Going Merry



 − 9 −

 二人の姿は人の波に紛れて、あっという間に見えなくなってしまった。
 クリスマスソングの洪水の中、ぐいぐいと手を引くダ−クグレ−の背中に声を掛ける。

 「ナミさんとMr.ブシド−、大丈夫かしら?」

 チラリと肩越しに私を見て、また金色の頭を真っ直ぐ前に向けてしまう。

 「ビビちゃん、ゾロのことニックネ−ムで呼ぶくらい親しくなったんだ?」

 サンジさん、それじゃ答えになってません。
 ゾロさんのニックネ−ムに何の関係が……

 ………え?

 「えっ?ゾロさ…、Mr.ブシド−……えぇ〜〜ッツ!?」

 ピタリと足を止めた私に、サンジさんも身体ごと振り返った。

 「…もしかして、さっきからアイツをそう呼んでるの気づいてなかった…とか?」

 呆れたような彼の言葉に、さ−っと顔から血の気が引く。
 記憶を辿れば、あの時も この時も その時も“Mr.ブシド−”って呼んでいる。
 じゃあ、今朝二人きりになってからずっと……?

 「ど、どうしよう私!すごく失礼なことを〜〜っ!!!」

 あわあわする私に、サンジさんは肩を竦めて言った。

 「別にイイんじゃねェ?アイツは気にしてね−と思うし」

 サンジさんの口に咥えたタバコが、リズミカルに上下する。
 パ−ク内はほとんどが禁煙だから火は点いていないけれど。

 「ま、俺は気にしちゃうけどぉ〜。そういう“トクベツ”な呼び方」

 思わせぶりな言い方に、私は頬が引き攣るのを感じた。
 嫌な予感、嫌な予感。
 サンジさんがニッコリと笑う。

 「…というコトで。
  ビビちゃんは、これから俺を“Mr.プリンス”と呼んでよね♪」

 ……サンジさん。
    そんなに明るく拗ねるのは止めて下さい。

 ぐったりと脱力しながら思った。
 あ、でもコレって…。

 「もしかして、妬いてくれました?」

 青い眸を覗き込んで尋ねてみる。

 「そりゃ−、モチロン。
  目の前で、あんな親しげにされちゃあね」

 彼の返事に、私は嬉しくなった。

 「…良かったv」

 思わず口をついて出たコトバに、タバコの動きが止まる。
 私は慌てて後を続けた。

 「…だって、幾らお友達だからって男のヒトと一緒に居るのに、心配もしてもらえなかったら
  “彼女”としては淋しいもの。
  ところでサンジさん、ドコへ?」

 私の手を握ったまま、再び歩き始めるサンジさんに尋ねた。

 「さあ〜〜、ドコでしょう?
  “Mr.プリンス”って呼んでくれたら教えてあげるvv」

 ……それはチョット…。(///)

 照明の灯り始めた観覧車もメリ−ゴ−ランドも通り過ぎて
 手を引かれるままに着いた先は、スタ−ト地点。
 今夜の宿泊場所だ。
 つかつかとフロントに行って、キ−を受け取る。
 そのまま、エレベ−タ−に直行。

 「え?あの……??」

 エレベ−タ−のドアが閉まると、サンジさんは私の方を向いて言った。

 「俺が、クソマリモ“だけ”に妬いてるとか、思う?」

 カオは笑っているけれど、目がゼンゼン笑ってなかったりする。
 判りにくいんだか判りやすいんだか……じゃなくって!!

 「でも!それならサンジさんだって、ナミさんと二人きりで!!」

 そりゃ、事情が事情だから怒ったワケじゃないけれど、私だって面白くはないもの。
 そこのトコロは判ってもらわないと。
 ナミさんのコトバを借りるなら“男なんて甘いカオすると、すぐつけ上がる生きモノ”
 なんだから。

 「ぶっちギレたナミさんにあちこち引っ張り回されて、俺、大変だったんだぜ?
  イイ思いなんて、コレッポッチもしてねェよ」

 私の反論を、サンジさんは憮然と切り返した。

 「あ…、そうだったんですか?」

 バッグを振り回していたナミさんの剣幕を思い出すと、なんとなく納得できる。

 「そうでした。…というワケで、コッチもお仕置きねvv」

 意味ありげに微笑まれて、さすがにその意味するトコロが判るだけに私は大いに慌てた。

 「え、ちょっと待って!まだ心の準備が……。」

 「準備?」

 二人きりのエレベ−タ−の中でカオを覗き込まれて、
 私は耳まで熱く火照るのを感じながら俯いた。

 行きの車でナミさんは言ってくれたけど、やっぱり自信ない。

 『だ〜いじょうぶだってv
  いざとなったらサンジ君が上手くリ−ドしてくれるから。
  プレゼントは愛と心意気よvv』




 − 10 −

 陽はとっぷり暮れてるってのに、人は増える一方だ。
 何でも夜には花火や電飾の派手な催しがあるんで、それが目当てらしい。
 この寒ぃのに、ご苦労なこった。
 
 ひとしきり暴れたあと、ようやく落ち着いた様子のナミとそこらのベンチに座っていた。
 お互い暫く黙っていたが、俺のカオを見ようとしねぇで呟いた。

 「あんた、何時から気付いてたのよ?
  あたしとサンジ君が、その…」

 「尾けてたのか?けっこうすぐだな。
  エロコックの野郎なんざ、
  『妙なコトしやがったら、タダじゃ置かねェぞ!!!!』
  てな殺気出しまくって睨んでやがったからな。
  あれじゃ、気付かねぇ方がおかしいぜ」

