Quarter Deck



「今日の同行は貴方に頼むと、社長からのご伝言です。副社長!!」

臍のあたりから聞こえる声に、パウリ−はウンザリと葉巻の煙を吐いた。
眼鏡越しに彼を見上げる社長秘書は、胸に抱えた書類挟みから1枚のメモを差し出す。

「出航時刻は午後3時。場所はこちらです。
 くれぐれも、時間厳守でお願いします。副社長!!」

200名を超える応募のあった、社長秘書の採用試験。
ダントツの成績で超難関を突破したのは、若干12歳の少女だった。
その結果には、多くの社員と同様にパウリ−も落胆した。

 『造船所は男の職場だ!女子供の遊び場じゃねェ!!』

…が、口癖の彼にしてみれば、“女で子供”という最悪の秘書だ。
救いといえば、小学校の制服さながらの服装に、ハレンチさのカケラもないことぐらいだろう。
もっとも社員の大多数は、まさに“それ”に落胆しているのだが。

「お忍びとはいえ、相手は世界政府加盟国の次期王位継承者。
 くれぐれも、失礼のないようお願いします。副社長!!
 それではお仕事中、お騒がせしました!!!」

ペコリと大きく頭を下げて、少女秘書は小走りに去っていく。
造船所をチョロチョロと動き回る小さな姿も、随分見慣れた。


……まあ、それもその筈か。


1番ドックに並ぶクレ−ンの向こう。
やっと本格的な新築に取り掛かった本社を見上げ、パウリ−は思う。

アクア・ラグナを越えエニエス・ロビ−に乗り込んだ、長い1日から。
新しい船で旅立つ“奴等”を見送ってから。
そして、自分が“副社長”と呼ばれるようになってから。

もう、数ヶ月が経とうとしているのだ。


   * * *


半年ほど前、“七武海”が絡んだ謀略の発覚で世界的なニュ−スとなったアラバスタ王国。
その国の王女がウォ−タ−セブンを訪れていることは、極秘の筈だった。
だが、『人の口に戸は立てられない』とは良く言ったもので、到着の翌日にはマスコミ共に
嗅ぎつけられていた。

自ら敵地に乗り込み、その正体を暴いた“救国の姫”。
若く美しく、おまけに独身とくれば格好の話題だ。
非公式の歓迎会や造船所の見学をする姿が、日々の第一面を飾っている。

王女をセレブ扱いする程度の記事ならば、目くじらを立てる必要はない。
アイスバ−グは市長名で各新聞社に対し、失礼のないよう注意を呼びかけるにとどめた。

表向き、王家が所有する船の修理に訪れた王女が、新造艦購入の契約交渉をしていること。
そして、1つの国と1つの都市を救った海賊達について、互いの思い出話をしていること。

それらは、けっして人の口に上ることはなかった。


   * * *


“副社長”という肩書きを持って以来、いやいや着るようになったス−ツに袖を通すと、
パウリ−は1番ドックを後にした。

「おい、パウリ−だぞ!!」
「ガレ−ラの副社長だ!!」
「キャ−、パウリ−さ〜んvv」

歓声を上げて群がってくるのは、借金取りの男共とファンの女共だ。
連中を撒くのに手間取って、メモに書かれた場所に着いたのは、時間ギリギリだった。

「遅いわな−!!」
「置いてくところだったわいな−!!」

海岸に建つ、ニュ−・フランキ−ハウス。
そこで彼を待っていた双子の姉妹・キウィとモズが文句を言う。
得意のロ−プアクションで岩場に降り立ったパウリ−は、スクエアシスタ−ズをジロリと睨んだ。

