海賊の唄




「お久しぶりです。その節は、大変失礼をいたしました」

深々と頭を下げると、燈台守のお爺さんはヘンな顔をした。

「はて、何のことやら。
 いきなりやって来て、何事ですかな?」

世界政府と王国の旗を掲げた船から降りてきたのだから、警戒されても仕方がない。
服装はジ−ンズにキャミソ−ルでも、後ろにはペルとイガラムが控えているし。
傍らのカル−にも、見覚えはない筈だ。

「えっと…、ですね。
 あ、そうだわ。コレで思い出していただけるかしら?」

肩幅に足を開き、顎の角度は斜め上60度。
右手の小指はピンと立てて、ビシッと口元に。
左手の小指もピンと立てて、ビシッと腰に。
そして、大きく息を吸う。


「オ−ッホホホホホッ!!
 このクジラは私達のスイ−トハニ−。
 食糧にするため、いただいていくわ!!!ベイビ−」


「あ−ッ!!?お前、ゴロツキコンビのケバ派手女かッツ!!!」

私を指差し叫ぶお爺さんに、改めてかしこまる。

「………はい、そうです。
 その節は、大変失礼をいたしました」

後ろでペルが唖然と口を開け、イガラムは苦笑いを浮かべている。
首を傾げるカル−の丸い目は、不思議そうにも懐かしそうにも見えた。


どこまでも続く赤土の壁。運河を挟んだ2つの灯台。
お花のような髪型のお爺さん。
いつか見た、光景。


 ブオオオオオオン!!!


轟くようなクジラの声に、皆で一斉に耳を塞いだ。


   * * *


双子岬の大クジラは、賞金稼ぎの間で有名だった。
“偉大なる航路(グランドライン)”の入口に障害物が居座っているおかげで、
金ヅルの何割かが海の藻屑になってしまう。
かつて、私とMr.9がラブ−ンの捕獲を命じられたのは、ただ食糧にするだけでなく
“B・W(バロックワ−クス)”の資金源を増やす目的もあったのだろう。

海岸に置かれたテ−ブルでお茶をいただきながら、私はこれまでの事情を
かいつまんで説明した。

「……なんと、あんたがアラバスタの王女だったとはな。
 連中が、あんたらを船に乗せると言った時は、ロクなことにならんと思っとったが…。
 そのおかげで海賊として名を上げることになったとは、わからんモンじゃ」

お茶のお代わりを淹れてくれる燈台守のクロッカスさんに、私はもう一度頭を下げた。

「あの時は、本当に申し訳ありませんでした」
「過ぎたことを一々気にしているようでは、双子岬の燈台守は務まらん。
 ……で?
 あんたも、今になって詫びを入れるために、こんなところまで来たワケじゃなかろう?」

グランドラインに乗り込んで来る海賊や商人の相手をしているだけあって、クロッカスさんは
とてもサバサバしている。
ホッと胸を撫で下ろしながら、私はテ−ブルの上に木箱を置いた。

「はい、実は“麦わらの一味”の皆から、私の元に届いたものがありまして。
 ラブ−ンへの品を、ことづかりました」

小さいけれど頑丈で、とても凝った作りの箱だ。
ウソップさんも器用だったけど、これはプロの職人が作ったものだろう。
蓋を開け、敷き詰められたオガクズの中に埋まっていた品を取り出す。

木箱には、私宛の手紙も添えられていた。
内容は木箱の中身の使い方と、それを双子岬のラブ−ンに届けて欲しいということと。
……新しく増えた仲間と一緒に、皆、元気で旅を続けているということ。
黙って話を聞いてくれていたクロッカスさんは、自分のお茶を飲み干して言った。

「ふむ…。それで、アレが必要になるということか」

顎で示す先には、乗ってきた船から荷物を降ろす王国護衛隊の兵士達。
クロッカスさんの了解を得て、大きな拡声器を左右の灯台に据えつけている。

「はい。ラブ−ンに聞いてもらうには必要かと思って、準備してきました」

島のように大きなラブ−ンの耳には、普通の音では届かないかもしれない。
だから、受信専用の電伝虫を拡声器に繋いだのだ。

ラブ−ンは今も真っ直ぐに海の上に浮かんで、時折、空に向かって轟くように吠えている。
以前はどこか哀しげだったその声は、今は力強い。
レッドラインに頭を打ちつけることもない。
……何故なら。

「ビビ様…マ゛、マ〜ママ〜♪ゴホン。ビビ様、準備が整いました」

イガラムの報告に立ち上がる。

「では、クロッカスさんも一緒に聴いてください」


   * * *


手のひらから少しはみ出すぐらいの巻貝。
殻のてっぺんを軽く押して、送信用電伝虫の受話器の前に置いた。
ザラザラと砂嵐のような音が暫く続く。
やがて小さな咳払いの後、拡声器を通して声が響き渡る。
それは、私が初めて聴く“新しい仲間”の声だった。


