Up&Down



 バタン!!

出入り口の蓋を乱暴に閉めて、階段を駆け降りる。
ソファ−に突っ伏す私の頬は、自分でもハッキリわかるほど熱くなっていた。

「ビビ?キッチンに行ったんじゃなかったの」

机に向かって海図を描いていたナミさんが、声をかける。

…行きました。
行きましたけどっつ!!

「なあに。ケンカでもしたの?」

…ソレは違います、ナミさん。
ケンカなんてモンじゃありません。
一方的にからかわれているだけで、それが悔しいやら腹が立つやら情けないやら。

ああいう時、“オトナの女性”だったら
上手くかわしたり嗜(たしな)めたり出来るんだろうけれど、私にはムリ。

…ど−せ、コドモですもん。
“女”じゃなくて“女のコ”ですもん。
バカにして〜ッツ!!!!

クッションを一つ、二つ、男部屋との仕切りの壁に投げつけた。
ぶつけたい相手は、ただ一人なのだけれど。

「あ、もうこんな時間ね。
 じっとしてるとサンジ君がデリバリ−に来そうだし。
 あんたは顔を合わせたくないでしょ?」

ナミさんは笑いながら階段を上っていく。

そう、もう“リラックスおやつ”の時間。
だから何か手伝うことはないかと思って、キッチンに行ったのに。
あんな…あんな、あんなッ!!!(////)


あの人の評価は、私の中で上がったり下がったり。
本日ただ今、これまでの最低記録を更新中。


ルフィさんは、ゴムだし、コドモみたいだし、ビックリするほどの大食らいだけど。
私をこの船に乗せてくれた。“ウチ”まで連れて行くと約束してくれた。

Mr.ブシド−は無口で寝てばかりで、何だか怖そうだけど。
枕になってるカル−が、ちっとも嫌がっていない。

ナミさんは『10億ベリ−の恩賞』なんてムチャを言うと思ったけれど。
私のことも、私の国のことも、凄く心配してくれている。

ウソップさんは、鼻が長くて臆病でウソツキで、海賊らしくないヘンな人だけれど。
この船のクル−の皆のことや、これまでの冒険のことを話してくれた。
どこまで本当かわからないけれど、最後に必ずこう言う。

『おれ様をはじめ、この船の連中は凄ぇヤツばかりだ!
 どんな敵が来ようと心配はいらねぇ!!ど〜んと大船に乗った気でいろ!!!』


けれど、あの人のことだけはワカラナイ。
『軽そうな人』それが第一印象で。
ウイスキ−ピ−クでは、鼻の下を伸ばして女の子を二十人も一度に口説こうとして
『やっぱり軽い人』と思って。
この船に乗ってからは、

『ナッミさん、ビッビちゃんvv
 レディ−限定、特製デザ−トでぇ〜〜っすvvv』

……トコトン、軽い人だった。

けれど食事中、とんでもないマナ−でお皿をカラにしていくルフィさんを見る満足そうな様子とか
Mr.ブシド−とケンカしている時の、額に青筋の浮かんだ怖い顔とか
ウソップさんと楽しそうに話す、男のコみたいな無邪気な笑顔とか
一人タバコを手に、進んでいく先ではなく、後方の海を見つめる姿とか

まるでグランドラインそのもののように、クルクルと表情が変わって
不思議な人だなぁと思ってしまう。
じっと見ているのに気づかれて、慌てて視線を逸らすのだけれど
覗き見なんてハシタナイことをしている自分に、心臓がドキドキしてしまう。

だから、キチンと話をする機会を作ろうと申し出た“お手伝い”だった。
そりゃ、却って迷惑かもとは思ったけれど…


   * * *


『何て心優しいんだビビちゃんは!!
 いまだかつてこの船の連中が、そんなコトを言ってくれたためしはない!!!
 ああ〜、でも水仕事はその白魚のようなキレ〜な手を荒らしてしまうんだ。
 ソレには耐えられない。
 …ということで、とりあえず座ってお茶でもいかが?』

まるで宮殿の給仕のような身振りで椅子を勧められて、少しだけムッとした。
だから、あのいかにも“スマイル0ベリ−”な笑顔をじっと見つめて言い返した。
この船に乗っている限りは、“王女”だなんて思わないで欲しいと。

サンジさんの口に咥えられた火のついていないタバコが、一度上を向いて
今度は下を向く。

『…別にそういうコトじゃねェよ。
 俺にとっちゃあ、この世のレディ−は皆、プリンセス。
 だから誰にも水仕事なんて、させたかない。それだけのコトさ』

“自意識過剰”という言葉が頭に浮かんだ。
彼にとっては、私の身分だの立場だの、どうでもイイことなのだ。
この船の他の仲間達と同じように。
“王女”としての私をトクベツに考えているのは、私だけなのかもしれない。

ここで素直に謝っていれば、その後も違っていたかもしれないけれど…。
意地っ張りの私は、こう言ったのだ。
甘やかされるのはイヤだと。

『ビビちゃんは、自分に厳しすぎるからさ。
 俺みたいなのにう〜〜んと甘やかされて、ちょうどイイんじゃない?』

凄く優しい目で、満面の笑顔を向けられて
どう答えるべきかわからなくなって、俯いた。

…けど、それじゃあ私が甘やかされるばっかりで。
サンジさんにしてあげられるコトが、何にも無いじゃないですか…。

心の中で呟いたつもりだったけれど、実は全部口に出ていた。

俯いた先の床に、綺麗に磨かれた革靴のつま先が見えて
あれ?と思って。

肩に手を置かれて
あれれ?と思って。

顔を上げたら、サラサラの金髪が降りかかってきて…。


……ああぁぁあ〜〜っつ!!もう!!!(//////)
信じらんない!!!!
ホンットに、軽い人なんだ!!!!

