Stigma



ひび割れた唇が、微かに動いた。

『…久しぶりだな、ミス・ウェンズデ−』

忘れる筈のない声に、ざわりと全身が粟立つ。
それは、私の記憶の中の声。
目の前の男は、もう何も喋れない。

けれど、呼吸のためだけに開いた口元は歪んだ笑みを浮かべているかに見えた。
最後の一瞬までも、嘲るのは自分なのだというように。

『さあ、ショ−を楽しむがいい』

私は男を見下ろしている。
薄絹に覆われた膝の上で、手のひらに爪が食い込むほど両手を固く握りしめて。

そして、男は最初の一段を踏みしめた。



− 1 −

「どうするかね、ビビ?」

銀の盆の上に置かれた一通の封書。
緋色の封蝋が施されたそれは、世界政府最高評議会からの正式な依頼状だ。
内容をイガラムに読み上げさせたお父様は、静かな声でお尋ねになった。
私は、躊躇うことなく答えた。

「行きます」

「そうか」

お父様…、国王が大きく頷くや朝議に居合わせた皆は口々に反対を唱える。
特に大きいのはペルとチャカの声だ。

「しかし…、斬首の立ち会いですぞ!?
 若い女性である王女をなどと、とんでもありません!!」

「“アラバスタ国王自身か、またはその全権の委任を受けた王族を”…とは。
 現在のネフェルタリ王家に、国王様の全権を委任されるべき御方はビビ様しか
 おらぬと知りながら…。一体、どういうつもりなのか」

イガラムもまた、難しい顔で進言した。

「意図が測れぬ呼び出しになど、応じる義理はございますまい。
 此度は代理を立てた方がよろしいかと。
 国王様のお許しをいただけますならば、私が政府の意図を探ってまいります」

玉座の王は膝の上で両手を組み合わせ、皆の発言を聞いている。
ひととおりの意見が出つくすと、少しだけ声に重みを加えて仰せになった。

「さて、次代のアラバスタを継ぐ者を品定めるつもりかもしれんな」

国王の言葉に、皆は口を噤む。
アラバスタの為とはいえ、犯罪組織に二年間身を置いたこと。
ルフィさん達の…、海賊“麦わら一味”の船に乗っていたこと。
世界政府も海軍も掴んでいるのだろう事実。
“世界会議(レヴェリ−)”に名を連ねる列国の次代の王には相応しからずと
難癖をつけるのは容易い。

「もう一度尋ねる。どうするかね、ビビ?」

何度尋ねられても、私の答えは変わらない。
正体も知れない“敵”に戦いを挑んだのは私。
始めたことは最後までやり遂げる。
…大丈夫、私は。

「アラバスタから雨を奪い、民を苦しめた大罪人クロコダイルの斬首刑。
 アラバスタ王国国王の名代として、この目でしかと見届けてまいります」


   * * *


アラバスタが雨と平和を取り戻して、一年。
お父様と交代で国中を走り回っていた私にとって、久しぶりの航海だった。
目的はどうあれ、海に出ると心が躍る。
波の奏でる音楽は、時に優しく、時に激しく。
遠くなった日々を引き寄せてくれる。

余りにも長く、短かった二年間。
辛くて苦しくて気が狂いそうな時間の連続だった筈。
けれど今思い出せるのは、楽しくて懐かしいことばかり。
まるで、闇の中に散りばめられた宙(そら)の星々を仰ぐように。

「クエエエ〜〜ッ」

カル−が時折、水平線の彼方に向かって高く鳴いた。
そうして左の羽を真っ直ぐに伸ばしバタバタと動かす。
片羽だけで飛ぼうとするかのような可笑しな仕草に、兵士や水兵達は笑った。
私はカル−の頭をそっと撫でる。

「大丈夫よ、カル−。
 皆には、ちゃんと見えているから」

ほんの小さな頃からの友達。
いつでも、どこでも一緒。
あの二年間も、…あの数週間も。

「クエ〜」

カル−は大きなクチバシで、私の左腕を軽くつついた。
私は笑って答える。

「大丈夫。いつだって、ちゃんと見えているから」



− 2 −

海軍本部の近くにある、“司法島”。
世界中から護送される凶悪犯に形ばかりの裁判を受けさせ、即日処刑する。
“効率的に悪を裁く”ための島だという。
世界政府直轄下のこの島に在るのは幾つもの裁判所と拘置所、そして十三の死刑台。
…ここまでが、書物で得た知識だ。

