クリスマスに魔法をかけて



12月24日、クリスマスイブ。
日本中のイルミネ−ション・スポットが恋人達でひしめいている夜に、友枝中学校二年生の
木之本 桜は黙々と編み物に勤しんでいた。
夜遅くまで熱心なのは、それが≪一番≫の相手へのプレゼントだからに他ならない。

「ご−、ろく、なな、はち…」

声に出して編み目を数えながら、ゆっくりと丁寧に。
三年ぶりに編み棒を手にするさくらの手際は、お世辞にもあまり良いとは言えない。
今年のプレゼントは手作りは止めておく筈だったのに、ウィンドウショッピングを繰り返した挙句の
土壇場になって
『やっぱり手作り!!』
…となるのが、さくらの毎度お決まりのパタ−ンとなりつつあった。

香港に住む小狼の従妹、李 苺鈴に言わせれば、
「別に手作りにこだわらなくたって、小狼は何もらっても喜ぶのに…。
 ほんっとに木之本さんって、≪ぽややん≫で要領が悪いんだから!!」

一方のさくらの親友、大道寺知世が言うならば、
「さくらちゃんが李君に贈りたいのは、モノだけではないのですもの。
 そこが≪ふんわり≫として、さくらちゃんらしいのですわ〜♪♪」

小狼の誕生日やらクリスマスやらが近づくたび、相談を持ちかけられる二人のリアクションも既に
お決まりのパタ−ンである。

「さん、し−、ご−、ろく…」

時計の針が真上に近づいても手を止めようとしないさくらに、ケロが声を掛けた。

「ど−せ、小僧に渡すんは年が開けてからなんやろ?急いで編まんでもええやんか〜」

知世から一足早いクリスマス・プレゼントとしてもらったゲ−ムに熱中していてさえ、さすがに
欠伸が止まらない時刻である。

「そうだけど…。クリスマス・プレゼントは25日に渡すでしょ?
 だから本当には渡せなくても、≪渡せるように≫準備しておきたいの。
 小狼くんに渡した≪引換券≫が、ちゃんと使えるように」

手元から目を離そうとせず、さくらは編み針を動かし続ける。
三年前、初めて編んだマフラ−と同じ緑とオレンジの毛糸玉がベッドの上でくるくると転がる。
ほんの少しだけ残っていた≪あの時≫の毛糸と、そっくり同じ色の糸を捜すのに手芸店を
幾つも回ったのだ。

「しっかし、小僧も気ィ利かんな〜。
 クリスマス・イブゆうたら、カップルがベタベタイチャイチャする日やないか。
 今日ぐらいさくらといっしょにおって、それから香港に帰ってもよかったんとちゃうのんか〜?」

≪カードの守護獣≫は常に主の味方である。
それでなくとも小狼と気の合わないケロは、ブツブツと文句を言う。
さくらはケロのセリフの一部にだけ反応して頬を赤らめた。

「イチャイチャって…。(/////)けど、そういうのって日本だけみたいだよ?
 ホントは家族で教会に行って、静かにお祈りをする日なんだって。
 エリオル君も、苺鈴ちゃんも言ってたし。…それに、」

