Taste of a home




皆が、私の国を好きになってくれますように

私の生まれた砂の国を

良い国だと思ってくれますように



− 1 −

「あの…、サンジさん。折り入って、お願いがあるんですけれど」

“最高速度”で砂の国アラバスタへ向かうゴ−イング・メリ−号。
その旅も、間もなく終わるだろう頃。
キッチンで喫煙中のサンジに、ビビは躊躇いがちに言った。

「他ならぬビビちゃんのお願いだったら、何でもOKに決まってますよ〜vv
 おやつのメニュ−のリクエスト?それともディナ−かランチにご希望が?」

テ−ブルに置いた灰皿を前に来週のメニュ−を考えていた海のコックは
口から吐き出すタバコの煙をハ−トの形にして答える。
フェミニストを公言する彼の最大の喜びは、レディ−の笑顔。
それを生み出す自分の料理に、彼は絶対の自信を持っていた。

「いえ、そういうことじゃなくて…」

両手を左右に振って否定を示す姫君に、描いたハ−トが二つに割れる。

「見張りの夜食は、もっと低カロリ−の方が良かった?…あっ、もしかして!!
 “東の海(イ−スト)”風の味付けって、ビビちゃんのお口に合ってないとかッ!!?」

「だから、そ−いうことじゃないんですってば!!」

強い口調で遮られ、サンジはタバコを灰皿に置いて両手で口を覆った。
『黙ってお話を伺います』の意思表示に、ようやくビビは自分の希望を告げる。

「明日の夕食、私に作らせて欲しいんです」

思いもよらぬ“お願い”に、両手で口を覆ったままサンジは言葉を失った。

「大したものは作れないですけど。
 …あの、食料は絶対に無駄にしませんから!!」

ひたむきな表情に見惚れながらも、サンジは頭の中でビビに関するメモをチェックする。

掃除や洗濯、見張り当番もクル−と同じようにこなすビビだが、それ以外の空き時間には
サンジの手伝いをしていることが多い。
何かすることはないかと船の中を歩き回って、最後にキッチンへ辿り着くのだ。

気持ちは嬉しいし、可愛い女の子は無条件に大好きだ。
とはいえ、自分の仕事に手を出されたくないのが一流コックの本音である。
お願いするのは、ごく簡単な作業に限られる。

サンジが見ている限り、何を頼んでもビビの仕事は丁寧で慎重だ。
丁寧で慎重すぎて、自分でやった方が早いと思うことも多い。
けれど一つだけ、文句のつけようのないことがある。
食べ物を粗末にしないのだ。
野菜の皮を剥いてもらえば、まるで紙のように薄い。
褒め称えるサンジに、ビビは不思議そうに言った。

『だって、食べられるところを捨てたら勿体無いわ』

美人で可愛くて、スタイルも抜群で、ホンモノの王女様(プリンセス)で。
しかも、食べ物の大切さを知っているとは!!
海のラブコック、サンジのハ−トを鷲掴みである。
王女の癖にしみったれているとか言う奴は、海の藻屑となるがいい!!


「……えっと、サンジさん?」

ビビの声に我に返り、サンジは慌てて返事をする。

「ふが…、ふががっ?」

「あの〜、口を塞いだままですけど?」

回想シ−ンにメロリンしていたラブコックは、言われてやっと両手を口から離した。
誤魔化すように咳払いをし、改めてビビの申し出を検討する。

「ああ、えっと。明日の夕食ね…、何を作る予定なの?」

「アラバスタのお料理を。簡単なものなら習いましたから」

ビビの声には自信が溢れている。
それを鵜呑みにしていいかというと、経験上、けっしてよろしくはない。
サンジは椅子から立ち上がると、食器棚の引き出しからノ−トを取り出した。
普段はレシピを書き留めたり食料の在庫チェックに使っているものだ。
新しいペ−ジを開いて、鉛筆を添えてビビの前に置く。

「じゃあ、どんな料理を作って、それには何をどれぐらい使うのか書き出してくれねェかな?
 食料の残りの調整もあるしね」

彼女が実際に料理を作れるかどうかは、これでおよその見当がつく。
断わるにしても、食材が無いといえば傷つけずにすむだろう。

「はい!」

ノ−トを受け取ったビビは、俯いて鉛筆を走らせる。
サンジはすっかり短くなったタバコを灰皿に押し付けた。

真剣な顔をすると、ビビの頬は紅潮し無意識に膨らみがちになる。
少し幼い表情を、可愛いな〜vvと思いながらテ−ブルに肘をついて眺めていた。
フル回転する換気扇と、紙の上を滑る鉛筆の音。
サンジはふと、奇妙な既視感に捕らわれた。


『ほれ、チビナス。今の料理のレシピを書いてみろ』

バラティエに居た頃、ゼフはしばしば抜き打ちでサンジにレシピを書かせた。
実際に料理を作る前に、紙の上に作業を再現させるのだ。
最初の頃は、こんなものはガキの落書きでしかないと破り捨てられた。

『美味く作れれば、別にそっくりな味になんてする必要ね−じゃんか!!
 微妙な塩加減なんか、紙に書けるワケねェだろ!?』

『素人料理しか作れねェガキが、偉そうな口を叩くな!!』

悔しさに唇を噛みしめながら、拾い集め繋ぎ合わせた紙切れ。
それを張り付けた古いノ−トは、引き出しの一番下に今もある。
余白には、後で何度も書き直し、書き足した文字がびっしりと。
今は、ゼフの作ったあのス−プの味を正確に再現出来る。
そこから、それ以上の料理を生み出す事も。


「サンジさん、書けましたけど…?」

またも、ビビの声で我に返った。
気後れしたような表情に、レディ−向けでは無いのだろう今の自分を自覚する。

「では、拝見vv」

にっこり微笑んでノ−トを受け取り、細かく書き込まれた文字を読む。
かなり大雑把ではあったが、素人がこれだけ書ければ上出来だ。
少なくともサンジには、ビビが作ろうとする料理のイメ−ジは掴めた。

