さくらとハ−トのチョコレ−ト



……一番好きなひとは、今は遠いところにいる
   飛行機に乗ったら5時間くらい
   でも、パスポートのいる外国
   だけど、やっぱりバレンタインにはチョコレートを贈りたい
   ≪大好き≫の気持ちをこめて、わたしの一番のあなたに……



小学生最後のバレンタインデーが近づいてきた、ある日の午後。
いつのまにか木之本家の2月の年中行事となった、チョコレート作りが始められていた。
助っ人の知世と、自称・味見係のケロも張り切っている。

今年選んだのは、クマさんの型。藤隆と桃矢とケロとひいおじいさんと、そして雪兎へ。
ハートの型は小狼へ。でも去年まで使っていたものより、一回り大きな型だ。

「えらい、でっかいやないか〜〜」

自分がもらえるクマさんの3倍はあろうかという型に、ケロは羨ましげな声を上げる。
チョコレートの材料や箱や包装紙などといっしょに、おこづかいでその型を買ったさくらは
照れたように笑った。

「李君はチョコレートはお好きなようですから、きっと喜ばれますわ」

知世がニコニコと言ってくれた。

「ありがとう、知世ちゃん。でも…」

さくらはいったん言葉を切って、とりあえず尋ねてみる。

「どうしてチョコレートを作るのに、知世ちゃんの作ったお洋服着なくちゃならないのかな…?」

バレンタインということで、ハートとリボンをモチーフにしたエプロンドレスは
確かにとても可愛らしく、さくらに良く似合っている。
知世の着ているものと、型違いのお揃いなのもポイントだろう。
作品の出来ばえに満足しつつ、知世は瞳をキラキラさせながら言った。

「今日はさくらちゃんが李君に初めての≪本命チョコレート≫を作るトクベツな日!
 トクベツな日といえば、やはり!!」

「…トクベツなお洋服…なのね…」

「はい!そして記念のビデオ撮影は、お約束ですわ〜〜♪♪」

ビデオを片手にうっとりしている知世に、さくらは『やっぱり…』と肩を落とした。


   * * *


四年生の時から始まったバレンタインのチョコレート作りも、今年で三度目。
手作りとは言っても、市販のものを溶かして型に入れるだけだ。
それでも心をうんとこめて、いままで作ったどれよりも美味しくなるように願って。
世界に一つだけのチョコレートを、世界に一人だけのひとのために。

「できたぁ!」

さくらが嬉しそうな声を上げた。
一番大きなチョコレートは大きいだけになかなか固まらず、型から抜くのにも気をつかったが
綺麗なハートの形に仕上がった。
ストロベリーチョコレートで書いたピンクのメッセージ……知世やケロが見ている手前、
『小狼くんへ さくら』とだけ……も崩れずに、丸みのあるさくらの筆跡そのままに描けている。

「これであとはラッピングして、香港へお送りするだけですわね」

「ありがとう、知世ちゃん。小狼くんへのチョコレートは、明日送るよ。
 ひいおじいさんへのチョコレート、また知世ちゃんのお母さんにお願いしちゃってごめんね。
 お父さんたちへの分は、バレンタインデーまでどこかにしまっておかなくちゃ」

ハートのチョコレートが固まるのを待つ間に、リビングでラッピングをすませた5つの
チョコレートを思い浮かべながら、さくらが言った。

「えぇ〜バレンタインまで待つんか〜〜!?」

ボールに残ったチョコレートをスプーンで舐めていたケロが、不満そうに抗議した。

「まだ何日もあるやないか〜〜。なな、さくら、わいの分だけ先に…」

「だめだよ。先に食べちゃったらケロちゃん、バレンタインの時も欲しがるじゃない。
 残ったチョコレートは食べちゃっていいけど、クマさんのは14日!」

ケロの申し出を即座に却下するさくら。

「そんなん不公平やないか〜。小僧はなんもしてへんのに、あないにでっかいチョコもらえて
 お手伝いしたわいはその半分もないちっこいチョコと、ちょびっとだけの残りモンなんやで。
 ちょっとぐらい早うくれてもええやないか〜〜」

