伝説の終わりと始まり 〜 終章 V 〜



薄い布で包まれたソレを、サンジは大事そうに両腕に抱えて船に戻った。
ヒト二人分の重さから解放された超カルガモが一声、哀しげな声を上げる。

かつての彼女の騎乗カルガモと同じ名を持つその鳥は、仲間内では“三代目”と呼ばれていた。

「料理長…」

操船を任された若い航海士が、小さく呟いて静かに頭を垂れた。
数人の乗組員が、それに倣う。

男の腕の中の、長い空色の髪の女性。
彼女が何者であり、どういった存在であるのか。
“麦藁海賊団”のクル−で知らぬ者はいなかった。


   * * *


やがて船は、静かに港を離れた。
昔、共に航海した初代GM号と同じ位の帆船だ。
今や、こちらも“三代目”となったGM号は、百人程のクル−を積んだガレオン船。
羊頭の船首と、麦藁帽子を被った海賊旗は変らないままに。

そして、この船の船首もやはり羊頭なのだが、“海賊王”をあやかろうとしてか
羊頭のデザインはちょいとした流行らしく、すれ違う何艘かの船にも見られ、苦笑させられる。

「…懐かしい?」

潮風を切る船の舳先で、サンジは物言わぬ女性に語り掛ける。
ここからオ−ルブル−まで、直進しても1ヶ月はかかる。
腐乱を避けるためには、早く氷漬けにしなければならない。
…まるで、食材のように。

そう考えると、堪らない。
いっそ、このままココで
彼女の愛するアラバスタの海に還してやった方がイイのではないだろうか?
…海は、続いているのだから。

迷うのは、自分の悪い癖だ。
一度、決めたコトなのに。
すぐに気持ちが揺らいでしまう。

苦笑しながらタバコに火を点ける。
溜息と共に吐き出した煙が、まるで彼女を包む薄布のようにサンジを取り巻いた。


「……ケホッ」


……。


タバコを咥えたまま、サンジは固まった。


「ケホ…、ゴホッ」


…………。


腕の中に抱えたモノが、もぞもぞと動く。


………………。


タラリと、額に冷たい汗が浮かんだ。


「苦…し……」


じたばたと本格的に暴れ始めたソレは、薄布の包みの中から
ようやくカオを出すと、少し寝ぼけたような眸で彼を睨みつけた。


「もうっ、煙たいってば!!」


……………………!?!?!?


「どわあぁぁあっつ!?!!」


叫び声を上げたサンジは、タバコと共に腕の中の彼女を取り落とした。
タバコは波間に消えていったが、彼女の方は間一髪で受け止め直す。

その奇声に何事かと振り向いたクル−達が、一斉に悲鳴を上げる。


「「「「出たああぁ〜〜〜!!!!!」」」」


たとえ“海賊”であろうと、船乗りというものは大概が迷信深い。
神に祈る者、お守りをかざす者、何故かひれ伏す者。
リアクションはイロイロだ。

ただ一人、状況を把握していない淡蒼色の髪の女性は、藍色の眸をキョトンとさせたまま、
不思議そうに小首を傾げた。


「…サンジさん、どうかしたの?」


   * * *


船上のパニックがようやく収まった頃、ビビは自分の胸元に挟まっている
小さな封筒に気がついた。

宛名は“元・第十三代女王陛下へ”


『親愛なるネフェルタリ・ビビ元女王陛下あ〜んど愛するママへ

 長い間、お疲れサマでした〜〜。
 あとはアタシに任せて、自由気ままな余生を楽しんでネvv
 …言っとくケド、アナタの病気はホンモノで、クソ役立たずな宮殿医師共は
 “あと1年”とかって匙を投げてますんで。
 Dr.チョッパ−にカルテを送ったらば、大変に興味をお持ちのようなんで
 シッカリ治療してもらうように。
 あ、それからDrにもらった“仮死薬”、臨床実験は大成功だったってツイデに
 報告しといてちょうだいな。
 
 追 伸
 コレはいわゆる“ク−デタ−”なんで、死人に帰って来てもらっちゃ困りマス。
 そこんとこ、ヨロシクvv
 …ちゃんと説得しろよ、クソオヤジ!!