「時間ピッタシじゃね−か、文句言うな!!こちとら、解体屋と違って忙しいんだ!!
 だいたい、てめェらなぁ…」

彼は一旦、言葉を切って葉巻の煙を深く吸う。
そして次の瞬間、唾と一緒に勢い良く吐き出した。

「腹と足は隠せと言っとるだろ−が、このハレンチ姉妹!!!」

怒鳴ったところで、2人はケロリとしたものだ。
そろってパウリ−の顔を指差し、はやし立てる。

「ま−た言っとるわいな、このテレ屋!!」
「良いトシして、テレ屋〜!!」
「……テレ屋さんなんですか?」

最後の声にカチンと来た彼は、スクエア姉妹の隣に立つ長い髪の娘を怒鳴りつけた。

「“テレ屋さんなんですか?”じゃねェ!!おめェもだ、そこの女!!!
 臍を出すな!!谷間を見せるな!!
 不埒な服でこれ以上、社会を乱すんじゃねェ!!
 ちっとは、どこぞの王女を見習えって……、…………………………。」

片手に小さな紙袋を持った娘が、困ったような笑みを浮かべている。
それに気づいたパウリ−の顔が、ザ−ッと青ざめた。
チクワ頭の王国護衛隊長が、わざとらしく咳払いをする。

「ゴホン!!マ゛−マ゛−マ〜、パウリ−副社長殿。
 お忙しい中、お時間を割いていただき、ありがとうございます。
 では、そろそろ出航いたしますので船の方へ…。
 ビビ王女も、お急ぎくださいませ」

丈が短く襟ぐりの深いTシャツに、ヒップハングのジ−ンズといういでたちの王女が頷く。

「ええ、イガラム。さあ、カル−も行きましょう」
「クエェ〜」

ダチョウのような大きな鳥を伴って、王女が船に乗り込む。
その後ろ姿に怒鳴りたくなる衝動を、パウリ−は必死で堪えた。

 『コラ!!ズボンはもっと上に引っ張りやがれ!!
  尻が見えそうじゃねェか−!!!』


   * * *


「………詐欺だ…。」

歓迎会でも、造船所の見学でも、契約交渉の間も。
裾の長いドレスにロ−ブを纏う正装しか見たことのなかったパウリ−は、ぶつぶつと文句を
言っている。
当の王女は甲板の一角で、エニエス・ロビ−での大冒険談に目を輝かせている最中だ。

「「ゴムゴムの〜〜っ!!300ポンド−っ!!キャノ−ン!!!」」
「「ギャ−、もうダメラグナ−!!!」」
「…と、誰もが思ったその時、ロケットマンはアクア・ラグナの大波を突破したのだぁあ〜!!」
「凄〜い!!」
「クエエェ〜!!」

解体屋共と一緒になってはしゃいでいるところなど、まるっきりの子供だ。
カメラに向かってロイヤルスマイルを浮かべ、優雅に手を振る姿とは別人ではないか。
やっぱり女は魔物だ油断ならんとパウリ−は思う。


……だいたい、最初(ハナ)っから気に入らねェんだよ…。


いくら内乱と旱魃からの復興中で苦しい経済事情とはいえ、新造艦10隻購入の支払いに
120回ロ−ンの契約を持ち込むなど、前代未聞だ。
数日に渡る交渉の末、最後は船に積んできた王家秘蔵の宝物を売り払い、頭金を上乗せ
しての100回ロ−ンで契約成立となった。
恐らくは、それも向こうの計算の内に違いない。

まったくもって、顔にも歳にも見合わない、したたかな小娘だ。
王女の身で、敵の犯罪組織に潜入したという話も、ハッタリではないのかもしれない。

だが、とパウリ−は思う。
一代でウォ−タ−セブンを束ねたアイスバ−グが、小娘ごときに遅れを取る筈がない。
異例尽くしの契約を承諾したのは、王女が“麦わらの一味”に関わりがあるからなのだ。

あの、世にも珍しい海賊共。
ふいに現れ、騒いで、暴れて、笑って、そして去っていった。
きっと、どこへ行ってもああなのだろう。

最初は胡散臭がられ、疑われて。
最後は涙と笑いで見送られる。
ウォ−タ−セブンで、フランキ−を見送ったように…。

パウリ−は葉巻の煙混じりの溜息を吐いた。
ウォ−タ−セブンに残ったとしても、あの変態がガレ−ラの副社長に納まる筈がない。
それが、わかっていても。
“副社長”と呼ばれるのに、慣れることが出来なかった。


