麦わらコード



今朝の新聞を見て、最初に口をついて出た言葉は

「……おしゃれ?」

だった。


   * * *


海軍と白ひげ海賊団との激戦。
後に“頂上戦争”と呼ばれる世界を揺るがせた大事件から、3週間。
戦いの傷痕も生々しい海軍本部・マリンフォードに、再び現れたモンキー・D・ルフィ。
軍艦を奪っての、水葬の礼。新時代の到来を宣言する、“オックス・ベル”の16点鐘。
更に、亡き白ひげと義兄・火拳のエースの死を悼み、堂々と花束と黙祷を捧げる…。


新聞記事を読み終えたアラバスタ王国第一王女ネフェルタリ・ビビは、自室で溜息を吐いた。
3週間前、“白ひげ”一味の生き残りと共に海軍から逃げおおせた“麦わらのルフィ”だが、
余りの重傷に助からないのではないかという見方が大方だった。
気の早いメディアでは、まことしやかに死亡が報じられた程だ。


……ルフィさんは、絶対に生きているわ。彼は“海賊王”になる人だもの。
   死んだりなんか、する筈がない…!!


信じつつも、目の前で義兄を亡くしたルフィがどれほど傷つき、苦しんでいるか。
ずっと心配していたビビであったから、無事な姿を見て心底安堵した。
けれど同時に、激しい違和感を覚えずにはいられない。


……こんなの、ルフィさんらしくない…。


記事を読んだビビが、まず思ったのはそこだ。
だいたい水葬の礼だの16点鐘だの、あのルフィが知っていたとは思い難い。
船のことも航海のことも、呆れるほど無知だったのだから。
恐らく、これ等は同行していた元・七武海のジンベエや、海賊王ロジャーの副船長の
入れ知恵なのだろう。
だが、何故そんなことをさせる必要がある?
そもそも“麦わらのルフィ”とは、他人の指図に素直に従うような男だったろうか?
答は否、だ。おかげで一味の皆が、どれほど苦労していたことか。


……と、いうことは…。もしかして、ニセモノ?


麦わら帽子を胸に当て、神妙な顔で黙祷を行う写真を、じっくりと観察する。
ボサボサの黒髪も、左目の下の傷も、まだ少年っぽい顔も、ビビの記憶にあるままだ。
見慣れた赤いシャツから覗く体は、痛々しい位に包帯で覆われている。
僅かに無事なのは右の上腕部だが、そこには…。

「……んん?」

鼻の頭がくっつくほど顔を近づけて、ようやく気づいた。
右腕に、かつての彼には無かったモノがあることに。


   * * *


日刊かもめ新聞に、グランドライン・デイリー、マリナーズ・ニュース、世界日報、他etc
取り寄せた何社もの新聞を、ビビは机に並べた。
全ての第一面を飾るのが、黙祷の姿を正面から映した写真だ。
すこしづつ角度や大きさは違うが、右腕の“それ”はハッキリと映っている。

「これって、やっぱりどう見ても刺青(タトゥー)よねぇ…。」

ビビはあらためて首を捻った。すぐ後ろで、カルーがクェ〜と声を上げる。
古くは魔除けの呪(まじな)いであり、痛みに耐える一人前の男であると誇示する証。
だが、今は単なるファッションとして、気軽に彫られる場合が多い。
ウイスキーピークの賞金稼ぎ達の中では、していない人間の方が少なかったし、
砂砂団の幼馴染達も幾人かしている。

「でも、おしゃれとは違うわよね…?ルフィさんだもん」

同意を求める御主人様の声に、カルーがコクコクと首を上下させる。
ビビの知る限り、ルフィには格好をつけるとかつけないとか、そんな発想自体が
無かったように思う。
いつでも自然体。ありのままの野生児だ。

「だいたい、“おしゃれ”とか言うんだったら刺青の前に、ゴム草履と半ズボンを
 何とかしろってカンジだし?」

自然体で呟きながら、ビビは新聞を切り抜き始める。
机の前には、既に幾つもの切り抜きが壁に貼られていた。
ウォーターセブン、司法島エニエス・ロビ−、シャボンディ諸島、インペルダウン。
彼等の行く先々は、いつも大騒動だ。


……それにしても、他の皆はどこにいるの?
   どうしてあの戦いの時も、この時も、ルフィさんと一緒にいないの?
   Mr.ブシドー、ナミさん、ウソップさん、サンジさん、トニー君。
   それに……、ニコ・ロビンや、新しく仲間になった人達も…。


シャボンディ諸島での一件の後、ルフィ以外の“麦わらの一味”の名は、ぱたりと
聞かれなくなった。
海軍に捕縛されたという情報も無い。ならば皆、必ず何処かで生きている。
何らかの事情で、身動きの取れない状態なのだろう。ルフィを助けたくとも、どうする
ことも出来なかったのだ。
事件を知った彼等は、自分と同じように心配した筈だ。この記事を見て、安堵したに
違いない。
これだけ大きく扱われていれば、世界の何処にいたとしても目に触れるだろうから。

「あ…っ!?」

突然、声を上げた御主人様に驚いたカルーが、キョロキョロと辺りを見回す。
けれどビビは、目の前に張り出したばかりの切り抜きを凝視していた。
閃いたのだ。これは、何処かにいる仲間達に向けた、ルフィからのメッセージだと。


……他の皆には、すぐにわかるのね。
   見ただけで、この意味が…。


縦に並んだ数字と文字と記号。自分には意味を成さない羅列に、ビビは唇を噛んだ。
仲間の間だけでわかる、秘密の暗号。
同じ船で同じ時を過ごし、苦難を共にした。信頼で結ばれた絆があるからこそ…。


……でも、それなら私だって…!!


