月の裏側



− 6 −

壮絶なまでの賑やかさの中で、20分はあっという間に過ぎた。
先に降りていたさくらと小狼は、続いて降りる三人を困惑した表情で見ている。

『いったい、何を話していたんだろう?』

という心の声が、二人の顔に書いてあるようだ。
しかし、知世の手提げから上半身を覗かせている黄色いぬいぐるみに気づいたとたん、
同時に血相を変えた。

…端で見ていると、まるで双子のように同じリアクションをするので面白いのであるが…。

慌ててぬいぐるみを受け取ったさくらは、ストールと振袖で隠すようにして、お説教を始めた。

「ケロちゃん、大人しくしてるって約束でしょ?」

小声のさくらに答えるケロの返事も小さいが、とても叱られているという態度ではない。

「さくら〜わい、腹へった〜〜」

「さっき、知世ちゃんにお菓子いっぱいもらったじゃない」

「もう、ぜ〜んぶ食うてもうたわ。
 家帰って、おとうはんのおせちと雑煮を食うまで、あと何時間もあるんやで〜。
 それまでもたんわ。
 なあ〜、屋台もいっぱい出とるやないか、なんか食わせてくれ〜」

情けない声で訴えるケロに、小狼が冷たく言った。

「…相変わらずの食い意地だな」

「ガキャだあっとれ!!」

「誰がガキだ!」

こちらも相変わらずの犬猿の仲である。

「はううぅ〜〜」

まったく、どうして兄もケロも、自分の≪いちばん好きなひと≫と仲良くしてくれないのだろうか?
と、まさに≪それ≫が原因なのだということを一向に気づかないさくらは、内心で嘆いた。
しかし、ケロの≪食に対する情熱≫には、最高の理解者がいてくれた。

「実は、ぼくもおなかすいちゃってたんだ。いっしょに行こうか?」

「ほんまか?いくいく、いっくで〜!」

にこにこと申し出た雪兎の言葉に、速攻で飛びつくケロ。

「もうっ、ケロちゃん!だめだってば」

「気にしないで、さくらちゃん。ひとりで食べるより、一緒のほうがおいしいし」

そう言って、ひょいとさくらの手からケロを受け取る。
慣れたもので、とたんに固まり、ぬいぐるみのフリをするケロ。

「あんま、遅くなるなよ。ゆき」

「うん。ちゃんと花火が始まる前にはもどってくるよ」

時刻は午後11時半。カウントダウンまで、あと30分。
待ち合わせの場所を時計台前の広場の一角に決めると、雪兎はケロを抱いて
屋台の並んだ広場の端へと歩き始めた。

だが、人ごみにまぎれて桃矢達の姿が見えなくなると、彼は足の向きを変えた。



− 7 −

雪兎が足を止めたのは、ミラーハウスの裏手。
建物が視界を遮るため、花火やパレード目当ての客は誰もいない。
それを確認して、雪兎は静かに言った。

「ユエさんに、お話かな?」

「なんや、わかっとったんかいな」

「うん…。
 ぼくの中でね、ユエさんがいろんなことを考えて、ちょっと困ってるみたいなんだ。
 ぼくの思い違いかもしれないけれどね、そんな気がする…。
 じゃ、代わるね」

雪兎が目を閉じたとたん、その身体から体重が失われ、ぽうっと光った。
足元に現れる魔方陣。
純白の翼が雪兎の身体を包み込み…そして、翼が開いた時、そこには銀の髪と紫水晶(アメジスト)の
眸の青年…月をシンボルとするカードの守護者、ユエがいた。

「…べつに、おまえと話すことなど何もないぞ、ケルベロス」

「まあ、そう言いなや」

太陽をシンボルとする守護獣は、ユエに合わせて真の姿に変わるつもりはないようだ。
仮の姿も真の姿も同じ人格なのだから、その必要もない。
守護者達は、暫し沈黙した。
ユエが自分からは口を開かないのを知っているケルベロスは、ややあって言った。