ブ−ツの踵で思い切り足を踏んづけたけれど、腹に一発入れてやれば良かった!!!
今更思い付いて、罪の無いクッションにボスボスとボディ−ブロ−を喰らわせる。

それとも膝蹴りとか!?
そうよ、ああいう輩にはソレが一番だったのにっ!!!!
今度はクッションに膝をめり込ませる。

いいえ、それよりも噛み付いてやれば良かったのよ!あの瞬間に!!
クッションの縁に噛り付いたとたん、あの時の感触を思い出して
私はクッションと共にぽてっとソファ−に転がった。

そりゃ、あの人にとっては、ほ〜んの“挨拶代わり”だったんだろうけれど。

……ファ−スト・キスだったのにィ〜〜。


   * * *


「は〜い、あんたの分ねv」

ナミさんがハミングを口ずさみながらトレイを手に階段を下りてくる。
カバ−を被せた紅茶のポットと、温められたティ−カップ。
小さめのお皿に盛られた焼き菓子。
それを準備した人を連想して、私は顔を背けた。

「ちょっと、メゲてたみたいよぉ〜」

…え?

「軽い男なりに、反省はしてるみたい。
 それに、あんたも少し無防備すぎでしょ?」

…それは…、そんなことは…。

「サンジ君、嫌がっている相手には何もしないわよ?
 されたくないなら、される前に意思表示しないと。
 後で文句言っても、ソレはまさしく“後の祭り”ってヤツね」

…あぅ…。

「とりあえず、それ食べたら?
 で、食器を下げに行けばいいでしょ」

そう言われて、もぞもぞとソファ−から起き上がり、お菓子を食べて紅茶を飲んだ。
食べ終わる頃には、ちょっとだけスッキリした気分になっていた。


   * * *


やっぱり、すぐには顔を合わせにくくて、部屋でごろごろしてしまう。
でも、テ−ブルに置いたままの食器が気になってしまって、午後5時を回って私は
トレイを手に階段を登った。

「ビビ、ファイトよッ!!」

何がファイトなんだろう?と思いつつ。
キッチンの前に立ち、深呼吸をしてドアを二つノックする。
開けたとたん、振り向いた青い眸とまともに目が合った。
ニコッと笑いかけてくる彼から、思わず視線を逸らせてしまう。

ナミさんの嘘吐き。
いつもとゼンゼン変わらないじゃないですか。

「何か、お手伝いすることはありませんか?」

あさってを向いたまま口にした言葉は、我ながら愛想のカケラもない。
やっぱりまた、軽く丁重に断わられてしまうのだろうか?

「え〜と、じゃあ人数分の深皿と、中皿と、サラダボウルを出してくれる?」

驚いて視線を戻したけれど、サンジさんは鍋の火加減を調節するのに忙しそうだ。
でも、凄く嬉しかった。

「はい!…あ、でも先にこれ、洗っちゃいますね」

シンクの前に立って、袖を捲くる。
横を向くと、今まで見たことも無いほど神妙な顔のサンジさん。
…だから、つい。

「とっても美味しかったですv」

笑いかけてしまった。
“鳩が豆鉄砲”みたいに驚いているのが可笑しくて、笑ったままでいると
唐突に。

「…キスしてもイイ?」

 びったん!!

手から滑り落ちたお皿が床に到達する前に、私の背中はキッチンの壁に張り付いていた。
…しまった、逃げる方向を間違えた。(汗)
思いながら、視線は木っ端微塵のお皿と、口元からタバコを落としたサンジさんの
カオとを往復する。

「断わればイイってモノじゃ…。(////)」

言いながら、唖然とした彼の表情がゆっくりと動いて
その行き着く先を見つめている。


笑ったら 怒る
謝ったら 私も謝る


猫の目 賽の目 クルクル変わる

私の心臓もフル回転で、脈は激しく Up&Down



                                   − 終 −


※ up&down :上に下に、あちこちと行きつ戻りつ
            評価や株価の上がり下がり、気分の浮き沈みは、正しくは
            “ups&downs”らしいのですが、語呂で単数形に。
            (三省堂「グロ−バル英和辞典」より)


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5000Hit Thanks!

「負けるが勝ち」の姫Side。
ビビちゃんも気分的には振り回されています。
罪な奴だな料理人。(笑)

このテキストは“お持ち帰りフリ−”です。
お気に召されましたら、連れて帰ってやってくださいませ。
事後にでも、BBSまたはメールでお知らせいただけましたなら、喜んでお礼に伺います。
「負けるが勝ち」と対ですが、どちらか一方でも構いません。
なお、フリ−期間は2003.6.23〜未定です。
(期限を設ける場合は、改めてBBS&テキストにてお知らせします。
 また、「負けるが勝ち」も現在まだDLFです。→コチラから)

2003.6.23 管理人・上緒 愛