   ラブ−ン!!
   私がわかりますか!?ルンバ−海賊団のブルックですよ!!!
   “麦わらの一味”の皆さんから、お前が今も双子岬で私達を待ってくれていると
   聞きました。クロッカスさんも、お元気だそうですね!!
   ずっとラブ−ンの面倒を見てくださって、ありがとうございます!!!
   ヨ−キ船長や他の仲間達は、疫病や戦闘で皆、死んでしまいましたけれど!!
   最後まで、お前との約束は忘れなかった!!!
   皆、私に『ラブ−ンによろしく言ってくれ』って、言っていましたよ!!
   かくいう私も一度死んで、すっかり面変わりしてしまい、昔の名残りといえば
   このアフロだけなんですけど!!
   お前を思い出さなかった日は、ありませんでした!!!
   ラブ−ン!!!50年もの間、何の音沙汰も無く、ツライ思いをさせました!!!
   私は今、“麦わらの一味”の船に乗っています。
   彼等と一緒に世界の果てを越えて、今度こそ必ず、お前に会いに行くから!!
   もう少しだけ、そこで待っていてください!!!


ラブ−ンは目をまん丸にして、大きな口をポカンと開けて、声に聞き入っている。
カル−が驚いた時の顔にそっくりだ。
そっと隣を伺うと、クロッカスさんは黙って空を仰いでいる。
その目に、光るものが見えた気がした。


   それから、この“音貝(ト−ンダイアル)”をラブ−ンに届けてくださるお嬢さん!!
   新聞の写真や似顔絵を見せていただきましたが、んビュ−ティフォ−!!!
   いつか、お会い出来たらパン…(ドカボカスカバキベキメキゴキ)…
   ……ゴホン、お会い出来る日を楽しみにしています!!
   それでは、ラブ−ン!!
   約束の印に、お前もルンバ−海賊団の仲間達も、クロッカスさんも、
   “麦わらの一味”の皆さんも、大好きなあの唄を唄います。
   どうか、ご一緒に!!

   それでは…、ワン、ツ−、スリ−、フォ−!!



楽しげなピアノのメロディ−と、賑やかなコ−ラス。
それに併せてラブ−ンが吠え始めた。
世界の果てまで届けとばかりに。



   ♪ ヨホホホ〜イ ヨ〜ホホ−ホ
     ヨホホホ〜イ ヨ〜ホホホ〜 ♪


 ブオオオ〜ン!! ブオ〜オオ−ン!!
 ブオオオ〜ン!! ブオ〜オオオ〜!!!



けれど、やがて咆哮はピタリと止まる。
代わりに聞こえるのは、9つの歌声。



   ♪ ビンクスの酒を 届けにゆくよ
     海風 気まかせ 波まかせ
     潮の向こうで 夕日も騒ぐ
     空にゃ 輪をかく鳥の唄 ♪



調子っ外れで元気な声は、以前より低くなった気がする。
嫌々つき合わされているらしいバリトン。
良く通る、懐かしいソプラノ。



   ♪ さよなら港 つむぎの里よ
     ドンと一丁唄お 船出の唄
     金波銀波も しぶきにかえて
     おれ達ゃゆくぞ 海の限り ♪



張り切りすぎて、ひっくり返ったファルセット。
女の子を口説くように甘いテノ−ル。
はしゃいだボ−イソプラノ。

どれも、良く知っている声だ。
…それから。


   ♪ ビンクスの酒を 届けにゆくよ
     我ら海賊 海割ってく
     波を枕に 寝ぐらは船よ
     帆に旗に 蹴立てるはドクロ ♪



やわらかなアルトで唄う声を、初めて聴いた。
吠えるようなバスは、声そのものを始めて聴く。
陽気なカウンタ−テナ−は、最初に喋っていた人のものだろう。


   ♪ 嵐がきたぞ 千里の空に
     波がおどるよ ドラムならせ
     おくびょう風に 吹かれりゃ最後
     明日の朝日が ないじゃなし ♪


船では兵士達が太鼓を叩き、ドラや鈴を鳴らしている。
先頭に立っているのはイガラムだ。
Mr.8の頃のように、管楽器を吹き鳴らす。
合いの手のようにラブ−ンが尾やヒレで海面を叩いた。
無数に生まれる大きな虹と、小さな虹。


 ブオオオ〜!! ブオ−オオ−オ−ン!!
 ブオオオ〜!! ブオ〜オオ−オ〜ン!!!


   ♪ ヨホホホ〜 ヨ−ホホ−ホ−
     ヨホホホ〜 ヨ〜ホホ−ホ〜 ♪



陽気で品のない唄に、ペルが眉を顰めている。
きっと後でお小言だ。でも、構ってなんかいられない。
唄に混じる笑い声と口笛。負けずに私も声を張り上げた。
カル−もクチバシを空に向ける。


 クエエェ〜ッ!! クエ〜エェ−ッ!!
 クエエェ〜ッ!! クエ〜エェ〜!!!