「新しい百年が、千年がはじまるんやで?めでたいこっちゃがな。
 …次の千年の祭りんときも、わいとお前とカード達は、まだこの世におるんやろかな…?」

ユエは、ケルベロスを見た。
忘れていた。
陽気で能天気で単純な、自分とは正反対のこの対の守護獣は、時折ほんの偶然のように
彼と同じことを考える。

「…だろうな。今の主も自分が死ぬからといって、我々との契約を解くことはないだろう」

主との契約によって存在の意味を持つ守護者とカード達は、主の意思によりその契約が解かれれば、
この世に存在する≪かたち≫を失い、大気に漂う様々な≪気≫へと還元(かえ)る。
それは人間の≪死≫とは異なるもののはずだ。
…たぶん、きっと。
だが主は、もしもユエ等がそれを望んだとしても、クロウのように言うのだろう。


『私が逝った後も、新しい主の元で幸せに過ごして欲しい』


「ユエ、おまえクロウに創られる前のこと、覚えとるか?」

突然、何を言いだすのだろうとユエは思った。

「…覚えていない…。創られる前は≪意識≫がなかったのだから、覚えている筈もないだろう」

「せやな。まあ、楽っちゃあ楽やったなあ。
 な〜んも考えへんでええ、ただ在るだけの存在っちゅうんは」

クロウ・リードの魔力によって≪ユエ≫としての姿(かたち)と意識を与えられる前の彼は、
大気に漂う月の気だった。
漠然とした…まるで気分のような…感覚はあったが、何も考えず、何かにとらわれることもなく。
ただ、在っただけのもの。

ユエは、ふっと夜空を仰いだ。
月の位置を確認し、広場の賑いへと注意をそらせる。

「どないした?」

「いや…そろそろ戻らなければ、花火が始まるだろう…」

「そーやな。
 さくらも兄ちゃんも心配するやろうし、ゆきうさぎも皆といっしょに花火見れんかったら、
 がっかりするやろ〜な〜」

「………。」

思わせぶりな言い方に、ユエは眉を寄せた。

「おまえ、ゆきうさぎのこと、心配しとるんやろ?」

「………。」

黙するのは、肯定の返事と同じ。
それを知っているケルベロスは、気にせず続ける。

「ゆきうさぎのことは、ゆきうさぎに任せといたらええ。
 ゆきうさぎは自分で考えて、ちゃんと自分で答えをみつけるやろ。
 兄ちゃんやさくらが、おらんようになる時までにはな」

「………。」

「おまえ、さくらだけやのうて、兄ちゃんのことも気に入っとんのやな。
 まあ兄ちゃん、どことのうクロウに似た雰囲気があるからな。
 クロウの血縁やからゆうて、あの小僧にもえらい甘いくらいやからなぁ。
 …まだスネとんのか?クロウに置いてかれた思うて…」

「…思っていない…」

ぽつりと、ユエは反論した。

「今の主にも、いつか置いてかれると思うてんのやろ」

「………。」

また、沈黙。

「さくらは、クロウのように何百年もは生きへんやろな。
 子供産んで、子供らに命も魔力も引き継がせて。
 ま、見た目はちょーっと若いままかもしれへんけど、結局は普通に死んでいくやろ。
 人間なんやし、どっちにしたかて早いか遅いかの違いだけやけどな」

「そんなことは、わかっている!」

珍しく、ユエが言葉を荒げた。だが、対の守護者はおかまいなしに話を続ける。

「そんでもクロウと同じように、死ぬまでに、わいらの新しい主を見つけといてくれる。
 わいらはまた、新しい主と≪なかよし≫になれるんや。
 それは、ごっつう楽しいことなんとちゃうか?
 ≪なかよし≫がどんどん増えていくんやで?」

………何が、楽しいんだ…!?

