たまごのきもち



 コンコン コンコン


グッスリ眠っていたワタシは、どこからか聞こえてくる音にパチリと目を
開けました。
真っ暗な部屋のナカは、あたたかくてイゴコチが良いのですが、
ワタシには狭すぎるようです。
頭を少し持ち上げただけで、クチバシがカベにぶつかってしまいます。


 コツン コツン


ワタシが音を立てると、さっきの音が答えます。
カベの向こうからだと、今度はハッキリわかりました。


 コンコン コンコンコン


これは、ワタシを呼んでいる音です。きっと、オカアサンかオトウサンでしょう。
そう思ったワタシは、クチバシでカベを叩いて答えました。


 コツン コツン コツ コツ コツ

 『ほら、やっぱりこの子よ。
  今日が、たんじょうびなのは!!』


聞こえてきたのは、小鳥のように明るく元気なさえずり。
けれどワタシは驚いて、クチバシを止めてしまいます。
だって今のは、ワタシが知っているナカマの声ではありません。
…ということは、オカアサンでもオトウサンでもないのです。
あわててクチバシを羽根の中に突っ込みました。


 コンコンコン  コンコココン

 『ねぇ、どうしたの?早くでておいで!!』


カベを叩く音と、フシギな鳴き声。
でも、ワタシはナカで小さくなるだけです。ソトのセカイも、ソトにいるダレカも、
コワクてしかたがないのです。
息をひそめてジッとしていると、やがて音がしなくなりました。
あきらめて、どこかへ行ってしまったのかもしれません。
ホッとしたとたん、ふいに足元がゆれました。部屋ごと持ち上げられているようです。
オカアサンでしょうか?オトウサンでしょうか?
クチバシを引っ張り出したワタシの耳に、またあの鳴き声が届きました。


 『あなたの名前、もうきめてあるのよ。
  超カルガモだから、カルー!!ね、おぼえやすくって、いいでしょう。
  だから、早くでておいで!!』


さっきより、ずっと近くから…頭の上のすぐ向こうから、聞こえます。
だから、わかりました。ワタシを部屋ごと抱いているのは、ソトにいるダレカだと。


 『カルーはね、わたしの初めてのトモダチよ。
  わたし、いつもいっしょに遊べるトモダチが、ずーっとほしかったの。
  パパやイガラムやテラコッタさん。それにペルやチャカもいるけど、みんなオトナで
  おしごとがいそがしいから…。
  だからね、パパが
  「今日、たんじょうびのヒナが、おまえのトモダチになるんだよ」
   …って教えてくれたとき、すっごくうれしかったの!!』


すりすり、と。
カベの向こうで撫でたり頬擦りしたりする気配がします。
オカアサンでもオトウサンでもないのに、どうしてそんな風にするのでしょう?
フシギに思って、ワタシは耳をそばだてます。


 『庭にお花がさいたら、カルーをキレイにかざってあげる。
  お城のヒミツの抜け穴も、カルーにだけ、おしえるわ。
  もっと大きくなったら、こっそりアルバーナを抜け出すの。
  いっしょにサンドラ川をわたって、お日様がのぼる東の海を見にいこう!!』


オハナってなんでしょう?ヌケアナってなんでしょう?オイシイものでしょうか?
オヒサマってなんでしょう?ウミってなんでしょう?ステキなものでしょうか?
なんだかソワソワして、ワタシは思わずカラダをゆすります。
クチバシがカベにぶつかって、コツコツと音を立てました。


 『オトナになったら、わたしは大きなお船に乗って“偉大なる航路(グランドライン)”の
  向こうにも行くの。
  絵本にあった空の上の島や、海の中の島で、“だいぼうけん”をするかもしれない。
  その時も、わたしとカルーはいっしょよ!!』


ぐらんどらいん、ソラノウエ、ウミノナカ、ダイボウケン…。
明るく元気なさえずりに誘われて、ワタシはクチバシを動かします。
こんなにワクワクする、フシギな鳴き声をしたダレカに、早く会ってみたくて。


 コツコツ コツコツコツ コツコツコツコツコツ……
 
 …………パキッ


ついにカベに穴が開きました。そこから先はカンタンです。
小さな穴からヒビが広がって、ポロポロとはがれ落ちていくのです。
飛び込んでくるのは眩しい光と、空の色と。……それから


