まだ見ぬ君へ




“ナノハナ”を出航した船は、南に向かっていた。
夜明け前の空は雲ひとつなく、まだ星が瞬いている。

カンテラの下で、男達がロ−プを引く。砂の国の香水と香料を積んだ商船は、航程の遅れを取り
戻そうと“最高速度”の構えだ。
日に焼けた顔は、どれも厳しく引き締められていた。

穏やかな内海も、じきに抜ける。何が起こっても不思議のない“偉大なる航路(グランドライン)”
を越える航海が始まるのだ。
出航間際に乗り込んできた“お客”のことなど、構っているヒマはない。
それでなくとも奇妙な男女と一羽の鳥の組み合わせは、船員から胡散臭い目で見られていた。
船長に掴ませる金があるのに、乗り心地の良い客船を避けるのだ。後ろ暗い連中に決まって
いる。

「あのカルガモ、密輸じゃねぇのか?」
「いや、案外“反乱軍”とかいう奴等かもしれねぇぞ」
「平和で良い国だったのに、一年ですっかり荒んじまったもんな」
「水一樽に目玉の飛び出る値段をふっかけられたっつって、仕入れのコックがキレてよ〜」
「あの国の香水は高く売れるってのに、商売に来るのもこれが最後かもしれねぇな…」

潮風に鍛えられた船乗りの声は良く響く。作業の合間の噂話が、後部甲板の“お客”の耳まで
届くほど。
手摺りに肘を乗せ海を眺めていた女は、男達の会話に唇を噛んだ。

高く結った空色の髪。胸元の開いた派手な服。濃い化粧。
女の印象は、一見、二十代前半だ。
だが、俯いた白い頬は、まだ柔らかな丸みを残している。

年齢不詳の女の傍らには、一羽の鳥が寄り添っていた。
“鳥”といっても飛ぶことは出来ない。翼の代わりに豹をも凌ぐ瞬発力を持つ、世界最速の
陸上生物“超カルガモ”だ。
騎乗用に高値で取引される“珍鳥”のクチバシを撫でながら、女は独り言のように呟いた。

「みんな、そろそろ気づいた頃かしらね。カル−」

グロスで光る唇には似合わない、可愛らしい声で。

「クゥ〜」

気持ち良さそうに鳴くカルガモに笑みを浮かべ、彼女は海に視線を戻した。
暗い海面に残る白い航跡は、水平線の遥か手前で途切れている。
だが、アイラインで縁取られた眸には、その彼方にある筈の光景が映っていた。

満天の星の下で銀色に輝く砂丘。
砂の海に浮かぶ石造りの都、アルバ−ナ。
真昼の灼熱を避けるため、人々はまだ暗いうちに目を覚ます。
馬車が行き交い、店の戸が開き、火を炊く煙が立ち昇る。
彼女の部屋の東向きの窓からは、夜が明けるのと同じくらい都の様子が良く見えた。

……そう、今頃は。

今朝は1時間早く起こしに来る筈だった侍女頭は、人の気配のない寝台を見て金切り声を
上げるだろう。

   『ビビ様が、王女様のお姿が−!!!』

報せを受けた守護神達は、息を切らせて王の間へ駆けつけるに違いない。

   『コブラ様!!イガラムさんの…、護衛隊長の机の上に、このような置手紙が…!!』
   『鳥舎からカル−の姿も消えております。御二人と共に宮殿を抜け出したのかと』


英明な君主と名高いネフェルタリ・コブラは、動揺する皆に厳かに告げるのだ。

   『イガラムと共に宮殿を出たというのなら、今から追っても無駄なことだ。
    ましてカル−の足にはペル、お前ですら追いつけまい。
    二人を信じて、今は暫く様子を見るしかあるまい。
    いずれにせよ、今日の主役が消えたとあれば止むを得ん。チャカ、すまんが至急、
    立志式を中止する手配を頼む。国民には、事実をありのまま伝えるように』


