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− Figurehead −

もうじき、時間だ
おれとウソップの決闘の

メリ−の頭の上で、思った

この船の中で、一番最初に冒険に突っ込んでく場所だから
ここはずっと、おれだけの特等席だったけど

さよならだな、メリ−

船の中はしんとして、誰もいねぇみたいだ
誰も、笑わねぇ

…なァ、お前
いたら怒ったか?

『貴方は船長失格よ、ルフィ』

…って言ったか?
けどよ、今度はうなづかねぇぞ
おれは船長だから…、決めたから

みんなが、おれのまわりで笑ってるタメには
おれが誰より強くてスゲェ男にならねぇと、ダメなんだ

ロビンが凍っちまって、おれも凍っちまって
ヤバかった時に、わかった

なぁ、だけど
おれが誰より強くてスゲェ男でも
お前はやっぱり、来なかったよな?

『冒険は、まだしたいけど。私はやっぱりこの国を、愛してるから!!!
 ……だから、行けません!!!』

なぁ、お前は
おれたちより、“国”をアイシテルって言ったけど
そんならウソップは
おれたちより、“メリ−”をアイシテルってことなのか?

…よく、わかんねぇ

『無茶をすれば、全てが片づくとは限らない。
 このケンカを買ったら……、どうなるの?』

“ケンカ”じゃねぇ、“決闘”だ
おれはウソップをブッ飛ばして、そんで
…そんで、ウソップは出ていく

おれが、誰より強くてスゲェ男になるのが
間に合わなかったから

やっぱりお前、いたら怒ったな
ブッ飛ばして終わりっての、大キライだったもんな

そんでも、おれは強くなる
おまえも、メリ−も、…ウソップも
なくしちまって

もう誰も、何も、なくしたくねぇから
ブッ飛ばしてでも
誰も、おれから離れていかねぇくらい
スゲェ男になるんだ



− Mast −

風が吹くたびに、ブリキで継ぎ接ぎだらけのマストが軋んだ

帆をたたもうとロ−プを引いただけで、曲がっちまうほどガタがきた状態で
よくこの島まで辿り着けたモンだ
本当なら、あの時に気づいて覚悟をしておくべきだったのかもしれねぇ

…それで、どうなるワケでもねぇだろうが

「お前ら、船から降りて来るなよ」

言い残して、ルフィはウソップとの決闘に向かった
それが“船長命令”なら、俺はただ成り行きを見守るだけだ
マストを背に、船首の横で腕を組んだ

手の内を知り尽くされたウソップを相手に
ルフィは思いの他、手こずっている

ウチの船長相手に、そんだけ戦(や)れて
誰が、“弱ェ仲間”だって…?

それでも、じきに勝負はついた
どっちもが血塗れのボロボロになって
最後に立っているのはルフィだ
ウソップは、もう動けねぇ

ナミは泣いている
チョッパ−も泣いている
泣きながら治療に向かおうとするのを
クソコックが止めていた
ロビンは居ねぇ

お前が、居たら
コックを振り切って船を飛び降りたか?

唇を噛んで、瞬きすら忘れて
最後まであいつ等の決闘を見守っていたか…?

