Cooks time



海賊達と共に過ごした、夢のような数週間。
私が一番、話をしたのはコックのサンジさんだと思う。

国のことが頭から離れない私の、気を紛らわせるために。
船での役割が無い、“お客さん”の私に居場所を作るために。
台所仕事の手伝いや、美味しいお茶とお菓子とおしゃべりの時間をくれた。

歯の浮くようなお世辞や、働いていたレストラン船での体験談。
世界中の海の物語。
そして、料理のこと。


  「ビビちゃん」


思い出すのは、優しい声。
小さなキッチンを満たす、居心地の良い空気。
お菓子の焼ける甘い匂い。

……それから


   * * *


王女っていうのは、世間で思われているほど優雅じゃない。
少なくとも、3年の旱魃と内乱から復興中のアラバスタ王国では。

会議に視察、謁見。各地での式典や落成式への出席。
復興資金を集めるためのチャリティ−イベントなどなどなど。

寝る間も惜しんで、国中を駆け回った半年。
そのご褒美は、着実に元の姿を取り戻していく町や村、人々の笑顔。
そして、午後からのお休みだ。

予定は、ちゃんと立ててある。
以前から、ずっとしたいと思っていたことをするの。
手紙は出したし、必要なもののリストも作っておいた。

午前中の仕事を終えて、昼食を済ませて。着替えに一度、部屋へもどる。
ドレスを脱いで、アクセサリ−も外して、動きやすい服に。
髪は後ろで一つに束ねる。お化粧を落として、香水もナシ。
鏡に映るのは、久しぶりに見る“あの頃”の私。

……さあ、そろそろ始めなきゃ。

テラコッタさんに頼んで、王宮の広い厨房の一角を貸りておいた。
夕食の準備が始まるまでの休憩で、今は誰もいないけど、注文した品は調理台の上。

まずは、材料の確認から。
砂糖に小麦粉、卵、生クリ−ム。
それからフル−ツと香料と、ナッツ類、etc
全てオッケ−。

次は道具。
ボウルに泡立て器、粉ふるい、ヘラ、めん棒、焼き皿、焼き型、etc
こっちもオッケ−。

手書きのレシピを並べて、エプロンの紐を結ぶ。
両手を肘まで丁寧に洗って、準備完了。
目を閉じて、にっこりと笑う。海のコックさんが、いつもそうしていたように。


  「さあ、楽しいお料理の時間です」


まずは、ふわふわのシフォンケ−キ。
アラバスタにはない食感に、初めて食べた時はビックリした。
ふんわり盛り上がった形が麦わら帽子に似てるからか、ルフィさんもお気に入り。
丸ごとを口に入れようとして、いつもサンジさんに蹴り飛ばされていたっけ。

美味しく作るコツは、卵白をしっかり泡立てること。
ピンとツノが立って、ボウルを逆さにしてもこぼれないくらいに。
バナナや、ストロベリ−、チョコレ−ト、メイプルシロップ。
色んな味で作ってくれたけど、今日は一番好きだった紅茶のシフォン。
細かくした茶葉と、濃く出した紅茶を生地に混ぜて、型に入れる。
ふんわりと焼きあがったら逆さにして、冷ましておく。


  「“食べる”ってのはさ、空腹を満たすだけのモンじゃないんだ。
   美味い食事は、人を幸せにする。特に、甘いモノはね」



次は、チョコレ−トをたっぷり使ったブラウニ−。
普段は甘いモノを嫌っていたMr.ブシド−も、口にしていたお菓子。
食べ応えがあって、濃厚で。食べると、何だかとっても元気になれる。
トレ−ニングの合間のエネルギ−補給には、最適かも。

ビタ−チョコを刻んで、湯煎にかける。ココアバタ−が分離しないように、丁寧に。
バタ−に混ぜるお砂糖は、控え目。
生地に混ぜるのは、クルミとピスタチオとヘ−ゼルナッツ。
さっと乾煎りしてから刻むのが、香ばしさのコツ。たっぷり入れて、ミネラルの補給も。
ラム酒を少々加えれば、大人の味に。
型に流して、表面を平らにして、じっくり火を通せば出来上がり。


