美しい日々 “偉大なる航路(グランドライン)”有数の文明大国として知られる、アラバスタ。 国土の大部分を砂漠が占める環境にあって、質実を尊ぶお国柄だが、今はお祭り気分に 浮き立っている。 長く待ち望まれた宝が、ようやく国にもたらされたのだ。 気さくな人柄で慕われる国王と、美しい王妃。仲睦まじい2人の婚礼から6年。 世継ぎの誕生は、季節外れの雨のように人々に歓迎されていた。 「聞いたかい、王女様だってよ!!」 「国王様は立派な方だし、王妃様は聡明でいらっしゃる。 どっちに似ても、アラバスタは万々歳だ!!」 「もっとも、お顔は是非とも王妃様に似ていただきたいものだけどねぇ〜」 「そりゃ−、言える!!」 そこで大笑いになったとしても、誰も咎めない。 衛兵も役人も大口を開け、王女様がどっち似か賭けまではじめる始末だ。 「そういや国王様は、王女様の名前を考えるのに部屋に籠もりきりだって話だよ」 「どこの親も一緒だねぇ〜。ウチの亭主も娘の名前を決めるのに10日もかかってさぁ。 ……の割には結局、姑の名前だったんだけど」 「王家じゃ、そう簡単にゃいかね−だろ。どんなお名前になるか、楽しみなこった!!」 店先で、井戸端で、酒場で。 噂話に興じる人々は皆、笑顔だ。 王女の誕生は、アラバスタの平和な未来を約束すると、誰もが信じて疑わなかった。 * * * さて、その頃。 噂の人、アラバスタ王国第12代国王ネフェルタリ・コブラは玉座の上で威張っていた。 「さあ、どうだ!!」 声と共に、両手で紙を拡げて見せる。 1m四方はあろうかというそれに、黒々と筆で書かれた文字。 “ ビ ビ ” たった2音の連なりを、家臣達は凝視する。 右手には厳(いかめ)しい文官。左手には強面の武官。 紙からはみ出さんばかりの文字は、末席の者にもハッキリと読めた。 その目が、どれも丸く見開かれる。 側室を持たない王に、ようやく誕生した世継ぎだ。 懐妊がわかったその日に、オモチャと絵本の山を築いた喜びぶりも、記憶に新しい。 その後も出産まで、微笑ましい逸話を山ほど作った挙句、感動の父子対面を果たすや 『一生、誰にも嫁にやらん!!』と宣言し、家臣達を慌てふためかせた。 文字通り、目の中に入れても痛くない愛娘である。 さて、どれほど煌びやかな名を考えるのかと思ってみれば…。 一同の口から洩れた溜息は、明らかに落胆だ。 側近であり幼馴染でもある王国護衛隊長のイガラムが、咳き込みつつ口を開く。 「マ゛−マ゛−マ〜、ゴホン!!まさかとは思いますが、国王様…。 2月2日にお生まれになられたので、“2・2(ビビ)”様と?」 国王はポンと膝を打った。 「おお、さすがはイガラム、察しが良いな!! 覚えやすくて可愛くて、王女に相応しい良い名だと思うだろう!!」 相好を崩す国王に、ブ−イングの嵐が押し寄せる。 普段は意見の合わない文官も武官も、この時ばかりは声を揃えた。 「国王様!!将来はアラバスタの王となられるやもしれぬ御方に、そのように安直な…。 民が嘆きましょうぞッ!?」 「王家にお生まれになった方には、その御身分に相応しい名というものがありましょう!!」 「さよう、慣例に従うならば曹祖母君にあたられるマハリクマハリタ様か、大叔母君で あらせられるラミパスラミパス様の名をお継ぎになるべきと考えますが、いかに!?」 「千歩譲って、愛称として“ビビ”様とお呼びするにしましても、いま少し王家に相応しき 御名になさるべきかと存じますぞ」 「なれば、ネフェルタリ王家第3代にして最初の女王であるピピルマピピルマ王に なぞらえ、“ビビルマビビルマ”様とされてはいかがかと…」 実直こそが美徳とされるアラバスタだ。 