勝 負



「おれも明日、海に出るッ!!!」

午後も遅い砂浜に、ルフィの声が響き渡った。
弟の声は、馬鹿デカい上に甲高い。
まだ、声変わりもしてねぇガキだからな。

「お前は駄目じゃッ!!!」

村長の声が、負けじと響く。
張り上げた声は途中で裏返って、ぜぇぜぇと肩が上下する。
年だってのに、無理は身体に悪ィよ。

小さな船に水と食料を積んでいた俺は、最後の樽を放り込んだ。
これで準備は万端だ。
明日の日の出と共に船出できる。

この辺りでの男の成人は17だ。
一人前になりゃ、何をしようと本人の勝手。親や村長が責任を問われることも無い。
逆に言えば、それまでは親か村長の保護下に置かれ、自分勝手は許されねぇ。

「エ−スだけなんて、ずり−ッ!!!」

ルフィは両頬を風船のように膨らませる。
例えじゃなしに、空気を入れて膨らませたゴム風船そのまんま。
そういうカオをしてっから、余計にガキ扱いされんだぜ?
ソバカスだらけの頬を掻きながら、俺は思った。

「エ−スは今日で17じゃ。
 お前は、あと3年と4ヶ月と4日待たねばならん!!!」

俺の誕生日が1月1日で、弟の誕生日が5月5日。
3つと4ヶ月と4日違いの兄弟だ。
コイツには村中の皆が手を焼かされてる。
俺も、村長も、…それから、酒場のマキノも。

船縁に腰掛けていた俺は、目の細かい砂の上に降り立った。

「じゃあ、こうしようぜルフィ。
 俺に勝てたら俺の代りに明日、お前が船出しろ」

ルフィはぐるんと身体ごと振り向いた。

「ホントかッ!!?」

「ああ。勝った方が17だ。
 俺が負けたら、お前の代りに3年と4ヶ月と4日待ってやるさ。
 お前は準備バッチリのこの船を使ってイイぜ」

村の漁師から譲り受けたボロ船を、俺一人で時間を掛けて修理した。
その船体をコツンと叩くと、ルフィの鼻息が荒くなる。

「よしッ!!今日こそ負けね−ぞっ!!!」

ルフィはゴムの両腕をぐるぐる回す。
もっとチビだった頃、うっかり“ゴムゴムの実”を食っちまった弟は“東(イ−スト)”じゃ
珍しい悪魔の実の能力者だ。
能力(ちから)を使いこなす為、日々それなりに努力はしているらしい。
結果、そこら中で騒動を起こしちまってるけどな。

「おい、エ−ス。本気で言っとるのか?」

村長の声は不安そうだ。
まァ、兄貴とはいえ俺は何の実も食ってねぇし。
もっとも、心配してんのはルフィの方かもな。
俺、強ぇから。

「まあ、見てなって村長」

俺は黒いテンガロンハットを、ルフィは麦わら帽子を。
それぞれ白い砂の上にふわりと落とす。


互いの拳の指が、同時にパキパキと音を立て
俺たちはニヤリと笑った。

どっちが勝っても

これが、最後の兄弟喧嘩だ。


   * * *


「あ〜あぁ、エ−スはやっぱ強ぇな〜〜ッ!!」

砂の上に仰向けに寝転がったルフィは、ボロボロの顔を空に向けて笑った。
シャツから覗く腕も、ゴム草履を履いた足も、青痣と擦り傷だらけだ。
顎と顔面に一発づつ入れてやったが、骨は折れてねぇだろう。
ゴムだしな。

「だから、いつも言ってんだろ?お前の攻撃は単純すぎんだよ。
 すぐに先が読めちまう」

俺は砂の上に胡坐をかいて、弟を見下ろした。
思ってたより、手こずっちまったな。
コイツ、知らねぇ間に色々と新技開発してやがって、それがどれも結構強烈で。
…ちっとばかり、焦った。

「お前の能力を知らない相手ならともかく、同じ手は二度は効かねぇぜ。
 俺じゃなくってもな」

「ちぇ〜〜っ!!今度こそ勝てると思ったのによ。
 また新しい必殺技、考えね−とな。
 けど、エ−スは行っちまうんじゃね−か。勝ち逃げなんて、ずりィぞ!!」

立ち上がり、身体についた砂を払って自分の帽子を手に取った。

「逃げね−よ。3年と4ヶ月と4日したら、お前も来るんだろ?
 海の向こうで待ってるぜ」

弟も麦藁帽子を頭に被って、鼻血で汚れた顔を俺に向けた。

「おう!!!そんときは、ぜって−負けねぇぞッ!!!」


  ザク ザク ザク


砂を踏む音に振り向くと、村長が杖をつきながら俺たちの方へやって来る。
頭を下げる俺に、村長は軽く咳払いをした。

「…さてと。兄弟喧嘩が終わったんなら、そろそろマキノの店へ行くぞ。
 ルフィ、お前はメシの前に傷の手当てもせんとな」

とたん、ルフィはゴム風船の顔をして駄々をこねた。

「やだッ!!食うのが先だッ!!!」


   * * *


港に近いマキノの店は、船乗りや村人達の溜まり場になっている。
村で一番料理が美味くて、おまけに店主は村一番の美人だからな。
今日は俺の送別会で、店は貸切。
表の通りまで溢れたテ−ブルも椅子も、皿に盛られた料理も、村中からの持ち寄りだ。