「アラバスタ王国ネフェルタリ・ビビ王女殿下におかれましては、遠路をお越しいただき
 誠にありがとうございます。」

初老の海軍本部少将が数名の海兵と共に案内役として港まで出迎えてくれた。
私のように他国から処刑に立ち会う王族の接待専門なのだという。
軍人らしからぬ穏やかな容貌と、もの静かな立ち居振る舞い。
そう見える人物だからこそ、この任務にあるのだろう。

彼の案内で、私は司法島の中心部を見て回った。
大小の裁判所と処刑場。
続いて島で最も賑やかな大通りに案内されて、私は驚いた。
ひしめく店の数と、並んだ商品の豊富さ。人々の多様な服装。肌や髪の色。
裁判と処刑の島だというから、島丸ごとが海軍基地のような所を想像していた。

「本当に賑やかで、活気がありますね。
 軍や政府関係の方ばかりかと思っていましたが…。」

海軍の手前お忍びという訳にもいかず、何人もの護衛兵を引き連れた物々しさだが
行き交う人々に気にする様子は無い。
武器を携えた屈強な男達に囲まれる、高そうな服を着た人間。
そういう一行なら私達以外にも、島のあちこちに居るからだろう。

「さようです。裁判の為に島にやってくる民間人もおりますが、それ以上に処刑を見物に
 来る民間人が多いのです。
 昔は何も産業の無い辺鄙な島でしたが、今では見物客が泊まる宿屋や土産物屋なども
 ございまして。さよう、一種の観光地ですな」

公開処刑が観光だなんて…。
随分昔に死刑が廃止されているアラバスタでは、考えられないことだ。
見回せば店や路地の壁にはポスタ−が張り重ねられている。
まだ真新しいそれは、クロコダイルのかつての手配書に手を加えたもの。
明日の処刑の日時と場所が、歪んだ笑みの上に赤く大きな文字で書かれていた。
こうやって人々に処刑を知らせているのだろう。
まるで、楽しいショ−やサ−カスの宣伝のように。

「王女殿下が他に興味をお持ちの場所があれば、何なりと」

恭しく一礼をする少将。
赤く塗りたくられた無数の顔から視線を外し、私は尋ねた。

「クロコダイルは、今何処に?」

私の言葉に、少将の顔から人当たりの良さそうな笑みが消えた。

「ビビ王女…。」

護衛兼補佐として同行したイガラムを制し、私は続けた。

「会おうとは思いません。言葉を交わしたいとも思いません。
 ただ、確認しておきたいのです。
 あの男が、“今はまだ”この世で息をしていることを」



− 3 −

“DEAD OR ALIVE(生死問わず)”として懸賞金を掛けられた海賊に、裁判など
存在しない。
“王下七武海”の特権と免責。
その全てを剥奪されたクロコダイルは、“懸賞金八千百万ベリ−”の一介の海賊に戻った。
法に庇護されない犯罪者に。
なのに、この男が捕縛されてから処刑までには時間が掛かり過ぎている。
公の理由は、秘密犯罪会社B・W(バロックワ−クス)の所業を明らかにし、組織を完全に
壊滅させるための取調べ。
だが、非公式には…。
B・Wの副社長“ミス・オ−ルサンデ−”こと、ニコ・ロビンの行方。
そして、彼女の“真の”目的…。

今は粉々に砕け、アラバスタの砂深く永遠に眠る秘密。
世界を滅ぼす兵器について書かれていたという“石”について
私は全てが終わるまで、何も知らなかった。


   * * *


海軍本部が管理する拘置所は、高い塀に囲まれた灰色の建物だった。
建物の中も同じように、壁も床も天井も灰色一色。
剥き出しのコンクリ−トには、“悪魔の実”の能力者の侵入を阻むための海楼石が
埋め込まれているのだという。
厳重に警備された建物の中心部の最下層。もっとも堅固な海楼石の檻。
クロコダイルは、そこで処刑を待っていた。

「死刑場で取り乱さぬよう、前もって囚人の姿を見ておきたいとの王女のお覚悟に
 感銘を受けての特別な取り計らいです。
 さよう、重罪による死刑囚への面会は肉親といえども固く禁じられております。
 ガラス越しであっても、これは特別なことでして…。何卒ご了承を」