   * * *


出航から2時間。
日が傾き始め、フランキ−一家の大冒険も終盤に差し掛かる頃、ようやく目的地に着いた。

「お−い、見えたぞ−!!」

見張り台からの声に、後甲板に座り込んでいた連中が立ち上がる。
パウリ−も、見張り役が指差す方に目を向けた。

ぽつんと浮かぶ、小さなブイ。
あの日、ガレ−ラの若い船大工が残したものだ。
何の目印もない海の上で、“ここ”を見失うことのないように。


「………メリ−……。」


船縁に立った王女が呟く。
海の底に眠る、小さくとも偉大な船の名を。
鳥が、その傍らに寄り添った。


「メリ−、私を覚えてる…?カル−も一緒よ」
「クエェ…」


空が次第に紫を帯びてくる中で、王女は呼びかける。
それから思い出したように、持っていた紙袋の中身を取り出した。
丸いオレンジ色のそれは、ウォ−タ−セブンの“水水みかん”だ。
白い手で、細い腕で。海面に浮かぶ白いブイめがけ、投げる。

1つ、2つ、3つ…。
鮮やかな色が弧を描き、飛沫を上げた。波間に揺れて、やがて見えなくなる。
太陽もまた、海に沈もうとしていた。


「短い間だったけど、私達、あなたに乗せてもらっていたの…。
 今日は、あなたに“ありがとう”を言いに来たのよ!!」
「クエエエエ〜ッ!!」


燃えて沈んだ船に向かって、語り続ける王女。
解体屋共は、戸惑った顔を互いに見合わせている。アラバスタの連中もだ。
パウリ−も、自分がどんな顔をすべきなのかわからない。黙ったまま、新しい葉巻を咥えた。

今、この船の上で信じているのは王女1人なのだろう。
鳥に人の言葉が理解できるのであれば、もう1羽が追加されるとしても。


「メリ−!!来るのが遅くなって、ごめんなさい!!!
 皆と一緒にお別れできなくて、ごめんなさい…!!!」
「クエエェ〜ッ!!クエックエックエッ!!!」


“麦わら”達の船の最後。
パッフィング・トムで帰り着いたパウリ−は、その光景を見ていない。
フランキ−の手下共もだ。
語ったのがアイスバ−グでなければ、彼は鼻で笑っただろう。
それは奇跡というより、お伽噺にしか聞こえなかった。
“船の化身(クラバウタ−マン)”の声が聞こえた、なんて話は。


「あなたに乗っていた間のことは、忘れない!!
 ドリ−さんとブロギ−さんの力で、大きな魚のお腹から飛び出したことも!!
 甲板で、冬島に咲くサクラを見たことも!!一生…、忘れないから…!!!」
「クエエェ〜ッ!!クエックエックエッ!!!」


だが、彼女はアイスバ−グの話をそのまま信じたのだ。
船大工でも船乗りでもない、一国の王女が。
この海には、どんな不思議も奇跡もあり得るのだと。
そして、国に帰る前にメリ−号に別れを告げたいと言った彼女に、アイスバ−グは頷いた。
あの船には、“弟”を救われた借りがあると。


「あなたと航海が出来て、楽しかった!!
 あなたが皆を救って、守ってくれたと聞いて、嬉しかった!!
 船大工さん達が、あなたを呼ぶのが誇らしかった!!
 世界一勇敢な船…、ゴ−イング・メリ−号!!!」
「クワ〜ッ!!クワックワックワッ、クワ〜〜ッ!!!」


オレンジ色の夕陽が王女の眸を、頬を煌かせる。
船の為に泣く奴を見るのは、これが始めてだった。
“麦わら”達も、炎に包まれ沈んでいく船を、こうして見送ったのだろう。
ある者は滝のように涙を流し、ある者は無言の内に。
それぞれが、感謝の言葉を胸に…。