「エ−ス、がんばれよ!!今夜はじゃんじゃん飲め!!!」
「身体には気をつけるんだよ?いつでも村に帰っておいで」

魚屋のギョルさんが酒のジョッキを持って、チキンおばさんはハンカチで鼻を咬みながら
声をかけてくれる。

食いながら寝ちまってた俺は枕にしていた皿から頭を持ち上げ、隣に座るルフィのシャツで
顔を拭って立ち上がった。

「色々、お世話になりました。
 俺が居なくなった後も、コイツのことをお願いします」

頭を下げて、弟を小突く。
俺たち兄弟は村中の世話になって育ったし、弟はあと3年と4ヵ月と4日間、世話になる。

「むが?むご−、むぐんぐ」

口いっぱいに肉を頬張ったルフィは脂だらけの顔を上げ、テ−ブルの上を見渡した。
俺とルフィが食い尽くした所為で、どの皿もキレイに空っぽだ。
とたん、みょ〜んと伸びる腕が向かいのテ−ブルの骨付き肉を引っ掴んだ。
伸びたゴムが戻って来るタイミングを見計らい、俺はルフィの手から骨付き肉を取り上げる。
かぶりつこうとした歯が、ガチッと空気を噛んだ。

「ルフィ、いつも言ってんだろ?
 他人様の皿のモンに、勝手に手ぇ出すんじゃね−よ」

ぶ−垂れるルフィを尻目に、俺は骨付き肉を返しに行った。

「あ−、こいつァどうも。弟が失礼を」

頭を下げて肉を大皿の上に戻す。そして、皿を片手で持ち上げた。

「料理が足りねぇんで、ちょっとこの皿お借りします。
 あ、こっちの皿も。これとこれも拝借」

「「「「おいおいおい。(汗)」」」」

「ご歓談中、お邪魔しました」

大皿4つを腕に乗せて戻った俺に、ルフィは大喜びだ。
こうやって、ちゃんと断わってから持ってくりゃ−いいんだよ。
俺も、まだまだ食い足りねぇしな。

「あんた達、ホントに良く似た兄弟だねぇ」
「まったくだ」

揃って肉にかぶりつく俺たちに、魚屋の夫婦がしみじみと言った。


   * * *


「ンぎにあッらふごご、むッぐにウバぃメシばぐぇるぼい〜あ」

並んで料理を食ってると、隣でルフィが呻いた。

『次に会った時も、一緒にウマいメシが食えるといいな』

口いっぱいに頬張ったままでも、言ってることはだいたいわかる。

「そうだな」

俺も、食いながら答えた。
断わっとくが、俺は口いっぱいに食い物を詰め込んで喋るなんて無作法なマネはしねぇ。
口半分までだ。

「エ−スは自分が“船長(キャプテン)”には、なりたかね−んだろ?」

ゴクンと肉の塊を飲み込んだルフィは、今度は余計なモノが詰め込まれてねぇ口で言う。

「ああ。俺は人にあれこれ指図すんのは、性に合わね−からな。
 これと思う船長と船を見つけるつもりだ」

「それは、シャンクスじゃね−んだな」

俺は店の中を見回した。
追加の料理を作っているのか、マキノの姿は見えない。
それを確認してから、弟の質問に答えた。

「ああ。シャンクスは凄ぇ海賊だったけど、俺の捜す船長じゃない。
 いつか戦うかもしれねぇ相手だな」

ルフィは食うのを止めていた。
ゴムっ腹が樽みてぇに膨らんでるのを見ると、やっと満足したようだ。

「そうだな。おれもシャンクスから預かったこの帽子を返しに行くけど。
 返したら……」

ルフィの声が途切れる。

「…………?」

「ぐ−っ、す−っ、ぴ−っ」

メシの最中に寝ちまうのは俺の癖だが、メシが終わると寝ちまうのが弟の癖だ。
まだ、ガキだからな。

料理の皿を持ったマキノが、こっちに気づいてやって来た。
近づいてくる顔を見ないように、俺は酒のジョッキを手に取る。
ここ最近、マキノには態度が突っけんどになっちまって、自分でも困ってる。
散々、世話になった人だってのに。そりゃ恩知らずってモンじゃね−のか、俺。