「…どうでしょうか…?」

心配そうにサンジを伺うビビの、長い睫毛に縁取られた眸。
レディ−の希望を最優先する騎士道精神と、海のコックとしてのプロ意識。
天秤は、騎士道精神に傾いた。

「豆や乾物を戻すには、ちょっと時間が足りねェな…。
 今から下ごしらえするにしても、もう一日後の方がいいと思うけど?」

「明日じゃ…、無理ですか?」

ビビの顔に落胆が浮かぶ。
彼女の背後には、壁に掛かった月めくりのカレンダ−。
日付の下の余白には、紐で吊るしたマジックで掃除や見張り当番の名前が書き付けてある。
それを確認して、料理人は小さく頷いた。

「んじゃ〜、下ごしらえには圧力鍋を使おうか。
 あと、このスパイスとこのスパイスは船にはねェし。…てか、聞いた事ねェな。
 どんな味と香りか具体的に説明してくれる?ある程度は調合で代用出来ると思うんだけど。
 それはビビちゃんには無理だと思うから、俺にも手伝わせてよね?
 それでいいなら、明日のディナ−はビビちゃんにお願いしようかな」

「……ごめんなさい、かえって余計なお仕事が増えて」

スパイスのことまでは気が付かなかったのだろう。ビビの表情が曇った。
それでも、やめるとは言わない彼女にサンジは目を細める。

「そんなことねェって。ビビちゃんの手料理が食べられるチャンス、逃したくねェしさ。
 それよりビビちゃん、味はもちろんだけど、とにかく量を作らね−と。
 ウチの船の食事量が半端じゃねェの知ってんだろ?
 コレだけの品数を作るなら、今すぐ計画立てて下ごしらえ始めねぇと間に合わないぜ?」

「はい!お願いします!!」

ビビはペコリと頭を下げると、身を乗り出してスパイスの説明を始めた。
サンジの頭の中では船に積まれた調味料や香味野菜が並べられ、組み合わされる。
その作業が終わるまで、サンジは新しいタバコに火を点けるのも忘れていた。


   * * *


皆に、私の国を知って欲しいのです

砂ばかりで、乾ききって
それでもなお、豊かなあの国を

私と共に闘うと、言ってくれた皆に



− 2 −

「明日のディナ−は、ビビちゃんがアラバスタ料理を作ってくださるからな。
 ルフィ、ウソップ、チョッパ−!!今夜から、おめェ等はキッチンへの立入禁止だ!!」

「「「え−っ!!?」」」

夕食の後、サンジが宣言すると食卓からは驚きの声が上がった。
ナミは隣に座るビビの様子を伺う。
皆の注目を浴びる王女は頬を紅潮させ、それでも何処か誇らしげにぴんと背筋を伸ばしていた。

「ビビ、おまえ料理作れんのか!?すっげ−!!!」

ルフィが尊敬のまなざしでビビを見る。
食べられれば何でもいい船長を軽く睨み、ナミはこの船で最大の重労働を買って出た
物好きな少女に言った。

「ちょっと大丈夫なの?こいつらの腹を満たすのは大変なんだから。
 サンジ君なんか、この船に乗ってから過労で痩せちゃったくらいよ!?」

ナミの忠告が終わらぬ内に、サンジが壊れる。

「ナミすわぁあ〜〜んv俺の身体を心配してくれるなんて、貴女はなんて優しいんだ〜vv
 けど、ご心配なく。俺はただ、貴女への恋に病みやつれただけなのですぅう〜〜vvv」

はいはい、と肩をすくめるナミ。
ジョッキに残った酒を飲み干して、ゾロが言った。

「そりゃ〜、心配だ。お前が恋の病に倒れると、メシを作る奴が居なくなる。
 …ところでビビ。お前、本当に食えるモンが作れるんだろうな?」

剣士の率直な疑問に、王女は頬を膨らませる。

「酷いわ、ブシド−!簡単な料理ぐらい、ちゃんと作れます!!」

「クエ〜ックエックエッ!!」

彼女の愛カルガモも、そうだそうだと言わんばかりに羽根を拡げた。

「ふっふっふっ……。
 だ〜が、おれ様特製の“キャプテ〜ン・ウソップスペシャル・ゴ−ルデン・デラックス・エッグ”
 に敵う料理ではあるまい!!」

鼻を天井に向けてふんぞり返るウソップを、チョッパ−がつぶらな眸をキラキラさせて見上げる。

「なんだソレ!!凄そうだなッ!!!」

「ふはははは…、聞いて驚けッ!!
 豪華にも目玉焼きにハムとベ−コンとソ−セ−ジを添え、その上から醤油とケチャップと
 ウスタ−ソ−ス、更にマヨネ−ズをかけるという、贅沢を極めた至高の一品なのだ〜!!!」

びしっ!と人差し指を立てるウソップに、食べるだけの三人が声を揃える。

「「「おお、うまそうだな!!!」」」

「おめェ等の味覚には、繊細さのカケラもね−のかッ!!?」

キレる料理人と逃げ出す狙撃手、頭だけを隠す船医、売られた喧嘩は受けて立つ剣士、
笑い転げる船長。

「こ−いう奴等なのよ、ビビ。作り甲斐がないとは思わないの?」

騒ぐ男共を顎で示すナミに、ビビは苦笑いを返す。

「皆の口に合うかわからないけど、一生懸命頑張りますから」

「頑張るのはいいけど、ほどほどにしときなさいよ?
 どうせ、腹が膨れりゃそれで十分って奴等ばっかりなんだから」

サンジが仲間に加わるまでの短い間、船の食事を作っていたのはナミだった。
“料理は女が作る”という偏見は型破りなこの一味には通用しないし、それを許すナミでもない。
ただ、人間らしい食事がしたければ自分で作るしか無かったのだ。

『うめ−!うめ−!!おかわり−!!!』

としか言わない船長と、ただ黙々と平らげる剣士。意味不明の薀蓄をしゃべり続ける狙撃手。
そして、皿の上には魚の骨さえ残らない。
料理を作る人間にとって、この船は天国と地獄のごった煮だ。