ケロがゴネるのには、それなりのわけがある。
香港の小狼との手紙のやりとりにかかる切手代や、国際電話の通話料金を自分のおこづかい
から出しているさくらは、他の支出を切り詰めざるを得ない。
と、いうわけでケロのおやつ代もただならぬ打撃をこうむっているのだ。
げに、食べ物の恨みはおそろしい。ここぞとばかりにケロの日頃の不満が爆発する。

「いやや〜いやや〜ちょこれいと〜〜〜!!!」

台所のカウンターの上にひっくり返って暴れるケロ。
まるで、弟か妹が生まれたとたんに≪赤ちゃんがえり≫する小さな子供のようだ。
呆れるさくらと、微笑む知世。
しかし、転げまわったひょうしにカウンターの隅に置かれていた電気ポットのコ−ドに
ケロの羽根がからまった。

「どわっつ!?」

「「ケロちゃん!!」」

びん と音をたててコ−ドが引っ張られ、ポットが倒れる。

 ゴトッ!! ガッシャ――ン……ンワワヮ……ン…ワヮァ……ヮァ…ァ……ンン………

耳障りな金属音が、キッチンに響き渡った。
倒れたポットは、カウンターに出されたままになっていたお菓子作りの道具を床に落とし
さらにチョコレートを冷やすための天板の端をかすめたのだ。

辛うじて床には落ちなかったものの、天板は片方を大きく跳ね上げると、ちょうど金属製の
お盆を床に落としたような派手な反響音たてながらタップを踊り、やがて大人しくなった。

「ケロちゃん、おケガは?」

声をかける知世に、ケロは目を回しつつカウンターの上にへたりこんだままで答える。

「び、びっくりした〜〜」

「チョコレートが…!」

さくらが震える声でつぶやいた。
はっとして天板の中を見ると、さっき跳ね上げられた衝撃でハートのチョコレートには
大きくひびが入り、4つほどに割れてしまっていた。

「…ご、ごめんや、ごめんや〜さくら〜〜」

真っ青になったケロが、しどろもどろに謝った。
だが、さくらはその声も耳に入らないようで、ぎゅっと両手を胸の前で握りしめたまま
うつむいている。

「溶かして型に入れれば、もう一度作れますわ」

知世が優しく言った。床に落としたわけではないのだから、このまま溶かせば…。
しかし、さくらは力なく首を横に振った。

「だめだよ…。だって、香港まで運ばれるときに揺られたり、落ちたりしたら…小狼くんの
 ところに届く前に、割れちゃうよ…」

「さくら…。そうや!まえに知世がくれた、丸くてちっこくってやわらか〜いチョコ!
 あれやったら割れたりせんやろ?」

「トリュフ…ですわね。ええ、あれなら香港まで運ばれても、きっと大丈夫…」

「ダメだよ!」

さくらは強い口調で、ケロと知世を遮った。

「ハートじゃなきゃ、ダメ!!」

その、さくららしからぬ激しい剣幕に、あっけにとられるケロと知世。

「…さくらちゃん…?」

「あ…。ご、ごめんね、知世ちゃん…」

はっと我に帰ったさくらは、うつむいて唇を噛みしめた。

……やっと気づいた≪本当の一番≫のひとに初めて贈るチョコレートだから
   今までで一番大きなハートの形にしたい……。

さくらの気持ちが汲み取れるだけに、知世はなんと言えば良いかわからなくなった。
≪割れ物注意≫で送ることも出来るだろうが、さくらにとっては≪割れてしまうかもしれない≫
ことが問題なのだ。
けっして、壊れてしまってはいけないものだから。
そして、さくらはさくらで一生懸命に自分を納得させようとしていた。

……知世ちゃんやケロちゃんの言うとおりだよ。
   どんなチョコレートだって、きっと小狼くんは
   わたしの気持ち、わかってくれる。
   だから、笑って言わなくちゃ。
   『そうだね。今年はそうするよ』って……。