「はじめまして、カルー!たんじょうびおめでとう!!
 わたしは“ビビ”よ。あなたのトモダチ」


空と同じ色の羽根を頭にくっつけた、フシギなダレカ。
タマゴから孵ったばかりのワタシですが、この時のニンゲンのコトバはわかりました。
カラごしでない声が、とってもうれしそうなことも。
だから、ワタシもうれしくなって、高らかに第一声を上げたのです。


「クエエェ〜!!クエッ、クエッ!!(はじめまして、ビビ!!)」


次の瞬間、思いっきり怒鳴られましたけど。


「クワワ〜ッ!!グワッ、グワッ!!!(王女様とお呼びせんか、バカ息子!!)」


こうしてワタシは、アラバスタ王国第一王女ネフェルタリ・ビビ様の最初のトモダチ兼
騎乗カルガモとなったのです。










……あれから、ずいぶん時が経ちました。
まだヒナだったワタシが、小さかった王女様の後をついてヨチヨチと歩いていた頃から、
名誉ある超カルガモ部隊の隊長を務めていた頃まで。
ワタシと王女様は、たくさんの“ダイボウケン”をしました。

コッソリお城を抜け出して、城下のコドモ達とケンカやイタズラをしたこともあれば
コッソリ砂の国を抜け出して、“悪の秘密組織”に潜入したこともありました。
押し寄せる反乱軍の前に立ち塞がったことも、オカマの殺し屋に追いかけられたことも。
今や世界中で知らぬ者の無い“麦わらの一味”と、羊頭の船で航海をしたことも…。

今となっては、懐かしい思い出です。

残念ながら、ワタシの足も以前ほど速くはありません。
ニンゲンで言えば、もう若くはありませんからね。
かつてのナカマ達…ストンプ・イワンX・カウボ−イ・バ−ボンJr.・ケンタウロス・ヒコイチ
そしてラクダのマツゲ…に続いて、ワタシも去年、超カルガモ部隊を引退した身です。
恥ずかしながら、ようやくカワイイ奥さんをもらって、のんびりひなたぼっこをしながら
お互いの羽根づくろいなどする毎日をすごさせていただいています。

そうして、またあの懐かしい音を聞くのです。


 コンコン コンコン


草や小石を敷き詰めた巣の上に、一つだけ置かれたタマゴ。
乾季から雨季を経て、また乾季が来るまでの間、ワタシと奥さんが交代で暖めてきました。
あとは孵るのを待つだけです。
お日様の光と砂の国の乾いた空気が、固いカラを砕けやすくしてくれるのですから。


 コンコン コンコンコン


軽くドアをノックするような音に、中から答える小さな音。


 コツン コツン コツ コツ コツ

「ほら、やっぱりこの子よ。
 今日が、誕生日なのは!!」


その声は、昔より低く落ち着いていますが、今も明るく元気な響きです。
オトナのニンゲンの鳴き声は、タマゴの中でどんな風に聞こえるのでしょう?


「あなたの名前、もう決めてあるのよ。
 私の大好きな名前…。きっと、あなたにピッタリだと思うわ。
 だから、早く出ておいで!!」

 コツコツ コツコツコツ


クチバシの音からすると、気に入ったようですね。
ワタシの隣でソワソワしていた奥さんも、ホッと息をついています。最初のタマゴなので、
心配で仕方がないのでしょう。
もし、カラに閉じこもったまま出て来ようとしなければ、ヒナは死んでしまうのですから。
ワタシは奥さんを安心させるように、羽根を摺り寄せました。

タマゴから孵った超カルガモが、最初に見るのは親鳥ではなく、ニンゲンです。
騎乗カルガモになるため、ニンゲンに慣れる必要があるからです。
特に、王族専用の騎乗カルガモに選ばれたヒナは、見るニンゲンも決まっています。
ワタシの父カルガモが最初に見たのは、前の国王様でした。


「ほら、頑張って…!!たくさんの仲間と家族が、あなたを待ってるの。
 みんな、あなたに会いたがってる。私も早く会いたいわ。
 ……いつか海の彼方にいる皆にも、会わせてあげたい…。」

 コツコツコツ コツコツコツコツコツ


小鳥がさえずるように、繰り返し励ます声。それに答える音。
鳥舎の裏に据わり込んで、膝の上にタマゴを乗せて。
白い手で幾度も撫でては、頬擦りをします。
あの時も、同じだったのでしょう。絹のドレスが砂だらけになるのも構わずに。

