ここから始まる




世界海洋史上に名高い“麦藁海賊団”
その発足を何時とするかには、諸説が有る。


   * * *


“東の海(イ−ストブル−)”の片隅にある小さな島の、そのまた片隅にある小さな村。
その名をフ−シャ村という。
のどかなだけが取柄のこの村は、今や海賊一味の根城となっていた。
“海賊”といっても、彼等は町や村を襲うことはなく、他の海賊団を片っ端から叩き潰しては
お宝や武器弾薬をせしめる事を生業にしている変り種だ。

今日も、この海域を荒らしていた海賊を仕留めて戻ってきたところだ。
海軍より頼りになると、島民からも歓迎されている始末に、村長は苦い顔をしている。
村で一番美味い料理を出すマキノの店を貸切って、戦勝の大宴会。
飲めや歌えの大騒ぎに、村人達も巻き込んでのお祭りとなっていた。

「なぁ!みんなの中で、いちばんえれ−のは、シャンクスなんだよな?」

まだ7歳になったばかりの黒髪の少年が、“赤髪のシャンクス”の足元にまとわりついて言う。
この少年は“海賊”にあこがれているらしく、陸に上がっている間中、海賊団の後ばかり
くっついていた。
それがまた、村長の悩みの種であるのだが、海賊達の語る冒険に胸を躍らせる少年は
それどころではなく、どんなにしかられてもしかられても、海賊達のところにやってくる。
眸を輝かせ、彼等の話に百面相のように表情を変える少年を、頭のシャンクスをはじめ
皆可愛がっていた。

「あったりまえだろ?シャンクスは船長(キャプテン)なんだからな」

三つ年上のルフィの兄、エ−スが言う。
ルフィのお守りということでこの宴会に紛れ込んではいるが、実は彼も海賊という職業に
興味津々であると気づいている者は少ない。

「けど、あんまりえらそうに見えね〜んだもんな〜〜」

ルフィの言葉に、ゲラゲラと“赤髪”一味のクル−等が笑った。

「違ぇねえ!!」

「普段は昼寝ばっかりしてるからよ〜〜」

「酒も、あんまり強くねぇしな」

陽気な馬鹿笑いに、祝い酒に預かろうとやって来た村人達も一緒に笑う。
シャンクスは何時も愛用している麦藁帽子をテ−ブルに置いた。
その下には、彼の渾名にも海賊団の名の由来ともなっている炎のように赤い髪。
そして、酒の入ったジョッキも置くと

 ぐわしっ!!

と、右手でルフィの頭を鷲掴んだ。

「小僧!!」

威圧的な大声に、店内がしんと静まりかえる。
その中で、クチャクチャと肉を噛む音だけが響く。
“赤髪”の幹部の一人、ラッキ−・ルウが骨付き肉を頬張るのを止めないからだ。
海賊一味はニヤニヤと薄笑いを浮かべ、村人達は顔色を失った。

「“海賊”にとって、一番大事なモノが何か知りてぇ〜か?」

髪よりも色の濃い髭に囲まれたシャンクスの口元がヘラリと緩む。
彼は、すでにしたたかに酔っ払っているのである。
こくこくと頷くルフィの声が出ないのは、やっぱり骨付き肉に齧り付いているからだった。

 もぐもぐ ごっくん

「おう、しりて−ぞ!!」

肉の脂で口の周りを汚しながらの満面の笑顔は、上機嫌の赤髪の頭によく似ていた。

「じゃ〜あ、教えてやろう。よく聞けよ!!
 野郎共も、耳の穴かっぽじってよ−っく聞きやがれ!!!」

テ−ブルのあちこちから、また始まっただの、いいぞお頭だのと歓声が上がる。

しばし成り行きを見守っていたエ−スも、空いた皿の山を積み上げる作業を再開した。
この兄弟はどちらも見かけに見合わず大食いなのだった。
マキノが笑いながら追加の皿を並べ、ナプキンでルフィの口の周りを拭ってやる。

「“海賊”にとって、一番大事なモノは何だ−!?
 お宝?船?腕っ節?度胸?誇り?自由?海賊旗……?
 そう言う奴も居るだろうが、俺に言わせりゃ違うな。そりゃ−、“仲間”さ!!」

口笛と拍手の中、シャンクスは立ち上がると店の出入り口近くで長銃を抱え
タバコを咥えているベン・ベックマンを指差した。

「……まずは、副船長!!
 愛想はねぇが、俺のやりてぇことが言わなくても判る相棒さ。
 こいつが居てくれるおかげで、俺ァ安心して昼寝が出来るってもんさ。
 いいか、ルフィ!仲間にするなら、まずは相棒。安心して船を任せられる副船長だ」