かつての“仲間の印(左腕の×印)”を、右手でぎゅっと押さえる。
僅か数週間ではあったけれど、自分だって彼等と共に航海をした。
命懸けの危機を何度も乗り越えたのだ。
勢い良く引き出しを開け、紙を取り出したビビはペンを持った。
切抜きの写真と、にらめっこをしながら書き写す。
まず“3”と“D”。その2文字の上から“×”。そして“2”と“Y”…。

「……あれ?」

ペンを手にしたまま、ビビは幾度か瞬きをする。
思いついた答えは、あまりにも単純だった。簡単すぎて、まさかと思わず首を振る。


……だって、あらゆる新聞の一面を飾るような、派手で凝った演出よ?
   海の伝統に則り、かつ海軍と世界政府に挑戦状を叩き付ける効果を狙ってる。
   なのに、暗号だけがそんな子ども騙しみたいだなんて…。


けれど、もう一度考えてみる。
引き出しの奥に仕舞っていた手配書の束を取り出して、1枚1枚繰りながら。


……でも待って、そうよ…。この暗号を受け取るのは、一味の皆だもの。
   ナミさん辺りならともかく、他の人達には難しい暗号なんて絶対無理!!
   だから、きっと…。


もう一度、切抜きを見上げたビビは確信する。
古びた麦わら帽子を胸に当てた、“船長”の言葉を。


   『3D(AYS) × 2Y(EARS)』
   ……3日後じゃねェぞ、2年後だ…!!


今頃、仲間達も気づいているだろう。
気づいて、それぞれに頷いているのだろう。


  「ルフィ!!!おれ、わかった!!そっか!!そっか!!」
  「了解」
  「そうか…、ルフィ」
  「……わかった!!わかったぞルフィ!!!」
  「人の気も知らないで…。勝手なんだから!!」
  「成程」
  「あー、そういう感じに!!!」


まだ手こずっている者も、一部いるかもしれないけれど。


  「ルフィはこんな事する奴じゃねェ…。
   レイリーが一緒ってことは、こいつの差し金だ…。必ず何かある…!!」



いつの間にか足元で丸くなったカルーが、クワヮ〜と寝ぼけた声で返事をする。
気づいてビビは微笑むと、穴の開いた新聞の束を手に、そっと部屋を抜け出した。


   * * *


2年後に、また嵐が起こる。
今度こそ世界を変えるかもしれない、とびきりの大嵐が。
世界政府の旗を焼き、“天竜人”をぶちのめした史上最悪のトラブルメーカー達。
頬は緩んで堪らないのに、鳥肌が立つ。


「さて、こうしちゃいられないわ!!」


アラバスタ王国第一王女は、執務室へと急ぐ。
背筋を伸ばし足取りも軽やかに、髪をなびかせて。
今すぐ復興計画を見直すのだ。2年後には、元通り以上の国になるように。
そして、“新世界”の海にも乗り出せる船と力を手に入れなくては。


……いつか、また会えたら。
   もっと凄く、もっと強くなっている皆に、負けないように。
   “仲間”と呼んでもらって、恥ずかしくないように。
   どんな嵐が来たとしても、立ち向かえるように備えるわ。


回廊の途中で足を止め、左の拳を突き上げる。
どこまでも青い空の、どこかにいる皆に。


  「2年後に、また!!」



                                     − 終 −


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第596話では可愛く頬杖ついて「ん〜おしゃれ?」とか言っているビビちゃんですが、
元の『3日後の集合』を知らなかったとしても、刺青の暗号は解いたんじゃないかと
思います。(ぶっちゃけ、ゾロより早かったんじゃねーの?ぐらいに)
あの行動が『ルフィらしくない』ことと、以前は刺青してなかったこと。そしてナミさんと
ロビンさん以外には難しい暗号解読なんて無理!!…ということに気づけたら勝ったも
同然ですしね。
そういう意味では、イーストブルーとグランドラインのあちこちで『ああ、2年後か…』と
呟かれていても、不思議はない気もします。
そんなこんなで毎度のごとく、原作を読んでの願望を形にしてみました。
私の二次創作の基本であり原動力です!!

さて、どうにか最終日。これにて2011年姫誕企画の〆といたします。
“麦わらの一味”復活を祝うと共に、ビビちゃんの大活躍とアラバスタの平和を願って。

今年も、ありがとうございました!!

2011.3.1 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20110202