  『……ありがとう……』


ふわりと、雪が舞った。
藍色を深くする空に、淡く白い光を放って。

そんな筈がない。今は雪が降る季節ではないのだ。
思わず伸ばした指先に吸い込まれるように、光は消えた。


  『ありがとう、すなのくにのおひめさま』


子供の声が聞こえた。
彼方から木霊するように、耳元で囁くように。
どこからともなく響く声に、パウリ−は慌てて辺りを見回した。
フランキ−一家も、アラバスタの護衛も。誰もが不思議そうに首を巡らせている。
真っ直ぐに頭を上げているのは、長い蒼い髪の持ち主だけだ。


  『ありがとう、とりのたいちょうさん』


鳥が短い翼をバタつかせ、一声大きく鳴いた。
パウリ−は、ようやく思い出す。
ガレ−ラの船大工達から、嫌というほど聞かされた話を。
あの日も、雪が降っていたことを。


  『ありがとう、あいにきてくれて。
   ありがとう、わすれないでくれて。
   ありがとう、ぼくを、よんでくれて…』



キウイもモズも、ザンパイ達も、チクワ頭の護衛隊長も。
雪明りを見つめたまま、ぽかんと口を開けている。自分もマヌケ面を晒しているのだろう。
葉巻が口から波間に落ちるに任せて、パウリ−は思った。


「メリ−…、あなたなのね!?
 消えてしまったんじゃ、なかったのね!!!」
「クワッ!?クグウゥ〜」


喜びに顔を輝かせた王女が、船から身を乗り出した。
慌てた鳥がクチバシでシャツの裾を咥え、落ちそうになるのを引き止める。


  『おひめさま、いつか、また、みんなにあえるときがあったら、つたえて。
   うみのそこで、はんぶんすなにうまったぼくには、ちいさないきものが
   たくさんすみついて、とってもにぎやかだから、ひとりぼっちじゃないって。
   つめたくも、さみしくもないって…』



声が、遠のいていく。
王女が両手を伸ばし、鳥はますます踏ん張った。
彼女には、見えているのかもしれない。そこに、かつてと変わらぬ船の姿が。


「うん…、うん!!わかったから!!
 いつか、また、必ず!!皆に会うわ!!メリ−、あなたの兄弟の船にも!!
 そしてお兄さんが、どんなに素敵な船だったか…、話してあげる。
 メリ−…!!私、あなたが大好きだった…!!!」


  『ぼくも、だいすき…。
   みんな……、…おひめさまと…とりさん、も…』



太陽の光が水平線に消えると同時に、淡雪も、声も、溶けるように消えていった。


   * * *


帰路に着いた船は、静かだった。
いつも喧しいフランキ−一家でさえ、黙りこくっている。
不思議な体験に、誰もが物思いに沈んでいるのだろう。

ビビ王女も船縁にもたれたまま、空に輝き始めた星を眺めている。
その足元には、丸くなった鳥がスヤスヤと寝息を立てていた。
パウリ−は葉巻を消すと、独り佇む彼女に近づいた。

「………悪かったな、王女さん」

怪訝そうな彼女に、頭を掻きながら言い足す。

「あんたが“麦わら”の仲間だったって話、ガセじゃねェかと思ってたワケだ。
 ウォ−タ−セブンにも、ガレ−ラにも、あいつ等は英雄で恩人だからな」

王女の顔が、苦笑を浮かべる。
こっちが考えていたことぐらい、元から承知していたのだろう。
パウリ−は大袈裟に肩を竦めた。

「だが、“船”が言うんじゃ信じないわけにゃいかねェ。
 あんたが“麦わら”の仲間だってことも、“船乗り”だってこともな」

船大工にとって、尊敬すべき人種は2つだけ。同業者と船乗りだ。
世界政府も王族も、クソ喰らえ。
商人だろうと、海軍だろうと、海賊だろうと。
海の恐ろしさと船の大切さを知る者だけが、敬意を払うに値する。