「サンジさんに合格点を貰うのは難しいでしょうけど。
 ナミさんに美味しいと思ってもらえるように、頑張ります」

生真面目な白い顔をヘイゼルの眸に映して、ナミは悪戯っぽく笑った。

「サンジ君に合格点を貰う方が簡単かもよ?
 ……ま、期待してるわ」

テ−ブルの下で、自分のそれよりも小さな手を握った。
すべすべした、柔らかな手だった。

どうしてか、年中食卓に橙色が並ぶ故郷を思い出す。
みかんのソ−ス、ドレッシング、ジャムに砂糖漬け。
年に一度だけ焼いてくれる特別のケ−キ。

一流と言うだけあって、サンジが船のみかんで作ってくれるそれ等はどれも絶品だが
“違う”料理だった。
ナミが作った方が、懐かしい味に近い。
ビビが自分でアラバスタの料理を作ろうとするのも、その為だろう。

…故郷の味、というものは。

かつてナミは、自分の故郷を買おうとした。
“東の海(イ−ストブル−)”の小さな島の数百人の人々が住む村を。
一人でやれると思っていた自分は、馬鹿だった。

今、ビビは一つの国の数百万人の国民を守ろうとしている。
国王軍も、反乱軍も、巻き込まれる人々も、丸ごと。
一人でなんて無理だと、わからない筈がないのに。

王女だからって、二つも年下の癖に。
天然気味のお人好しの癖に。
やろうとすることは一万倍でも、馬鹿さ加減は百万倍だ。

……本当に、大馬鹿だ。

小さな手が、きゅっと力を入れて握り返してくれる。
すべすべした柔らかな手だけれど、両手とも小指の付け根は固い。
何かの為に、戦う手をしていた。

貧しい暮らしでも、血の繋がらない二人の娘をけっして飢えさせなかった母のように。
傷ついて帰って来る妹に、明日の食料を削って暖かい食事を並べてくれた姉のように。
精一杯の生活の中で、影ながら姉妹を支えてくれたココヤシ村の人達のように。

今度は自分が、この手を守りたいと思うのだ。
肩に刻んだ“みかんと風車”の刺青に誓って。


   * * *


私の国の歴史は、飢えと乾きとの闘いの歴史です
他国を侵略し、豊かな土地を得ようとした時代もあったそうです

けれど、やがて祖先は砂との共存を選びました

飢えと乾きに耐える闘いを、今も続けているのです



− 3 −

「…で、どうなんだよ?本当のところは」

おにぎりに肉の切れ端と野菜の入った味噌汁。
低カロリ−高蛋白の夜食を受け取ると、見張り当番のウソップはサンジに尋ねた。

「どうって、何が?」

わかってる癖に、はぐらかすなよな。
思いながら、ウソップは問いを重ねる。

「ビビの料理の腕前だよ。たまに、お前の手伝いしてたんだろ?
 プロの目から見て、どうなんだよ。
 一食分ダメにされて、笑っていられる食料事情じゃねぇだろうが」

「笑えないのは、おめェ等の盗み食いと摘み食いだよッ!!」

じろりと睨まれ、夜食を抱えたウソップは慌ててキッチンのドアの影に隠れる。
それを横目にタバコを咥えたサンジは、輪っかの煙を吐き出しながら言った。

「少なくとも、クソゴムやマリモより料理の腕は上だろうな」

「ソレ、比較にならね−って!!(びしっ)」

あまりの例えに真っ青になるウソップに、サンジは軽く肩をすくめる。

「まぁ、率直に言わせて貰えば、あんなもんじゃね〜の?
 別にメシ屋を経営するワケじゃねェし。普通の家庭の主婦とかなら、あれで十分だろうな」

女を、それもとびっきりの美少女を評価するのに、女好きのラブコックがベタ褒めでないとは。
やっぱり一流料理人を自称するだけのことはある。
妙に感心するウソップを前に、サンジはタバコを咥えたままで続けた。

「ただ、な……」

「……ただ?」

嫌な予感に狙撃手は、“海の一流料理人”を伺い見る。
その顔には、女達の前ではめったに見せない真剣さがあった。

「ビビちゃんの書いたレシピを見ると、かなりスパイスが強烈なんだよな。
 人間ってのは食いなれねェ味は不味い、嗅ぎ慣れねェ匂いは臭いって思っちまうモンだから」

ああ、成る程。ウソップは長い鼻をひくつかせながら納得する。
キッチンに漂う妙な臭いは、明日の下ごしらえの名残なのだろう。

「俺が横について、ある程度は加減させるつもりではあるが…。
 それでビビちゃんの作りたい料理じゃなくなっちまったら、意味ね−しな」

溜息混じりに紫煙を吐く料理人に、狙撃手は顔を輝かせる。

「な〜んだ、サンジが横につくのかよ。だったら安心だ。あ〜〜、ホッとした!!」

胸をなで下ろすウソップに、サンジは冷ややかに忠告した。

「そのセリフ、ビビちゃんの前で言ったら百回オロス」

瞬間冷凍庫と化したキッチンの温度に腰から下を震わせながら、ウソップは何度も頷いた。

「わ、わかってるって!!
 ……しっかし、ビビの奴。何で急に料理するなんて言い出したんだ?」

「もうじきアラバスタに着くからだろ」

素っ気無い答え。
沈黙がキッチンを流れた後、ウソップは小さく呟いた。

「……そうだったな」

返事が無いのに肩を落とし、狙撃手は夜食を抱えて見張り台に上がった。


   * * *


「人生とは、出会いと別れの繰り返しだ。
 ……なぁ、そうだろ?メリ−」

見張り台のウソップは、メインマストに凭れて呟いた。
何もない水平線に陸地が見えるまで、あとどのくらいだろう?
ビビが待ち望むその影を、自分も喜ぶことが出来るだろうか?