テ−ブルで寝こけるルフィに、マキノは優しい目をする。
そして、俺に言った。

「ルフィはね、今朝は早くから森へ行って大きな野生の豚を二匹も捕まえたの。
 今日の宴の料理に使ってくれって。エ−スに食べて欲しかったのね」

「……食ったよ。美味かった」

骨だけになった豚の丸焼きの皿を顎で示し、俺は言った。
ルフィの奴、船出の準備も手伝わずに朝からどこに行ってたのかと思ったら。
泥だらけで浜辺にやって来たアイツの得意そうな顔に、ピンと来るべきだったな。

「がんばったわね、ルフィ」

マキノはルフィの頭に手を伸ばす。
そして、ずり落ちかけていた麦わら帽子を脱がせると、ガラス細工でも扱うみてぇに
テ−ブルの端に置いた。
俺は見ないフリをして、ジョッキに残った酒を飲み干す。
今日から大手を振って飲めるようになったアルコ−ルの味は、とうにコッソリ覚えていた。

空のジョッキを置いた俺の耳元で、マキノが囁く。


「エ−ス、いっしょに奥へ来て」


   * * *


奥って言うから、厨房のことかと思った。
けれど、案内されたのはマキノの部屋だった。

昔、ルフィと一緒に来たことがある。
けどそれは、ほんのガキだった頃の話だ。
部屋は昔の記憶と少しも変わってねぇように見える。
壁には“赤髪”達が出航する暫く前に皆で撮った写真。

俺は、この写真が好きじゃねぇ。
真ん中には7つのルフィと10の俺。
その後ろでは、マキノが右手を俺の肩に、左手をルフィの肩に乗せて笑っている。
ルフィは大口開けて笑っているが、俺の顔は笑ってなくて両の目玉が斜め上を向いていた。
マキノの後ろでは“赤髪のシャンクス”が残った右手をマキノの肩に置いている。
オッサンの癖にガキっぽい顔は、どこかの誰かによく似ていた。

壁の前に突っ立ったままの俺に、マキノは言った。

「狭い部屋でごめんなさい。
 じゃあ、ベッドへ座って。服を脱いで」

マキノの言葉に、振り返った俺の口はポカンと開いたままだった。
ベッドって…、脱ぐって……、それって………。

窓から差し込む月明かり。サイドテ−ブルのランプが、部屋をやわらかく照らす。
年上の女の黒い眸には、微笑が浮かんでいた。

「エ−ス、痛むんでしょう?ルフィに殴られたところが。
 明日は船出なのに、放っておいちゃ駄目よ。
 ルフィにも、村長さんにも内緒にしておくから。ちゃんと診せて」

良く見ると、マキノは救急箱を抱えている。
そういや、メシを食うルフィの傷に薬を塗ったり包帯を巻いたりしながら、俺の方も見てたっけ。

「……あ、ぁ。うん」

“カン違い”も甚だしいってヤツだ。
ベッドの上に腰を下ろして、俺は溜息を吐いた。
顔が熱いのを、酒の所為だと思ってくれてりゃイイけれど。
マキノにとっちゃあ、俺もルフィと同じ“手のかかるやんちゃ坊主”なんだよな。

シャツを脱ぐと、そこら中が痣で斑になっていた。
こうして見ると、けっこう喰らっちまったな。

「最後まで、良いお兄ちゃんだったわね。エ−ス」

打ち身の上に湿布薬を張ってくれながら、マキノは言った。
俺は黙ったままだった。
ガキの頃の記憶より強く感じる甘いニオイに、臍の辺りがムズムズして居心地が悪ィ。

手当てが終わると、俺はそそくさとシャツを着る。
救急箱を閉じたマキノは、立ち上がった俺に言った。

「ありがとう、エ−ス。
 いつも、大きな魚や貝を沢山捕ってきてくれて」

「礼を言われる程のことじゃねぇよ。
 マキノには、ガキの頃から散々タダメシ喰わせてもらってたんだから」

ルフィが獣や鳥を捕るから、俺は海で魚や貝を捕る。
せめてものメシ代に。

「でも、エ−ス。貴方は“近海の主(ヌシ)”を退治しないのね?」

俺は口篭った。
あの“主(ヌシ)”の所為で、フ−シャ村で魚が捕れるのは浅瀬か、ぐるっと島を回って
沖合に出るかだ。
奴を退治すれば、村への恩返しにもなるだろう。
けれど、俺はそれをしなかった。
最近じゃ向こうの方で俺に気づくや、コソコソ海に潜っちまう所為もあるけどな。