「……ありがとう」

王女は嬉しそうに笑った。
少しはにかんだような、歳相応の娘の表情だ。
だが、パウリ−は逆に顔を引き締めた。

「そこで、あらためて“麦わら”の仲間で“船乗り”のあんたに、尋ねてェんだが」
「……はい?」

潮風に、ポニ−テ−ルに結わえられた髪が靡く。
パウリ−は眉を寄せ、言葉に力を込めた。

「あんた等は、俺達に造らせた戦艦(ふね)で、“誰”と戦うつもりだ?」

海賊の略奪に備え、湾岸や港の守りを固めるためだと説明は聞いていた。
だが、戦艦10隻は一国が持つには大きすぎる力だ。戦争に備えているとしか、思えない。
口を噤んだままの王女に、更に続ける。

「“麦わら”達は強ェ。
 だが、いつかはゴ−ルド・ロジャ−のように、捕まって処刑されちまうかもしれねェ。
 そうなった時、恩のあるあいつ等を助けるためか?
 世界政府に楯突いて、バスタ−コ−ルをくらった時、自分の国を守るためか?
 それとも世界政府の一員として、“天竜人”をブッ飛ばしたあいつ等を捕まえるってのか…?」

最後の質問に、ムッとした顔になる王女を見下ろしてパウリ−は思った。
本来なら、こんな質問をする必要はない。
職人は、与えられた条件の中で最高の仕事をするだけだ。
造った船がどう使われるのかなど、知らなくていい。ただの船大工であれば。

「……まぁ、結局はあんた等の勝手だがな。
 俺が聞きてェのは、あんたがウォ−タ−セブンを何に巻き込む腹なのかってことだ」

ウォ−タ−セブンは一度、滅びかけたのだ。
“麦わら”達がいなければアイスバ−グは暗殺され、火災に多くの船大工が巻き込まれて、
造船都市はその実を失っていただろう。
今頃は、世界政府直轄の造船所に成り下がっていたかもしれない。
今のパウリ−は、自分が船さえ作っていればいいとは思えなくなっていた。

王女は挑むようにパウリ−を見つめ返す。そして、唇を開いた。

「ルフィさん達に会って、感じませんでしたか?
 時代が…、世界が、変わろうとしていると」

ぞくりと、背筋が震えた。
エニエス・ロビ−への攻撃と仲間の奪取。
バスタ−コールからの生還。
歴史上、起こり得なかったことが起こるのを、彼は目の当たりにしたのだ。

「私は、感じました。
 皆と一緒に居た時も、国で皆を思い出す時も、ここに来て皆の話を聞いた時も…。
 彼等は…、錆付いた鉄の扉をこじ開ける、嵐なのかもしれないと。
 それが良いことなのか悪いことなのかは、まだわからない。
 けれど、時代の節目からは誰も逃れられない…。
 同じように感じている人々を…、都市を、国を。私は捜しています。
 ……そうすると、何故か皆の後を追いかけることになってしまうんですけれど」

パウリ−は、まじまじと目の前の娘を見つめた。
世界政府は消滅するかもしれない。“王下七武海”も、“四皇”も。
少なくとも、今の姿から大きく変わり、世界は混乱するだろう。
そうなった時、海を越えて手を取り合える“同盟”をつくりたい。
王女は、そう言っているのだ。

半年より少し前なら、何をバカなと鼻で笑っただろう。
だが、今は笑えなかった。知っているからだ。
この海には、どんな不思議も奇跡もあり得るのだと…。

肩から力を抜いて、パウリ−は頬を緩めた。

「“クラバウタ−マン”が居るくれェだ。世界政府が倒れたって、驚きゃしねェ。
 ……しかし、すげ−な、あんたは。
 アイスバ−グさんを少しでも助けてェと思って、“副社長”なんぞになってはみたが
 俺にゃ、政治なんぞ無理だ」

社に帰ったら、その足で社長室へ行って副社長を辞任しよう。
そう決意するパウリ−に、王女は言った。

「そんなことは無いですよ」

慰めにしてはキッパリとした口調に、視線を戻す。
真っ直ぐな、強い目。それは“麦わら”を思い出させた。
取られた仲間を取りかえすと。俺達は“同志”だと。そう、言った時の…。

「たった2年の間でしたが…。
 誰が敵で誰が味方かもわからない時、役に立つ武器は一つしかないことを
 私は海で学んだ筈でした。それを、貴方が思い出させてくれた…」

