海賊船




船って、いつ生まれるかご存知ですか?
最初に海に浮かべられた瞬間です。
シャンパンの瓶を投げてもらって、誕生のお祝いをしてくれるのです。

わたしにシャンパンを投げてくださった、船主のお嬢様は
見事に割りそこなってしまわれましたけどね。
あのシャンパン、もったいなかったです。


…わたし、ですか?


ご挨拶が遅れ、失礼しました。
カ−ヴェル造り、三角帆使用の船尾中央舵方式キャラヴェル
“ゴ−イング・メリ−号”
それが、わたしの名前です。

メリ−さんという、あるお屋敷の執事さんがわたしを設計してくださいました。
楽しそうな名前でしょう?


実はわたし、これでも海賊船なのです。
ちゃんと海賊旗だってついています。
メインマストと三角帆の上に、“麦わら帽子を被ったドクロ”の旗。
同じデザインが帆布にも描かれています。
なかなか良く出来ていて、気に入っています。

村を救ってもらった御礼に、わたしはお屋敷のお嬢様から海賊さん達に贈られました。
海賊って、普通は村を襲うものらしいのですが。
それだけでも判るように、一風変わった海賊さん達です。

今、わたしに乗っている方々は全部で七人。
みなさん、とてもお若いです。
そして、涙もろい方が揃っています。
やっぱり変わった海賊さん達です。
仲間には気づかれていないと思っているようですが、わたしは全部見ています。
船ですから。



一番の泣き虫は、小さな船医さんです。
昼間は船長さんに追いかけられたり、剣士さんを追いかけて古傷の診察をしたり
小さな身体でいそがしそうに走り回っています。
でも、夜になるとわたしのお腹の中のハンモックで、毛布にくるまって泣いています。
つらくてかなしい夢を見るようです。
でも、少しづつ少しづつ泣いているより笑っている夜の方が増えています。
わたしが静かに静かに揺れていることが、船医さんの夢に良いとうれしいです。



次は、鼻の長い狙撃手さんです。
この方は、夜の見張り台で当番を務めながら、ご自分を讃える歌を作詞作曲します。
その合間に、鼻をすすっています。
なつかしく思うことが多いようです。
そして、不安に思うことも多いようです。
船大工さんがいないので、わたしの修理はこの方がやってくださいます。
素人さんなので、どうしても見てくれはアレですが、いつもわたしを気にかけていただいて
有り難く思っています。



航海士さんは、わたしの背中に植えられた緑の木陰がお気に入りです。
彼女はそこで目を閉じて、とても静かに涙を流します。
とても綺麗な涙です。だれも見ていないのは、もったいないと思います。
涙が止まると、顔を擦って仕事にもどられます。
わたしの行く先を確認したり、わたしの辿った航路を書きとめるのがお仕事です。
それから、船長さんや剣士さんや料理人さんや狙撃手さんや船医さんを叱るのも
彼女の大事なお仕事です。毎日毎日、大変だと思います。



料理人さんは、女の方に冷たくされると泣いたフリをしていますが
本当に泣きたい時は、大量のタマネギを刻みます。
この方は、少々見栄っ張りです。
いつもタバコを口に咥えているので、木で出来たわたしは苦手なのですが
きちんと灰皿を使っていて、ワザとわたしに押し付けることはありません。
何かの拍子に床に灰や吸殻を落とすと、慌てて踏み消して小さく呟きます。

『……ワリィ』

船に謝る人は、めずらしいです。



船長さんは良く笑い、良く泣きます。
とても目まぐるしい方です。
どうもピンときませんが、今は彼がわたしの持ち主のようです。
“わたし”の象徴でもある船首(フィギュアヘッド)が彼の指定席です。
時折、船長さんはわたしに呼びかけます。

『なァ、メリ−!あそこまで行きてぇな!!』

虹色の雲が輝く水平線の彼方。わたしもぜひ、行ってみたいと思います。



わたしが知る限り、涙を流さない人もいます。
そういう方は、違う泣き方をします。



剣士さんは、トレ−ニングをしているか、眠っているかです。
涙の分も汗をかいて、いびきをかいて、夢も見ないほど深い眠りです。
そうやって、不安や焦りを力に換えているのでしょう。
無茶ばかりなさるみなさんの中でも、怪我が一番多い方です。
身体中傷痕だらけで、まるで今のわたしのようですよ?
口に出しても出さなくても、わたしのように出せなくても。
みんな、心配しているのです。



以前、わたしに乗っていた砂の国のお姫様は、唇を噛み、拳を固く握り締めます。
涙の代りに、血を流すのです。
誓いでも立てたのか、泣くことを自分に禁じておられるようでした。
クル−のみなさんも、いつもお姫様のそばにいた大きな飛ばないトリの方も。
それぞれに、お姫様を見守っていました。
けれど最後には、わたしたちに手を振って、お別れの涙を流してくださいました。
泣きながら笑っておられたので、本当によかったと思いました。



お姫様と入れ替わりに乗ってこられた学者さんは、まばたきもせずに夜の闇を見ています。
涙を流すことを忘れてしまっているようです。
そういうのって、とても良くないのですよ。
船の傷んだところなら、腕の良い大工さんが直してくださいますが
外に現れない傷は深いところで血が流れつづけ、止まらないのです。
わたしが人間だったら、そう言ってさしあげるのですが。
なにしろ、わたしは船ですから。残念なことです。



船のくせに、あれこれ思うのは生意気でしょうか?
でも、わたしは元は何百年も生きた樹でしたから。
まだお若いみなさんより、ほんのちょっぴり判ることだってあるのです。


“東の海(イ−ストブル−)”から“偉大なる航路(グランドライン)”へ。
航海を始めて、まだ一年経たないわたしですが、百年旅した船よりも凄い大冒険をしました。
空を飛んだ船なんて、そうそうありませんからね。
だから一年経っていないのに、百年旅した気分です。
ツギハギだらけなのも、冒険の勲章のようなものですから。


船にも寿命があります。
何百年生きた樹であっても、自分では、それは判りません。
人間なら、自分の寿命がちゃんと判るのでしょうか…?

今、停泊している島の船大工さんや、船長さんは
わたしはもう航海できないのだとおっしゃいます。
でも、それならどうして鼻の長い狙撃手さんは、わたしを直そうとなさるのでしょう?
船長さんや、他のみなさんは、どこにいってしまわれたのでしょう?
わたしには、わかりません。


けれど、わたしの希望を言わせていただけるなら。
それが明日のことであれ、百年後のことであれ。
わたしは海の底で眠りたいと思います。

新しい船の一部や、どこかの家の暖炉にくべられるのも悪くはありませんが
でも、わたしはこれでも海賊船ですから。


海賊旗や、ドクロを描いた帆布が無くても、わたしは。



未来の海賊王とその仲間達が、冒険を始めた船ですから。



みなさんが、この先も航海を続ける海に沈みたいと思います。

そして、ゆっくりと跡形もなく崩れていくまでの間
わたしを棲家にする海の生き物達に話してあげましょう。



雲の中を自由に泳ぐ空島の魚や、風船のように空を漂うタコ。
島かと見まがう大きな魚と巨人達。
嘘のような不思議な世界。



“海賊船ゴ−イング・メリ−号”の大冒険の物語を。



                                   − 終 −


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メリ−号は乗り物としての“船”、舞台としての“家”、そして麦わら一味の“仲間”
現在、まだ海に浮かんでいるメリ−号は船として“生きて”います。
今後の原作の展開は判りませんが、それが近い未来であってもなくても
何時か来るメリ−との本当の別れが納得のいくものであることを祈願して…。