、堰を切ったように喋り出す。
うんうんと頷きながら、苺鈴のメル友がもたらす貴重な情報に耳を傾ける。
何しろ筆不精で電話嫌いな弟は、自分からは何も言って寄越さないのだから。


 コンコン

「どうぞ」

軽いノックに、芙蝶(フーティエ)が応えた。
静かにドアが開かれ、初老の男がティ−セットと焼き菓子を乗せたワゴンを押して入って来る。
執事の偉 望(ウェイ ワン)だ。
クロウカ−ド絡みで小狼が日本に滞在していた頃は付添って行ったが、今はたまに様子を
見に行く程度で、月の大部分はこちらに居る。

「苺鈴様、お嬢様方、お茶をお持ちしました」

「ありがとう、偉」

「あたしも手伝うわ!」

「ありがとうございます」

苺鈴とお茶の用意を整えながら、偉は目を細めて箱を見つめた。

「そちらが、日本へ送る荷物ですか?」

「ええ、そうよ」

雪花(シェファ)が答えた。

「私も、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「まあ、もちろんよ」

黄蓮(ファンレン)の返事に、ワゴンの一番下に置いていた箱を取り出す。
白地に朱の模様が入った包装紙は、香港でも有名な専門店のものだ。

「では、これをお願いいたします」

「お茶ね。
 日本では中々手に入らないし、きっと小狼も喜ぶわ」

受け取りながら緋梅(フェイメイ)が言った。

…その時。


チリリ…ン


微かに、金属の触れ合う音が響いた。
はっと、その場の空気に緊張が走る。
音も無く開いた扉の向こうには、長い黒髪を高く結い上げた女性が立っていた。
この家の当主であり、四姉妹の母でもある夜蘭(イェラン)だ。
彼女がこの居間に入ってくるのは、一体何年ぶりだろう?
今も昔と変らず、物語の中の仙女のような古風な装束だ。
無言で頭を下げる皆の中、苺鈴は上ずった声で挨拶を口にした。

「お、おじゃましてます。叔母様」

夜蘭は切れ長の眸で苺鈴を一瞥しただけで、何も声を掛けない。
それも、昔から変らない。
なのに最近一層、近寄りがたいと感じるようになったのは、それだけ苺鈴が大人になったと
いうことかもしれない。

夜蘭は、手に美しい細工を施された木製の小箱を持っていた。
それを芙蝶に向かって差し出す。
恭しいとさえ言える仕草で受け取った娘に、一言。

「あれに、送ってやりなさい」

「はい…。お母様」

一瞬、漆黒の眸が細められたように見えた。
だがそのまま、くるりと背を向けると居間を去っていく。
髪と腰の飾りの奏でる、微かな響きだけを残して。

夜蘭が部屋を出ると、とたんに張り詰めていた空気が解けた。
皆、ゆっくりとソファ−に腰を下ろす。

「それって、宝石箱か何か?」

興味津々と、苺鈴が芙蝶の手元を見つめながら言った。

「オルゴ−ルみたいね。
 ほら、底にねじ回しが付いているわ」

雪花の指摘に、皆が箱の底を覗き込む。

「それは、亡き旦那様が奥様に贈られた品です」

紅茶のおかわりを注ぎながら静かに言った偉の声に、皆あらためてオルゴ−ルを見つめる。
首を傾げて再び苺鈴が尋ねた。

「ラッピングしなくて良いのかしら?
 鍵もついてないし、中が開いちゃわない?」

「大丈夫よ。それには魔力で≪封印≫が掛けられているから、人の力では開かないし
 傷一つつけることも出来ないわ」

黄蓮の言葉に、他の三人も頷いた。
芙蝶からオルゴ−ルを受け取った苺鈴が試しに手をかけてみる。
が、確かに蓋は何かでくっつけられたようにビクともしない。

「今の小狼なら、力尽くで封印を≪壊す≫ことは出来るだろうけれど、≪解く≫ことは
 まだ無理でしょうね」

緋梅がティ−カップを手に、考えながら口にする。

「『早く開けられるようになりなさい』ってコト?
 …じゃあ、やっぱり中には何か入っているのかしら??」

苺鈴の問いに、四姉妹は暫し沈黙した。


   かつて、母から贈られた品。
   最初は何故≪これ≫を自分に与えたのか、わからなかった。
   その意味を理解するのには、何ヶ月…あるいは何年もの時間を要した。
   そして今は、わかっている。
   母は待っていたのだと。
   子供達が、自分の手から離れていく時を。

   …弟の≪時≫は、きっと自分達の誰よりも早い。


「はい!これでピッタリ一杯ね!!」


苺鈴の声に、ハッと顔を上げる。
偉と一緒にダンボール箱の中の品物を上手く詰替えて、得意気だ。
隙間にはキチンとエア−クッション(※)も入れてある。

夢から醒めたような互いの表情に、苦笑が浮かぶ。
自分達は、やはり姉妹だ。


   他の姉妹達が何時、何を贈られ、その中に何を見つけたのかは知らない。
   誰も何も語らない。
   …語る必要は、ない。
   もう皆が知っている。
   私達は必要な時に、必要なものを与えられているのだと。

   …だから、きっとあの子にも。


芙蝶は、飲み終えたティ−カップを静かに置くと、ソファ−から立ち上がった。

「さあ、もう封をするわよ。
 入れ忘れはないわね?」

「ええ、いいわよ。
 そろそろ宅急便屋が来る頃ね」

姉に倣い、雪花が席を立つ。

「じゃあ、門を開けてもらわなくちゃ。
 連絡しておくわね」

黄蓮が、居間を出ていく。

「ねぇ、送り状は書いたの?封をするならガムテ−プがいるわね」

緋梅の声に、偉が答える。

「では、私が持ってまいりましょう」

「あ、あたしも行くわ」

苺鈴が、偉の後を追った。


…パタン。


   君の生まれ育った家の、空気を一緒に閉じ込めて、封をする。
   このまま、懐かしい薫りも日本まで届けばいい。
   一番大事な人と過ごすBirthdayは最高だろうけれど
   ちょっとくらいはこっちのコトも思い出してよね?


     …… 香港より 愛を込めて ……


                                   −  終  −



※ エア−クッション … クッキ−やおせんべいの缶の上に良く乗っている衝撃緩衝材。
                 俗称「プチプチ」の方が通りが良いかも。(笑)



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超変則的な小狼君お誕生日話です。
なお、補足説明しておきますと、作品中での李家四姉妹の勝手設定は

長女:芙蝶(フーティエ)26歳 既婚、夫は李一族に連なる道士で夫婦共働き
次女:雪花(シェファ)  24歳 李家の表向きの業務に携わりつつも、道士
三女:黄蓮(ファンレン)22歳 英国に留学という形を取りつつ現地の監視、今は休暇中
四女:緋梅(フェイメイ) 21歳 香港大学4年生、道士

…となっておりますが、だからどうしたということは、まったくございません。(笑)

(初出02.7 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)