くどくどと念を押しながら、少将は私をコンクリ−トの壁を切り取った窓に促した。
私は厚いガラスの嵌め込まれた窓の向こうに、海楼石の鎖に繋がれた一人の男を見た。

黒い髪は薄く、半分白髪が混じっていた。
右手の指には宝石など無く、爪は赤黒く変形していた。
顔色は死人のような土気色で、頬はげっそりとこけていた。
骨と皮ばかりの両足首には、足枷にそって血がこびりついていた。

左腕が肘の少し下から欠けた、痩せ衰えた男。
一年前と変わらないところがあるとしたら、顔を真横に走る縫い痕だけ。

「“元・王下七武海”、海賊クロコダイル。
 さよう、本人に間違いありません」

変わり果てた男を凝視したまま沈黙する私に、少将は言った。

「囚人への拷問や虐待は、法で禁じられている筈では…?」

私の唇が発した問いは、灰色の空間そのもののように硬く冷たかった。

「さよう、もちろん。王女殿下は誤解なさっておられますな。
 クロコダイルは半年程前に舌を噛み、自殺を計ったのです。
 “王下七武海”として“サ−”の敬称まで受けていた身が公開処刑など耐えられんと
 いうことでしょう。
 その後も度々自殺未遂と自傷行為を繰り返しまして、あのような姿というわけです」

そんな話を、誰が信じるというのだろう…?
私が信じると本気で思っているわけでもないだろうに。
クロコダイルが自分を殺そうとする筈がない。
あいつは他人を殺す側の男なのだから。

「自殺騒ぎの度に、こちらも大罪人の助命に励むという具合です。
 さよう、矛盾する話ではありますが、こういう輩は海賊共への見せしめのため
 是非とも公開処刑する必要がありますからな」

舌を切られ、声を奪われた男。
もう、余計なことは何も喋るなと。
……その前に、誰に、何を喋った…?

「しかし、この囚人が喋れないことは都合が良いのは確かです。
 王女殿下は秘密犯罪会社の社員であったの、海賊一味の仲間であったの。
 さよう、人の集まる公開処刑であることないこと喚き散らされては、貴国にとっても
 ご迷惑なばかりでありましょう」

少将の声に、アラバスタの護衛兵の顔色が変わる。
海兵等の刀の鍔が微かに鳴った。

「あるごど…!!ゴホン、マ−マ−マ〜♪
 “あることないこと”というおっしゃり様は、適切ではありませんな」

イガラムの咳払いに、護衛兵は剣の柄に伸ばしかけた手を止めた。
鍔鳴りの音も消える。
少将は豊かな白髪を撫で付けた頭を慇懃に下げた。

「……さよう。“あり得ぬこと”ばかりですな」



− 4 −

頑丈な木材で高く組まれた櫓(やぐら)。
その上には光を弾く刃があった。
血の脂で磨き上げられた断罪の剣。

ギシリ ギシリ と音がする。
死刑台の階段を登る音だ。

その足元で、黒い衣装に身を包んだ誰かが祈っていた。
フ−ドを深く被っていて、顔が見えない。
くぐもった声は、男のものか女のものかも判らなかった。
なのに、祈りの言葉だけがはっきりと聞こえた。


『神よ、罪を犯して悔いることを知らぬ愚か者に哀れみを与え給え』


お前の為に祈ったりなど、するものか。
あの世に地獄があるのなら、お前こそが業火に焼かれればいい。
この世の終わりのその先までも、未来永劫苦しめばいい。



『世界の全てから恨まれ、憎まれ、蔑まれる罪人の魂に救いを与え給え』


哀れむことなど、出来るものか。
許すことなど、出来るものか。
百万回殺しても、殺し足りないこの男を
たった一度で足りるものか。


『闇を討ち払い、光をもって正義を為し……、神の栄光を讃えよ』


アラバスタの砂が、どれだけの血と涙を吸ったと?
どれだけの命が失われたと?どれだけのオアシスが枯れたと?
どれだけの村が滅んだと?どれだけの未来が奪われたと?
どれだけのどれだけのどれだけの…!!!