  「好き嫌いとか味の好みってのは、誰にでもあるでしょ?
   そこを、どう日々のメニュ−取り入れるのかが、コックの腕の見せ所。
   ビビちゃんも、遠慮なく言ってよ。
   嫌いなものでも美味しく、好きなものなら更に美味しく、お料理いたしま〜すvv」



フィナンシェは、“お金持ち”っていう意味の焼き菓子。
名前の所為か、金の延べ棒を真似た形だからか、ナミさんも大好きだった。
本を読んだり、航海日誌を書いたりしながら、優雅に片手で摘んでいたわ。
サンジさんは、ナミさんの周りでハ−トを振り撒きながら、くるくる回っていたっけ。

しっとりとした口当たりは、ア−モンドの粉。
香ばしい風味は、焦がしバタ−。
それと今日は、みかんの代わりにオレンジの果汁で、爽やかさをプラス。
細長くて小さな焼き型は、特別に作ってもらったもの。
1つ1つ、丁寧にバタ−を塗っておくのが、焼きあがった後でキレイに取り出すコツ。
ほら、オ−ブンから出てきた時には、眩しい黄金色。


  「甘いモノは身体に悪いし、贅沢だって?
   けど、適度な糖分は疲れを取るし、頭の働きも良くなるんだぜ。
   こんな安上がりな気分転換方法って、他にねェと思うんだけどな」



どこか懐かしい味の、カスタ−ドプリン。
ウソップさんは、“母ちゃん”が昔作ってくれたのと、ちょっと似てると言っていた。
サンジさんが作るにしては、シンプルで素朴なお菓子。
その理由が、今、やっとわかった気がするの。

材料は、卵と牛乳と砂糖、そしてバニラエッセンスだけ。
砂糖と水を小鍋に入れて火に掛けて、カラメルソ−スは焦がしすぎないように。
牛乳に砂糖を溶かして卵を混ぜたものを、丁寧に裏ごしするのが優しい口当たりのコツ。
小さな型に流し込んで、湯気の立った蒸し器にかける。
水滴が落ちないように、布巾をかけて蓋に挟むのも忘れずに。
今日は、ウソップさんが羨ましがっていた、レディ−限定プリン・ア・ラ・モ−ドにしようかな。


  「どんな名コックでも、絶対に勝てねェ味って何かわかる?
   ……答えは、“思い出”。故郷の味とか、お袋の味っていうヤツ?
   高級な食材や凝った料理法を駆使しても、アレだけには敵わねェんだよな〜」



ド−ナツの穴から、まん丸い目や青いお鼻を不思議そうに覗かせていたトニ−くん。
それが、あんまり可愛くって、わたしも2つを手に取って、眼鏡のフリをして見せたっけ。
そうやって和んでいると、トニ−くんのド−ナツはルフィさんに取られて食べられちゃって、
泣きべそかいていたから、私のド−ナツを分けてあげた。
サンジさんは、やっぱりルフィさんを蹴り飛ばしていたのよね。

小麦粉と砂糖とベ−キングパウダ−、それと塩少々をふるいにかける。
卵と牛乳を加える前に、泡立て器でかきまぜて空気を入れるのが、サックリと揚げるコツ。
捏ねて伸ばした生地を型で抜いて、たっぷりの油の中へ。
ゆらゆらと浮いてきたら、丁寧に引っ繰り返す。
両方が美味しそうなキツネ色になったら、出来上がり。
アツアツの揚げたてに、シナモンシュガ−をたっぷりと。


  「ん?俺が好きな食い物は何かって?
   あ−、やっぱコックの好物は、食ってくれる人の笑顔でしょ。
   特に、ビビちゃんみてェな可愛いレディ−なら、大好物vv
   さあ、遠慮しね−で、もう一ついかが?」