おうよ、副船長あっての“赤髪”だ。お頭、よくわかってる−!!副船長えらい〜!!
さり気無く出入りする村人をチェックしている筈が、いきなり注目を集められたベックマンは
溜息を吐きつつ右手を上げて喝采に応えた。



   『ちきしょ−、ちきしょ−!!
    ど〜して勝てね〜〜んだよ〜〜ッツ!!!
    くいなの竹刀は一本で、オレのは二本なのにヘンじゃね−か!!
    …あいつ〜!!
    「もう少し腕を上げてから出直してらっしゃい」
    だと〜〜!!?ボコボコに殴りやがって!!
    ……くっそ〜、修行だッツ!!!素振り一万本!!!
    こんどこそ、ぜって−負けね−!千一回目の正直だッツ!!
    オレは世界一になるんだからな!!!
    こんなところで止まってられっかよ−!!!』




「そして、航海士!!こいつが居なけりゃ、海賊なんかじゃねぇ。
 ただの“迷子”だ。あっという間に海の藻屑になっちまう。
 俺達を水平線の向こうへ連れてってくれる大事な奴だ」

けど、お頭達は嵐や大波が大好きだから避けさせてくれね−しな−。
と、赤髪海賊団の航海士は苦笑いした。



   『ねぇねぇ、ベルメ−ルさん!ノジコ!!
    あたしたちの住んでる世界って、丸いんだって!!ほんとかな?
    あたし、行ってみたいな。世界の果てまで。
    この本に書いてあることがほんとなら、どんなに遠くに行ったって
    ぐるっと回ってこの島に帰って来れるよね?
    ベルメ−ルさんや、ノジコや、ゲンさんや、みんなのいるところまで。
    だって、あたしはここが大好きなんだもん。
    …この本、どうしたのかって…?
    えへっ、えへへへ…。だって、だってほしかったんだもん〜〜。
    え−ん、ごめんなさい、ベルメ−ルさ〜〜ん!!
    ……ま、いっか。もうよんじゃったし♪』




「百発百中の狙撃手も忘れちゃならねぇな。
 海賊船に大砲は欠かせねぇ武器だ。海賊は戦いが商売だ。
 狙い違(たが)わず遠くに届かせるってのは、すげぇ才能だぜ?
 ついでに陽気でお喋りで法螺話の上手い奴なら、最高だ。
 ウチの狙撃手みてぇによ」

女房よ、息子よすまね−!!だが、海と冒険が俺を呼ぶんだ−!!!
と、わめくヤソップを仲間達が、こっちもまただよ〜と宥めている。



   『母ちゃん、母ちゃん。おれな、今日は人魚に会ったんだ。
    ホントだぞ。釣り針に引っかかったんだ。
    エサのミミズに食いついたんじゃねぇって!髪に針がからまって泣いてたんだ。
    虹色に光る髪とウロコで、すげ〜キレイだったぞ。
    泣いたらナミダがシンジュになるってのもホントだったぞ。
    助けてやったら、そいつはおれさまに礼がしたいって言うんだ。
    半分サカナだけど、見上げたこころがけだな。
    …だから、おれは言ったんだ。この海のどこかにいる“偉大な海の男”ヤソップを
    探してくれって。
    人魚が父ちゃんを見つけてくれたら、父ちゃんに手紙を書けるぞ。
    たのんだら、きっと届けてくれる。
    おれがウソップ海賊団を結成して、キャプテ〜ン・ウソップって呼ばれてることも
    もう子分が二千人もいるってことも教えてやれる。母ちゃんは何て書く?
    ……母ちゃん?母ちゃん、母ちゃん!?だれか−!!!』




「料理人も重要だ。長い航海、メシが不味くちゃ力も出ねぇし楽しくねぇ。
 それに海賊船の料理人は、ただ料理が美味いってだけじゃあ駄目だな。
 違う海の見たことの無ぇ食い物だって、キッチリ料理出来る奴じゃねぇと役に立たねぇ。
 海王類だろうと、猛獣だろうと、恐竜だろうと、捌いて焼いて煮込んでもらうぜ。
 特にウチの船には大喰らいが揃ってるからな〜〜」