 ナミは膝の上に置いたバッグを抱えて溜息を吐いた。

 「サンジ君、ワザと気付かせてんじゃないのよ〜」

 ……おまえの視線もけっこう強烈だったけどよ…。

 口に出しかけて、やめにする。
 ついでに、俺が後ろを気にする様子でビビもすぐに勘付いたことも伏せておく。
 あの女はナミが思っているよりずっと鋭いらしいが、まあ、知らない方がイイってコトも
 あるのかもしんねぇ。

 やがて顔を上げると、ナミはハンドバッグを開けた。
 化粧でも直すのかと思ったが、中から小さな包みを引っ張り出す。

 「はい、コレ」

 腹に押し付けるように差し出した紙包み。一応、リボンも掛けてある。
 開けると、緑の毛糸で編まれた短い筒形のモノが出てきた。

 「ハラマキか?」

 尋ねると、眉を跳ね上げて怒鳴る。

 「帽子よッツ!!」

 「そうか」

 …まぁ、どっちだってイイが。
 昨日、刈り揃えたばかりの頭に被った。

 「あったけぇな」

 ニカッっと笑うと、ナミはふいに目を下に逸らした。
 そして、逸らした先の俺の胸元を見つめる。

 「来年は、マフラ−編み直すわ」

 「あ?別にいいぞ、コレで」

 答えると、両手で掴んでぐいと引っ張る。
 …首が絞まるほどじゃねぇが、ちょいと苦しい。

 「あんた一体、何年前の使ってんのよ?
  毛玉浮いてるし、それに編目は不揃いだし…。
  あたしが恥ずかしいじゃないの」

 「いいじゃねぇか。
  あったけぇしよ、けっこう気に入ってる」

 「………。」

 ナミは急に黙り込んだ。
 口の中でボソボソと呟く。
 ズルイとか何とか、ワケ判んねぇぞ。

 まぁ、おまえやクソコックが何と言おうと、俺は冬の首回りはコイツと決めている。
 …おまえが初めて俺にくれたモンだしな。

 「言っとくが、俺は何も用意してねぇぞ」

 十字架教徒の風習では、今日だか明日はプレゼントの交換をするんだったと思い出して
 言っておいた。
 金もないし、と付け加えるとナミは笑った。

 「判ってるわよ。だから、あんたが付き合ってくれたってコトぐらい。
  こういうところ、大嫌いなのにね」

 「ん?まあ、来てみりゃけっこう楽しかったからな。
  また来てもイイぜ」

 クソコックの言い草じゃないが、“食わず嫌い”ってのはやっぱ良くねぇな。

 「…ビビと?」

 猫みてぇな大きな眸で、じっと俺を見る。

 「おまえな…」

 文句の一つも言おうとすると、冷たい唇で遮られた。

 「冗談よ。…あたしも今度はゾロと二人きりがイイな…」

 ナミが俺の腕にもたれかかる。
 マフラ−も帽子もあったけぇが、一番あったけぇのはこいつの身体だと思った。




 − 11 −

 「ビ〜ビちゃんvそろそろ起きねェと始まっちまうぜ?」

 バスロ−ブを羽織った俺は、彼女の分のソレを手にシ−ツの海に声を掛ける。

 「せ〜っかくのロケ−ションなのに、観ないともったいないよ−?」

 「ん…っ」

 のろのろと身体を起したビビちゃんは、滑り落ちたブランケットを慌てて引き上げ
 俺の顔を見て赤くなった。

 「最高のプレゼント、ありがとうvv」

 囁くと、益々赤くなったカオを隠すようにブランケットを頭から被る。
 カ〜ワイイなぁ〜vvv
 けど、ぼやぼやしてるとマジに見損なっちまうし。

 ブランケットごとビビちゃんを抱き上げて、窓際に運ぶ。
 ここのホテルの値の張る部屋の窓は、夜のアトラクション会場の正面を向いている。

 「サ、サンジさん…!!?」

 ビビちゃんがブランケットからカオを出した瞬間に、最初の花火が上がった。

 「綺麗……!!」

 感嘆の声を上げる白い横顔。

 ビビちゃんは判ってないかもしれねェけど。
 度々親父さんに連れ出されるパ−ティ−の類は、上流階級の合コンみてェなモンだ。
 特にビビちゃんみてェな見目麗しい優良企業の社長令嬢は引く手あまただろう。