   ♪ ヨホホホ〜イ ヨ〜ホホ−ホ
     ヨホホホ〜イ ヨ〜ホホホ〜 ♪

     ビンクスの酒を 届けにゆくよ
     今日か明日かと宵の夢
     手をふる影に もう会えないよ
     何をくよくよ 明日も月夜

     ビンクスの酒を 届けにゆくよ
     ドンと一丁唄お 海の唄
     どうせ誰でも いつかはホネよ
     果てなし あてなし 笑い話

     ヨホホホ〜 ヨホホホ〜〜イ ♪

     ヨホホホ〜 ヨホホホ〜〜イ ♪

 ブオオオ〜!! ブオオオ〜〜ン!!!
 ブオオオ〜!! ブオオオ〜〜ン!!!



唄が終わると貝の中からも、周りからも、拍手と口笛と歓声が起こる。
ラブ−ンが吠えて、カル−が鳴いて。それに混じる、ごちゃ混ぜな9つの声。


   ラブ−ン、待っててください!!私、今度こそ必ず…ラブ−ン、良かったな−ッ!!
   けど、オレとお前の勝負も約束だからなッツ!!それとビビッ、元気か−ッ!!?
   …ビビ−ッ、元気!?10億ベリ−用意できそう!?…お前、いきなりソレかよ。
   まぁ、こっちは達者でやって… ♪そげき−のしまで− うまれたお−れ−は〜♪
   …うるせェぞ、クソッ鼻!!ビビちゅわあぁ〜んvv君のMr.プリンス…ラブ−ン、オレ
   お前に会いたいぞ!!ビビとカル−にも会いたいぞッ!!!…ん〜〜ン、今週も
   オレ様はス−パ−ッ!!!…そろそろ時間切れじゃないかしら?…クロッカスさん
   ラブ−ンをお願いします!!ラブ−ン、元気で!!……ザ、ザザ、ザ−……ブツッ



   * * *


「電伝虫と拡声器も置いていきます。
 時々、ラブ−ンに聴かせてあげてくださいね」

別れを告げる私に、クロッカスさんが尋ねた。

「いいのかね?あんたにとっても、懐かしい“仲間”の声じゃろうに」

7つの航路が入り乱れ、荒れる海。一国の王女という立場。
気安く『また聴きに来ます』なんて、言える筈もない。
でも、この唄は私にではなく、ラブ−ンに届けられたものなのだ。
その意味を、ちゃんとわかっているから。

「……大丈夫です。
 ラブ−ンは50年待って、あと数年待たなければならないけれど、私は」

傷だらけのラブ−ンの頭。
その上にペンキで描かれた下手くそな“麦わら帽子のジョリ−・ロジャ−”は、再会の約束。
この左腕に刻まれた印と同じ。


「……たった数年、待つだけですから」


クジャクを模った船首が、“永遠指針(エタ−ナルポ−ス)”の示す方を向く。
アラバスタを目指し、船は双子岬を出航した。
潮風に乗って、灯台からは陽気な9つの唄声。
クロッカスさんからの餞別だ。


   ♪ ヨホホホ〜イ ヨ〜ホホ−ホ
     ヨホホホ〜イ ヨ〜ホホホ〜

     ビンクスの酒を 届けにゆくよ
     海風 気まかせ 波まかせ ♪



船の上では皆が床を踏み、船縁を叩く。
渋い顔をしているペルも、腕を組んだ指先でリズムを取っている。
イガラムは、また得意の楽器を取り出した。
隣でカル−が羽根を拡げる。


 クエエェ♪ クエエェ♪ クエエエェ〜♪


いつか懐かしい仲間達と、唄おう。
そして、新しい仲間達と。

きっと大合唱になるだろう。
それを楽しみに、待っている。
何年でも、何十年でも。


   ♪ さよなら港 つむぎの里よ
     ドンと一丁唄お 船出の唄
     金波銀波も しぶきにかえて
     おれ達ゃゆくぞ 海の限り ♪



 ブオオオオオオン!!!!


吹き上げられた潮が、とびきり大きな虹の橋を描いた。



                                     − 終 −


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昨年の「Blueprint」に続き、ビビちゃんを(が)知らない新しい仲間との接点を
無理矢理捏造してみよう!!…という話です。
原作で“音貝(ト−ンダイアル)”が出て来た時は、どうしようかと悩みましたが、
本筋は当初の思いつきのまま通しました。
ブルックさんが頭骸骨に封印した“ルンバ−海賊団最後の大合唱”については、
ツッコまない方向でお願いします…。(平伏)

その他、コミックス未発売ネタバレに該当するのは

1.ブルックさんが正式に“麦わらの一味”の仲間加入
2.“ビンクスの酒”の歌詞

…その他、細々と。(汗)
最初は第454話で唄っていた1番だけを使うつもりでしたが、どうせネタバレに
なるのならとフルコ−ラスで。アニメでどんな曲が付けられるのか楽しみです。

何年も抱えていた古いネタと、最近のWJを読んで思いついた新しいネタと。
バランスの取れた企画になったと思います。
連載開始から10年を越えた「ONE PIECE」という作品。
これからも楽しみに拝読しつつ、姫絡みネタを捜します。

これにて2008年姫誕企画の〆となります。
おつきあいいただき、ありがとうございました!!

2008.3.9 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20080202
(ネタバレの注意書は、2008.6.8 に解除しました。)