我個好朋友 〜 ワタシノ タイセツナ オトモダチ 〜 暗く、長い夜が明けた。 光と共に、失われたものは全て元に戻った。 街も、人も。 …そして、新たに生まれたものも…。 知世お手製のお揃いのバトルコスチュームをボロボロにして、さくらと小狼は無事に 帰ってきた。 手を、繋いで。 ようやくさくらは小狼へ想いを告げることが出来たのだ。 さくらは涙を浮かべて苺鈴に言った。 『ありがとう、苺鈴ちゃん。苺鈴ちゃんのおかげだよ…!』 それを少しはにかんだような微笑みで見守る小狼。 優しい、瞳。 ……ホンノ少シダケ、胸ガ痛ンダ…。 『苺鈴ちゃんは、本当にお優しいんですね』 日本に着いた最初の日、小狼をさくらの家へ送り届けた帰り道で、知世は言った。 ………違ウ。ソンナンジャナイ。 今ノママジャ、私ガツライカラ…。 小狼の告白に、返ってこないさくらからの返事。 二人の間で幾度かやりとりされた手紙も、お互いに他愛のない近況報告ばかり。 このまま時間が経てば、修行や勉強に忙しい毎日の中で、日本のことも彼女のことも 小狼は忘れていくのかもしれない。 ふと、そんなことを考えた自分が、嫌だった。 ………コノママジャ、マタ期待シテシマイソウダカラ…。 マタ、小狼ノコト、見ツメテイタクナルカラ……。 これで、やっと本当の終り。 この胸が痛むのも、きっとこれが最後。 ………イツマデモ痛イノハ、イヤナノヨ! 後バカリ、フリカエルノモイヤ…!! だから、これは自分のため。 自分が、古い恋をふっきるためにしたこと。 ………優シイカラナンカジャ、ナイ……! * * * あの後、はしゃぐ知世に≪記念の2ショット≫を撮られまくった二人は、突然力尽きた ように倒れ、眠ってしまった。 無理もない。 夜通しカードと戦っていたのだし、その前の夜もほどんど眠ってはいなかったのだから。 本当は今日の昼の飛行機で香港に帰る予定だったのだが、慌てて家へ連絡を入れた。 もう少し日本にいたいという願いを、意外にも苺鈴の母はあっさりと許した。 香港の李家でも友枝町の異変には気づいており、つい先程までかなり緊張した状態が 続いていたという。 その緊張が解けたとき、李家の当主であり小狼の母でもある夜蘭は、苺鈴の母にこう 告げた。 『苺鈴から連絡が入ったら…好きにさせておやりなさい』 小狼への言伝が何もないというところが、夜蘭おばさまらしいと苺鈴は思った。 滞在を、もう一週間伸ばした。 もろもろの手続きは、偉がやってくれるという。 昼をとっくに過ぎて、ようやく目を醒ました小狼はそれを聞き、ぱっと顔を輝かせ… そして、照れくさそうに礼を言った。 『…ありがとう…』 ………マダ、ホンノチョットダケ、ちくりトスルヨ…。 * * * 昨夜とはうってかわった、星と月の輝く明るい夜だった。 その穏やかな静けさをやぶって、苺鈴の憤懣やる方なしという声が響く。 「まったく、どうしてああなのよ!なんで、≪みんな一緒≫なわけ!? ≪二人っきりでどこかへ≫っていう発想が、どうして出てこないのよ〜!!」 ここは、知世の部屋。 夜もふけたが、眠るには少し早い時刻。 もっとも、まだ体力の回復しきらない小狼は、早々に床に着いてしまった。 ホテルへ移ろうとしたのだが、知世に薦められ結局もう一週間、大道寺家のお世話に なることになったのだ。 ちなみに苺鈴の不満は、しばらく前にかかってきたさくらからの電話が原因である。 柊沢エリオルが、イギリスから到着したと連絡があったのだ。 『なによお、今ごろ〜〜!』 苺鈴は文句を言ったが、電話の向こうのさくらは嬉しそうだった。 『だからね、明日、エリオル君にお家に遊びに来てもらうから、みんなにも来て 欲しいの! お父さん、またケーキ焼いてくれたし、それに…』 ≪みんな≫というところが、いかにもさくららしい。 もっともそれを言うなら、なんの疑問もなく、 『ああ』 と答えた小狼も、あいかわらずなのだが。 「せっかく両想いになったって、ぜんっぜん!