『この世に救済を…、安息を……、真理を………、』


アラバスタの苦しみを万分の一でも味わうがいい。
苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて死ねばいい。
絶望の中でのた打ち回り、死んでから先も苦しめばいい。
さあ、思い知れ…!!!


ふいに祈りが止んだ。
ぱさりとフ−ドを後ろに落とし、声が告げる。
死んだように硬く、冷たく。
…まるで、灰色の石のように。


『けれど、これが“終わり”ではないわ』


あの男の片腕だった、黒髪の女。
巡礼者のように黒いマントを纏った彼女は、ゆっくりと階段を登り始めた。
ギシリ と音がした。


『さあ、私も行かなくては。…皆が、待っているから』


私は死刑台に視線を戻した。
そこにはクロコダイルの姿など無かった。
そこに、居たのは…。


『よお、ビビ!!ひさしぶり〜!!!
 おれ、首斬られちまうんだよな〜。……海賊だからなッ!!』


『……で、お前はどうする?』

『こういう状況でナンだけど、来るなら歓迎するわ』

『ま、ビビが決める事だしよぉ〜』

『ビビちゃんは、一国の王女だからなァ』

『エッエッエッエ…。ビビ、どうする?』


皆、笑いながら死刑台の階段を登る。
ガタリと音を立てて、くびきを嵌められて。

麦わら帽子を被ったルフィさんは、真っ白い歯を見せてニイッと笑った。


『んじゃ〜、また後でなッ!!』


   シャッツ

   ……ゴトン!


   * * *


「………ッツ!!!」

私はベッドの上で飛び起きた。

…夢、だ。

全身が冷たい汗で濡れている。
布団を跳ね除けたまま、私は膝を抱えて息を吐いた。

ベッドの足元では、敷物の上に寝そべったカル−の寝息。
島で一番高級なホテルだけれど、無理を言って同じ部屋に入れてもらえた。
ベッドやソファ−には上げないという条件付きで。

クチバシを大きく開けて、安らかそうな寝顔で。
カル−は何の夢を見ているのだろう…?

汗ばんだ左腕の、手首より少し上を見る。
そこには目には見えない印があるのだ。
月明かりで青白い肌をそっとなぞり、私は左腕を胸に抱えて横たわった。


皆、何処に居るの…?
何処に居ても、きっときっと大丈夫。

ルフィさんは海賊王
Mr.ブシド−は世界一の大剣豪
ナミさんは世界地図
ウソップさんは勇敢なる海の戦士
サンジさんはオ−ルブル−
トニ−君は万能薬

それぞれの夢を叶えて、そしていつか。

……いつかきっと、また会える日が来る。

私は、そう信じていた。
信じようと決めていた。



− 5 −

空は青かった。
“元・王下七武海”の処刑とあって、見物人の数は膨大なものだ。
センゴク元帥の代理として、海軍本部からは参謀長が。
世界政府からは最高評議会の議員の一人が処刑に立ち会う。
私はアラバスタ王家の正装で、死刑台を見下ろすバルコニ−に設けられた席に座った。
斜め後ろに立ったイガラムが気遣うような視線で私を見るのに、小さく頷いてみせる。

やがて、死刑台の前で司法官が高らかに読み上げた。

「大罪人、クロコダイル。
 法に背き、奪い、殺し、襲うこと多数(あまた)の邪悪なる海賊。
 世界政府より“王下七武海”の栄誉と罪を償う機会を与えられながら、その信頼を裏切り
 秘密犯罪会社を組織してアラバスタ王国に対し謀略を企てる。
 その大罪、もはや如何なる慈悲にも値せず。
 世界政府最高評議会の名において、アラバスタ王国第一王女ネフェルタリ・ビビ殿下
 立ち会いのもと、ここに斬首とする…!!」

