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 李家の居間では、四人の美しい女性が白く秀でた額をつきあわせていた。
 傍らには、銀のスプーンを添えたウェッジウッドのティーセット。
 芳(かんば)しい紅茶の香りが立ちのぼる。
 白魚のような指先を翻して、長女の芙蝶(フーティエ)が言った。

 「ロン!」

 「あ〜っ、また負けたッ!!」

 お手上げのポーズをとって、雪花(シェファ)が椅子に寄りかかる。

 「せっかく、テンパイだったのに−っ!!
  あっ、緋梅(フェイメイ)、やっぱりあんただったのね!!」

 食って掛かる三女に、末の四女がやり返す。

 「黄蓮(ファンレン)こそ、私の邪魔ばっかりして!
  もうちょっとで大三元(ターサンユワン=ダイサンゲン)だったのにィ〜!!」

 使用される牌(パイ)が、象牙細工であったとしても。
 また、卓が意匠を凝らした芸術的一品であったとしても。
 そのゲームが≪麻雀≫であることに変りはない。

 「くやしい〜〜っ、もう一勝負よっ!!」

 息巻く黄蓮に、芙蝶が言う。

 「まあ、その前に喉を潤しましょう。せっかく偉が淹れてくれた紅茶が冷めちゃうわ」

 「そうね…。ああ、やっぱり偉の淹れてくれるお茶は最高だわ」

 「小狼が日本でヒトリジメしてるなんて、許せないわね。まあ、今は苺鈴も一緒だけれど」

 ティーカップに口をつけた雪花と緋梅が、声を揃えて言った。

 「そういえば、ねえ。小狼って、ちょっと変ったわよね」

 「ちょっとだけね」

 「すこ〜しだけ、雰囲気が柔らかくなったっていうか」

 「ますます、お父様に似てきたわね」

 彼女達は四人だけになると、しばしば亡き父と小狼を比べはじめる。
 弟の前でも、母の前でもけっして口にはしない、四人だけの会話。

 彼女達は≪お父様≫が大好きだった。
 突然に父が亡くなった時、長女の芙蝶は十五歳。一番下の緋梅が今の小狼と同じ十歳。
 まだまだ父親が理想の恋人だという年頃だ。
 その頃、まだ幼かった小狼は父の顔すら覚えてはいない。
 だが、頑なに口を閉ざす母を見ていて、家で父の話をすることは、いつのまにかタブーと
 なっていた。

 小狼もそんな雰囲気を感じ取っているのか、父のことを尋ねてはこない。
 気にならない筈はないと思うのだが、家族にさえ気を使うような子供だから。
 それが可愛いとも可愛くないとも思う、複雑な四人の姉心であった。
 
 あの年頃の男の子にとって、年の離れた姉の存在が≪うっとおしい≫ものになるのは
 やむを得ないだろう。しかも、四人もいるときては。
 だが、姉達にとっても年の離れた弟の存在は、微妙なものであった。
 生まれついて自分達よりも遥かに強い魔力を持っているのだから、尚更に。
 四人で≪いっせいにかまう≫という行為が、その微妙さの裏返しであることに、少年は
 まだ気づけないのだ。

 彼女達は暫し≪可愛気のない可愛い弟≫にそれぞれの想いを馳せていた…。

  ガタンッ!

 「どうしたのよ緋梅?びっくりするじゃない」

 突然立ちあがった末の妹に、黄蓮が驚いて尋ねる。

 「…小狼の気配が…、香港から消えているわ…!」

 緋梅が、両手を握りしめて言う。
 何となく小狼の気配を探してみたのだが、どこからも感じられないのだ。

 「何ですって?」

 「お姉様!?」

 芙蝶は目を閉じて集中している。やがて長い睫毛に縁取られた眸を開くと、首を横に振った。

 「確かに、小狼の気が感じられないわ」

 「そんな…!」

 雪花と黄蓮は、気を読むことにあまり長けていない。
 彼女達は女性ながら、攻撃魔法を得意とするためだ。
 二人は椅子から腰を浮かせ、口々に言った。

 「やっぱり、私達もついていくべきだったのよ」

 「相手は、この家の結界を越えてきたほどの≪魔≫なのに、小狼一人を行かせるなんて!」

 「いくら魔力が強くたって、あの子はまだ子供なのに…!」

 緋梅は、眦(まなじり)に涙を浮かべている。
 ハッと、芙蝶が振り返った。

 「お母様?」

 四対の眸が、奥の間へと続く扉を見つめる。一拍後、静かに扉が開き、夜蘭が入って来た。
 一足ごとに、腰の飾りが涼やかな音をたてる。

 「お母様、小狼が…!」

 「わかっています」

 夜蘭の声に、姉妹達は口をつぐんだ。
 母の表情は、常と何も変らない。父が亡くなった時でさえ、母はけっして取り乱さなかった。
 少なくとも、娘達の前では。

 「貴女方は、ここにいなさい」

 「でも!!」

 思わず緋梅が、抗議の声を上げかけた。
 しかし夜蘭は娘の声を無視し、続けて言った。

 「…気を、高めておきなさい…」

 それは≪母≫ではなく、≪当主≫の言葉だった。
 そのことを理解した四姉妹は、沈黙と共に礼をもって、夜蘭の後ろ姿を見送った。



                                        − つづく −


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 書いた当初も現在も、実は私は麻雀をしたことがないので四姉妹の会話は適当です。
 間違っていたらすみません。(汗)

 (初出01.5〜8 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)