さくらは一旦言葉を切って、視線を編み目に戻すと自分に言い聞かせるように呟いた。

「……お仕事なんだもん。小狼くん、普通の中学生とは違うんだもん。
 普通の中学生じゃないから、日本に居てくれるんだもん」

俯いたまま手元を動かし続けるさくらに、ケロはセーブを終えたゲームから離れた。
ふよふよと白い羽根で飛んでくると、小さな手をさくらの頭にそっと置く。

「一日中はしゃいどって、さくらも疲れたやろ。そろそろ寝ぇへんと…。
 ……あんまし無理、したらアカンで?」

今日は知世の母が社長をしている会社で新作ゲ−ムのPRを兼ねたイベントがあったのだ。
迎えに来た知世が妖精のお姫様の格好をしているのに驚いているヒマもなく、さくらは
少女剣士の衣装を着せられた。
もちろん事前にそんな話は聞いていなかったのだが、眸をキラキラさせた知世に本日の力作の
説明をされると、何も言えなくなるのがさくらの常である。
会場に着けば、カメラや携帯を持ったアキバ系の集団に取り囲まれるし。
バイトで、やっぱりゲ−ムのキャラクタ−に扮した桃矢と雪兎にバッタリ会うし。
バッグの中で大人しくしているという約束で連れて行ったケロは、何度も抜け出そうとするし。
本当に、賑やかで楽しい一日だった。
…賑やかに楽しく過ごそうと、決めていたから。
小狼が着(せられ)る筈だったという少年剣士の衣装を、芸能プロダクションから呼ばれた
男の子が着ているのを見た時だけ、上手く笑えなかったけど。

「………うん、だいじょうぶ。」

さくらは小さくうなづいた。


小狼が日本に戻って初めてのクリスマス。
だが、小狼は二学期の終業式を終えた足で香港に戻った。
李家からの連絡で、どうしても帰らなければならない用が出来てしまったのだ。

それを告げられたのは終業式の前日だ。
小狼が冬休みに香港に帰るのは知っていた。
夏休みも、春休みも、ゴールデンウィークも。
長いお休みのほとんどは香港に戻って、“李家の道士”としてやるべき仕事をこなす。
それが、日本で暮らすための条件だったのだ。

けど、今年の冬休みは26日の飛行機で帰ると、そう言っていたのに。
24日は知世に招待されたゲームのイベントに二人で行って、
25日は木之本家のクリスマスパ−ティ−に来てもらって…。
ケ−キもお料理も飾りつけも着る服も、ずっと前から考えていた。
プレゼントも、その時に渡す筈だったのに。

小狼も、そのことは良く知っていたから。
突然の予定変更を告げる声は辛そうだった。


   『ごめん…、さくら』
   『できるだけ早くもどるから』
   『電話は出来ない。さくらが掛けてくれても、おれは出られない』
   『何があるのかは、言えない…。けど、心配しなくていい』


さくらはパジャマの上に羽織ったカ−ディガンの袖で、ほんの少し目尻を擦った。
それからまた声を出して編み目を数え始める。

「いち、に−、さん、し−…」


   * * *


濃緑の式服に着替えた李 小狼は、時計の針が午前0時を過ぎたことを確認し、胸元から
一通の封筒を取り出した。
終業式の朝、迎えに来た小狼に遅刻ギリギリで飛び出して来たさくらが手渡したものだ。

   『これ、クリスマス・プレゼントの≪引き換え券≫なの!!』

ピンク色の封筒よりも、もっともっと赤味の強い眸で、ニッコリと笑って。

   『昨日の晩、いっしょうけんめい頑張ったんだけど間に合わなかったから…。
    だから、次に会った時に小狼くんにプレゼント渡すね!!』

うなづいて、通学鞄に封筒をしまう小狼にさくらは言った。

   『それからね、≪引き換え券≫はクリスマス・カ−ドと一緒だから。
    25日になったら、この封筒を開けてね』

封筒を裏返し、桜の花びらを模(かたど)ったシ−ルを丁寧に剥がす。
開いたとたん、中からふわりと魔力の気配が溢れ出した。
宝玉を掴んで身構えた小狼だが、この気配には覚えがある。
見つめる小狼の前で、やわらかな気配はある形を作り、≪声≫を発した。