意味がわからず首を傾げるパウリ−に、笑う。
宴だと、町中を巻き込んで大騒ぎしていた時の連中と、同じ顔で。

「……要するに、“率直”ってコトですよ。
 だからアイスバ−グさんは、貴方を選んだんでしょう?」

隠さず、誤魔化さず、裏切りを怖れずに。
簡単なようで最も困難な、けれど唯一の。

「今はまだ、私達はそれぞれの代理でしかないけれど。
 あと何年か、十何年か後に…」

白い手が、差し出された。
ぽかんと見つめるパウリ−に、告げる。


「一つの都市と、一つの国を担う立場で、またお会いしましょう」


マメとタコと傷痕だらけの手を出すのは気が引けたが、何のことはない。
王女の手も、マメとタコと傷痕だらけだった。


   * * *


「お−い、王女さん!!そろそろ話の続きをはじめますぜ−!!!」
「アニキの伝説は、まだ終わっとらんわいな−!!」
「そうだわいな−、永遠に終わらんわいな−!!」

現実に戻ってきたらしい解体屋共が、王女に呼びかけていた。
フランキ−のことを語り倒すチャンスを、逃したくないのだろう。
目礼し、後甲板の輪に加わる王女を眺めながら、パウリ−は新しい葉巻を咥えた。

……アイスバ−グさんも忙しい身だ。あいつ等の面倒ぐらい、俺が見るとするか…。


10分後、ガレ−ラカンパニ−初代副社長の怒鳴り声が、夜の海に響いた。

「大の男がフル○ンでウォ−タ−セブンを走り回った話なんぞ、してんじゃねェ!!
 王女!!だいたい、てめェもだ!!
 若い娘が、そんなハレンチな話で涙流すほど笑ってんじゃねェ−!!!」



後に、“船上都市”へと姿を変えるウォ−タ−セブン。
水の都は、砂の国アラバスタの首都アルバ−ナと姉妹都市となり、長く友好関係を築いた。







   * * *


ウォ−タ−セブンの名物といえば、“水の都”の名の通り、美しい水路と噴水。
老舗の大造船所“ガレ−ラカンパニ−”の7つのドック。
行き交う船と、威勢の良い船大工。
海列車“パッフィング・トム”
そして、もう一つ。木槌を持ち雨合羽を着た、小さな子供。
ウォ−タ−セブンの化身として親しまれる精霊は、船大工達に“メリ−”と呼ばれている。

……何故かって?

この海には、どんな不思議も奇跡もあり得るからさ。



                                     − 終 −


※ Quarter Deck :船尾甲板、後甲板
               (個室が船の後部にあることから)高級船員、士官
               ホワイトラム、ドライシェリ−を使ったショ−トカクテル

TextTop≫       ≪Top

***************************************

第430話でのメリ−号との別れ。
『ビビちゃんとカル−にも、お別れさせてあげたかったよ−!!』
…と、切実に思ったのが元ネタです。

しかし、ビビちゃんがウォ−タ−セブンに来る動機を考えると、例によって色々と
思いついてしまいました…。(汗)
ウォ−タ−セブンとガレ−ラカンパニ−のその後。
(ちなみに社長秘書は、個人的希望で第487話扉絵の153番ちゃんです。)
船大工達がメリ−の最後に立ち合ったことと、海列車帰還組が居なかったこと。
過剰な正義を振りかざす世界政府。
あの世界は、これからどうなっていくのか…etc

脱線を繰り返しての試行錯誤と、ボツ文章を山ほど書き連ねた結果、
今は、これが精一杯。
いつか、また、リベンジを!!

予定より遅れましたが、これにて2009年姫誕企画の〆とします。
「ONEPIECE」の世界そのものが動き始めている今、ビビちゃんの幸せと
アラバスタの平和を願って…。
もちろん、“麦わらの一味”を始め、魅力的なキャラクター達も元気に暴れて
くれますように。

今年もおつきあいいただき、ありがとうございました!!

2009.3.15 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20090202