              ネフェルタリ王家第十四代女王より、愛を込めてv』


「〜〜〜あの娘は〜〜〜ッツ!!!!
 船を戻して下さいッ!!イタズラにも、程があるわ!!!!」

ポップでカラフルな“ドスコイパンダ”柄の便箋を両手に鷲掴んだビビが、声を張り上げる。
対照的に、肩を震わせながら笑いを堪えていたサンジが、宥めるように言った。

「まあまあまあ。
 今、君が出てっちゃ、かえってエライコトになるよ?
 …ホラ」

ジャスト12時。
一斉に鐘という鐘が、鈴という鈴が、鳴り始めた。
アラバスタでの葬送の習慣だ。
まだ内海とはいえ、海上にあっても聞こえてくるコレだけの規模は…。
父王の葬儀を思い出し、ビビは絶句したまま遠ざかる港町を見つめた。


「“女王”様は亡くなったんだから、もう一度戻ればイイんじゃない?
 “海賊王女”様vv」

タバコの煙が、潮の香りに混じって流れていく。
その懐かしいニオイ。

「…あの〜〜、進路はどうしましょう?」

若い航海士が、おずおずと尋ねてきた。

「さて、どうしましょうかプリンセス?
 このままオ−ルブル−へ?それとも…」


透き通るように白いカオを上げて
蒼い髪を靡かせて
真っ直ぐに前だけを見つめる、眸。


「最高速度で、GM号へ…!
 まず、病気を治さなきゃ。
 それにトニ−君とナミさんには、イロイロ訊きたいコトもあるから」

「…ナルホド、ナミさんね…」

苦笑を浮かべた料理長は、クル−等に向かって言った。

「オラ、聞こえただろ!!
 最高速度でGM号を追っかけるぞ!!!」


外海に出た船は、今まで畳んでいた帆を拡げた。
風をはらむ、麦藁帽子を被ったジョリ−・ロジャ−。

纏っていた紗の布が風に攫われ、鐘を鳴らす高い塔へと飛ばされていくが
彼女はもう、振り返ることはなかった。


   * * *


海軍連合艦隊と“麦藁海賊団”との最後の戦いの最中。
空の色をした長い髪の女を見たという海兵の証言がある。
だが、捕縛または死体で回収された中に該当する者はいない。
むろん、それを言うならば“海賊王”モンキ−・D・ルフィを始めとする幹部達の誰一人、
その死亡は確認されていない。
だからこそ、“麦藁海賊団”が海洋史上からその姿を消した後も、世界各地では様々な
噂や逸話が絶えることなく語られていく。

少年のような笑顔と伸び縮みするカラダを持った冒険家
レッドラインをさ迷う三刀流の剣士
著者不明の世界地図
楽しい法螺話をして歩く、鼻の長い男
オ−ルブル−に浮かぶレストラン船
不治の病を治す毛むくじゃらの大男
解読不可能と言われた古文書を展示する博物館に貼り付けられた翻訳文

しかし、その存在自体すらが未確認であった為か、“海賊王女”は永遠の“幻の女”の
代名詞として。また、船乗りや海賊を守護する女神として。
今なお、グランドラインに存在する。
真っ直ぐに彼方を見据える長い髪の乙女の姿は、船首像(フィギュア・ヘッド)の
モチ−フとして、海に生きる者達に広く好まれているのである。

(「海賊王とその仲間達/終章“伝説の終わりと始まり”」より抜粋)


                                   − 完 −


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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
…パタ−ンとしては、ありがちではと思うのですが…。(汗)
騙すとか引っ掛けるとかいうつもりではなく、「ONE PIECE」は人が死なない世界なので。
それでも不愉快になられた方がいらっしゃいましたら、すみません。(汗・汗)

“アラバスタ編以降捏造設定”世界はこういう終わり方をしますが、途中経過をすっ飛ばして
おります。
この設定でなければ書けないネタもありますので、また時間と体力に相談しながら書いて
いきたいと思います。
もし、この設定を気に入っていただけましたなら、よろしくお願いいたします。