    『小狼くん、メリ−クリスマス!!
    ……驚いた?
    今日はトクベツな日で、小狼くんはトクベツなわたしの≪一番≫だから。
    魔法を使っちゃったこと、怒らないでね。
    それにケロちゃんとユエさんにも、カ−ドさんにも、ちゃんとお話して、いいよって
    言ってもらったから。
    あったかい香港から、寒い日本へ来てくれる小狼くんに、あったかいプレゼントを
    用意してまってます。
    このカ−ドさんが、プレゼントの≪引き換え券≫だから。
    でも、プレゼントは…、あんまり上手じゃないから。期待しないでね。
    小狼くんの≪ご用≫って、何なのかわからないけれど。
    大変なことだったら、無理しないで。危ないことだったら、ケガしないで。
    今日は会えなくても、わたしはだいじょうぶだから…。
    小狼くんのお母さんや、お姉さんたちや、苺鈴ちゃんにもよろしくね。
    さくら、より』



託されたメッセ−ジを伝え終えた≪声(ボイス)≫は、小狼に向かってペコリとお辞儀をした。
かつて大道寺知世の声を盗んだカ−ドだが、さくらの魔力は≪声(ボイス)≫をこんな風に
使いこなしている。
あるいは、電話もテ−プレコ−ダ−も無い時代を生きたクロウ・リ−ドも、大切なメッセージを
伝えるために≪声(ボイス)≫を創ったのかもしれない。

長い髪の可愛らしい姿が空気に溶けて、その形を失う。
カ−ドに戻り、ひらひらと降りてきたそれを捕らえると、小狼は呆れたように呟いた。

「…あいつ。≪主≫がカ−ドを手元から離すなんて、何考えてるんだ…?」

日本に帰ったら、まず一番に説教だ。
さくらはもちろん、ケルベロスと月(ユエ)にも意見しなければならないだろう。
もっとも、雪兎の中で眠る≪守護者≫が素直に出てくればの話だが。

カ−ドを封筒に戻し花びらのシ−ルで閉じると、小狼は式服の胸元に封筒を収めた。
そして日本では1時間早くクリスマスを迎えていることを思い出し、少しだけ顔を赤らめる。
この家の中で、さくらのことを思うときだけ彼は14歳の少年に戻るのだ。

「……小狼様。出発の時刻です」

偉の声に、小狼は短く答えた。
李家の道士の顔で。

「今、行く」

≪大変≫な仕事が待つ、≪危険≫な場所へ赴くために。


   * * *


「できたぁ〜!!」

時計の針が午前1時を示す頃、さくらはやっと顔を上げた。
今年のさくらのプレゼントは手編みの手袋だ。
それも、ミトンではなく五本指で編んだから、さくらにはかなり難しかった。
五年生の時に編んだマフラ−…小狼は12月に入るや、それを首に巻いて通学していた…と
お揃いになるように同じ緑色で、手首にはオレンジのラインが入っている。

「あとはラッピングして、完成〜っと♪」

これも前もって準備していた緑の包装紙と赤いリボンを取り出したさくらは、時計を見て呟いた。

「もう、クリスマスなんだ…。」

香港でも、と。最後の一言は心の中に押し止める。

「そ−やで〜、そろそろ寝んとサンタはんも来ぃへんでぇ〜〜」

先に寝床についていたケロが、引き出しを明けて眠そうな顔を覗かせる。
だが、さくらは勉強机の上に置いていた淡い緑色の封筒を手に取った。
出掛ける時もコ−トのポケットの中に忍ばせて、何度も確かめるように撫でていた封筒だ。

「25日になったから、もう開けてもいいよね?」

それは終業式の日、空港へ向かうバス停で小狼がさくらに手渡したものだった。

   『小狼くんも、≪引き換え券≫?』

尋ねるさくらに、小狼は珍しく曖昧な態度で口ごもっていた。
けれど、プレゼントが間に合わなかったことを気にしていたさくらは、むしろホッとしたのだ。

   『わたしと小狼くん、同じだね!』

そう言って、通学鞄に封筒をしまうさくらに小狼は念を押した。

   『25日になってから、開けてくれ。
    ……出来るだけ、他には誰も居ないところで』

まだ眠る気の無いさくらを諦めたのか、机の引き出しは閉じられている。
それを確認してから封筒を裏返すと、朱色のゴムのようなもので封がされていた。
ハンコのような中国語の文字が読めるが、キレイに外すことは出来ないようだ。
恐る恐る、さくらが封を切ったとたん、ケロが机から飛び出してきた。
あっという間に黄金の獅子に姿を変えて、大声で吼える。

