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 一同は、ビクトリアピークを登るピークトラムに乗った。
 香港島の西に位置する554mの小さな山は、眼下にひろがる夜景の美しさで
 あまりにも有名だ。

 小狼の実家は、ビクトリアピークの中腹にあった。
 ≪百万ドルの夜景≫を一望出来る超高級住宅地である。
 その門前で、さくらは思わず大声を上げた。

 「ほええぇ〜〜。おっきいお家〜〜」

 「当然よ、李一族の本邸だもん!」

 苺鈴が誇らしげに言った。
 以前、知世の家に遊びに行って、その大邸宅ぶりに驚いたことのあるさくらだが、
 小狼の家も部屋数といい、庭の広さといい、良い勝負だ。
 白い壁に傾斜の浅い濃紺の屋根が、香港の強い日差しの下で涼しげなたたずまいを
 見せている。
 さすがに知世は大邸宅慣れしているからか、

 「素敵なお家ですわね」

 と、ニコニコしているだけだった。
 雪兎はというと、まったく素直に、

 「すごいね〜」

 と感心し、桃矢はムスッとした顔で、

 「フン!」

 と言った。
 四者四様の感想に、小狼の返事はない。
 自分が当主であるならばともかく、自分のものでも実力でもないことを評価されても
 仕方がないと思っているのだ。

 家に連絡を入れた結果、四人(と一匹)は本邸に迎えられることになった。
 連絡を受けたのが、さくらと面識のある偉 望(ウェイ ワン)だった…ということもあるが、
 どうやら前もって母には来客のあることがわかっていたらしい。

 黒い中国服を着た二人の男が、小狼に一礼し、内側から門を開く。
 ピークトラムの中で知世のバッグから、さくらの背中のリュックへ移ったケロが小声で言った。

 「…わかるか?さくら。あの黒い服のおっちゃん達も、道士やで。
  この家には強い魔力を持つもんが勝手に入り込めんよう、特別な結界が張られとる。
  あのおっちゃんらが入り口んとこだけの結界を外したから、わいやさくらは中に入れるんや。
  さすがは李家やな」


    * * *


 「女の子のお客さんですって!?」

 「小狼の日本でのクラスメイトだそうじゃないの!!」

 「しかも、二人も〜!!」

 「どっちも、すっごく可愛い子だったわね!!」

 自室に鞄を置いて廊下に出るなり、四人の姉にいっせいに詰め寄られては
 小狼もたじろがずにはいられない。
 どうやら門から屋敷に入って来るのを、窓に張りついて見ていたらしい。
 また、その前に偉からも、多少の情報を仕入れているのだろう。
 小狼が友達を(それも女の子を!)家に連れて来るなど今まで無かったということもあり、
 姉達の騒ぎ様ときたら、それは凄いものだった。

 すらりとしたプロポーションに、整った顔立ち。明るい褐色の髪。
 黙っていれば、四人揃ってモデルのような美しさなのに、とにかくやかましい。

 「で、どっちが本命なの?」

 興味津々といった口調で、姉の一人が問う。

 「……姉上……」

 不機嫌そうに声を落とす小狼に、笑みを浮かべたまま、別の一人が言った。

 「じゃ、どっちがクロウカードの持ち主なの?」

 ハッと顔を上げたとき、小狼はようやく姉達の目に笑いとは違う輝きがあることに
 気がついた。
 ≪クロウカード≫…魔力を持ち、李一族に名を連ねる者で、それを知らぬ人間はいない。
 いかに外見は派手好きで騒々しい若い娘達でしかなくとも、姉達もまた李家の≪道士≫
 なのだから。
 小狼は口を開いた。

 「…髪の短いほうが…」

 そのとたん、姉達は口々にキャーキャー叫びながら、走り去っていった。
 一人、ぽつねんと残された小狼は大きくため息をつくと、客人に出すための茶器を取りに
 厨房へ向かった。

 『そんなことは、私共が』

 と、皆は言ってくれるのだが、本家の令嬢である姉達の醜態を使用人には見せたくない。
 そんな風に考える、苦労性な少年だった。


    * * *


 李家の客間には、座り心地の良さそうなソファーや大きな花瓶に生けられた花々にも
 関わらず、客人を緊張させる重々しさが漂っている。
 知世の家とは全く違う重厚な雰囲気は、百年以上使い込まれた家具達が醸(かも)し出して
 いるのだろうか?
 …もっとも、その住人達が同じように重厚な人々であるとは、限らないようだが…。

