ウソより冒険




   「ウソップさん」

   「ねぇ、ウソップさん」

   「お話をして。楽しいお話を」

   「ワクワクするようなお話がいいわ」


お〜いおいおい。
この勇敢なる海の戦士キャプテ〜ン・ウソップ様のくぐり抜けて来た大冒険の数々に
ワクワクしねぇモンなんざありゃしねぇって!
その中でも、今日はとびっきりの話をしてやろう。

“空島”って知ってるか?
文字通り、空に浮いてる雲の島だ。
人間だって居るんだぜ。


   「空島?」

   「空の上に人が居るの?」


夢みたいだって思うか?
そりゃ−そうだろう。
このおれ様も、実際に行ってみるまでは眉唾モンだって思ったぜ。
だがな、それこそが男のロマンってヤツだ。

四百年前に“嘘吐き”呼ばわりされた先祖の名誉のために
海に潜り続ける男の話をしたっけな?
このキャプテン〜・ウソップの心意気を感じ取り、“同志”と呼んだでっけぇ男よ。
その話とも繋がる壮大な物語だ。

…だが、そこはけっして楽園なんかじゃなかった。
海底から上空一万mにまで吹き上がる“ノックアップストリ−ム”
おれ達と同じ方法で空島に運ばれた人間達と、元からの空島の住人が
“大地”を取り合い四百年もの戦いを続ける戦場だったんだ。


   「空の上にも、戦いがあるの…」

   「人が怪我をしたり、苦しんだりするのね」


…そんな、悲しいカオすんな。
話はまだまだ、これからなんだからよ。

空島に元から住んでいた人間は、“天使”って呼ばれてる。
…って、いってもおれ達と一緒だ。
血も流れるし、頭の上に輪っかが浮いてるワケじゃねえ。
背中にゃ一応羽根がついてたが、空も飛べねえ。
空に住んでるってだけで、普通の人間だ。

連中の国で一番偉い奴は、“神様”って呼ばれてるんだが
これも後で聞いたら“王様”って意味と大差ねえみたいだな。

“神”って聞いたらビビっちまったけどよ。
…最初はな、最初は!!
おれ様は勇敢なる海の戦士!!
信じるモノは、おれ様の知恵と勇気!!!
そして、仲間だ!!!!

空島でも、仲間達はおれ様の信頼に立派に応えてくれたぜ。
さすが、おれ様が仲間と認めた連中だけのコトはある!!

迷いの森で、人の考えが読める“神官”ってぇのと戦りあった時も
悪魔の実の能力を持った“神”ってのに雷を喰らった時も
おれ様は仲間を信じたし、仲間もおれ様を信じた。


   「ウソップさん、怪我は?」

   「皆も無事だった?」


…ん−、もちろん。
おれ様は不死身の男、キャプテ〜ン・ウソップ。
ちっとぐれぇの火傷じゃあビクともしねえ。
サンジのヤツは二度コゲして、ヤバかったけどよ。
あいつも今じゃ、ピンピンしてるぜ。


  「…良かった」

  「皆、元気なのね?」


ああ、元気すぎてやかましいくれぇさ。
コックは今頃、キッチンで鼻歌歌いながら“リラックスおやつ”でも作ってるぜ。
船長は腹の虫の音を聞きながら、声が掛るのを待ってるし。
剣士は筋トレか昼寝の最中だろう。
航海士は測量中。
船医は薬を調合してるし、考古学者は読書だろうな。

…なあ、おれは思うんだ。
自分が強いと思ってるヤツって、ひとりぼっちなんだよな。

手下や子分はいても、そいつにとっては唯の道具だ。
信用なんかしてねぇ。
必要なくなりゃあ、切り捨てる。

クロネコも、ワニもそうだったよな。
エネルって野郎も、同じだった。

だから、一人で負けていく。
ルフィには勝てね−んだよ。
だって、あいつにはおれ様が付いてる。
ゾロも、ナミも、サンジも、チョッパ−も、ロビンも。
傍にいても、いなくてもな。

あいつはさ、ソレがちゃんと判ってんだよ。
でっかいキンタ……イヤ、黄金のカタマリをくっつけてエセ神に向かっていった時も
あいつは、ひとりじゃねぇんだ。

おれ達がついてんのさ。
だから、あいつは負けねぇ。

だから、鐘は鳴ったんだ。
四百年振りに。
だから、戦いは終わった。
今はもう、空島は平和さ。
イロイロあるかもしれねぇけど、殺し合ったりする必要はねぇ。
戦う“理由”が無くなったからな。
大地は誰のモンでもねぇし、鐘は皆で鳴らす。

…安心したか?