相手が国王であっても、言うべきことはキッチリ言う。 少なくともアルバ−ナ宮殿では、阿(おもね)りも媚びも、地位と出世には無用なのだ。 だが、家臣が家臣なら王も王である。 「ええい、やかましい!! 我が娘がアラバスタの王となる運命を持つことなど、元より承知。 故にこそ、この名を与えようというのだ!!」 反対意見が出尽くしたのを見計らい、一喝を浴びせる。 いつにない剣幕に、先代から仕える古株達も思わず口を噤んだ。 「だいたい、お前達は分かっておるのか!? 国王であるこのわしが1年の間に何万回、我が名を紙に記さねばならぬのか!! ハッキリいって、アレはツライぞおぉ〜。何でハンコや印刷じゃダメなんだッ!!」 『いきなり何を言い出すんだ、アンタは!?』 …と、その場の全員が思った。 唖然と口を開ける一同に、尚も国王は畳み掛ける。 「だいたい今時、マハリクマハリタだのラミパスラミパスなんぞ、流行らんわ!! このわしとて、先王ヤンバラヤンヤンの英断がなければ、パパレホパパレホだの パンプルピンプルだの、クソ長ったらしい名前にされておったところであった。 晩年の父上が、どれほど腱鞘炎に苦しんでおられたことか…!! その親心を受け継ごうという気持ちが分からぬとは、化石並の石頭共め〜ッ!!」 『じゃあ、何か!?アンタは将来、娘が書類の山にサインする手間を省略するために 名前の方も省略しようって−のかよ、オイッ!!!』 心の中で全員がツッコミを入れたが、流石にそのままを口に出す者はいない。 謹厳さもまた、アラバスタの美徳である。 辛うじて護衛隊長が尋ねた。 「国王様、ティティ様は何とおっしゃっておいでなのですか?」 アラバスタ王国王妃にして、国王の唯一人の妻。 そして王女の母でもある女性の名に、国王の鼻の下がだらんと伸びた。 「おお、ティティちゃんはなぁ〜。 『コブラ様の良いと思う名にして下さいませ』 と、ニッコリ笑って言っておったぞ!フフン、うらやまし−だろおぉ〜!!」 公然とのろける国王に、皆がウンザリと肩を落とす。 だが、護衛隊長は念を押した。 「……つまり、まだご存じではないと…?」 * * * 女性が最も美しいのは、最初の出産の後だという。 母となった喜びと誇りが、内側から溢れる光となって輝くのだと。 その言葉が真実であることを、目の前の貴婦人が証明している。 優雅な仕草で国王の隣に座る王妃、ネフェルタリ・ティティ。 砂漠の薔薇よアラバスタの真珠よと讃えられた美貌には、衰えなど微塵もない。 すやすやと眠る幼子を抱いて、慈愛に満ちた微笑を浮かべる姿は、まさに聖母そのものだ。 「マ゛〜マ゛〜マ〜〜、ゴホン!! まずは王妃様。臣下一同、王女様のご誕生に心からのお喜びを申し上げます」 護衛隊長の咳払いに、王妃に見とれていた家臣達が慌てて膝をつく。 男が美人に弱いのは万国共通らしい。 だが、とたん一同の頭上には特大の雷が降ってきた。 「ちょいと、アンタッ!!王妃様に何の用だってんだい!?」 宮殿の給仕長兼護衛隊長夫人、さらに王妃の側付を兼ねるテラコッタだ。 並の男を凌ぐ幅と厚みを持つ肩を怒らせ、夫であるイガラムに詰め寄っている。 「ご出産から、まだたったの1週間だってのに…。 お身体に障りでもあったら、タダじゃおかないからねッ!! アンタらも全員、メシ抜きだよ!!」 吊り上がった目が、謁見の間の左右に並ぶ家臣達に向けられる。 彼女に睨まれたら最後、宮殿の中ではパン一切れすら口に出来ないのだ。 腹の虫を鳴かせながら仕事をする自分を想像して、全員が首を縮めた。 