王妃亡き後、王女の母親代わりだった給仕長のテラコッタが、ナプキンで目頭を押さえながら
訴える声が聞こえるようだ。

    『このあたしをお連れくださらないなんて、ビビ様も水臭い…!!
     ウチの亭主じゃ、気の利いたお世話も出来やしないってのに。
     ああ、もしもビビ様の身に何かあったら、あの馬鹿亭主、カルガモ共々こま切れにして
     バナナワニのエサにしてやるからねッツ!!
     ……ところで、王様。裏表逆に着ているガウンは、とっとと着替えちまいな!!
     娘に家出されたからって、そんなに慌てて。大の男がみっともない!!!』


ブルブルッ と、カルガモが大きく羽根を震わせた。
こちらを伺う不安そうな丸い目に、思わず笑ってしまう。

「なぁに、カル−。今になって怖くなったの?だから、『ついて来ちゃダメ!』って言ったのに。
 あなた、目立つから隠密行動には向いてないんだし……って、ウソウソ。
 そんなに落ち込まないで、頼りにしてるから。
 本当はね、あなたが一緒に来てくれて、とっても嬉しかったのよ?」

項垂れたカルガモの首に、彼女はぎゅっと抱きついた。
とたんに丸い頭が持ち上がり、胸を張ってそっくり返る。

「…だからって、カル−。今度はちょっと威張りすぎ!!」

化粧で塗りこめた彼女の素顔が、今は透けて見えている。
今日でやっと14歳になる、幼さを残した少女の顔が。

ネフェルタリ王家第12代国王ネフェルタリ・コブラの一人娘、第一王女ネフェルタリ・ビビは
この日、14歳を迎える。
アラバスタ王国では、王位継承者の14歳の誕生日に行われる“立志式”が、同時に
“立太子式”でもあった。
1年以上続く旱魃と内乱に配慮し、他国からの親善使節も盛大な祝宴も中止された。
それでも宮前広場に面したバルコニ−でのスピ−チは、執り行われる筈だったのだ。


空の星は残り少なく、月もとうに海に沈んでいる。
だが、陽はまだ昇らない。
深くなる闇に、船の軋む音が耳をつく。
彼女の顔からも笑みが消え、眸に暗い海面を映す。

「……みんな、私が逃げたのだと思うかしら?
 “立志式”をすっぽかして家出するなんて、いい加減な王女だと呆れるかしら?
 アラバスタが嫌いになったから、出て行ったのだと思うかしら…?」

数週間前、単身宮殿に乗り込んできた幼馴染のことを、彼女は思い出していた。
久しぶりに会えると弾んだ気持ちで謁見の間に赴いた彼女は、厚いカ−テンの影で
もう少年とは呼べない声が、父に言い放つのを聞いたのだ。

   『俺は、ここに“雨”を奪いに来るぞ!!!』

宮殿を出たその足で反乱軍に加わるだろう彼を、止める術を彼女は持たなかった。
彼の後を追って、“ユバ・オアシス”の若者達…かつての“砂砂団”の仲間達…も次々と
反乱軍に入ったと聞かされても。何も、できない。

「リ−ダ−、私が約束を破ったって思って、絶対に怒るよね…。
 “砂砂団”のみんなからも、嫌われちゃうかなぁ…」

そんな、個人的な問題ではすまされないことぐらい、彼女にも良くわかっている。
世継ぎ王女が国民からの信頼を失うことは、王国の存亡に関わる一大事なのだ。
けれど、顔も知らない一千万の国民より、身近な人々の方が気になってしまう。
それが今の彼女の現実だ。
…王族と反乱軍は、“敵味方”でしかないのだと、わかっていても。
船縁に顎を乗せて溜息を吐くのは、友達を失うことを怖れる一人の少女でしかないのだ。


   『おいコ−ザ、聞いたか!?ビビ…、いやビビ王女が行方不明だ!!
    今日の立志式が中止だってんで、国中大騒ぎだぜ』

   『ビビちゃん、立志式で次の女王様に決まっちゃうのが嫌だったのかな…?
    雨は降らないし、あたしたちとも“敵同士”になっちゃうし』

   『だったら何故、護衛隊長のイガラムと一緒に姿を消す必要がある!?
    ビビの奴、“ダンスパウダ−”をこの国に持ち込んだ“誰か”を突き止めるつもりなんだ。
    だが、今更それがわかっても、どうにもならん。
    あいつがすべきなのは、“ダンスパウダ−”を使って雨を降らせるよう、国王を説得する
    ことだったのに…。あの、大馬鹿野郎!!
    王女が国を離れて、国王と国民の間の溝を一体誰が埋められると思ってるんだ!!?』