「……おまえも寂しくなるよなぁ、メリ−。
 けど、それが冒険ってモンなんだ。恐れていちゃ−、何も始まらねぇ」

頭上ではためく海賊旗。
風と波の音が、ウソップの声に応える。

「……離れたからって、忘れられね−よな…。」


この船をくれた、お屋敷のカヤ。
誇り高きウソップ海賊団の勇敢な部下達。
そして、村はずれの墓地で夫と息子の帰りを待つ母親。

病気がちで余り台所に立つことはなかったが、ウソップは“母ちゃん”の作るカレ−が
大好物だった。
身体の具合が良い時にカヤが焼いてくれたクッキ−も、ちょっと焦げ臭かったけどうまかった。
朝早くから日暮れまでウソップ海賊団が大冒険をする時は、ピ−マンとにんじんとたまねぎが
一つ余分の弁当を持ってくる。
残したらもったいないので仕方なく、キャプテンの責任として平らげた。

平和で楽しかった“海賊ごっこ”の毎日。
懐かしいものも、優しいものも、全部を後に残して“偉大なる航路(ここ)”まで来た。

ドクロの旗が、この身体に流れる血の半分を
夢を追って海賊となった親父の血を呼んでいたからだ。

…けれど、もう半分の血が故郷を呼び続ける。
あの村で生まれ、あの村で眠る、お袋の血が。


ウソップは鼻を啜ると、自分を奮い立たせるように明るい声で言った。

「……ま、あれこれ考えるより先にやることがあるよな。
 B・Wとの戦いでくたばっちまったら別れも何も、おれ達全員がこの世とおさらばしちまうし。
 ぶるぶるっ…って、コレは武者震いってヤツだからなッ!!
 さ−て、ナミのタクトも早く完成させとかね−と。
 …それにしてもナミの奴。ちゃんと改造費用払ってくれるんだろうな……。」


   * * *


私の国は、そのほとんどが砂漠で
栽培できる作物も、飼育できる家畜も限られています

乾燥に耐えられるよう、何千年もかけて改良された麦や豆や芋や
オアシスの岸辺でやっと実る数少ない果物
固い皮と毛で覆われた羊や牛

貴重な食料を長く保存するために
新鮮さに欠けるそれ等を美味しく食べるために
そして、不足する栄養素を補うために
私の国では、沢山の香辛料を料理に使います

何千年もの時の中で育まれた料理は、私の国そのものなのです



−  4 −

翌日。
朝食の席でカル−を従えたビビは、おもむろにクル−等に宣言した。

「では、準備が出来るまでキッチンには“絶対に”入らないでくださいね」

「おう、そうだ!わかったな、野郎共!!」

摘み食い常習犯を順に睨みながら、サンジが念を押す。
最後に視線を据えられて、チョッパ−は背中の獣毛をぶるっと逆立てた。

「サンジさんも、です」

エプロンの紐を結びながらビビが付け加える。

「そうだ、俺もわかってるだろうな!!……って、俺ッ!?
 俺もダメなの、ビビちゃんっ!!?」

慌てふためくサンジを前に、ビビは両手を握り合わせて彼を見上げる。
視線を合わせることは雄同士だと威嚇だが、雄と雌だと違う意味を持つ。
人間もトナカイも同じだが、後に続く行動はトナカイよりもまだるっこしくて複雑だ。

「下ごしらえは手伝ってもらいましたけど…、ここから先は私一人で作りたいんです。
 サンジさんの大事なキッチン、一日だけ私に貸してください!!」

こういう場合、サンジは絶対に頷くなと思いながら見ていると、案の定。
コクコクと金色の頭は前後に揺れた。

「ボケ」「ヘタレ」「エロコック」

小声と共に、サンジの足がテ−ブルの下で蹴られる。
半獣人型の短い足をぶらつかせて観察していると、ルフィがにぱっと笑った。

「ビビ、うめ−メシ、頼むなッ!!」

「はいっ!頑張ります!!」

大きな声に大きな声で答えるビビ。
ビビが笑うと、ルフィはますます大口を開けて笑う。

「ん〜じゃあ、みんな行こ−ぜ!!ゴムゴムのぉ〜〜網ッ!!!」

「「「「ちょっとまてぇ〜〜!!!」」」」

一網打尽の図のままに、クル−等はキッチンから強制退場する。
ゴムの手で一緒くたに甲板に引きずり出されながら、チョッパ−は思った。
時々わからなくなるけれど、やっぱりこの“群れ”のリ−ダ−はルフィなのだと。


   * * *


その日の昼食は、天気の良い甲板でピクニックとなった。
サンジが朝食と一緒に弁当とポット入りのお茶を用意していたのだ。

「あぁ…、今頃はビビちゃんと二人っきりで
 『はい、あ〜んvサンジさん、どうですか?』
 『あ〜んvうん、ビビちゃん。今すぐお嫁さんになれるよvv』
 『嬉しい♪』
 みたいな筈だったのにぃ〜〜」

聞こえる声で独り言を呟きながら甲板にのの字を描く料理人を、皆は見ないフリだ。
食事が済むと、それぞれに好き勝手なことをしている。
だが、あることが気になって仕方ないチョッパ−は、おずおずとサンジに近づいた。

「……なぁ。なんか、クサイ臭いしないか?」

人間なのに物凄く鼻の効くサンジに、同意を求めて尋ねる。
とたん、青い片目がチョッパ−を睨んだ。

「お前の調合する薬や嘘ッ鼻の妙な実験の方が、よっぽど臭せ−よッ!!」

怯えたチョッパ−は、例によって頭半分だけをマストの影に隠す。
薬なんだから、クサイのは仕方ないじゃないか。
涙目で訴えるチョッパ−に、測量をしていたナミが顔を上げた。
小鼻をひくつかせながら、さり気無くキッチンを横目で伺う。