「……あいつは、ルフィの相手だから」

俺は、ぽつりと答えた。
シャンクスの左腕を食った海王類。

「本当に、良いお兄ちゃんね。エ−ス」

マキノの優しい声。
俺は顔を上げた。
真正面には、壁に飾られた写真。

「………マキノ。もし、俺が」


いつか海で、シャンクスと
いつか海で、ルフィと


「なあに?」

微笑む白い顔に、俺は言いかけたのとは違う言葉を捜した。
捜して、捜しあぐねて。口走っちまったのが、あろうことか。

「シャンクスに会ったら、伝えとくことってあるか?」

大きな眸が、幾度か瞬きを繰り返す。
そして、年上の女は微笑んだまま、静かに答えた。


「いいえ、何も」


   * * *


「………余計なことまで思い出しちまったじゃね−か」

マストの上で、俺は呟いた。
ガクリと俯けば、甲板での賑わいが遠く聞こえる。
“白ひげ”の船で、宴のねぇ夜は無い。
今夜はオヤジ付きのナ−スの姉さん達も加わってるから、どいつこいつも色めき立って
盛り上がりも一層だ。

俺も惜しい気はするが、今夜だけは一人で祝杯を上げたい気分だった。
…ついでに、地雷も踏んじまったけどな。

3年と4ヶ月と4日。
俺にとっては、あっという間だった。
けれど俺は望んでたモノを見つけたぜ。
この海で最高の船長と船を。

お前はどうだ、ルフィ。
出来の悪ィ弟だからな、兄ちゃんは心配だよ。

万が一つまんねぇ男になってたら、俺が食った“メラメラの実”の能力で
その場で焼きゴムにしちまうぜ?

腕っ節と、強運と。
それだけじゃあ“偉大なる航路(ここ)”まで届かねぇ。

けど、おめぇは俺に似て人を見る目はあるからよ。
イイ仲間が揃ったら、案外すぐに会えるかもしれねぇな。

そんなことを思いながら酒瓶に口を付けていると、上から声を掛けられた。

「人一倍宴会好きの“二番隊隊長”さんが、こんな所で一人で飲んでるたァ。
 昔の女でも思い出したか?」

マストの俺より上っていやぁ、見張り台だ。
案の定、顔を覗かせてるのは二番隊の戦闘員。つまり、俺の部下ってこった。
図体がデカけりゃ、態度も声もデカイ。
今夜は静かに飲みたかったから、ここまで来たってのによ。
マストに胡坐をかいた俺は、手にした酒瓶を掲げて言った。

「今日は弟の誕生日でね。
 ささやかな祝杯さ。海賊の第一歩へのな」

「ほう…、あんたの弟か。ちったァ使える男か?」

見張りそっちのけで、俺に向かって身を乗り出す。
コイツは“白ひげ”の船に乗り続ける気はねぇ男だ。
近い内に船を降り、自分の“海賊旗(ドクロ)”を掲げるだろう。

「残念ながら、弟は誰かの“海賊旗(ドクロ)”に従う気はねぇよ。
 “海賊王”になりてぇらしいから」

自分以外の、誰の“海賊旗(ドクロ)”にも従わねぇ。
俺の頭上の“白ひげ”の旗にも、目の前の男がいずれ掲げる旗にも。

「ゼハハハハハハ!!!“海賊王”とは大きく出たじゃね−か。
 男なら、そうでなきゃ面白かねぇ!!!!」

乱くい歯を覗かせ大声で笑う男の向こうに、どういうワケだかルフィの顔が浮かんだ。
笑いながら、その目が真っ直ぐに俺を見る。

「感動の兄弟再会の暁にゃあ、敵味方ってこったな」

「ああ、そうだな」

上から見下ろす目に、俺は答える。
乱くい歯がニヤリと歪み、俺たちは同時に言った。


「「それが、“海賊”ってモンだ」」


   * * *


お前が選んだ仲間が、お前を“海賊王”にするか
俺が選んだ男を、俺と仲間が“海賊王”にするか
それ以上の男が、世界の何処かに居るのか


この海の最高の“高み”を賭けて


俺たちの勝負は、始まったばかりだ。



                                   − 終 −


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“D兄弟”の初恋の人はマキノさんが定番(セオリ−)かと。
謎だらけの兄弟なので、あれこれとっても適当です。
同じく“D”の名を持つあの人も特別出演。まだ“白ひげ”の船に居た頃と仮定。

この話を“船長誕生日話”と言ってしまって良いのかどうか。
文中の大半を占めるお正月にUpした方がと思いつつ…。(汗)

いい仲間はもちろん、いい兄ちゃんも持ってる君が羨ましい。
船長、誕生日おめでとう!!