そして、最後に作るのはプチフ−ル。
クッキ−生地で小さな台を焼いて、冷めたら中にカスタ−ドクリ−ムと、生クリ−ム。
その上に、小さくカットしたフル−ツを彩りよく飾る。
まるで小さな宝石箱のように。


  「そう力む事ァねェよ、ビビちゃん。俺がいる!!
   ……本日のリラックスおやつ、プチフ−ルなどいかがでしょう?」



シフォンケ−キには、ホイップクリ−ムとミントの葉を添えて。
ブラウニ−は、四角く切って粉砂糖を軽くふる。
フィナンシェは、型から抜いてレ−スペ−パを敷いたお皿に並べて。
カスタ−ドプリンは、フル−ツと生クリ−ムを盛り付けてガラスの器へ。
ド−ナツは、紙を敷いた籠に山盛り。
プチフ−ルは、銀のお盆に。
食欲をそそるように、見た目もキレイに。
少しでも、気持ちよく食べてもらえるように。


  「アラバスタ料理のレシピとスパイスをもらった時、俺のレシピも渡しといた。
   ビビちゃんが、アラバスタには無いって言ってたケ−キとかさ。
   基本は混ぜて焼くだけだから、いつか作ってみるといいよ。
   料理ってさ、意外と気晴らしになるし。
   それに多分、テラコッタさんが作るより、ビビちゃんが作る方が俺の味に近くなると思う…」



ほら、出来た。
ちょっと形はイビツだし、焼き色にもムラがあるけれど、クリ−ムやお砂糖で誤魔化せる。
それに、味は保証付き。海の名コックさんが、伝授してくれたから。


  「美味い料理を作るコツはね、食ってくれる人の顔を思い浮かべること。
   そんだけさ」



思い浮かべた顔が船のみんなだって、間違いじゃないでしょう?

だって、私が作りたかったのは
もう一度、食べたかった味は


   * * *


緑が息を吹き返し、花が咲きそろった王宮の庭。
設(しつら)えられたテント。並んだテ−ブルと椅子。
そこに、みんなに来てもらったの。

厨房の前をウロウロしていた、パパとイガラム。
邪魔だと2人を叱っては、連れ戻していたテラコッタさん。
パパ達を宥めてくれた、ペルとチャカ。
そんな光景を笑って見ていたトトおじさん、リ−ダ−、砂砂団のみんな。
のんびり日向ぼっこをしていたカル−と超カルガモ部隊、それとマツゲ。

みんな、お待たせ!!
本日のティ−タイム、“リラックスおやつ”のメニュ−は、王女の手製。
お飲み物はコ−ヒ−、紅茶どちらでも。
ただし、アラバスタ風ではないので、ご容赦を。

かつて、私に幸せな時間をくれたスイ−ツを、山のように乗せて。
重いワゴンを押しながら、とびっきりの笑顔を。
私も、みんなと幸せな時間を過ごしたいから。


  「さあ、皆さん。
   ゴ−イング・メリ−号の味を召し上がれ」



                                     − 終 −


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サンビビのような、サン←ビビのような話。(汗)
ビビちゃんと一緒の時間が一番長かったのは、当然、同室だったナミさんでしょうが、
もしかすると話をしたのはサンジ君の方が多かったかも。
ビビちゃんは普段は物静かな方だと思うので、サンジ君があれこれ喋り捲くるのを
聞いているだけの気もしますけど。

その時は気に止めていなかった事を、後になって鮮明に、懐かしく思い出す。
それは言葉だったり、光景だったり、匂いだったり、味だったり。
サンジ君は、ゴ−イング・メリ−号をビビちゃんの“もう一つの故郷”にしたのでは
ないかなぁと思います。
……ほぼ、お母さんですね。(笑)

さて、1週間遅れとなりましたが、これにて2010年姫誕企画の〆といたします。
これからも、ビビちゃんの幸せとアラバスタの平和、そして“麦わらの一味”の
復活を願って。

今年も、ありがとうございました!!

2010.3.7 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20100202