星は、全て消え失せた。
闇を照らす光のない、最も暗い時刻。
マストで揺れるカンテラの灯りが、歪んだ影を生む。

空と海との境界すら失った世界は、果てのない“絶望”のようだ。
彼女は顔を上げて目の前の闇を見据える。
眉を寄せ、引き結んでいた唇を開く。

「……けれど、今の私に何が言えるの?
 旱魃と内乱に苦しんでいる大勢の国民を前にして、語るべき言葉が見つからない。
 武器を取ってでも雨を降らせたいと思う皆を、責めることなんてできない。
 それに、今の私の言葉では、誰も聞いてはくれない…。
 アラバスタのために、まだ何一つ為していない私では。
 笑って手を振るだけ、悲しんで涙を流すだけでは、何にもならない。
 “国を継ぐ者”に相応しい“立派な王女”になるためには…、
 私の声を皆に届かせる“力”を得るためには、何かをしなければならないのだと。
 ……そう、思ったの」

搾り出される声には、子どもには有り得ない苦渋が滲んでいた。

「クエェ…」

低く鳴いたカルガモが、彼女に身体を寄せる。
彼女もまた、暖かくて柔らかな羽毛に頬を埋めた。


母の写真も、友達からの手紙も。大切な宝物は全部置いてきた。
本当は一番の親友だって、置いてくるつもりだった。
それなのに、さよならを告げに鳥舎へ立ち寄った彼女から、カル−は離れなくなった。
普段は忠実なカルガモが頑として主人に逆い、挙句は大声で鳴くフリをして、彼女と護衛隊長を
慌てさせる始末だ。
ついに二人は根負けし、誰にも知られぬ筈の彼等の旅立ちには、鳥舎に残る6羽のカルガモの
敬礼という見送りが添えられたのだった。


出航から、どれだけ経っただろう。次第に波は高くなり、船の揺れも激しくなっていく。
もう、内海を出た頃だろうか?思っていると、頭上から見張りの声が響いた。

「“偉大なる航路(グランドライン)”へ出たぞ−ッ!!!」

奇跡の海、不思議の海、全ての富と成功の海。
そして、破滅と絶望の海。

船そのものが緊張と興奮に震えるようだ。彼女も思わず船縁から身を乗り出した。
航跡ではなく、船首が波を切り裂いて進む“前”を見る。
気がつけば、東の空も淡く白みはじめていた。

「ねぇ、カル−。こんな大変な時なのに、自分でも不謹慎だって思うけど。
 イガラムにも怒られそうだけど…。私ね、少しだけワクワクしているの!!」

頬に風を受けながら、彼女は親友に告白する。
14歳の少女は闇だけを見つめてはいられない。その眸は、空から消えた星々を集めたように
キラキラと輝いている。
もっとも、当の“親友”は、今にも船から落っこちそうな彼女の上着の裾を咥えるのに必死で、
返事どころではなかったが。


「パパの書斎の本にあった不思議な島や、たくさんの生き物…。
 以前、“世界会議”へ連れて行ってもらった時は、“マリ−ジョア”にしか上陸できなかったし。
 他の国の人と話をすることだって、ロクにできなかったわ。
 でも、今の私なら、どこの誰とでも知り合いになれる。
 本当の名前は言えないけれど、それでも、友達になれるかもしれない」


   水平線の彼方にある、見たことのない世界。
   これから出会う人々が、この海の向こうで待っている。
   まだ見ぬ彼等は今、何処で何をしているのだろう?