今日、ワタシの最初のヒナをアナタに贈れることを、誇らしく思います。
いつか、雲の上に浮かぶ空島へ。きっと、海の底深くの魚人島へ。
そして、遥か最果ての島へ…。
どこまでも、アナタと共に行くでしょう。ワタシより、ずっと遠くまで。


「あと少しで、外の世界よ。
 ……もちろん、怖いモノもいるし、辛いことだってあるわ…。
 でもね、それ以上に素敵なモノと凄いモノが溢れてて、ワクワクすることで一杯なの。
 大冒険を保証するわ!!」


ワタシは首をもたげて、ぐるりと辺りを見回します。
お祝いの準備に走り回るニンゲン達。お料理とドリンクのニオイ。
花火の音は、まだカラの中まで届かないでしょう。
空は青く、お日様はまぶしく。
庭には沢山の花が咲いて、噴水がキラキラと水しぶきを上げています。

今日、ワタシの最初のヒナにアナタという御主人を贈れることを、嬉しく思います。
御主人兼トモダチ、ダイボウケンの相棒、海賊のナカマ。
最初のトモダチがアナタであって、どんなに幸運か。
ワタシほど知っている超カルガモは、世界のどこにもいないでしょう。


 コツコツ コツコツコツ コツコツコツコツコツ……
 
 …………パキッ


小さな穴からのぞく、クチバシ。
ポロポロとはがれ落ちるカラの奥の丸い目。ふわふわの羽毛。


「はじめまして、カルーJr.!誕生日おめでとう!!
 私は“ビビ”よ。あなたのトモダチ」


あの時と同じ、うれしそうな声。風に揺れる空の色。
高らかな第一声。


「クエエェ〜!!クエッ、クエッ!!(はじめまして、ビビ!!)」


……さて。それでは早速、父カルガモの権威を見せてやるとしましょう。
胸をいっぱいに膨らませ、羽根を広げます。


「クワワ〜ッ!!グワッ、グワッ!!!(女王様とお呼びせんか、バカ息子!!)」


そして、かつてのワタシと父母のように、隣で笑っている奥さんといっしょに3羽で
申し上げるとしましょう。
今日という日の最高の贈り物に、感謝しながら。



「「「クワッ、グワワワ〜ッ、クエエッ!!
  (たんじょうびおめでとうございます、女王様!!!)」」」



                                     − 終 −


TextTop≫       ≪Top

***************************************

以前からの密かな念願でもあった、カルー隊長視点です。
トリの一人称には無理がありすぎますが、そこはご都合主義で…。(汗)

超カルガモは、人間の倍ぐらいの成長〜老化で、寿命は40〜50年。
作中後半のカルー隊長は20代(人間換算40代)ぐらい。ビビちゃんは20代後半
(即位済)をイメージしています。
超カルガモ部隊は現役を引退してからお嫁さんをもらうので、皆そろって晩婚。
引退した後は、せっせと子づくりに励みます。
ちなみにカルー元隊長のお嫁さんは、若くて仲間も羨む美ガモに違いない。
代々王族の専用騎乗カルガモを出す、エリート血統ですから。
……とかなんとか適当設定なので、ツッコミはお許し下さい。(汗)
なお、カルー隊長の誕生日はビビちゃんと同じ(誕生日に孵ったヒナをプレゼントに
もらった)というのは、2006年姫誕の「Merry Birthday」と同じ設定です。
つまり作中では、ビビちゃんとカルーとカルーJr.は全員2月2日生まれということに…。

さて、このテキストは企画恒例の“お持ち帰り自由”といたします。
リンクの有無、サイトの傾向等は問いませんが、いずこかに拙宅サイト名を明記して
くださいますよう、お願いします。
背景、文字色等レイアウトも自由に変更していただいて構いませんが、背景画像に
ついてはDLFではありませんので、ご注意ください。
企画期間中ですので、お持ち帰りのご報告も特に必要ありません。

* DLF期間は終了いたしました。 *

また今年も飽きることなく、姫と姫に関わる人々(トリ含)について、あれこれ書いて
まいります。
どうか8度目となる今回も、最後までよろしくお願いいたします。

2011.2.2 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20110202