 だから、今年のイブは絶対にそ−いう場所に行かせたくなかったんだよな−。
 ま、ビビちゃんには最初ッから行く気が無かったみてェだけどよ。

 明かりを落とした部屋の片隅で瞬くツリ−。
 今頃、店じゃクソジジイに怒鳴られながら皆で走り回ってんだろ−な。

 今の従業員にゃ妻子持ちやカノジョ持ちがほとんどいねェんで、勝手させてもらえたが
 副料理長の立場上、そうそう都合はつけらんねェし、来年には…。
 ビビちゃんも、次の誕生日で二十歳だしな。

 重ね合わせた手の、細い指先をそっとなでる。
 右手の薬指にはお揃いのリング。
 コレが今年のプレゼント。
 ピッタリみてェだし、左手の薬指でもサイズは同じだよな。
 本番でブカブカだの入らないのって、みっともね−し。

 「サンジさん」

 ビビちゃんが俺の胸に凭れかかりながら呟いた。

 「今日は、本当にありがとう。
  一緒にいられて、すごく嬉しい…」

 その言葉と笑顔だけで、眠気も疲れも吹っ飛んじまう。
 独り寝の淋しさもね。

 膝の上の彼女をぎゅっと抱きしめ、溶け合った体温の名残を感じる。

 光と音の祭典が終わっても、イブの夜はまだまだこれから。

 プレゼントのお返しとかvお返しのお返しとかvv

 あ、そうそう。
 せっかくのクソでけェバスタブも、シッカリ活用しねェとな♪




 − 12 −
 
 翌日は、皆たっぷりと寝過ごして最初の食事がランチになった。
 サンジ君が夜の営業には店に戻らなけりゃならないんで、そのままお開き。
 ま、イロイロあったけど、なかなかのイブだったわ。
 ホテルは最高だったし。
 夜の方はバッチリ楽しめたしね−♪

 あたしのウチの前で、ゾロも一緒に車から降りる。
 ノジコが帰るのは明後日だし、下宿にはロクに食べ物も無いみたいだし。
 ていうか、お腹空いたらサンジ君の厄介になるクセ、止めてよね?
 しょうがないから二日間、ウチの居候。

 もちろん、タダじゃあないわ。
 大掃除とか、年末の買出しとか。
 やってもらうコトはイッパイある。

 それに、二ヶ月もほっとかれたんですからね。
 昨日の夜ぐらいじゃ、埋め合わせになりゃしないわ。
 でも、とりあえずはゾロの着替えを買いに行かないと。

 メリ−・クリスマスとか良いお年をとか、ビビと挨拶を交わしていると
 運転席を降りたサンジ君が、リボンを掛けたシャンパンを手渡してきた。

 「メリ−・クリスマス、ナミさんv
  これは俺からの心ばかりのプレゼントです♪」

 一本何万もする超高級品。
 …ははぁ〜ん。
 ホントはコレでビビを酔わせてどうこうしようとかって企んでたワケ?

 帰りの運転席と助手席でのラブラブっぷりを見る限り、ビビは上手くやれたみたいだし、
 コッチは必要なかったようね。
 役得ってコトで、ありがたく頂戴するわ。
 ゾロは甘いの嫌いだから、あたし一人でね。

 まったくねェ〜。
 無理して仕事を休んで時間を作ってくれる彼氏を悦ばせたいなんて、ケナゲよね。
 だからあたしもランチのおごり三回分に、ちょっとサ−ビスしといたわ。
 サンジ君好みに頭のてっぺんから爪先まで、カンペキなコ−ディネイト。
 真っ白でふわふわのウサギちゃん♪

 『ワザとらしすぎるんじゃ…』

 とかってビビは恥ずかしがってたけどね−。
 イブだし。着せ替えごっこは楽しいし。
 サンジ君の好みは、なんとな〜く判っちゃう。

 だってね、きっとあたしがビビにさせたいカッコとかと同じなんだもん。
 だからまァ、あっちの方もあくまでもソフトに。

 けど、あたしが口出しするのはココまで。
 何もかもあたしが教えたら、サンジ君に恨まれちゃう。
 第一、あたしとゾロだってそんな凄いコトしてるワケじゃないんだから。

 それから、サンジ君!
 あのコが嫌がるコトを無理矢理に……なんてしたら、判ってるわよね?


 地の果てまで蹴り飛ばすわよ!!




                                         − 終 −


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 当サイトでは、色んな意味で茨道がちのサンビビと、あまり書く機会のないゾロナミ。
 この“現代パラレル設定”枠ぐらいでは砂を吐くほど甘々にしたかったのですが…。
 イヤ、自分でも砂砂糖吐きまくりになりました。
 イブネタですから、許したってください。(汗)
 こちらのビビちゃんは王女ではなく社長令嬢なので、他枠よりおっとりのんびりしています。
 そしてナミさんは、ややヤキモチ焼きさんです。
 それ以外は、あまり他枠と変わり映えがないような…。(笑)

 この“現代パラレル設定”も、まだまだ続けたいと思いますので、またお付き合い
 いただけましたなら嬉しいです。