最後の王 〜 終章 U 〜



カモメ郵便が運んでくる新聞に、その記事は載っていた。
無言で差し出すナミに、サンジは黙って目を通し、そして暫し空を仰いだ。

…ややあって。

「足の速い船を一隻借りてもイイかな?
 クル−を一揃いと。
 …それから、アラバスタの“永遠指針(エタ−ナルポ−ス)”も」


   * * *


乾いた夜の風に長い髪を靡かせながら、彼女は待っていた。
待ちながら、思い出していた。


その男からは、いつもタバコと海のニオイがした。


最初に会ったのは、多分五歳ぐらいだっただろう。
実際には、ソレ以前にも会っているらしいのだが、当然のコトながら憶えていない。
ダカラ、彼女にとってはその時が最初。

『おっきくなったねェ〜〜vv』

ニヘラッと目尻を下げて、自分を抱き上げようとする見知らぬ男の顎を
彼女は思いきり蹴り上げた。

『知らないヒトには、用心なさい』

そういうシツケは行き届いていたのだ。
ただし、どういうワケか小さな頃から咄嗟に出るのは手でも声でもなく、足だった。

『妙なトコが似ちまったなぁ』

顎をさすりながら、それでもヘラヘラ笑っているドコから見ても“アヤシイ男”を見て、
ママも笑っていた。
いつも優しくてキレイな、大好きなママが、その男だけを見て。
まるで少女のようなカオをして。

…そして、彼女に言った。


『まだ小さかったから、憶えてないのね。
 いらっしゃい。
 このひとが貴女の……』


天窓の開く、小さな軋み。
そして豹か何か…猫科の大きな生き物が音も無く着地する気配。

彼女は、開け放った窓辺から腰を上げた。
吸っていたタバコを石造りの窓枠に押し付けて消すと、分厚い絨毯の上に立つ
黒い影に向って言った。

「……来たか、クソオヤジ」

 シュボッ

マッチの火が灯り、タバコの先端を紅く染める。

「うら若いレディ−がそういう言葉遣いってのは、頂けないな。
 だいたい、ドコで憶えてくるの?」

「アンタからだよ。決まってンだろ?」

取り付く島もない物言いに、黒いス−ツの男は深い溜息と共に煙を吐き出した。

「…あのねェ」

「まあ、どうしましたの?そんなお顔をなさって。
 私、何かイケナイコトでも致しましたかしら…?」

小首を傾げ、軽く目を瞠り、半オクタ−ブ高い声で。

海の一流料理人にして、“海賊王”率いる“麦藁海賊団”の幹部の一人。
自身も世界で十指に入る高額賞金首でもある男は、タバコを挟んだ左手を額に当てて
呆れたように言った。