 「可愛い〜♪」

 「よく似合ってるわ〜〜♪」

 「いいわね〜♪」

 「食べちゃいたいわね〜〜♪」

 中国風の衣装に着替えた木之本桜と大道寺知世の二人は、小狼の姉達から熱烈な歓迎を
 受けていた。
 色とりどりのチャイナドレスを着た四人の美女に取り囲まれて、さくらも知世も、
 ただ目を丸くするばかりである。
 四人とも、小狼や苺鈴、偉と同様に日本語には全く不自由がない。
 しかし偉に案内され、同じく中国服に着替えた桃矢と雪兎がやって来ると、

 「あっちもイイわね」

 「イイわね」

 「イイわ…」

 「…イイ」

 軽やかな身のこなしで少女達から離れた四姉妹は、

 「カッコイイ〜〜♪」

 「素敵〜〜♪」

 「どんな女の子がいいの〜〜♪」

 「すりすり〜〜♪」

 …二人の青年に群がっていたのだが。
 茶器を運んできた小狼は、予想どおりの様子に、再びため息をついた。

 「あの人たち、李くんの…?」

 さくらの問いに、偉といっしょに桃矢達を案内してきた苺鈴が答える。

 「お姉様たち」

 「四人とも?」

 「…ああ…」

 ドサリとソファ−に腰をおろし、ウンザリと小狼は答えた。

 「明るいお姉様方ですわね」

 感心したように、知世が言う。
 すかさず、ソファーの端に置かれたハートのリュックの中から、ケロがツッコミを入れた。

 「なんや、アヤシイ姉ちゃんらやな〜」

 「ケロちゃん!…ご、ごめんね。李くん…」

 お茶を淹れるのを苺鈴に任せたまま、小狼は何も答える気になれなかった。

  カチャリ

 微かな音をたてて、奥の間へと続くドアが開いた。
 ふいに、空気がピーンと張り詰める。
 弾かれたように、小狼は立ちあがった。
 キョトンとするさくらと知世。次の瞬間、涼やかな音をたてて、美しい女性が入って来た。
 高く結い上げた漆黒の髪。象牙のような肌。切れ長の眸。仙女を思わせる古風な衣装。

 李 夜蘭(リ イェラン)。

 小狼にとって、常に母である以前に李家当主である女性。
 その美しさと神秘的な雰囲気に、思わず見とれるさくらと知世。

 「「「「お母様〜♪」」」」

 呼びかける四姉妹の声に、『えっ!?』という顔で小狼を見る。
 小狼は、それどころではなかったが。

 「バケモンの親玉みたいやな〜」

 「ケロちゃん!」

 …ケルベロスのコメントに対する小狼の思いは、極めて複雑であった…。
 桃矢と雪兎との挨拶を済ませると、夜蘭は真っ直ぐにこちらに向かってきた。

 「礼、なさいませんわ」

 「うん…」

 指先からつま先まで。直立不動のまま微動だにしない小狼の耳に、知世とさくらの
 不思議そうな声が届く。
 それはそうだ。
 当主の許しがない限り、一族の者は言葉を発してはならないし、動いてもならない。
 姉達はあくまでも≪お母様≫としての彼女に対していたが、小狼は≪李家当主≫としての
 彼女に対するよう、物心ついた頃から躾(しつけ)られている。

 小狼へは一瞥も向けず、夜蘭はさくらの前に立つと頭を下げた。
 おじぎをする知世に気づき、さくらも慌ててペコリと頭を下げる。

 「は、はじめまして!木之本桜です!!今日は、素敵なお洋服を貸して…」

 挨拶をするさくらに、腰を落とした夜蘭はつっと手を伸ばし、その顎を取った。

 「強い魔力(ちから)を感じます。……クロウカードを、持っていますね」

 黒い眸が、カードとケロの入ったハートのリュックに向けられる。
 さくらは、小さく頷いた。
 偶然だろうか?桃矢と雪兎は小狼の姉達に遊ばれまくり、この会話は届きそうにない。

 「強い魔力(ちから)は、困難を引き寄せるきっかけとなることもあります。
  特に、この香港では…」

 言葉を切って立ち上がった夜蘭は、静かに言った。

 「泊まっていきなさい」

 「えっ!?」

 思わず驚きの声を洩らした小狼を、夜蘭はじっと見た。
 部屋の向こうで、姉達が

 「「「「やったぁ〜♪」」」」

 と歓声を上げている。
 当主の言葉は絶対だ。彼が口を挟むことは出来ない。
 …もっとも、自分が何を言いたいのかも、小狼にはわかっていなかったのだが…。

 「小狼」

 凛とした声が、空気を震わせる。小狼の身体に、緊張が走った。

 「通知表を出しなさい」

 …なにも、こんな時に言わなくてもいいのでは?

 時々、母がわからなくなる小狼であった。



                                        − つづく −


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 (初出01.5〜8 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)