「ねぇ、カル−。“雪”って知ってる?空から白い氷の結晶が降ってくるの。
 “冬島”には、ほとんど一年中雪が降るところもあるんですって。真っ白で綺麗な国でしょうね。
 …そういえば、“世界会議”で会った意地悪な王様って、“冬島”の人だったかしら?」


   『なぁ、ドクトリ−ヌ。“アラバスタ”って、メスカルサボテンがとれる国だよな。
    最近、手に入りにくくなったと思ったら、センソ−してたのか…。
    ドクタ−が言ってたんだ。“センソ−”って、国に出来る悪性の腫瘍だって。
    早く摘出しねぇと、国が死んじまうんだって。
    たくさん血が流れて、まだ健康に見える肉も皮膚も骨も一緒に切り取ることになっても、
    ためらったら手遅れになるんだって。
    国を出て行った“オ−ジョ”って、もしかしたら国を手術する医者を捜してるのかなぁ…。
    ところでドクトリ−ヌ、“オ−ジョ”って何だ?
    ふ〜ん、オトナになったら“オ−サマ”になる雌のことか。
    …あれ?じゃあコイツ、オトナになったらワポルみたいになっちまうのか!?
    けど、コイツの髪、オレと鼻とおんなじ色だから…、きっと悪いヤツじゃねぇよな?』



「世界中の魚が集まる“オ−ルブル−”には、海に浮かぶレストランがあるかもしれない。
 テラコッタさんにも負けないくらい美味しいお料理を作る一流のコックさんがいて。
 カル−、あなたも美味しいドリンクを作ってもらえるわ」


   『へぇ〜、四千年の歴史のある有数の文明大国のプリンセスがねぇ〜。
    しっかし誕生日当日のドタキャンなんて、宮殿のコックが泣くぜ?
    ふ〜ん。大旱魃と内乱の真っ最中で、最初っからパ−ティ−はナシかよ。
    それはそれで、折角の腕の奮い甲斐がねェよなぁ〜。
    “文明大国”っつ−くれェなら、食文化にも独特のモンがあるんだろうなァ。
    食材に調理器具、調理方法はもちろん、宮廷料理に地方の民族料理、祝祭料理、
    保存食。それに香辛料(スパイス)。きっと、見た事もねェモンばっかだろうな〜。
    ……“偉大なる航路(グランドライン)”…、オ−ルブル−。いつか……、な。
    そ〜んで麗しのプリンセスと、あ〜んなコトとかこ〜んなコトとか〜vvv
    って、まだ14かぁ〜、残念!!最低でも、あと2年は育ってくれてねェとなァ…。
    …チッ、クソうるせェんだよ、ジジイ!!休憩に一服すんのは俺の勝手だろうが!?』



「巨人の島や小人の島、空に浮かぶ島。それから、島と間違えてしまうくらい大きな魚。
 不思議で凄いものをたくさん見たいわ。誰にも信じてもらえなくたって構わない。
 カル−、あなたも一緒に冒険しましょうね?……あら、嫌なの?」


   『♪シロ〜ップ村に〜 生まれたお〜れ〜は 百ぱ〜つ百ちゅ〜 ルルララル〜〜♪
    ……よし、次なるキャプテ〜ン・ウソップ大冒険談は“陰謀に巻き込まれた砂の国の
    王女救出大作戦!!キャプテ〜ン・ウソップ砂の国の英雄となる”の巻で決まりだな。
    王国乗っ取りを企む悪の組織に捕らわれた王女を救い出すのは、六千人の部下を
    従えた“勇敢なる海の戦士”キャプテ〜ン・ウソップ様だ!!
    最後の場面は船出するおれ様の後姿を涙ながらに見送る王女。
    「キャプテン・ウソップ、ありがとう!!あなたの勇姿を私は決して忘れません…!!」
    その声を背に、振り返ることなく別れの合図に片手を上げるキャプテ〜ン・ウソップ。
    くうううぅ〜〜ッ、カッコイイぜ!!おれ様!!!
    ふっふっふ…、ウソップ海賊団の部下達が驚き恐れ入る顔が目に浮かぶようだ。
    ♪ネズミの目玉もロックオン 王女のハ−トも ロックオン〜♪』



「内緒話の出来る女の子とも、知り会いになれたらいいな。私よりちょっとだけ年上で。
 服やアクセサリ−を取り替えっこしたり、一緒にお風呂に入ったり。
 パパにも秘密だけど、私ね、ず〜っと“お姉さん”が欲しかったの!」