「さくら!その封蝋(ふうろう)、なんぞ魔力で仕掛けがされとるぞ!!」

「…え?」

中からふわりと魔力の気配が溢れ出し、部屋を漂う。
月(ユエ)の持つ冴え冴えとして鋭く、澄み切った気配と良く似ていて、少し違う。
けれど、さくらが良く知っている気配。
凛とした月の魔力はさくらを包み、彼女の耳に封じられていた≪声≫を伝えた。


   『今年のクリスマスは日本で過ごす約束だったのに、守れなくてすまなかった。
    …もしかしたら来年も、再来年も同じかもしれない。
    クリスマスや大晦日や正月や、…さくらの誕生日や。
    大事な日に、さくらの隣に必ず居る約束は、おれには出来ない。
    けれど、必ず戻ってくる。…だから、その日は空けておいて欲しい。
    メリ−クリスマス、さくら』



小狼の声が途切れると、封筒の中にあった護符の文字が消えて行く。
中央の≪韻≫字が見えなくなると、護符はただの白い紙切れになった。
その下には映画のチケットが2枚。
この冬一番人気の話題作で、指定席の日付は1月3日だった。

「この映画、すっごく観たかったの!
 今日、知世ちゃんがプレゼントしてくれたふわふわのワンピ−スにしようかな?
 でもでも、3日だったらまだ着物でもおかしくないよね?お父さんにお願いしてみようかな?」

「……アホらしゅうて、やっとられんわ」

浮かれる主に溜息を一つ吐き、封印の獣はちらりとベッドの上を見た。
ラッピング用の紙の上に重ねて置かれた手袋は、さくらにしては上等の出来栄えだ。
…が、次の瞬間。黄金の眸はある重大な事実を発見する。

「……なあ、さくら」

「なあに、ケロちゃん♪」

笑顔満面の主に水を差すのは誠に不本意なのだが、しかたない。
これも≪なかよし≫の努めである。

「小僧の右手って、指何本あったやろか?」


暫しの沈黙。
さくらの目が、ベッドの上の手袋に移動する。
左手の指は 1・2・3・4・5。
右手の指は 1・2・3・4・5…、6。


「ほええええぇ〜〜っ!!?」


クリスマスを迎えた木之本家には、鈴の音の代りにさくらの大絶叫が響き渡る。


「ぜ〜んぜん、≪静(サイレント)≫やない夜やなぁ〜」

仮の姿にもどった封印の獣は、引き出しの中に潜り込みながら呟いた。



                             − 終 −


TextTop≫       ≪Top
  中学2年生、小狼君が友枝町に戻って最初のクリスマスの設定です。
  クリスマス話なのに大晦日の更新ですが…、掲載してしまえば同じさぁ〜。
  (同じことをつい最近、別コンテンツでも書いたことは置いといて:汗)
  彼氏が仕事に追われ、約束もままならないカップル。但し、中学生。
  それってどうなの〜?とは思うものの、小狼君が友枝町に戻って、全てが
  ≪めでたしめでたし≫ではないだろうな〜。あの家だし。
  …とか考えてしまう私は根性曲がりです。(汗)
  ゲームイベントでの話とか、李家のクリスマス風景とか、つい嫌味を言って
  しまう桃矢兄ちゃんとか。
  盛り込みたいエピソードは沢山あったのですが、今回は省略。
  そして、≪何の為に使うのかよくわからんカード≫私的ランキング上位の
  ≪声(ボイス)≫の使い道を考えてみるとこんなカンジになりました。
  声を一時封印して解放する魔術は、小狼君にも使えるということで。
  所詮、発想が似たものカップル。
  毎度ながら、捏造設定の大盛一丁話で失礼いたしました。(汗)