「良いのよ、テラコッタさん。 病気じゃないのだし、ベッドで安静にしているのは、もう飽き飽き。 ちょうど良い気分転換ですもの」 柔らかな声が、いきり立つテラコッタを静めた。 それだけで忠実な彼女は、夫の襟首を離して後ろに控える。 今の騒ぎにも目覚める様子の無い我が子を抱いたまま、王妃は護衛隊長に尋ねた。 「…それで、私に相談事とは?」 「はい、実は王女様のお名前のことなのですが…」 「そうなんだよぉ〜、ティティちゃん。 ボク等の天使ちゃんの名前なんだけど、こんなのどうかなぁ〜?」 イガラムの説明が終わるより前に、国王が件(くだん)の紙を見せた。 パッチリと大きな眸を縁取る長い睫毛が、幾度か上下する。 「“ビビ”…、ですの?」 『さすがに、そのシンプルさには驚きました…。』 …と、いうニュアンスを漂わせる王妃の呟きに、ここぞとばかりに家臣達が言い募る。 「王妃様!!お可愛らしい王女様の御名にしては、あまりにも質素すぎはしますまいか?」 「しかも理由は、2月2日のお生まれで誕生日が覚えやすいから…などと。 国王様は、お戯れをおっしゃるのです!!」 「更に、御名は短い方が将来、書類のサインをするのに楽だ、とも!! そのような理由、世界政府加盟諸国の笑い者になりましょうぞ!?」 それぞれに真剣な意見を、王妃は黙って聞いていた。 唾を飛ばす文官武官の大声にも、小さな王女は母の腕に抱かれて眠り続けている。 幼いながら、大らかで図太い器が伺えた。 自分の一生に関する大問題が激論されているのも、我関せずといった顔だ。 それもその筈。子どもは何も選べない。生まれる国も、家も、親も、名も…。 「……国王様。その紙を私にお貸しいただけますでしょうか? それから、テラコッタさん。何か書くものを持ってきて頂戴」 テラコッタが地響きと共に走り出した。 “ビビルマビビルマ”ではないにしろ、いま少し王族らしい名を考えていただけるだろう。 美貌だけでなく、聡明さでも知られている王妃を皆は安堵の表情で見つめている。 最愛の王妃の助言であれば、国王が聞き届けぬ筈がない。 戻ってきたテラコッタに王女を預けると、王妃はさらさらと筆を紙に走らせた。 それをもう一度、家臣達に拡げて見せる。 “ ビ ビ ” と書かれた下に、見慣れない記号。 “ 美 々 ” 「これは、“東の海(イ−ストブル−)”で武士(もののふ)を生み、武士道を育んだ “ヤマトの国”に伝わる文字だと言われています。 こちらは“美しい”を現し、その隣は同じ言葉の繰り返しを現すとか…」 国王を含めた全員が、首を傾げて王妃の講義を聞いている。 澄んだ眸で1人1人を見つめ、たじろがせたり赤面させたりした後に、彼女は話を続けた。 「つまり“美々(ビビ)”とは、“美しさを重ねていく”という意味なのです。 王女が、この国を治めるに相応しく、見た目だけでない美しい心を持つように。 明日も、この国が平和で豊かな美しい日々を重ねてゆけるように…。 未来のアラバスタ国王に相応しい、とても良い名ですわ」 言葉を切って、王妃はテラコッタから我が子を受け取った。 その腕の中で、いつの間にか目を覚ました王女が一同を見つめている。 パッチリと大きな眸を縁取る、長い睫毛。 生後1週間とは思えぬほど整った顔立ちは、どこから見ても王妃似だ。 まさしく、美しさを重ねたように。 「母として、アラバスタの王妃として。 生命と、王家に生まれた運命の次に、私は我が子にこの名を贈りたいと思います」 家臣達は、その場に膝をついた。 国王と王妃、そして“ビビ王女”に臣下の礼を取るために。 慣例に従い、誕生から10日の後、国中に布告がされた。 