   『……まったく、何の不満があるのかって尋ねたいわね。ほら、この新聞記事!!
    絹と宝石と召使いに囲まれて、贅沢三昧に暮らせる身分だってのにさ〜。
    けど、この王女様を見つけて連れ戻せば、一億ぐらいポンとお礼にもらえそうね。
    こ〜んな金ヅルが転がってるんだから、やっぱ“偉大なる航路(グランドライン)”よ。
    シケた“東(イ−スト)”じゃあ、数百万ベリ−っぽっちで裏切るの裏切られるのだもん。
    ホント、馬鹿馬鹿しくってやってらんないわ……、っ痛。
    ………大丈夫よ、ノジコ。大したケガじゃないから。
    さぁ〜て、ベルメ−ルさんのお墓参りもすませたし、そろそろ魚臭い連中のところへ
    行くとするわ。ありがとね、みかんソ−スのオムライス、とっても美味しかった。
    それから、これは食事代。いいから、とっといて。毎月10万ベリ−払うの大変でしょ?
    けど、あと3年。ううん2年で何とかする。だから……、待ってて』



「そういえば、“東の海(イ−ストブル−)”には“サムライ”がいるって、本に書いてあったわ。
 “武士道(ブシド−)”っていって、両手に一本づつ二本の刀で戦うの。カッコイイなぁ〜。
 ……でも、ペルやチャカより強い剣士なんて、ホントにいるのかしら?」


   『うるせぇな…。何騒いでんだ、ジョニ−。
    ああ?王女が行方不明で紙一重で見つければ、一生遊んで暮らせる謝礼がもらえる?
    …興味ねぇな。今は賞金稼ぎでメシを食っちゃいるが、俺の目的は金でも仕官でもねぇ。
    強くなる。ただ、それだけだ。いずれあの“鷹の目”を倒して“最強”の名を手に入れる。
    俺が剣を振るうのは、そのためだけだ。
    ……感動するのは勝手だが、泣きながら懐いてくんなヨサク。
    だいたいアニキ、アニキって、お前のほうが歳は上だろうが。
    あ?俺の歳を言ってなかったか?三月ほど前に17になった。
    ………お前ら、何アゴ外してんだよ?
    とにかく、その王女が名うての剣士だってんなら話は別だが、今の俺には関係ねぇ。
    第一、“偉大なる航路(グランドライン)”じゃ、今のところ縁もありそうにねぇしな』



「それから…、パパに負けないくらい。ううん、パパよりも凄いって思える“王”に会ってみたい。
 絹の服も宝石も持っていなくても、今は頭に王冠を乗せていなくても。
 誰もが耳を傾ける、力強い“声”を持つひとに……、会いたいわ」


   『ホントか、マキノ!!コイツ、まだ14なのに海に出てんのか!?い〜いなァ。
    なあ、おれはあと、どんだけ待てば“海賊”になれるんだ?
    2年と3ヶ月と3日……。まだ、そんなにあんのか!!?
    あ〜あぁ、おれもオヒメサマになりてぇなぁ〜〜。
    けどさ、マキノ。コイツって、マキノのオハナシの中のオヒメサマとはゼンゼン違うな。
    だって、コイツはオウジサマが来んのを待ってねぇ。
    自分が冒険しに飛び出してった、すげぇオヒメサマだ。
    もしかしたら、コイツも海賊になって“ひとつなぎの大秘宝(ワンピ−ス)”を捜してる
    かもしんねぇな。そんなら、おれはオヒメサマだってぶっとばすぞ。
    そんで、おれの仲間にするんだ!!
    あ〜、はやく17になりて−なぁ。マキノ、肉くれ!!肉食って、早く17になるぞ〜!!』



「……けど、何よりも先に闇の中に隠れた“敵”を見つけて。その正体を突き止めなくちゃ。
 そいつらをアラバスタから追い出して、取り戻すの。
 奪われた雨も、国民の心も、王家への信頼も。何もかもを……、必ず」

細い手が、ぎゅっと船縁を掴む。
その眸に宿るのは、今は星ではない。小さくとも、激しく燃える炎が闇の中で揺れた。


   『もう聞いたかしら、“Mr.0”?今日の立志式は中止になったそうよ。
    肝心の姫君が行方不明なのですって。
    さすがの貴方も驚いたようね。ふふ…、怒らないでよ。別に私の落ち度じゃないわ。
    後顧の憂いを断つ為に、国民に人気のあるプリンセスを今のうちに亡き者にしようと
    いう貴方の計画にだって、ちゃんと協力したでしょう?
    そういえば、我が社を嗅ぎまわっていた護衛隊長も、王女と一緒に姿を消したそうよ。
    王女自ら正体を隠して、“B・W(バロックワ−クス)”に潜入でもするつもりかしら?
    ふふふ…、冗談よ。たかが14の子どもにどうこうできる組織でないことは、貴方も
    知っている筈。
    けれども万が一にも、そんなことを企てるお姫様なら。
    …そうね、大いに笑ってあげるわ。その無謀な勇気に、心からの敬意を込めて』