戻ってきたルフィも、泣いているだろう
それを見ねぇですむように、今度は船首に背を向ける

傷ついて、折れて
それでもまだ、真っ直ぐに立って
俺達の海賊旗を支えるマストだけを見る

『引き分けじゃ、ダメなの?』

風の音に混じって、尋ねる声が聞こえたような気がした

真剣勝負に、引き分けはねぇ
勝つか負けるかだ

「船を空け渡そう」

メリ−号は好きにしろ、と
船長が告げた言葉を俺は繰り返す

船を賭けた決闘で、メリ−を得たのがウソップなら
……この勝負は

『ねぇ、引き分けじゃダメなの…?』

引き分けは、ねぇ
だが、勝者が何かを得られるとは限らねぇ

俺達が、お前を得ることができなかったように

「俺達はもう…、この船には戻れねぇから」



− Trees −

空は薄く曇ってて、月の光もぼやけてる
風が、強くなってきたわ

みんな黙りこくって、それぞれの荷物をまとめてる

あたしも、ロビンが帰って来ないから
一人でクロ−ゼットの服や、本や
海図の資料を手当たり次第に箱に詰めた

引き出しの奥にしまってあった“永久指針(エタ−ナルポ−ス)”も
あんたが一度袖を通した服も
王様から譲ってもらった本も
全部、箱に入れた

あんたが手入れを手伝ってくれてた蜜柑の木も
船に敷き詰めた土から掘り出されて、落ち着く先を待っている

今のあたし達と、同じだわ
船を無くした海賊なんて、根無し木ね
滑稽で…、頼りない

変ね、あたし
あいつらに会う前は船なんて、盗んだり乗り換えたりだったのに
船がなくたって、あたしは“航海士”だって胸を張ってたのに

なんで、こんなに不安なの…?

『闇にあって決して進路を失わない、その不思議な船は
 踊るように大きな波を越えて行きます…』

あんたが、そう言ってくれた“メリ−号”は
傷を負って沈むのを待つばかり

あたし達、真っ暗な闇の中で
行く先もわからずに立ち尽くしてる

何もかもが、バラバラになっていくようで
……怖いの

あいつらと航海を始めてから、こんなこと無かった
馬鹿ばっかりだけど、毎日楽しくて
笑うか怒るかだったのに

あんたと別れた時は、淋しくて泣いたけど
この船の上で辛くて泣くことがあるなんて
夢にすら、思わなかった

『海に逆らわず、しかし船首はまっすぐに…。
 たとえ、逆風だろうとも』

風に、緑の葉が揺れる
まだ青い実から、潮に混じって酸っぱい香りがした

誰よりも、あんたに言って欲しいの
“この船”じゃなくても、あたしには皆を導くことができるって

それぞれの夢の在り処へ
もう一度、あんたに会える“いつか”へ

ねぇ、あたしの背中を押して

『お前には、あの光が見えないのか?』



− Kitchen −

食材に鍋にフライパンに食器にスパイス
それと、大量の酒
運び出した後のキッチン兼操舵室兼会議室はガランとしている

残ったのはカラッポの冷蔵庫と食器棚、コンロとオ−ブン
持ち出しようのねェものばかりだ

キッチン付きの宿は高ェから、贅沢は言えねェけど
新しい船が手に入るまでの間、当分は陸の上で
他人のメシを食わなきゃならねェのかと思うと、落ち着かねェ

俺は根っからの“海のコック”だからな

最後にテ−ブルクロスに手をかけて、やめた
空の木箱を積み上げただけじゃ、あんまりだろう

作りつけのテ−ブルとイスは、壊れちまった
頭に血の昇ったルフィとウソップを止めるつもりで
ルフィに蹴りを入れて、…俺がぶっ壊した

結局、一番頭に血が昇っていたのは俺だったのかもしれねェ
床の隅に片付けた木材の残骸を眺めながら、タバコに火をつける

思い出は、“場所”を無くしたからって消え失せるほど
安っぽいモンじゃねェ筈だ
何かを無くして消えていくなら、それはそれで仕方ねェ
生きるってのはそういうことで、全部は背負っちゃ行けねェんだ
…なァ、違うか?

