a smart cook-ie



その男は、どこをどう見ても“料理人”には思えなかった。
そして、“海賊”にも。

ノ−スブル−の血を引くらしく、派手な金髪に生っ白いカオ。
この暑い砂漠の国で、何を好き好んでか黒いス−ツを涼しげに着こなし
ヒマさえあれば宮殿の若い侍女達にアイソを振り撒いている。

軟派で女好きの優男。

そういう風にしか、見えなかった。


   * * *


「ありがとうございます、マダム。
 ウチのクル−も喜びますよ」

アルバ−ナ宮殿の胃袋を満たす大厨房。
その隣にある控室で、今夜の宴会でも出した主だったアラバスタ料理のレシピと
スパイスを手渡すあたしに、男は嬉しそうに礼を言った。

ニッと笑ったカオが、ようやく年相応に見える。
…まだ、十代だそうだ。

「それで、お返しといっては失礼ですが…」

海の料理人は、あたしに十数枚の紙の束を寄越してきた。

「ビビちゃ…プリンセスが、ウチの船で特に好まれた料理の内、アラバスタの一般的な
 食材でも調理可能なモノです。
 今日の市場で確認しましたから、まず大丈夫だと思います」

「ありがとうよ。ビビ様も、きっと喜ばれるだろう」

タバコを咥えながら、男は軽く会釈を返した。
料理人の癖に愛煙家とは、恐れ入る。
…まァ、ビビ様がおっしゃるには、腕は相当なモノらしい。
あたしの料理を食べてお育ちになったんだから、その舌に間違いはないだろうけれど。

王妃様が亡くなられてから、おこがましながらあたしはビビ様の母親代わりだった。
…だから、すぐにわかったさ。
ビビ様が、以前のビビ様と違うってことは。

“ニ年経った”ってのとは別のイミで“大人”になりなさった。
隠そうとはされていたが、根が素直な御方だから、その眸が向いている先ぐらい
嫌でも気づいちまうよ。

「そのままで、聞いていておくれ。
 何も答えずに、ただ、聞いていておくれ」

奇妙な形の眉を寄せる男には構わず、あたしは話し始めた。
言わないワケにはいかないだろう?
まったく、王様も亭主も。
こういうコトにゃ、てんで頼りにならないんだからね。

「あんたで、本当に良かったと思うよコックさん。
 だって、もしも麦藁帽子の船長さんや三本刀の剣士さんだったら、ビビ様を
 ひっ担いで海に持って行っちまうだろうからね」

子供のようなカオをして、あのクロコダイルを倒したという
惚れ惚れする食いっぷりの船長さんと
岩のようなイイカラダをした、惚れ惚れする飲みっぷりの剣士さんを思い浮かべる。

…まあ、“だから”この男を選んだってワケじゃないだろうけれどね。
まったく、それだけ器用でお利口な王女様だったら、だれもビビ様をこんなに
大切に思ったりはしない。

「例えこの先、あんた方がどんなに有名な高額の賞金首になったって、あんた方は
 この国の恩人だ。歓迎するよ。
 …けれど、出来るなら次に来るのは十年後にしておくれ」

…十年で、全てが思い出になるとは限らないけれど。
少なくとも、国は立ち直っているだろう。

口を噤んだあたしに、男は短くなったタバコを内ポケットから取り出した携帯用灰皿に
放り込んだ。
そして新しい一本を咥え、また火を点ける。
…呆れるね。
海の料理人は、チェ−ン・スモ−カ−かい?

「そのままで、聞いていていただけますか?」

隠すつもりもなく眉を顰めるあたしに、男は言った。

「…俺は、この国が大嫌ェだった」

煙と共に、肺の底に溜めたモノを吐き出すように。

「たった十六歳の女のコが、血塗れになってボロボロに傷ついて。
 そこまでしなきゃ救えない国なんて、存在するイミがねェと思っていた」

ニ年振りに宮殿に戻られたビビ様は、身体中傷だらけで。
額の大きな怪我のアトが残らないと聞いて、心底ホッとした。
…御当人は、そんなコトなどどうでもイイと、海賊達や兵士達や反乱軍や…。
相変らず、他人の心配ばかりしておられたのだけれど。