死刑執行官に左右の肩を掴まれた男は、遠目にもみすぼらしく見えた。
階段の前まで引き摺られ、刑場の周囲を埋め尽くす群集の数を確かめるように
ぐるりと首を巡らせる。

そして、僅かに顔を上げた男はバルコニ−に座る私に落ち窪んだ両目を向けた。
ひび割れた唇が、微かに動いた。


『…久しぶりだな、ミス・ウェンズデ−』


忘れる筈のない声に、ざわりと全身が粟立つ。
それは、私の記憶の中の声。
目の前の男は、もう何も喋れない。

けれど、呼吸のためだけに開いた口元は歪んだ笑みを浮かべているかに見えた。
最後の一瞬までも、嘲るのは自分なのだというように。


『さあ、ショ−を楽しむがいい』


何千もの水鳥が一斉に飛び立つような
腐肉に群がる何万もの蠅の羽音のような
何十万もの軍馬が熱砂を蹴って押し寄せるような

群集の大歓声の中に、私は聞こえる筈の無い悪意の声を聞いた。



   聞こえるか…?
   英雄(スタ−)を求める愚民共の声が

   一昨日は国王、昨日は俺、今日はお前
   明日は海賊王か、海軍か、政府の老いぼれ共か

   暴力だけが支配する楽園(パラダイス)がやって来る
   お前の王国も、この世界も
   もう、とっくに根元から腐り始めている

   その綺麗な両目で見ているがいい

   お前とお前の親父が免れたとしても
   お前の子が、孫が
   いつか、こうして首を斬られるだろう

   その前に、お前の大事な“仲間”の首が落ちるのを
   素知らぬ顔で見ているか…?



「……ビビ王女…?」

イガラムの、声。
階段を登り終えたクロコダイルは、死刑台の上に立っている。

「大丈夫よ…。」

答えた声は、自分でも情けない程にか細かった。


始まりから終わりまで、目を逸らすな。
そのために私は来た。

正義と呼ばれるものからも、悪と呼ばれるものからも。
そのどちらでも無いものからも。


肩を押さえつけられ、跪かされたクロコダイルは大きく頭を振った。
引き攣った土気色の顔からは、汗なのかそれ以外のものなのか判らない飛沫が散った。

ガタンと音を立てて、その首が固定される。
ガタンガタンと、くびきが鳴った。
歓声が止み人々が息を潜める中、ガタンガタンと鳴る音がとても大きく聞こえた。

小刻みに響く太鼓の音。
ひび割れた唇から、断末魔の叫びにも似た呻きが漏れた。

あの少将が参謀長に何か囁いているのが視界の端に映る。
議員は、しきりに顎の髭を撫でている。
死刑執行官の腕の先で、刃が太陽の光を弾いて煌いた。

…目を、逸らすな。


   シャッツ

   ……ゴトン!


「法と正義の名の下に、“悪”はここに裁かれた!!
 大罪人クロコダイルの首は中央広場に一週間曝し、悪を為した者の末路を
 世に知らしめるものとする!!!」


司法官の声が掻き消される程の大歓声。
首を無くした身体は、物のように荷台に積まれ運ばれた。

ざわざわと人の波が遠のいていく。
見世物は終わったのだ。
誰一人、死刑台を振り返ることもなく家路を辿る。


私はまだ、椅子に座っていた。


哀れむことなど、出来る筈がない。
許すことなど、出来る筈がない。

この世から消えようと、あの男だけは。


……けれど、私は。


膝の上で固く握り締めていた手を、開いた。
手のひらに食い込んだ爪の痕から、血が滲んでいる。
鮮やかな、紅。

あの男すら、他の誰もと同じように血は紅かった。
そのことを、私はけっして忘れない。

細く伝う血で、私は手のひらに小さく「×」印を描いた。
何ものにも負けない、信念の象徴(しるし)。


いつか、首を斬られるのは

私の仲間である彼等か
仲間の仲間となった女か
私か、私の血を継ぐ者か


それでも


…大丈夫、私は。

けっして未来を怖れない。



                                     − 終 −



※ Stigma :汚名、汚点、恥辱、焼印。
          または聖痕(十字架にかけられたキリストの体の傷に似た傷跡で
          聖人などの体に現れるとされる)
          (三省堂「グロ−バル英和辞典」より)


TextTop≫       ≪Top

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クロコダイルの処刑という設定その他により、始めに注意書きを付けさせていただきました。
誕生日企画でのTextだというのに、かなり暗く重たい話となりましたので…。(汗汗)
でも、いつか書いてみたい設定でしたので、この機会にと。
“ミス・オ−ルサンデ−”ことニコ・ロビンへのそれよりも、クロコダイルへ向けられるビビの
怒りと憎しみはずっと激しい筈ですから。
思うことを思うがままに書くことの難しさを痛感しつつ…。(涙)

最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました!

2005.2.26 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20050202