ギシリと、甲板の軋む音がした。
一呼吸置いて彼女は振り返る。
やや顎を上げ、ツンと取り澄ました表情で。片手を腰に当てたポ−ズを取る。

「そのような薄着では、御身体が冷えてしま…ゴホン、マ…マ〜…。
 冷えてしまいますぞ」

立っていたのは大柄な身体をフロックコ−トに包んだ中年の男だ。
ちくわのように大きく巻いた特徴的な髪型は、今はフ−ドで隠されている。
だが、彼女はケバケバしい外見に相応しい高飛車な口調で答えた。

「このくらい平気だわ。
 そっちこそ、パ−トナ−にそんな口の利き方って変じゃないの?イガラッポイ」

即席の偽名で呼ばれた護衛隊長が苦笑を浮かべる。
変装という点にかけては、見た目の上でも心構えでも、王女は彼より優秀なようだ。
いささかハマリすぎていて、逆に心配な程である。すっかり“別人”な御主人様に、カルガモも
不思議そうに首を傾げていた。
そんな彼等の様子など歯牙にもかけない素振りで、彼女は顔を東へと向ける。

陽が、昇り始めた。
闇は切り裂かれ、全てが色彩を取り戻す。
東の窓から見るのと同じ、果てまで輝く黄金(きん)の海。
祖国を焼く灼熱だけが、世界の闇を払う“光”なのだ。


「ビビ王女」

呼びかけられた彼女は、背を向けたまま動かなかった。

「それは“私”のことじゃないわ」

「わかっております。…ですが、今だけはお許しを」

改まった声に、訝しげに振り返る。そこには甲板に跪く護衛隊長の姿があった。
それを見たカルガモも、ピンと首を伸ばした直立不動の姿勢を取る。

夜が明け、今日という日がここに始まる。
たとえ、バルコニ−に立ってスピ−チをすることがなくとも。
彼女は今日、“成人(おとな)”になった。その事実は変わらない。

「我等が祖国、アラバスタ王国の次代の王たるネフェルタリ・ビビ王女に、永遠の忠誠を。
 ネフェルタリ王家に栄光あれ…!王女に母なる大地と神々と精霊の加護があらんことを」

誓約と祝福の言葉を終えたイガラムが、低く頭を垂れる。
仲間達との訓練どおり、カル−も敬礼のポ−ズを取った。

絹のドレスもなく、宝石もなく、手を振る国民の姿もない。
それでも、これは何千年もの過去から続く神聖な儀式なのだ。
彼女もまた、改まった声で答える。

「王国護衛隊イガラム隊長、超カルガモ部隊カル−隊長。あなた方の忠誠に期待します。
 そして、私は…」


今はまだ、捧げられる忠誠に自分は値しない。
そのことを誰よりも彼女自身が知っている。
だが、どこに居ようと逃げることはできないのだ。
アラバスタ王国一千万の民に対する責任からは。

顎を引き、真っ直ぐに背筋を伸ばした彼女の頭上で、金メッキの髪飾りが陽の光に輝いた。


「…この先に、どれほど苦しく辛いことが待っていても。どんな犠牲を払ったとしても。
 私は、決して死なない。必ず生きて、我が祖国へ帰ってくると…。
 アラバスタ王国第一王女ネフェルタリ・ビビは、母なる大地と神々と精霊と、
 愛するアラバスタの全ての人々に、……誓います」


数日前、彼女に問うた護衛隊長が頭を更に低くした。


   『ビビ王女、“死なない覚悟”はおありですか?』


その答えは今、“誓い”となって返されのだ。

「ビビ様…」

感涙に咽(むせ)ぶ護衛隊長であったが、王女の方では苦笑いするしかない。
ケバケバしい女の前に涙目で跪く大男。
本人達は大真面目でも、傍から見れば十分異様な光景だ。
ただでさえ船員達から胡散臭く思われているのに、ますます変な目で見られてしまう。