ラッキ−・ルウはモゴモゴと口を動かしながらうんうんと頷き、当の料理人らしき男は
苦労してるぜと肩を落とした。



   『うるせェな!オレはチビじゃね−!!
    この船の乗組員だ!…あ?厨房だよそれがどうした。
    最初は誰だって、下働きだの雑用だの見習いじゃね−のかよッツ!!?
    オレは直ぐに一人前のコックになんだからな!!
    そこら辺のコックなんかじゃねぇ、王様も海軍の大将だって涎を垂らして食わせて
    くれって頼んでくる海の一流料理人になるんだ。
    頭撫でんなよ、ガキじゃね−よ、もう9歳だ!!
    別にえらくなんかね−よ!!
    …なあ、ところであんた、海は長いのか?
    じゃあさ、“オ−ルブル−”って知ってるか?
    ……なんで、そんなに笑うんだよッツ!!?
    ガキじゃね−って言ってんだろ−!!!』




「戦いとなりゃ、怪我はつき物だ。長い航海、馬鹿だってたまにゃあ風邪を引くし腹も壊す。
 上陸した島が流行病にやられちまってることもある。
 度胸の座った腕のいい船医も欠かせねぇな。
 俺達は命知らずだが、命を捨ててるワケじゃねぇ」

いや、あんた等病気したことないし。わしの仕事は縫うのが専門だよ。
と、赤髪一味の船医は杯を掲げた。



   『腹が減った…、腹が減った…。
    木の根っこも、皮も、みんな食べられちゃった。何にも残ってない。
    寒い……、寒い……。
    でも、これ以上近くに寄ったら、また角で……。
    でも、群れから離れたら、食べられるものを見つけられない。
    雪や風を避ける場所もわからない。
    腹が、減った……。
    何だ?ヘンな木の実。初めて見た。コレ、喰えるのか?
      
 “食べちゃダメだ”
    でも、腹が減った。これは喰える。毒じゃない。
      
 “けど、食べちゃダメだ”
    …でも、食べなきゃ死ぬ。
       
“けど…”
    死にたくない。
    腹いっぱいになりたい。あったかくなりたい。仲間が欲しい。
    ……だから、まだ』




「それから、物知りが居ると何かと便利だ。
 動物学者、植物学者、歴史学者、考古学者。何でもいい。
 頭が良くて知識のある奴は、いざって時に重宝する。
 この海では“知っている”ことが武器になるのさ」

ウチの船に学者なんて居たっけか?居ね−よな?おう、居ね−!!
居たらいいなって話だよ!なんだそりゃ−!?



   『ここも、ハズレ…。
    いつまで続くの?こんな茶番が。
    “真の歴史の本文(リオ・ポ−ネグリフ)”は本当にあるの…?
    それは、こんなことをしてまで知る価値のあるモノなの?
    …疑うな、迷うな。
    その瞬間に崩れてしまう。
    サヨウナラ、昨日までのパ−トナ−達。
    金銀財宝を目にした瞬間に、我を忘れて飛び込んだ貴方達の欲の皮に
    歴史は鉄槌を下す。
    木霊する悲鳴は、やがて闇に吸い込まれ石達は沈黙を取り戻す。
    立ち込める血の臭い。
    ……立ち止まるな、振り返るな。
    何が書かれているのか、そのこと自体に私は意味を求めない。
    意味は、後から追いついてくる。
    今の私には他にするべき事も、行くべき場所も無いのだから…』




「おお、最後にコイツを忘れちゃあいけねぇな!
 海賊に欠かせねぇもの、それは……お姫様だ!!」

ルフィが目を輝かせて身を乗り出した。
なにやら小難しい話が続いていて、彼にはタイクツだったのだ。

「おひめさまって、さらうのか?」

「いんや、惚れさせるのさ〜〜♪」

酔っ払って気分が良いのか、シャンクスはウットリとあらぬ方向を見つめている。

「……あら、船長さん。そんな素敵なことがあったんですか?」

彼の大好物であるアサリのピラフの大皿を置きながら、村一番の美人店主は
ニッコリと微笑んだ。

「マ、マキノさん……。(汗)」



   『…ねぇ、カル−。
    今日はね、花火を作ろうとしてペルに怒られちゃったけど、でもあとでこっそり
    ペルの背中にのせてもらって空を飛んだのよ。
    いちばん高く、いちばん遠くまで飛んだらね。砂漠のはじっこにアオい色が見えたの。
    お空じゃないの、オアシスでもない。海よ。
    ナノハナに行った時、お船がたくさん浮いてた飲めないしょっぱいお水。
    あの向こうには、アラバスタじゃない国があるの。
    木がいっぱい生えてる国や、お花がいっぱい咲いてる国や、雨がいっぱいふる国や。
    ……ねぇ、カル−。
    わたし、お城のそとへ出たからリ−ダ−や砂砂団のみんなとトモダチになれた。
    この国のそとへ出たら、よその国のトモダチがいっぱいいっぱいできるかな?
    そうなったら、とってもステキよね?』