煤の染み付いた天井に、形のない紫煙を吐く

『サンジさん、ごちそうさまでした』

煙の向こうに、そう言って笑う空色が見えたような気がした
今朝はロビンちゃんが座っていた席で
テ−ブルクロスとワイン棚、木の壁、丸い窓を背景に

灰が、床に落ちる

君が、居てくれたら
もっと上手く二人の間に入ってくれたかもしれねェ
こうなる前に、何とかしてアイツ等を止めようと走り回って

『説得するの!!もう二度と血を流して欲しくないから…!』

それでも結局、止められなくて
決闘の間中、ずっと叫び続けていたかもしれねェ

『戦いを…、止めてください!!!』

灰が、落ちる

…それとも、案外
ウソっ鼻の肩を持って、話をややこしくしちまったかもしれねェな
新しい海賊団を作るとか、言い出したりしてさ

いかにもありそうで、笑えた
“海賊女王”のコックも悪くねェとか本気で考えている自分に

笑えて、タバコを噛み潰す

今ほど 君が居てくれたらと思ったことはねェ
今ほど 君が居なくて良かったと思ったことはねェ

『これ以上…、戦わないでください!!!』

その声が届いても、聞くことのできねェ時が
いつか、俺にも来るかもしれねェと思った



− Cabin −

薬を揃えながら、オレはいっしょうけんめい考えた
オレに、できることを

オレ、嫌だ
みんながいるから、オレは海賊になったのに
ルフィが誘ってくれたから…、みんなが待っててくれたから
オレは“メリ−号”に乗ったのに

あの時、雪の中でオレに笑ってくれたみんなが
一緒にドクタ−のサクラを見た“仲間”が
どんどん、居なくなっちまう…

ビビとカル−は離れてても、ずっとオレ達の“仲間”だから
“永久指針(エタ−ナルポ−ス)”で、また会いに行ける

ルフィが海賊王になって
ゾロが大剣豪になって
ナミが世界地図を描いて
ウソップが勇敢なる海の戦士になって
サンジがオ−ルブル−を見つけて
オレが万能薬になって

そうしたら会いに行こうぜって、言ったのに
ウソップが、言ったのに

…もう、ウソップは“仲間”じゃないって
オレは“船医”なのに、怪我の手当ても出来ねぇんだ

ロビンも帰ってこねぇ
勝手に本屋に行っちまって、オレがロビンを怒らせちゃったのかな…?
そんなことねぇって、ナミもサンジも言ったけど

バラバラになっていくオレたちは、もしかしたら知らねぇ間に
病気になっちまってるんじゃねぇのかな?

ドクタ−も、ドクトリ−ヌも言ってた
病気は、知らない間に罹っちまうものなんだって

『私の国も病気なの…。
 みんなが、お互いを信じられなくなってしまう病気』

ドクタ−の話をした時に、ビビが言ってた
オレたちも、お互いを信じられなくなっちまう病気なのかな…?

ぶわっと目玉が濡れてきて、オレはゴシゴシと顔を擦った
オレが弱気になって、どうするんだ!!
オレはもう、ただの青っ鼻のトナカイじゃねぇんだぞ!?

オレの国の病気は、ドクタ−のサクラで治った
ビビの国の病気は、雨が降って治った

オレたちが病気だとしても、絶対に治る
オレが、治すんだ!!

『何度はね返されたって…、諦めないわ絶対に!!!』

……絶対に

「チョッパ−、行くぞ」

甲板から声がして、オレは鼻水をすすり上げる
オレは船大工じゃねぇから、“メリ−”は治してやれねぇけど
船を降りても、医者だから

ウソップがいつも使ってるハンモックの上に
薬と包帯を置いて、梯子を登った



− Deck −

荷物を抱えた連中が、行っちまってから

誰もいなくて、何もねぇ
メリ−号の甲板に転がった

これで清々したぜ
なァ、メリ−

おれは、あいつらとは違うんだ
前だけを見て、後ろを振り返らない生き方なんかしねぇ
お前を見捨てたりしねぇから、安心しろ

お前を譲ってくれたカヤのことも
お前の故郷のシロップ村のことも
にんじんとピ−マンとたまねぎのことも
絶対に、忘れたりしねぇからな

波がメリ−の横腹を洗う
海賊旗が音を立てる
それに混じって、怒ったような声が聞こえた

『ウソップさん、“エルバフ”へ行くんじゃなかったの!?』

…ああ、行くさ
おれとメリ−で行くさ
おれ達だけで、やっていけるさ

あいつらだって、おれなんか必要ねぇ
すぐに忘れて楽しくやるさ
ビビとカル−がメリ−を降りた後みてぇによ

あいつらときたら、アラバスタを出た翌日から
ビビの名前もカル−の名前も、一度も口にしやしねぇ

過ぎたことなんざ、すっかり忘れちまったみてぇに
冒険だ黄金だ美女だ強敵だと、大騒ぎしやがってよ
そんな情のねぇやつら、こっちから願い下げだってんだ!!!

