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 無数の水滴が、散っていく。
 まるで雨のように、さくらに降り注ぐ。

 クロウ・リードは死んだこと。
 彼女の想いは、もう永遠に伝えることが叶わないこと。

 それを認めた瞬間に、彼女の身体も魔力も。水へと還(かえ)っていった。
 女魔道士の、こころ…。
 伝えることの出来なかった想いの、涙。

 クロウ・リードが彼女に贈った髪飾りだけを残して。
 いや、それすらもさくらの手の中で塵となって風に運ばれて…。
 そして、力を失った異空間から、さくらの≪大事な人達≫が帰って来た。
 濡れたコンクリートの上に浮かぶ蒼い光が薄れ、消えていく中に、一人、また一人…。
 さくらは小さく、呟くような声で呼んだ。

 「李くん、苺鈴ちゃん、お兄ちゃん、…雪兎さん…」

 翠の眸から零れ落ちた水滴が、頬を伝う。
 倒れていた四人の中から、微かな呻き声が上がった。

 「う……っ」

 朱い飾り紐を握りしめた手が動く。小狼が、いち早く目を覚ましたのだ。
 さくらは急いで駆け寄った。

 「李くん!」

 「…おまえ…?」

 どれだけの時が経ったのか。
 さくらの着ているヒラヒラした服は、例によって大道寺知世作の≪バトルコスチューム≫
 とやらなのだろう。
 ならば、あの後二人は無事に異空間から脱出できたに違いない。
 ぼんやりとする記憶を辿りながら、小狼は思った。

 「李くん、よかった…!」

 小狼の傍に膝をついたさくらの眸が、濡れている。
 胸は痛くはならなかったが、なんだか息苦しい。
 起き上がった小狼は周囲の空間に僅かに残った魔力と、そして哀しみの気配に気づき、
 さくらから目を逸らしたまま問いかけた。

 「あの女魔道士は……逝ったのか…?」

 その言葉の意味を察して、さくらが頷く。

 「うん…。やっとね、クロウさんが亡くなったってこと、わかってくれて…そしたら…」

 小狼は、さくらを見た。
 それではこの少女は、女魔道士の魂を説得し、納得させた上で黄泉に導いたというのか?
 …それは、魔力でねじ伏せるよりも遥かに高度な……いくら修行を積んだからといって、
 簡単に出来るような技ではない筈なのだ。
 小狼の驚きに気づきもせず、さくらは眸に星空を映し、低く囁くように言葉を続けていた。

 「…そしたらね、お水になって、雨みたいになって、いなくなっちゃって……。
  あのひと、お母さんと同じお空のきれいなところに行けたかな…?
  そこで、クロウさんにも会えるかな…?ね、…り、くん……」

 「おい…!?」

 間延びした言葉を残して、さくらはその場にパタリと倒れた。
 魔力の使いすぎと、この数日の疲れがピークに達していたところで、一気に緊張がとけて
 しまったのだろう。
 そこへ、香港の夜空の彼方へ吹っ飛ばされていたケロが、さくらの気配を追って
 ようやくやって来た。

 「さくらぁ〜〜、やっと見つけたでぇ〜〜…ってぇ!?」

 倒れたさくらを見たケロは、弱り果てたようにグルグルと小狼の頭上を飛び回った。

 「あちゃ〜、さくら、倒れてしもうたんか〜。どないしよ−、どないしよ−。
  小娘はともかく、兄ちゃんやゆきうさぎが目ェ覚ましたらマズイで〜〜」

 ここは、建築中のビルのてっぺんだ。
 確かに、どうしてこんなところに居るのかなど説明のしようがない。
 小狼は立ち上がり、周囲を見まわした。
 立ち並ぶビルの向こうにビクトリアピークが黒く稜線を描いている。

 「さくらやったら、≪浮(フロート)≫のカードで皆を下まで降ろせるんやけどな〜。
  小僧では役に立たんしな〜〜」

 「うるさいぞ、ぬいぐるみ」

 手に持っていた宝玉を剣に変えると、小狼はふわふわと漂っているケロに冷たく言った。

 「なんやて――!!」

 しかし、小狼はケロの叫びを無視し、ある一点を見つめたまま呪文を唱えはじめた。

 「小僧?それ、おまえ…」

 ポウッ と倒れた全員を囲むように、コンクリートの上に李家の魔方陣が現れる。
 魔力の波動が緩やかな風を生み、小狼の茶褐色の髪をふわりと梳(す)いた。

 「転移術…!?ち、ちょ、待て!!おまえみたいなガキに、そんな高度な術……」

 ケロの声をも呑み込んで、パアアアッ と光が全員を包む。

 そして光が消えた後には、いくつもの水たまりが鏡のような面(おもて)に
 月と星とを映し出していた。



                                        − つづく −


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 (初出01.5〜8 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)