「う〜ん、そういえば。なんか、嗅ぎ慣れない匂いよね。
 してるといえば朝からだけど、だんだん強くなってくるみたい」

「そんなお顔のナミさんも、限りなくキュ−トですぅう〜〜vvv」

サンジがメロリンしている間にも匂いは益々強烈なものとなり、ついには食後の昼寝と
甲板に寝転んだばかりのゾロが目を覚ました。

「おい、何なんだ!?この甘ったりィような酸っぱいような辛いような苦いような
 ワケのわからんニオイは!!?」

「あのゾロを昼寝の途中で起こすなんて、よっぽどだぜ!?」
 有毒ガスでも発生してんじゃね−のか!!」

珍しく朝から黙りがちだったウソップも、ついに口を開く。
次の瞬間、ウソップの後頭部にはサンジの蹴りが入ったが、真っ青になったチョッパ−は
キッチンへすっ飛んで行った後だった。

「ビビ〜〜ッ!!!」

「はぁ〜い、トニ−君。何か〜〜?」

ドアをぶち破らんばかりの勢いで駆けつけたチョッパ−の叫びに応えたのは
予想に反して切迫感のないビビの返事。
ドアに角が突き刺さる寸前にブレ−キをかけると、追いついたナミが戸惑うように声を掛ける。

「ビビ、え−と。……大丈夫?」

「はい、味付けもバッチリですから。もう少し待っててくださいね〜♪」

「クエックエックエッ♪(御主人様、がんばってますから〜♪)」

しごく上機嫌な返事から察するに、満足の行く過程の途上に居るようだ。
少なくともカルガモが元気そうなところを見ると、この臭いに生物学的な害はないのだろう。
それに、ヒトトナカイのチョッパ−にはカル−の言葉だってわかるのだ。

「そ、そう。バッチリなの……ね?」

「……が、がふがっがぅのが…。(が、がんばってるのか…。)」

ドアの前で不安そうに呟くナミと、とうとう鼻をつまんでしまうチョッパ−。
二人を、ウソップの襟首を掴んだサンジが風上の後部甲板に促した。
いつもは船首に居るルフィが珍しく船尾の縁に腰掛けて、やってきた一堂にのん気に尋ねる。

「なぁ、ど−かしたのか〜?」

ルフィの危険を避ける本能ってすごいな−と感心するチョッパ−の横で、同じくニオイを避けて
風上にやって来たゾロがキッチンを顎で示しながら言う。

「おい、扉をぶち破ってでも様子を見た方がいいんじゃね−のか?」

「ヤメロ、クソマリモ〜。ビビちゃんが『絶対に入らないでください』と仰っただろッ。
 もしも覗いて、ビビちゃんがどっかへ行っちまったらど−すんだ〜〜?」

押さえ気味な声で喧嘩腰の答えを返すサンジに、蹴られて出来たタンコブを擦りながら
ウソップがツッコミを入れる。

「それは、“鶴の恩返し”だっつ−の(びしっ)」

「なんだ、ソレ?」

この広い世界にはカル−のように賢くて忠義に篤(あつ)いトリが他にも居るのだろうか?
尋ねるチョッパ−に、ウソップが得意気に語り始める。

「おう、それが聞くも涙、語るも涙。
 “東の海(イ−ストブル−)”では知らない者が無いという、愛と感動の物語…」

「ちょっと、ウソップ!チョッパ−にこれ以上妙なこと吹き込まないでよねッ!!
 あんたもよ、チョッパ−!!何でもかんでも聞きたがるんじゃないの!!!」

腰に手をあてて釘を刺すナミと、抱き合って震えるウソップとチョッパ−。
そしてハ−トを撒き散らすサンジ。

「教育熱心なナミさんも素敵だあぁ〜〜vv」

「いちいち壊れてるんじゃねぇよエロコック!!要するに、聞きたいことは一つだ。
 ……本当に、食えるモンが出来るんだろうな…?」

両腕を組んで仁王立つゾロに、サンジは勢い込んだ。

「失礼なことぬかすな、食っちゃ寝マリモ!!ビビちゃんはなぁ………、」

勢いは途中で失速し、サンジは口をつぐんで笑顔を引き攣らせる。
ナミとウソップとゾロが、それぞれに難しい顔で黙り込んだ。
強張った沈黙にチョッパ−が首を傾げていると、能天気な声が響く。

「ばっかだな〜〜、ビビが作ってるんだぞ。メチャメチャうめ−に決まってる!!」

くるくると古ぼけた麦藁帽子を回して、彼等の船長が笑う。

「……だから、その確信はどこから来るんだよ?」

がっくりと溜息を吐くゾロに、ルフィは口を尖らせた。

「だってよ−、うめ−モン食いて−し」

「だから、ソレはお前の願望だっつ−の」

皆の話を聞いていて、ずっと不思議に思っていたことをチョパ−は口にした。

「あのな、あのな、……“ウマイ”ってどういうことだ?」

嗅覚に比べると味覚が極端に鈍いヒトトナカイには、本当のところよくわからない。
毒じゃないなら食べられる。
トナカイにとって大事なのは、それだけなのだ。

「オレな、ドクタ−と暮らすようになるまでは、ずっと一人ぼっちだったから。
 群れにも入れてもらえなくて、いつも腹ぺこだったんだ。
 ずっと、何でもいいから腹いっぱい食いたいって、それしか考えることなくて。
 ……だから、変だなって思ってても“悪魔の実”だって食って。
 それで、ヒトトナカイになっちまったけど。
 半分人間になったから、誰かと一緒にゴハンが食べられるようになったんだ。
 最初はドクタ−で、次はドクトリ−ヌで、今はおまえらで。
 だからオレな、誰かとゴハンが食えるなら、何でもいい。
 ビビがゴハン作ってくれて、みんなで一緒に食えるんなら、それだけで嬉しいぞ!!」

焼きたてのパンや、ぐつぐつ煮えたシチュ−や、湯気の立ったミルクや。
“あったかい食べ物”は何だって、チョッパ−にとってごちそうだ。
だって、それは誰かがチョッパ−のために“あったかく”してくれたんだから。