   「ウソップさんのお話って、素敵ね」

   「ウソップさんのお話、大好きよ」


そうか?そ−だろ−な!!
おれ様の語る冒険は、真実以上の真実を語る。
壮大な夢!ロマン!!
人生にそれ以上のトキメキなんざ、ありゃしねぇ!!!

…って、オイ。
何でそんな、哀しいカオすんだ?


   「…なんでもないわ」

   「なんでも、ないの」


なあ、黄金の鐘の音は、すっげ−綺麗だったんだぜ?
腹の底が震えるくれぇに何処までも何処までも響き渡るんだ。
聞かせてやりたかったな。


   「そうね、ウソップさん」


耳を澄ませたら、聞こえたかもしれねぇぜ?
“おれ達は、空(ここ)にいる”ってよ。


   「そうね、ウソップさん」



……なあ?



「おい、ウソップ」


   「ウソップさん」


「こら、ウソップ」


   「ウソップさん」



「てめ−、いい加減起きやがれ、クソッ鼻!!」



   ドカッツ!!!



目の中に、盛大に星が散った。

「なんだなんだ…、サンジ?」

痛む頭を抱えて起き上がると、不機嫌この上なさ気なGM号の料理人が
彼を見下ろしている。
穏やかな午後、芸術的創造作業に勤しんでいた筈が、いつの間にやら
甲板でまどろんでいたらしい。

「てめェ、この俺をさしおいて二股たあイイ度胸じゃねェか」

すぱぁ〜っと、白い煙を吐き出しながら料理人は三白眼で言った。

「誰が二股だ、誰が!!」

甲板から跳ね起きる狙撃手に、びしっとタバコを突きつけて。

「おめェだよ、おめェ!!
 さっきから寝言でカヤビビカヤビビカヤカヤビビビビ…。
 お嬢様と王女様、どっちか一人にしろ!!!
 長ッ鼻のクセに、あつかましいにも程があンぞ!!!」

カヤは幼馴染で、このGMを譲ってくれた恩人で。
ビビは短いとはいえ、この船の仲間だった。
どっちも忘れられなくて当然ではないか。
なのに性別が女だと言うだけで、コレなのだ。

「一緒にすんな、エロコック!!」

噛み付くウソップに、タバコを咥え直す口元が皮肉な笑みを浮かべた。

「ほ−、じゃあエロコック特製のミ−トパイは要らねェんだな。
 そりゃ助かった。甘いモノ嫌いのクソ腹巻もアレは喰うし。
 船長が自分の取り分が少ねェってうるせ−からな−」

「なに−!!?」

エロコック…もとい、海の一流料理人のミ−トパイは
“勇敢なる海の戦士”キャプテ〜ン・ウソップの大好物である。

「食べます食べます、サンジ君〜。
 てか、ルフィ〜〜!!おれの分を喰うな〜〜ッツ!!!」

スケッチブックと画材を放り出し、狙撃手は転がるようにキッチンへ駆け出した。



   『ウソップさん』

   『ねぇ、ウソップさん』



パラパラと風がめくるペ−ジには
描きかけの少女の笑顔が
繰り返し 繰り返し

甲板に残った料理人は、暫しタバコをくゆらせる。


「…たく、どっちを先に仕上げるつもりなんだかねェ…。
 良く見てる割にゃ、鈍いヤツ」


彼女達は、どちらもはにかんだ微笑みで真っ直ぐこちらを見つめている。


「お前には、もったいねェって−の。
 …一人は譲っとけ」


料理人は呟いて、パタンと表紙を閉じた。



                                   − 終 −


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遅ればせながらの狙撃手話。お誕生日ネタではありませんが。
タイトルは昨年春の映画「デッドエンドの冒険」のキャッチコピ−“メシより冒険”のパクリです。
夢オチというか、何と言うか。
語っている相手は、お嬢様?王女様?両方?夢ならではで、あやふやです。
性格の異なる二人の少女ですが、彼を『ウソップさん』と呼ぶところや、外見は白くて細くて
儚げで、けれど内面は芯の強いイメ−ジが彼の中で共通しているかもと。
…夢ですから。
ウソップの語る空島編での冒険談が断片的だったり、ほとんど誇張が無いのも夢ならでは
かと。(汗)
さり気にサビウソカヤなのは、某“ひとつなぎ”企画の影響かもしれませんです。

余談:セリフの一方はイエロ−系にしたかったのですが、目に優しくなかったので薄い紫に。
    もう一方は、ほとんど当サイトの規定色になっていますね。