そしてアラバスタの民は、世継ぎ王女の名を知ったのである。 * * * 「……で、どうだったの?」 小さな海賊船の上、覗き込むヘイゼルの眸に砂の国の王女は苦笑した。 「ナミさんと、おんなじ。 『2月2日生まれで“2・2(ビビ)”なんて、王女の割に安直!!』 …って、皆が笑ったって」 「笑って、でも皆が忘れない…でしょ?」 そっと肩を抱くと、彼女は小さく頷いた。 パッチリと大きな眸を縁取る、長い睫毛が濡れている。 テ−ブルに拡げた新聞に、ぽたりと落ちる水滴。 カモメ新聞の片隅には、小さな記事。 大旱魃と内乱に揺れる王国で迎えた、失踪中の王女の誕生日。 主役の不在に、宮殿では何の行事も行われない。 それでも多くの店が自主休業し、家々の戸口には蒼い造花が飾られると。 「あたしも、ず−っと忘れない」 抱きしめる腕の力を強くすると、また新聞に染みが増える。 船のあちこちから聞こえる声に促されるように、もう1つ、2つ…。 「おい、アホコック。宴会用の酒は、こんくれ−でいいか?」 「おう、ご苦労…って、小麦粉と砂糖はど−したクソマリモ!? スペシャルなバ−スデ−ケ−キが焼けねェだろ−が!!」 「よ−しッ!!メリ−の飾り付けはこんなモンだろ。 お次はキャプテ〜ン・ウソップ特製の大看板に取り掛かるぞ〜ッ!!」 「エッエッエッエ!!オレ、たんじょうびぱ〜てぃ〜って初めてなんだ!! カル−は知ってるのか!?」 「クエ〜ッ!!クエックエックエッ!!!」 「にっしっしっしっ!!今夜は宴だ〜ッ!!!」 王族らしからぬ単純明快な名を持つ、アラバスタ王国の王女ネフェルタリ・ビビ。 冒険を終えて十数年、女王となった後も、彼女の元には毎年届く。 国中からの贈り物やカ−ドに紛れて、頑丈な木箱が。 時には空島から、時には海底島から。 海と蜜柑の香りを詰め込んで。 “2月2日必着”の貼り紙付きで。 『Happy Birthday VIVI!! From“×”』 砂の国アラバスタには、今も美しい日々が続いている。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** 6度目の姫誕企画。 乗船中・下船後・乗船前・百年後…と、想像力と創造力の及ぶ限り書いてきましたが とうとうある意味“ゼロ地点”に。 “東の海(イ−ストブル−)”に造詣の深いティティ王妃…、大捏造ですいません。(汗) でもビビちゃんって、ゾロを“Mr.ブシド−”って呼んでましたし。 実は宮殿に“東の海”に関する本(ママの形見)がいっぱいあって、愛読してたとか? やっぱり最後はちょっとだけ、“麦わらの一味”も登場させてみました。 なお、ネフェルタリ王家歴代王族のお名前は、“魔法少女”と“呪文”で検索すると出て きます。古典ですが…。(汗) リンクの有無、サイトの傾向等は問いませんが、いずこかに拙宅サイト名を明記して くださいますよう、お願いします。 分割掲載、背景、文字色等レイアウトも自由に変更していただいて構いません。 (背景画像についてはDLFではありません。) 企画期間中ですので、お持ち帰りのご報告も特に必要ありません。 DLF期間は本日(2009.2.2)より企画終了予定日(2009.3.1)までといたします。 * DLF期間は終了いたしました。 * 今年もまたまた、姫と姫に関わる人々について、あれこれ書いてまいります。 どうか最後まで、よろしくお願いいたします。 |
2009.2.2 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20090202 |