「…そのクソデカイ猫、よくまあソコまで飼い慣らしたモンだ」

「そりゃ寝食を共に過ごして、かれこれ十九年だしィ?」

肩を竦めて答えた後、ソレ以上の会話を拒絶するように、彼女は表情を厳しくした。

「……で。アンタが現れた理由は判ってるよ。
 ついて来な」

男は窓辺に近づき、やはり窓枠に吸いかけのタバコを押し付けた。
月明かりに映える鮮やかな金の髪。

「案内よろしく、プリンセスvv」


   * * *


地下深く。
砂漠の国にあって、常に一定の温度を保つ霊廟の中には、一人の女性が眠っていた。

長い空色の髪。
胸の上で組まれた白い手。
その表情は穏やかで、安らかな夢を見ているかのようだ。

アラバスタ王国・ネフェルタリ王家第十三代女王、ネフェルタリ・ビビ。

「……苦しんだ?」

静かに問う男に、彼女は淡々と答える。

「…さあ?とにかく我慢強いヒトだから、ずっと『大したコト無いわ、大丈夫よ』って、
 笑ってた。
 でも、まるで眠るみたいに静かに…」

「そう…。」

「連れてってよ」

短く、強い口調で彼女は言った。

「……!?」

驚いたように見つめる視線をキレイに無視して、彼女は母親の元に近づく。
内側にビロ−ドが張られた細長い棺の端に手をかけ、物言わぬ白い顔に眸を落として。

「ママは、ずっと“国のモノ”だった。
 その“仕事”が終った今、アンタ達に返す。アタシが、そう決めた」

麦藁帽子のジョリ−・ロジャ−の下に集う、陽気な海賊達。
母の、“仲間”。

そして顔を上げ、真っ直ぐに男を見た。

「…結局、ママは“オ−ルブル−”を一度も見ていない。
 だから連れて行ってやってよ」

“四つの海の魚が全て集まる”という伝説の海。
この男の、一番。

「意外と、ロマンチストなんだ」

こんな時でさえ、軽い口調で返してくる男に、彼女は眉間に皺を寄せる。

「悪かったね」

「それで?君はママの“仕事”を引き継ぐの?」

「そのつもり。
 でも、ソレはアタシが決めたコトだから、アンタがとやかく言う筋合いじゃない」

「ああ、そりゃそうだ」

鮮やかに青い双眸が、同じ色をした片眸を見つめる。

「…ところで、棺がカラになるけど大丈夫?」

男は何の迷いも躊躇いもなく、棺に掛けられていた薄い紗で母を包むと両腕で抱き上げた。
アラバスタの葬送の装束である純白の衣装は、他の国では婚礼衣装に見えるだろう。

…ふと思い、彼女は内心で苦笑した。
確かに自分はロマンチストかもしれないと。

「砂漠の砂でも詰めとくよ。…誰にも開けさせない。
 そして、“王家の墓”に眠るのはアタシが最後」

「………。」

男は何も言わず、薄い布越しに閉じられた白い瞼を見つめている。
この男の関心は、常に母に向けられていた。
その再確認のように。

「“国”なんてモンのタメに縛られるのが、特定の“血”を持つ人間だけであってイイ
 筈が無い。
 “国”に守られるのが全ての国民なら、“国”を守るのも全ての国民であるべきだ。
 アタシの代で、そうする。そうしてみせる」

口で言うほど、易しいコトではなかった。
“自由”だの“権利”だの。欲しいなら、いくらでもノシを付けてやる。
けれど、世界中で上がる革命の炎は、血で血を洗い、死で死を贖(あがな)う
廃墟と不幸の大量生産でしかない。
この国を、メチャクチャにさせるワケにはいかないのだ。
…けれど、それは“海賊”には関係がない。

「…だから、アンタは一生“おじいちゃん”と呼ばれるコトは無いし、
 ママも“おばあちゃん”にはならない」

皮肉を込めて言うと、思ったとおり反応があった。

「そりゃ、何よりの親孝行だv」

ニヤリと口元を歪めて笑ってみせる男に、彼女は肩を聳やかした。

「…種撒く以外、何もしてねェクセに…」


それでも、知っている。
母が、どれ程この男を愛しているか
この男が、母を愛していることも

…だから、しかたがないのだと。


白い包みを抱いて、立ち去ろうとする男は、足を止めた。
禁煙の筈の霊廟でタバコを咥え、マッチを擦ろうとする娘に向かって苦笑を浮かべて。

「君がママの愛したこの国を、どう変えていくのか。
 “世界”を相手にどこまで頑張れるか。ずっと見ているよ。
 ……じゃ、またね」

彼女には、判っていた。
この男が自分から砂の国を訪れることは、もう二度とない。

彼女が彼を呼ばない限りは。
…そして、彼女が彼を呼ぶことは、けっしてない。


静謐な空気に最初の紫煙を吐き出しながら、彼女は小さく呟いた。


「…あばよ。クソオ……、…パパ…」


   * * *


ネフェルタリ王家第十三代女王ネフェルタリ・ビビの早過ぎる死に国民は深く悲しみ、
喪に服した。
その後、第一王女が第十四代女王として即位する。
若干十九歳の若い女王は、その十数年後親政を放棄し、政治形態を議会民主制に
移行させ、自らの権力を象徴のみにとどめた。
そして、ついに結婚をせず、世継ぎももうけず、自らの意志で“王家の血”を絶やし
彼女の死と同時に“アラバスタ王国”はその名称さえも“共和国”となるのである。
…(中略)…
上記の記録により、アラバスタの共和制移行は第十二代国王ネフェルタリ・コブラが
進め、第十三代女王ネフェルタリ・ビビが継承した地方自治権の強化や議会権力の
拡大を完成させた結果であり、親・子・孫の三代の王に渡る遠大なプロジェクトであっ
たことは明らかである。
“世界政府”“海軍”“王下七武海”
三勢力の均衡が“新・海賊王”の誕生を契機に崩壊し始めた動乱の時代において、
三代に渡り名君が続いたことは、グランドライン有数の歴史を持つ国にとって計り知
れぬ幸運であった。
世界各地を吹き荒れた革命の嵐が膨大な人的・文化的被害を与えた中、王自身に
よる“無血革命”が成功した数少ない例として、今も歴史はその英断を称えている
のである。

(「ネフェルタリ王家/終章“アラバスタ共和国”」より抜粋)


                                   − 終 −


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三部作の二つ目です。
徹底しての捏造設定ですが、果たしてついて来ていただける方がいらっしゃるのか…?
イヤ、誰もいらっしゃらなくても突っ走って書きます!
だって、書きたいことを書く為に自分のサイトを作ったのですから!!
…では、お気が向かれましたなら最後のテキストにて。