変わってない〜〜!!」 「さくらちゃんですもの」 知世に切り返され、苺鈴はため息をついた。 「そうね…。小狼も、やっぱり小狼だしねぇ…」 腹立ちまぎれに目の前のクッキーを口に放り込んだ。 テーブルの上には、二人分の紅茶。お皿に盛られた焼き菓子。 ふと、あの日のことが思い出された。 『泣いてやる…!小狼のことで二度と泣く気にならないくらい、死ぬほど泣いて やる…!!』 あれは去年の12月。 もう、8ヶ月も前のこと。 その言葉通り、あの日以来苺鈴は小狼を想って泣いたことはなかった。 ……胸の痛みは、なかなか消えてはくれないとしても…。 それでも、とても楽になった。 笑って小狼に接することが出来た。 それは、目の前の彼女のおかげ。 小狼に婚約の解消を告げたあの日。 行き場を、くれた。 『なにかあったら、私を思い出して下さい』 本当に優しい人だと、思う。 紅茶に映った自分の顔を眺め、苺鈴は静かにカップを置くと、明るい微笑みを浮かべて 言った。 「私、まだお礼をしてなかったわね。大道寺さんに」 苺鈴の言葉に、知世は驚いたふうもなく微笑んだ。 きっと、同じことを思い出していたのだろう。 「…では、一つだけお願いがありますの」 「なあに?あなたには、ホントお世話になったし、私に出来ることだったら何だって…」 言いかけた言葉が、ふいに途切れた。 目の前に座る知世は、いつものように優しく微笑んでいる。 だが、その菫色の瞳からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。 「…お膝を…貸していただけますか…?」 返事を待たず、彼女はソファーから腰を浮かせて苺鈴の膝にすがりついた。 …まるで、あの日の自分のように。 「…ずっと前から判っていました。この日が来ることは。 この日が来ることを、ずっと願っていました。さくらちゃんのために…」 そこにいるのは、≪さくらちゃん、李君に告白するの図≫を撮るのだと瞳を輝かせて いた彼女ではなかった。 涙と共に、言葉が…想いが、溢れはじめていた。 堰を切ったように、とめどなく。 「…ずっとずっと、さくらちゃんだけを見てきました。 三年生になった日、最初にご挨拶して下さった時から、ずっと…。 三学期に月城さんが転校してこられて、さくらちゃんはあの方のことを好きになった。 でも、それはさくらちゃんにとって、本当の≪恋≫とはちょっと違うと判っていました。 もう少し大人になれば、気がつくと知っていました。 …さくらちゃんが幸せで、お可愛らしくて…。それがただ、嬉しいだけでした……」 へんな子だと、思っていた。 いつもビデオを片手に、さくらの後を追いかけていた。 まるで、アイドルを追いかける熱狂的なファンのように、彼女はいつもさくらに夢中 だった。 「…でも、李君がいらして…。 はじめは、判らなかった。李君にも、さくらちゃんにも、そんな気持ちはなかった 筈なのに。…気づいた時に、はっきりと判りました。 私では、ないのだと。私はけっして、さくらちゃんの≪本当の一番≫にはなれないと。 私は…一番の…お友達なんです……」 おかしな子だと、思っていた。 とても器用でいろんなことが出来るのに、彼女はその才能をさくらにつぎ込んでいた。 『あんなに可愛い服が作れるのなら、なんで自分の着るものを作らないの?』 まだ日本にいた頃、尋ねたことがある。 『さくらちゃんに着ていただきたいからですわ』 それが、彼女の答えだった。 ………どうか、無事に帰ってきて下さい…。 そんな想いが込められていたのだと、昨日、初めて知った。 「…それでも不思議なのは、私が李君を嫌いになるどころか、とてもとても、好きな ことですわ。 さくらちゃんが、一番に好きになる方ですもの…。素敵でない筈がありません。 危ない目に合いそうな私のことを、何度も庇って下さいましたわ。 私が…さくらちゃんを助けていると、そう言って下さいました。 …李君だけが、気づいて下さった…。私が、一番に望んでいることを」 小狼は、判っていたのかもしれない。 彼女の、本当の気持ち。 『これを着て、さくらちゃんを助けてあげて下さい』 『…ああ』 短く応えて、差し出されたコスチュームを受け取っていた。 「…だから、李君ならと思いました。さくらちゃんの一番が李君なら、きっと私は喜べ ると。さくらちゃんが、一番の笑顔でいて下さるなら。 …でも、それでも…。やっぱり今は、今だけは……!」 彼女は、知っていたのだろうか? いつか、自分も泣く日が来ると。 『私が世界で一番好きなのに!ぜったいに誰にも負けないのに…!! どうして、こうなるの…!?』 8ヶ月…いや、もっとずっと前から。 この日が来るのが判っていて、それでも…? 細い泣き声が、膝の上で震える。 強いひとだと はじめて、そう思った。 泣きながら、以前にこんなに泣いたのは何時のことだったろうかと知世は思った。 どうしてだったのか、覚えてはいない。でも、泣いた膝は母のものだった。 だが、もう母親の前では泣けない。 ≪わたしの撫子≫のことを、あんなにも想っている母の前では。 その結婚を祝福できなかったことを、今も悔やんでいる母の膝では…。 本当は、ひとりで泣くつもりだった。 そうしなければ、優しいひとたちに心配をかけてしまうから。 でも……。 はらはらと頬に落ちかかる温かい雫に、知世は涙に濡れた顔を上げた。 「…苺鈴ちゃん…?」 苺鈴は、溢れはじめた涙を止めようとは思わなかった。 今泣くのは恥ずかしいことではないと、自分の心が告げていた。 ずっと まっていた ずっと おそれていた それが今 終る ようやく終る 終って…しまう… 「…わ、わたしってば、こう見えて涙もろいから! でも、誤解しないでね! 私はあの時、小狼のための涙は、ぜーんぶ流し尽くしちゃったの!! …だから、これはきっと……」 同情とは、違うと思う。でも、その痛みは伝わるから 私自身の痛みとなって、この胸が震えるから 想いを伝える言葉のように、涙が溢れて止まらなくなる。 「…泣いちゃおう!ちょっとはスッキリするわよ!! 経験者が言うんだから、間違いないわ…よ…っ……、〜〜〜………」 「…はい…」 微笑みと涙とが 手をとりあい 優しいハーモニーを奏でる夜 ゆっくりと閉じていく二度と戻らない子供の時間(とき) 叶わなかったけど 届かなかったけど それでも、この恋は本当だった * * * 私達は、望んでる。 大好きなひとが、幸せになることを。 私達は、願ってる。 大好きなひとが、ステキなひとであり続けることを。 それは、私達の誇りになるから。 私達の励みにもなるから! いつかきっと、あの二人に負けないくらいステキな恋をするの。 その恋のために、もちろん二人には協力してもらわなくちゃ。 うんと心配させたり、おせっかいさせたり、ね。 そしていつか、叶わなかった初恋の話をしようよ。 そんな話を、笑って出来るようになろうよ。 いつか、いつかね。 ……わたしと一緒に、話をしようよ…… − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** 「封印されたカ−ド」三連作の最後。 『こんなの苺鈴ちゃんじゃない!』 『知世ちゃんじゃない!!』 と思われてしまうかもしれません。 でも、私は彼女達がとても好きです。 二人が居なければ、「さくら」という作品をここまで好きにはならなかっただろうと思うほどに。 タイトルの「我個好朋友」はTV版第60話「さくらと大切なお友達」の最後で苺鈴ちゃんから さくらちゃんへの手紙に書かれていた言葉です。 次の第61話の始めで小狼君の口から 「『私の大切な友達』って意味だ」 と説明されていました。…補足まで。 (初出00.12 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。) |