ナミがチョッパ−の角を撫でた。

「……そうね、チョッパ−。あんたの言うとおりだわ。
 ビビが作ってくれるんだもの、その気持ちだけでお腹イッパイになれるわよね?」

撫でてもらえたチョッパ−は、踊りながら憎まれ口を叩いた。

「な、なんだよコノヤロ−!うれしくね〜ぞッ!!」

「……要するに、多少マズくても我慢しろってこったろ?」

欠伸をしながらゾロが言う。

「だから、それは言うんじゃねぇっての。
 マズイとかクサイとかこんなもの食えるかとか人間の食いモンじゃねぇとか……」

「おめ−が一番言ってんだよッ!!……それにだなァ」

禁句を並べるウソップを再度蹴り倒したサンジは、チョッパ−に一歩近づく。

「えっ、えっ?」

ワケがわからずオロオロするチョッパ−に、サンジは更に一歩近づいた。

「料理する側にとって“マズイ”を越える最大の禁句はなァ、“何でもいい”と“どうでもいい”
 なんだよッ!!オロされる前に覚えとけ−っ!!!」
「わ−、サンジ落ち着け−っ!!」
「ギャ−、ギャ−、食われる−ッ!!!」
「追いかけっこか、おもしれ−!!まてまて−ッ!!!」
「ぐ−っ、ぐが−っ」
「……この騒ぎの中で、良く眠れるわね〜〜」

三角帆の影で鼾をかきはじめたゾロに、ナミは溜息を吐く。
そのすぐ傍を蹄と革靴が駆け抜けていった。

「クソトナカイ!ビビちゃんの料理に妙なこと言いやがったら、明日のメインディッシュに
 してやるからなッ!!テ−ブルで鼻を摘んで食いやがっても同罪だ!!」

「うわ−ッ、うわ−ッ、絶対にしね−よ−ッツ!!」


   * * *


私が背負う重荷を分け持とうと
手をさしのべてくれる皆に、わかってほしい

私が背負うものは、私だけが背負えるものなのだと

もう、皆がそれぞれに背負っている
それと同じものなのだと



− 5 −

いつもの夕食時から、たっぷり一時間を過ぎていた。
午後から眠りっぱなしのゾロも、腹の虫の音に目が覚めた程だ。

「ビビちゃん、大丈夫−?手伝わなくていい?」

腹巻に片手を突っ込んだゾロがキッチンの前に来ると、堪りかねたらしいサンジが
閉ざされたドアに声を掛けているところだ。
妙なニオイも随分マシになり、空腹を刺激する香りが甲板に漂っている。

「すいませ−ん、遅れちゃって。あと、盛り付けだけなので…」

答える端から、 ガシャ−ン!! クエックエ〜!!! と派手な音。

「ビビちゃんッ!!?」

ドアを蹴り破ろうとする寸前、ビビの返事があった。

「あ、大丈夫です!空になったボウルを床に落としちゃって!!
 お皿もお料理も無事ですから、心配しないでください〜!!!」

「違うんだぁ〜!!皿も料理も心配だけど、一番心配なのは貴女です〜〜!!!」

ドアの前で恥ずかしげも無く叫ぶコックに、ゾロはケッと声を出す。

「メシが無事で良かったな!!あ〜、腹減った。早く食いて〜!!!」

「それしかね−のか、クソゴム!!」

後足で蹴られたルフィがメインマストまで吹っ飛んだ。

更に待つこと、20分。
ようやくドアが開かれた。

「お待たせしました−!!」

ビビが言うが早いか、ルフィが飛び込む。
そして、大声を上げた。

「うお−、見たことね−料理ばっかだ!!すげ−ぞ、ビビ!!!」

次にキッチンに入ったナミも、テ−ブルを見渡して感心する。

「へぇ〜、けっこう様になってるじゃない」

「ビビ、大丈夫か?傷の手当てするか?」

チョッパ−の声に、一番最後にキッチンに入ったゾロはテ−ブルより先にビビを見た。
彼女の両手は絆創膏だらけだ。
まったく、メシなどコックに任せておけば良いものを。

「平気よ、トニ−君。軽い火傷や切り傷だから。
 すいぶんお待たせしちゃったし、先にゴハンにしましょう」

促されて、皆が席についた。
今にも首だけ伸ばして料理に食いつきそうなルフィを、サンジとゾロが両側から押さえつける。
人数分のフォ−クやスプ−ン、ナプキン等がセッティングされたテ−ブルにビビは深皿を
一つづつ置いていく。

「まずは、アラバスタでよく食べられる豆と野菜の冷たいス−プから」

冷えた皿の中には小さな豆と細かく刻んだ野菜が浮かぶ、黄色っぽい汁物。

「……あれ?このス−プ、酸っぱいニオイがするぞ?」

チョッパ−が言った。
言ってから、びくっとサンジを伺うが料理人は知らん顔で音を立てずにス−プを飲んでいる。
すました顔を横目で見ながら、ゾロも一口啜った。
彼にとって親しみがある汁物は、昆布や鰹節で出汁を取る。
汁物に混じる強い酸味は、旨みと塩気に慣れた舌には馴染みが薄い。

「このス−プには、摩り下ろしたレモンの皮と果汁を入れるの。
 ビタミンCを沢山摂るために、アラバスタでは料理に柑橘類を良く使うのよ。
 アラバスタのレモンは丸くて大きくて皮が厚くて、とっても酸っぱいの」