   『クエ〜〜、クエックエ〜』

   『うん、そのときはカル−もいっしょね!』




酔っ払った一同は、手に手にフォ−クやスプ−ンを持ってリズムを取る。
調子っぱずれな歌は騒音でしかないが、気にする者はほとんどいない。


  ♪ヨ−ホ ヨ−ホ ヨ−ホホ−♪


「なぁ、音楽家は!?音楽家もいるんだろ!!」

ルフィが言うと、今や“赤ら顔のシャンクス”は右肩をラッキ−・ルウと左肩をヤソップと
組んでジョッキを打ち鳴らしながら節を付けて答えた。

「♪海賊はァ〜みんな歌うんだ〜♪だからァ〜み〜んな音楽家〜♪ヨ〜ホホ〜〜♪」

「痛みますから、お皿やジョッキを叩かないでくださいッ!!」

マキノの声に、泣く子も黙る筈の海賊達が慌ててかしこまる。

「「「「「ハイ、すみませんでした−!!!」」」」」


笑い声と歌声と。
喧騒の中に、夜は更けていく。


「おれもぉ〜、なかまを集めて海賊になるぞぉ〜。海賊王だぁ〜〜ムニャムニャ…」

「あらあら、ルフィったら。風邪ひいちゃうわ」

いつの間にかベンチに丸まって眠り込んでいるルフィに、マキノが着ていたカ−ディガンを
掛けてやろうとする。

「ああ、いいよマキノ。もう遅いし、オレがウチまでおぶってくから。
 ンじゃ、おやすみなさい。ご馳走様でした−!」

「おやすみ、エ−ス。気をつけてね」

ルフィを背負い、礼儀正しく一礼するエ−スにマキノも手を振った。
後に残るは皿の山。そして床にテ−ブルに転がる酔っ払い達。

「…たく、馬鹿者共が…。調子に乗って、子供に余計なことばかり吹き込みよって…」

「ま−、ま−。村長さんも、もう一杯。今夜は赤髪さんたちのおごりだし」

赤い顔でビ−ルを勧める村人の手からジョッキを奪い取ると、村長は
泡を飛ばしながら怒鳴った。


「海賊は海賊じゃ!!わしゃ、好かん!!!」


   * * *


……そして、10年後。
呆れるほど小さな船に乗って、一人の少年が海に出る。


「やっぱ、音楽家は絶対いるよなァ。それから………何だっけか?
 ま、いっか。海に出りゃあ、会えるさ。おれの仲間達に!!」




   世界海洋史上に名高い“麦藁海賊団”
   その発足を何時とするかには諸説が有る。


   最初の仲間、ロロノア・ゾロと出会った時だというもの。

   航海士ナミが加わって、初めて海賊団となったのだというもの。

   狙撃手ウソップが描いた“麦わら帽子のジョリ−ロジャ−”を掲げた時だとするもの。

   料理人サンジが加わった後、当時“東の海”最強と言われた魚人海賊団を壊滅させ
   賞金が掛けられたことにより、名実共に海賊団と認められたというもの。


   だが、著者は諸説を踏まえた上で、敢えてこの日とする。


   後の海賊王、モンキ−・D・ルフィ
   17歳の5月5日。


      全ては、ここから始まった。



                                   − 終 −


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船長、誕生日おめでとう!!
…ということで、船長話です。でも、実は“仲間”の話だったりします。(汗〜)
この型破りな船長の元だからこそ集ったGM号の仲間達。
意固地になって全クル−揃えてみました。例によって姫含め。
ルフィ7歳現在の仲間達。
この時点で一番悲惨なのは、やはりチョッパ−かと。
ロビン姐さんはこの時18歳。…こう書くとジェネレ−ションギャップを感じます…。
皆の10年前はとっても適当に書きましたので、矛盾があっても目を瞑ってください。(涙)

ちなみにコミックスでゾロは“戦闘員”となっていますが、傍目から見ると彼は船長の相棒で
その役割は“副船長”に思えるので自作中での彼は常にその役職です。
実際、GM号のクル−に“非戦闘員”なんて居ませんしね。