「王族に生まれたってだけで、何百万もの人間に責任を負わなきゃなんねェ
 なんて理屈、俺にはわかんねェし。
 …でも、自分の故郷を見捨てらんねェって気持ちはもっともだと思った。
 だから、国が救われりゃあ彼女の役目は終って、苦しいコトや辛いコトから
 自由にしてやれるって思っていた」

この男の言う、“自由”とは何だろう?
生まれや責任や国を思う気持ちから、自分を引き剥がすことなのだろうか?
自分を育てた根を断ち切り、漂う草のように流されて生きることなのだろうか?
…そんな生き方を、アラバスタの民は“自由”とは呼ばない。

「…けれど。
 自分が何者なのか。
 何を為すべきなのか。
 知っている人間は幸せで、そいつを邪魔するコトは誰にもできねェ。
 例え王様でも、海軍でも。…海賊でもな」

タバコを咥えたまま、男はあたしに背を向けた。

「彼女は……この国の“王”になる人だ。
 彼女の冒険と闘いは、水の海の上じゃねェ。砂の海の上にある。
 …それが、良くわかった…」

鮮やかに青い目が、窓ガラスに向けられる。
映っているのは、金髪に黒いス−ツが良く映える、顔立ちの整った男。
けれど、その眸が見つめるのは城壁の向こうに拡がる、アラバスタの砂漠。

「彼女は、立派に王女としての勤めを果たしたし、これからも果たし続けるだろう…。
 だからあんた方にも、自分の勤めはキッチリ果してもらわねェとな」

あたし達の、勤め。
…ビビ様の笑顔を、守ること。

「…でねェと。
 今度は俺達が、この国をぶっ潰すぜ?」

ガラスの中で、唇の片端だけが大きく歪んだ。
僅かに細められた右目の、鋭い光。
…圧倒的な、覇気。
紛れもない、“海賊”の顔。

「…胆に銘じておくよ」

小さく答えた。
“王宮の胃袋を握っている”と云われたこのあたしが、掌に汗を滲ませている。

「…そろそろ戻んねェとな。
 では、ごきげんようマダム」

振り向いた男は、邪気の欠片もない顔であたしに笑いかけると
惚れ惚れするほど優雅に一礼し、部屋を出ていった。

…ああ、まったく。
あれじゃ、ビビ様がヤラれちまってもムリはない。
良くも悪くも実直で単純なアラバスタ男じゃあ太刀打ちできゃしないよ。

「ホントに、あたしがあと、二十も若けりゃあねぇ…」

溜息をつきつつ、あたしは渡されたレシピに視線を落とした。


   * * *


もうじき、12時。
ビビ様が東の港につく頃だ。

そして、2時間遅れでビビ様の立志式のスピ−チが始まる時間。
…ついでに言えば、ウチの亭主が一世一代の大恥をかく時間でもある。

ビビ様がここに戻ってくることを、あたしは信じて疑わない。
内心ではオロオロしている亭主とは違ってね。

お昼御飯代わりに持たせた包みとポットの中は、もう開けなさったろうか?
…味を見て、どう思いなさっただろう?

海の料理人オリジナル・レシピの“ジンジャ−クッキ−”と“ロイヤル・ミルクティ−”

その余白に、流れるような筆跡で書き添えられたコメント。


『プリンセスのリラックスには最適ですvv』


……ああ、まったく。

   気の利いた男だこと!!!


※ a smart cookie :米俗語で“気の利いた奴”
                 (三省堂「グロ−バル英和辞典」より)


                                   − 終 −


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コミックス23巻のサンジ君のセリフ
『テラコッタさんに(アラバスタ料理の)レシピを貰ってきた。香辛料も少しな』
…だから、少なくとも二人は会って話をしている筈です。
サンビビ仕様で書きましたが、恐らくそうでなくても二人の会話は同じようなモノに
なっただろうと思います。
ちなみにサンジ君が凄んでるのは“国”や“国民”に対してだとお考えください。
根っからのフェミニストですから、マダムに凄むなんてコトはあり得ません。(笑)

 (初出02.12 「サンビビ天国」様は、既に閉鎖しておられます。)