「酸っぱいス−プって、珍しいわね〜。でも、悪くないわ。
 美容にも良さそうだし」

ナミもスプ−ンを動かしながら言った。
サンジとゾロが手を離したとたん、皿から直に一気飲みしたルフィが喚く。

「うめ−!うめ−!!おかわり−!!!」

次にボウルに山盛りの茹で野菜に、茶色いクリ−ム状のドレッシングをかける。
最初につついたウソップが、首を傾げながら言った。

「このサラダのドレッシング、何だ?胡麻味かと思ったけど、違うみてぇだな」

ゾロも一口食べてみた。
コクのある味に、ピリッとした辛さと酸味が混じっている。

「それはピ−ナッツをすり潰したものに香辛料を混ぜたの。
 ナッツ類は栄養価が高いから、やっぱりアラバスタでは料理に良く使われるのよ」

「おう、そうか!!そういや確かにピ−ナッツバタ−の味だよな〜」

しきりに頷くウソップ。野菜を一口に頬張ったルフィが飲み下すが早いか喚く。

「うめ−!うめ−!!おかわり−!!!」

白身の干し魚や輪切りにしたジャガイモに、砕いたナッツとスパイスをまぶして揚げたものには
冷えたビ−ルが良く合った。

「この料理にはビ−ルが付き物なの。アラバスタの酒場では、まず皆がこれを頼むのよ。
 アラバスタのビ−ルはコ−ヒ−みたいな色をしていて、味もずっと濃いわ」

黙々と料理を平らげジョッキを空けるゾロの横で、両手に揚げ物を掴んだルフィが喚く。

「うめ−!うめ−!!おかわり−!!!」

籠に盛られた薄焼きパンを一つ取り出してナミが言う。

「このパンって、ビザの台かクレ−プみたいね」

「アラバスタのパンは、カマドに貼り付けて焼くの。
 今日はフライパンで一枚づつ焼いたんだけど、本物はもっとパリッとして香ばしいわ。
 千切ってス−プに浸したり、煮込み料理を包んだり。
 アラバスタでは、ふかふかのパンにバタ−やジャムを付けて食べる習慣はないの。
 今日は、豆とひき肉を煮たものといっしょに、どうぞ」

鍋から大きな鉢に盛り付けた料理をドン!とテ−ブルに置く。
置くが早いか鉢は空になった。

「うめ−!うめ−!!おかわり−!!!」

「ルフィ〜ッ、あんたはっ!!」

ゴムの頭を殴るナミに、ビビは笑いながら言った。

「まだ、たくさんあるから。サンジさん、Mr.ブシド−、お願いします」

ビビの声に、二人は再び左右からルフィを押さえつける。

「はぁ〜い、お任せあれビビちゃんv
 ささっ、ナミさん。冷めないうちにどうぞ〜vv」
「……おまえら、さっさと食え」
「「「いっただっきま〜す♪」」」

三人が煮込み料理を堪能した後、残りが三等分された。

「もっと食いてぇ〜」

とボヤく船長に、同情もしなければ掠め取られる隙も見せない年長組である。

「クエエ〜ッ、クエッ!!」

キッチンの隅でドリンクを飲んでいたカル−が、片方の羽根で時計を指した。

「ありがとう、カル−」

立ち上がったビビがオ−ブンを開ける。
女の腕には重過ぎるそれを、鍋つかみを咥えたカル−がひょこひょこと手伝って運んだ。

「うお−、肉だッ!!」

歓声を上げる船長。
スパイスに一晩漬け込んで、じっくり焼き上げた肉の塊。
切り分ける端からゴムの手が伸びるので、やっぱりサンジとゾロとで押さえつけるハメになった。

「おかわり−ッ!!おかわり−ッ!!!」
「やかましい、クソゴム!!」
「ちっとは大人しくしてね−かッ!!!」

やっと一通りの料理が行き渡ると、ビビは小さな皿とフォ−クをテ−ブルに出した。

「アラバスタでは、食事の最後に甘いお菓子を食べる習慣はないけれど、今日は特別に」

甘いものが苦手なゾロは、顔を顰める。
だが、ビビが出したのは茶色くて四角いレンガのような焼き菓子だった。
切り口から覗くのは、胡桃やア−モンドや南瓜の種。
ケ−キというより、木の実を粉で固めたようだ。

「これは結婚式や子供が生まれた時や……、家族にお祝い事がある時に焼くケ−キです。
 アラバスタでは、この上を砂糖衣で覆うんだけど、それだと甘くなりすぎるから。
 今日は、お好みで甘くしたホイップクリ−ムを添えます」

言い終わらない内に、ゾロがその一切れに手を伸ばした。
ナッツの砕ける歯応えと香ばしさ。素朴な甘さが口に広がる。

「おめェが自分からケ−キに手を出すなんて、明日は雪でも降るんじゃね−か?」

大袈裟に驚いてみせるコックを横目で睨む。

「てめぇの作るケ−キと違って、ゴテゴテしてね−からな。
 これなら食える。酒のつまみにもなりそうだ」

「どれどれ?…あら、ホント。
 ワインの赤やブランデ−なんかイイかもね」

ゾロに習い、クリ−ムをつけずに食べてみたナミが頷く。

「キャプテ〜ン・ウソップ様には、クリ−ムたっぷりで頼むぞ!」
「オレも、クリ−ムいっぱい付けてくれ〜」
「うめ−!うめ−!!おかわり−!!!」

差し出される皿にケ−キを乗せながら、ビビは言った。

「私は簡単なものしか作れないけど、アラバスタにはもっと色々なお料理があるの。
 アラバスタ王国のあるサンディ島は大きな島で、内陸部と沿岸部では食文化も違うし
 お祭りの時に食べられる特別なお料理も沢山あるわ」