風に運ばれた雲が、月の光を斑にする
ギシリと、メリ−が大きく軋んだ

『仲間を“信じる”ことが大事だと言ったのは、ウソップさんじゃないの…!!』

…そうだったな
けど、肝心なことを忘れてるぜ?
おれ様は、世界一の大ウソツキだってことを

ルフィは海賊王になる
ゾロは大剣豪になる
ナミは世界地図を描く
サンジはオ−ルブル−を見つける
チョッパ−は万能薬になる
ロビンの夢は、よくわからねぇが
あいつらと一緒なら、もっと笑えるようになる

おれが、いなくても
…おれが、いねぇ方が

あいつらの夢が、叶うんだ
なぁ、そう思うだろ?






返事はねぇ
だれも、いねぇ

わかってるんだよ

“メリ−”は、ビビでもカル−でもねぇ
カヤでも、ウソップ海賊団でも、シロップ村でもねぇ
お袋でも、親父でもねぇ
おれでもねぇ

本当は、知ってんだ
ルフィも、ゾロも、ナミも、サンジも、チョッパ−も
…ロビンも
良く晴れた空を見上げて
ただ、じっと見上げて

笑ってる

お前も見てたよな?
…メリ−

風だけが、鳴る

“衝撃貝(インパクトダイアル)”を使って、痛む左腕を持ち上げる
リストバンドをずらし、“それ”を眺めた
昨日の夜、マジックで書き直したばかりだってのに
色々あって…、もう消えかけてる

『これから何が起こっても、左腕のこれが…』

おれは“メリ−”を手に入れたから
もう、この印は持てねぇんだ

鼻の下を乱暴に擦ると、腕は血で赤く汚れて
“×”印は見えなくなった



− Light −

ここからは、“メリ−号”が停泊している岬が見えた

闇は深く、風は強く
船に灯りがあったとしても、ここまでは届かない

“青キジ”からの報告は、とうに世界政府加盟国へ通達された筈
私が“麦わらの一味”に加わったと知って
貴女はさぞや怒り狂ったことでしょうね

『何で、あんたがこんな所にいるの!!?
 ミス・オ−ルサンデ−!!!』

安心なさい
間もなく私が政府に捕縛され、一味は逃走したと世界中に報じられる
貴女は胸をなでおろし、安心して眠れるようになるでしょう

それで、いい
私のことなど忘れてしまって
貴女も、彼等も
あの“夢の船”に関わる全てから、私の痕跡を消してしまって
記憶からさえも

私だけが、覚えているから
あの船の上では、何もかも
怒りも笑いも涙さえもが
どれほど輝いていたか

『国や人間が死のうが生きようが…、私にはそんな事どうでもいい』

自分の言葉の報いを受けたかのように
今の私は、彼等を失うことが怖ろしい

夢が潰えることよりも
世界が滅ぶことよりも
耐え難く怖ろしい

貴女さえ、あの船に乗っていてくれたら
私のような疫病神が寄り付くのを妨げていてくれたらと
恨みにさえ思うほど

……怖ろしい

「そろそろ時間だ、ニコ・ロビン」

仮面を被った男に、私はうなづく
私は私に相応しい闇の中へ還るのだ

もう二度と、彼等と交わることのない深い闇へ
胸の奥にたった一つ、小さな“光(ねがい)”だけを抱いて

彼等さえ、この海のどこかで冒険を続けてくれるなら
…笑っていてくれるなら


『いつか、また会えたら!!!もう一度……』


“仲間”と呼んでもらえる未来を、私は捨てても構わない



                                     − 終 −


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コミックス35巻。
メリ−号を巡るウソップとルフィの決闘。それを見守るクル−達。
何も知らずに姿を消したロビン。
一連の展開に、多くのビビスキ−さんは思ったでしょうし、私ももれなく思いました。

『もしも今、メリ−号にビビちゃんが居たらどうしただろう?』
『…っていうか、回想でもいいから誰かビビちゃんのことを思い出してくれぇ〜』

その願望を形にしてみました。(汗)
ほとんどの回想台詞はコミックスからの転用ですが、一部は全くの捏造です。
『○○がそういうことを考えるのはおかしい!!』と思われるかもしれませんが
姫愛ゆえに御容赦くださいませ。

2006.3.8 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20060202