クロウに死を…別れを告げられた瞬間の痛みに、ユエは思わず叫びかけた。
だが、それよりも一呼吸早く、ケルベロスは言った。

「わいらが、クロウやさくらを忘れへん限りはな」

……ユエは…。

ユエには、ずっと理解出来なかった。
なぜあの時…クロウに死を告げられた時、ケルベロスがあっさりとそれを受け入れたのか。
次の主の選定者となることを認めたのか。
ケルベロスは自分ほどにはクロウを想ってはいないからなのだと、そう考えるしかなかった。

…それは一面の真実であり、また、それとは違う真実の一面がある…。

 ≪最後の審判≫を終え、新しい主を認めた時に思ったのだ。
クロウをより理解していたのは、ケルベロスの方ではなかったかと。

「わいらはそうやって、ずーっとおるんや。今までも、これからも、人間達と一緒に。
 わいがわいでのうなって、お前もお前でのうなって。
 カード達も元のいろんな≪気≫に還元(かえ)ったとしても、この世の終りまで、ずっとおるんや。
 だったらせめて、≪なかよし≫のことぐらい覚えてな、さみしいやろ?」


   彼等は、ひとつのものの陰と陽

   生まれるときも、消えるときも一緒
 
   同じだけの時を存在し続ける

   孤独な魔術師が、彼等をそんなふうに創ったから

   …けっして、≪ひとり≫にならないように…


「言いたいことは、それだけか?」

静かに、ユエが言った。

「せやな」

応えるケルベロスの口調も変わらない。

「…仮の姿にもどる…」

「……あいかわらず、愛想のないやっちゃなあ……」

ふっとため息をつくケルベロスの前に、再び魔方陣が現れる。
一瞬のうちに翼は消え、ほんの10分程前と変わらぬ姿勢で雪兎がそこに立っていた。

「お話は、すんだのかな?」

「おう!はよ、もどるで。花火が始まってまう」

景気よく応えるケロに、雪兎はふわりと微笑んで、言った。

「ありがとう」

「…あん?」

「ユエさんの心がね、今はとても静かになっているから。
 きっと、君のおかげだよね?」

そう言って、雪兎はケロを抱くと広場へと足を速めて歩き出した。
その腕の中で、ぬいぐるみのフリをしながらケルベロスは苦笑した。

………ありがとう、か。
     ユエからは、ぜったいに聞かれへん言葉やな…。



− 8 −

雪兎が広場に戻った頃、時計台に掛けられた電光掲示板は既にカウントダウンを刻み始めていた。
桃矢が、さくらが、大きく手を振って迎えてくれる。

「おっせ−ぞ、ゆき。何処まで行ってたんだ?」

「よかった〜〜。間に合って」

小狼と知世も、ほっとした表情をしていた。
そこから先の会話は、誰ともなしに声をそろえるカウントにかき消される。


10・9・8………


みんなの注意が掲示板に向いているその時に
少年の手が少女の手をそっと握り、少女は顔を赤くして、
その手をぎゅうっと握り返した


7・6・5……


長い髪を結い上げたもう一人の少女は、微笑を浮かべながら
こっそりその様子をビデオに収め、
妹思いの兄は難しい顔をしながらも、今は見て見ぬフリをする


4・3・2… 


ぬいぐるみのフリをした守護獣は、わくわくと楽しいお祭りを待っている
古い千年の終り 新しい千年の始まり
それは人間が勝手に数えはじめたものだけれど
楽しければ、いいじゃないか


1………!!



花火が、上がる
新たな世紀の始まりを告げる花火が

夜空に咲く、一瞬の花々
それはまるで、つかの間の生命(いのち) つかの間の想い

今、皆が共に祈るのだ


………今年も良い年でありますように
     そして、今年も来年も再来年も
     ずっと、大好きな人と一緒にいられますように……


そして、永遠に存在する精霊達が、つかの間を生きる人々と共に祈るのだ


………ずっと、一緒にいられますように……


                                       −  終  −

                                       − もどる −

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『ユエさんやケロちゃんって、どういう存在なのだろう?』

考えてみたイメージが、このテキストでした。
クロウ・リードに創られた、その時のままの“永遠の存在”。
消滅することはあっても、“死ぬ”ことはない。

それでも、彼等は主を慕う“こころ”を持っています。
そして、主以外の人々と関わることも出来るのです。
それこそがクロウ・リ−ドの望んでいたことではないだろうかと思います。

長いお話でしたが、最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

(初出00.12.31〜01.1.1 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)