ビビの言葉に、口の周りをクリ−ムだらけにしたルフィが目を輝かせる。

「食ったことね−モンが、もっとイッパイあんのか〜。
 いいなァ、アラなんとか!!早く行きてぇ!!!」

大声に、ビビの手が止まった。
その顔が泣き笑いのように歪み、慌てて顔を伏せる。
切り分けていたケ−キが、少し斜めに傾いた。

「俺も色々勉強出来そうだ。ビビちゃん、よければ誰か宮殿の料理人を紹介してくれる?
 あと、厨房と食料庫の見学と。市場も見に行きてェな」

サンジの声に顔を上げ、くしゃっとした笑顔で答える。

「ええ、喜んで!」

「俺はアラバスタの酒が飲みてぇ。
 さっきの話の濃いビ−ルってのを、樽でな」

もう一つケ−キをつまんだゾロが言うと、ビビは大きく頷いた。

「……はい!!」

「オレもな、オレもな!!アラバスタって、ちょっと怖い国かと思ってたけど。
 行くの、楽しみになったぞ!!!」

チョッパ−が椅子の上に立ち上がると、ウソップがピンク色の帽子を小突く。

「ビビの国だからな。そりゃ〜、トンでもなくいい国に決まってる。
 あ〜、みんな注目−っ!!ここは一つ、カンパイだッ!!!」

ジョッキを掲げるウソップに、ルフィがケ−キの大皿を頭上に掲げた。

「アラなんとかの、うめ−メシに!!」

ルフィを蹴り倒してケ−キの皿を取り返したサンジが訂正する。

「今日のディナ−を作ったビビちゃんに、だろ−が!!」

だが、後に続く言葉はいつも通りの勝手放題。

「おれ様の大活躍と英雄伝説にぃ−!!」
「オレも頑張るぞぉ〜!!!」
「何言ってんの。恩賞の前祝いに決まってんでしょ!?
 さぁ、今夜はとっときのワインを開けるわよ−!!!」
「おいおい。今夜はえらく太っ腹じゃね−か、ナミ」
「何をぬかすかクソマリモ!!ナミさんのウエストは57cmだ!!太くねェ!!!
 ちなみにビビちゃんのウエストは……」
「きゃ−!!言っちゃだめ−ッ!!!(/////)」
「クエックエックエ−ッ!!!」
「うめ−!うめ−!!おかわり−!!!」


ずっとガキの頃にも、こんなことがあったような気がする。
そう、ゾロは思った。

幼な友達の誰かか、くいなの家だったかもしれない。
同じ年頃のガキ同士が集まって、みんなでメシを食う。
太巻きとか、ちらし寿司とか、確かそんな料理だった。
一番最後には決まってケ−キが出る。
何がめでたいのだかわからないまま、皆で『おめでとう』と言った。

まだ、あいつと『世界一になる』約束を交わす前のこと。
長い間、思い出しもしなかったし思い出す必要もなかった。

なのに、この船ではこんなことがしょっちゅうだ。
誰かを囲んで、メシを食って、ケ−キも食わされる。
違うのは、ついでに良い酒も飲めることぐらいだろう。

歌って、踊って、騒いで。
今はただ、それだけ。

言いたければ、生き残った時に言えばいいとゾロは思う。
『おめでとう』なんて、言葉は。


   * * *


私の為に闘うと言ってくれる皆に、伝えたかった

私の背負う痛みと苦しみは
アラバスタの所為ではないのだと

大地も空も人々も町も
音も歌も言葉も
そして、味も香りも

皆がそうであるように、私も私の故郷を

…ただ、愛しています。



− 6 −

「本日はお疲れ様でした、料理長殿v」

皿とグラスと鍋の山を片付け終えると、サンジは布巾を腕にかけて
ビビに向かって恭しく一礼をした。
おどけた挨拶に笑いながら、ビビも深々と頭を下げる。

「こちらこそ、今日はありがとうございました。大事なキッチンや食材を使わせてもらって」

顔を上げたビビはエプロンを外しながら、今度はすまなそうな顔になった。

「サンジさん、今から明日の仕込みを?」

「ん〜、連中もあれだけ食ったし明日の朝メシは軽めにしとくよ。
 だから、仕込みもナシ。いつもより早く休めるくれェだって」

肘まで捲り上げたワイシャツの袖を戻しながら、サンジが答える。
アラバスタの海域に近づき、いつ敵に遭遇するかもわからないので
宴も皆が酔い潰れる前にお開きになっていた。

「ホント、皆も喜んでたしさ。今日は、ごちそうさま」

「サンジさんのおかげです。スパイスの調合や、アドバイスや…。
 それに、心配もかけちゃったみたいで」

ビビが微笑むと、サンジは照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。
どうやらキッチンの外での騒動は、彼女に筒抜けだったようだ。

「……あのさ、ビビちゃん」

「はい?」

あらたまって名を呼ばれ、ビビはサンジを見つめる。
彼はただ、ありきたりの夜の挨拶をした。


「おやすみ、ビビちゃん」

「おやすみなさい」


ドアが閉まり、軽い靴音が遠ざかる。
それを確認して、サンジは壁際に向かった。
月めくりのカレンダ−と、その横に紐で吊るされたマジック。

「『おめでとう』なんて、まだ聞きたい状況じゃねェよな」

呟きながら、今日の日付に×印を入れる。

「ビビちゃんが、ゆっくり“故郷の味”を楽しめるようになるまでは、おあずけか」

キッチンのドアを閉め、階段を降りる。
見張り台からは下手くそな口笛。
その音色に、サンジは足を止めて頭上を見上げた。

「…ったく、何処までわかってやってんだかね−。ウチの船長は」

調子はずれの“ハッピバ−スデ−”に合わせて星がまたたく中で



   2月2日は、昨日になった。



                                     − 終 −


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***************************************

ビビちゃんがメリ−号乗船中に2月2日があったら…?として考えてみました。
My設定のビビちゃんは、不器用ではないけれど器用でもない。
家庭料理や焼きっぱなしのお菓子は作れても、大皿にドン!で繊細な盛り付けはしない。
とっても質実剛健な女の子です。(汗)
なお、作中のアラバスタ料理は適当です。“香りは強いが、さほど辛くない”イメ−ジで。
ボロが出るので料理名や香辛料の名前も省略しました。

カップリングなしの麦わら一味姫総愛。
例によって例のごとく、思いついたことを片っ端から放り込んだ結果の長文です。
それでもよろしければ、このテキストは“お持ち帰り自由”といたします。
分割掲載等、レイアウトの変更もしてくださって構いません。
(背景画像はDLFではありません。)
企画期間中ですので、お持ち帰りのご報告も特に必要ありません。
DLF期間は本日(2005.2.2)より展示期間終了予定日(2005.3.31)までです。

* DLF期間は終了いたしました。 *

今年も読みにくい長文でのスタ−トとなってしまいましたが、姫と姫に関わる人々について
思うがままに書いていきたいと思います。
どうぞ姫誕期間中、よろしくお願いいたします。

2005.2.2 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20050202