「ほら、もう立って!カル−も敬礼はおしまい!!
 冷えてきたし、そろそろ船の中へ入りましょう」

促され、イガラムは目頭を押さえて立ち上がり、カル−も彼女の傍らに戻る。
太陽はすっかり昇り、空は晴れ渡っていた。
日差しはやわらかく、砂粒の代りに潮を含んだ風は優しいとすら感じられる。
“偉大なる航路(グランドライン)”とも思えない、穏やかな朝だ。

……と、思ったのも束の間。

「サイクロンだ−ッツ!!!」

見張り台からの叫び声に、二人と一羽は顔を見合わせる。
駆け出す端から南の空を雲が覆い、船首の向こうに巨大な渦の柱が現われた。

「取舵だ!!急げッ!!!」
「おい、手が足りねェ!!誰か来てくれ!!!」
「無理だ!!そっちで何とかしろ!!!」
「手の開いている奴はオ−ルを!!!」

初めて見る“偉大なる航路(グランドライン)”の猛威に圧倒されていた彼女は、飛び交う声で
我に返った。

「私達も手伝いましょう、イガラ…じゃない、イガラッポイ!!」

「…しかし」

我々の素性がバレては、元も子もない。
言い掛けたイガラムの言葉が遮られる。

「こんなところで死んだら、元も子もないじゃないの!!」

長い髪が風に踊る。その鮮やかな蒼は、“偉大なる航路(グランドライン)”の空ではない。
砂漠の空だ。
護衛隊長は思い出す。この王女だからこそ、彼は国の未来を賭けたのだと。

「マ−マ−マ〜、ゴホン!!まったくだ。では、我々も手を貸しに行くとしよう」

ニッと、笑った女が甲板を駆け出した。
その後を男とカルガモが追いかける。



   闇を払う“希望(ひかり)”と共に帰ってくるために

   少しだけ、冒険の旅に出る



                                     − 終 −


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これまでの姫誕企画では、姫が「メリ−号下船後の2月2日」と「メリ−号乗船中の2月2日」を
手を変え品を変え書いてきましたが、今回は「メリ−号乗船前の2月2日」に挑戦してみました。
それでもやっぱり、姫関係者を並べずにはいられません。(汗)
“麦わらの一味”とはまだ知り合っていないどころか、“一味”自体が存在していませんので
カップリングなしではありますが、姫総愛とは言えないような…。

微妙〜なテキストで申し訳ありませんが、企画恒例の“お持ち帰り自由”といたします。
分割掲載、文字色等、レイアウトの変更もしてくださって構いません。
(背景画像についてはDLFではありません。)
企画期間中ですので、お持ち帰りのご報告も特に必要ありません。
DLF期間は本日(2007.2.2)より企画終了予定日(2007.3.31)までといたします。

* DLF期間は終了いたしました。 *

今年もまた引き続き、姫と姫に関わる人々について思うがままに書いてまいります。
姫誕期間中、どうぞよろしくお願いします。

以下は余談です。
「(「立志式」は)本来あなたが14歳で済ませなければならなかった式典です」
コミックス23巻・第215話でのテラコッタさんの言葉から考えると、姫は
A 立志式を迎える(14歳になる)前にアラバスタを出た。
B 14歳にはなっていたが、旱魃と内乱で立志式が延期された状態のままアラバスタを出た。
…のどちらかになるのではないかと。
さて、どっちかな〜と思っていたのを姫誕企画に絡めて今回の自作テキストになりました。
実際のところ、公の行事をすっぽかすのは大迷惑だし国の威信にも傷がつくから、当日に
出奔なんてことはしちゃイカンというか、姫とイガラムさんはやらないと思うのですが。(汗)
また、リ−ダ−が反乱軍に入ったのと姫がアラバスタを出たタイミングの前後関係もハッキリと
描かれていないようなので、拙宅でも話によって前後が違っていたりします。
そんなこんなで割とアバウトに書いておりますが、悪しからず、ご容赦くださいませ。(汗)

2007.2.2 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20070202