ケロはといえば……困り果て、ふよふよと宙に浮いているだけである。
ふと、知世は床に散らばったお菓子作りの道具に目を止めた。
いろいろな大きさと形をした、お菓子の型だ。
マドレーヌやカップケーキやクッキーや…。

「…さくらちゃん」

「うん、知世ちゃん。わたし…」

滲む涙をこらえて笑おうとしたさくらに、知世はにっこりと言った。

「今年のチョコレートは、時間をかけた力作になりますわね」

「……ほえ?」


   * * *


2月14日、香港。

「小狼様、日本のさくら様からお届け物がございました」

学校から戻った小狼に、偉がうやうやしく声をかけた。
日本で二度、この日を過ごした小狼だから、期待していなかったと言えば、嘘になる。

「ありがとう」

小包を受け取った小狼は、偉に礼を言うと一見、平静な顔で自分の部屋に向かった。
そして、

 パタン

ドアを閉めると同時に、ぼっと派手に赤面した。
鞄を放り出すと、制服のままベッドの上に座り、小包を開ける。
綺麗にラッピングされたリボンと包装紙をあわただしく解くと、中から真っ赤なハートの形をした
箱が現れた。
そこで一瞬、手を止めた小狼は、意を決したような顔で、その蓋をとった。

「…こんなに、いっぱい…」

中には、おそらくクッキー型で作られたのだろう小さなハートのチョコレートがぎっしり詰まっていた。
大きなものを一つ作るより、よっぽど時間がかかっただろうに。
小狼は添えられたピンク色のカードを手に取った。

『本当は、うんと大きなハートのチョコレートを小狼くんにあげたかったの。
 でも、小狼くんが開けたとき、割れちゃってたらやだなって思って小さいのをいっぱい作りました。
 全部で53コあるの。さくらカードと同じ数です。
 どのカードさんにも小狼くんとの思い出があるけれど、その中の1枚はトクベツなの。』

 トクベツな1枚は、すぐにわかった。
 1コだけがストロベリーのチョコレート…ピンクのハートだったので。

『それはね、いまは≪無≫のカードさんと一緒になって、≪希望≫のカードさんになったけど
 その前は名前がなかったの。
 小狼くんがわたしの≪本当の一番≫だって教えてくれた≪ハートのカード≫さんだよ。』

小狼の口元に、笑みが浮かんだ。


……でも、日本って不思議な国だな。
   女の子が男にプレゼントする日だなんて。
   普通は……。


   * * *


同日、日本。

花屋の店先で、アルバイト中の木之本桃矢は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「……何だって、俺が……」

ぶつぶつと文句を言いつつ、丁寧に薔薇の棘を抜いている。
その横で、同じくアルバイト中の月城 雪兎が笑いをこらえていた。

この店は、インターネットで世界中の主な都市の花屋と提携している。
都内の本店からこの友枝町の支店に、今日をお届け日に指定した花束の注文の指示が
きていたのを、店主がアルバイトの二人に頼んだのである。
発注元は香港。
その依頼主の名とお届け先を見てから、桃矢の不機嫌は続いていた。

『ちょうど良いから、バイトの時間が上がったら持って帰ってよ』

何も知らない店主は、無口な大学生アルバイトがますます無口になったことには気づかず
呑気にそう言った。
眉間に縦皺を寄せながら、形の良いピンクの薔薇のつぼみを選んでは、棘を抜いていく桃矢に
雪兎が声をかける。

「ねえ、と−や。薔薇の花びらって、ハートの形に似てるよね」



……一番好きなひとは、今は遠いところにいる
   だけど、やっぱりバレンタインだから
   この気持ちを贈りたい
   世界で一番の≪大好き≫を……



                                   − 終 −


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アニメ版小学校六年生のバレンタインについての想像…もとい、妄想です。
小狼君への本命チョコ作りに勤しむさくらちゃん…vv
李少年、苦節三年です!!(笑)
最後の小狼君については、小学生らしくないとお叱りを受けてしまうかもしれませんが
私の≪願望≫ということで。
彼は十二歳にして生活力のある御曹司なんですvv(My設定)

(初出01.2 投稿させていただいたサイト様は、既に閉鎖しておられます。)