Present box 2013



Gift / remain / 星の砂



− Gift −

四千年の歴史を誇る、王都アルバーナ。
白亜の宮殿は、様々な品でごったがえしていた。
2月2日。

民を愛し、民に愛される王女ネフェルタリ・ビビの誕生日を祝う贈り物だ。

女達は花を摘み、子供達がそれを編む。
色とりどりに飾られた荷車を運ぶ男達。
その列が、延々と続くのだ。

最初に届けられたのは、今年も大きな樽が一つ。
ユパ・オアシスで新しく掘られた井戸の、汲みたての水だ。
王女が早起きをしていなければ、人目につかない明け方を狙ってやってきた青年は、そのまま帰ってしまっただろう。
幼い頃と変わらず目敏い彼女に捕まった彼は、一緒に目覚めのコーヒーならぬ目覚めの水を飲む羽目になった。

「あら、だって。
 幼友達の元気な顔を見せてもらう事も贈り物の内でしょう、リーダー?」

笑顔でそう言われては、今も昔も彼に逆らう術はない。

そうこうしている内に、ゴトゴトガタガタ。
贈り物を運ぶ荷車の車輪の音がアルバーナ中に響き渡る。

“緑の町”の名を取り戻したエルマルからは、瑞々しい野菜や果物。
ナノハナからは、新作の香水。
レインベースからは、新名産のバナナワニ皮のバッグと靴。
カトレアからは今年の新酒。

それぞれの町や村から、自慢の品が続々と届く。

もちろん、身内だって負けてはいない。
賢君としてはもちろん、親バカとしても名高い国王ネフェルタリ・コブラの愛娘への贈り物は、“東の海(イーストブルー)”から取り寄せたオレンジの一種“みかん”の苗木。
何ヶ月も前に注文し、ワシのプレゼントが一番に違いないとほくそえんでいたものの、何分遠い海の向こう。到着が遅れに遅れて気の揉みどおし。
とうとう、2月2日当日に、国王自ら東の港まで受け取りに行った。
長い航海を経ても元気な三本の若木に喜ぶ一方、書き置き一つ残さず姿を消すという国王の暴挙には、世継ぎ王女として説教した。

「お父様、贈り物は嬉しいのですが、私や周りの者がどれだけ心配したか。
 良く考えてくださらないと…ってパパ、何も泣かなくたって……は?
 説教する様がママにそっくり?……人の話は真面目に聞けェ!!」

そんなふうに、すっかり立派になったかに見える王女だが、相変わらずなところも多分にあるとは“ハヤブサのペル”の談である。
なぜなら彼の背に乗って、アルバーナ上空を一周することを“今年も”誕生日の贈り物に約束させられているからだ。
その事実の口止めと、バレないように見張りをすることが“贈り物”だと言い含められている“ジャッカルのチャカ”は、笑って同僚の肩を叩く。
せめて今年は、スカートは止めていただこうなと。

宮殿の厨房の主・テラコッタさんは、王女の好物のご馳走づくり。
アラバスタの伝統料理以外にも、秘伝のレシピと引き換えに咥え煙草の料理人から手に入れた海賊船でのメニューが並ぶ。

護衛隊長のイガラムは、得意の管楽器の練習に余念が無い。
ウイスキピーク時代に覚えた、あまり上品でない曲も、この日だけは咎められない。

奇跡の復興を遂げたアラバスタ王国だが、それで全てが終わったわけではない。
内にも外にも問題はあり、危機は幾度でも繰り返し襲い来る。
世継ぎ王女の責任は重く、期待は更に重い。

だから、今日だけは一日笑顔でいられるように。
王女の好きなもの、大切なものだけに囲まれていられるように。
王女を愛し、王女に愛される人々が心を尽くす。

けれど、悔しいことに。
何より王女を喜ばせるのは、まるでこの日を狙ったように配信される、海軍本部の手配書。
もはや“ルーキー”と呼ばれることもなくなった大海賊一味の、それぞれに大胆不敵な顔・顔・顔。
彼等の賞金総額は、とうに10億ベリーを超えている。

 『ビビ!!おれ達、みんな元気にしてんぞ〜ッ!!!』

そう言いたげな麦藁帽子の下の白い歯に、王女も満面の笑顔を返す。

「私も、もちろん元気よ!!!」


愛する国で、愛する人々と共にいるのだから。



                                     − 終 −



− remain −

「……ナミさんの匂いがする…。」

たった一つしかないベッドに顔を埋めたビビは、呟くように言った。

「あ、ごめーん。気になる?
 一応、シーツは替えといたんだけど」

ハンモックの上から声をかけると、あの子は小さく首を振った。

「ううん、ちがうの。とても良い香りよ。
 それに、なんだか安心するっていうか…」

アラバスタ王国を目差す航海が、始まったばかりの頃。
“居候”だからとベッドを譲ろうとするお姫様に、ハンモックと一日交代で使うことを納得させた、最初の夜。
ゆらゆら揺れる寝床から、シーツに流れる長い髪を見下ろした。

「ふーん、そう?だったらいいんだけど…。
 ちなみに、どんな匂い?」

自分の体臭って、自分では気がつかないのよね。
化粧品は肌に良さそうな無香料・無添加を選んでるし。
マメにシャワーは浴びてるから、シャンプーと石鹸の匂いってトコかな?
そう思っていたけれど、ブランケットに包まった小さな身体からの返事は違っていた。

「海と……、それから。オレンジに似た、匂い…」

最後の声は、明かりを落とした部屋の中に溶けて、静かな寝息だけが残った。
だから、それはオレンジじゃなくてみかんよって、説明する暇もなかったわ。
よっぽど疲れてたのね。
……当たり前か。敵の真っ只中で、名前も身分も隠して。
二年もの間、ずーっと気を張りつめていたんだもの。

「……おやすみ、ビビ」

小声で呟くと、意外に耳聡いお姫様は、枕をギュッと抱きしめながら律儀に返事をした。

「……すみな、…ぃ……ミさ……」


   * * *


アラバスタ王国を離れて、最初にベッドに横になった時。
シーツも枕カバーも取り替えた変えた筈なのに。

……ビビ、あんたの匂いがする。

時が経てば、この匂いも消えてしまうのね。
そう思ったら、海の上では振り返って見ることの出来なかったあんたの姿が目に浮かんだ。
海岸で、大きく左腕を振り上げたまま、どんどん小さくなって…。水平線の向こうに消えていく。

「……………。」

枕を顔に押し当てて、声を殺す。
そうしたら、ますますあの子の匂いが強くなった。

ビビ、あんんたの匂いは。
砂漠の乾いた砂と、風と。……それから、涙の匂いなのね。


「……おやすみなさい、航海士さん」

新しい同居人が、低く囁くように言う。
ブランケットに包まったあたしは、枕をギュッと抱きしめながら返事をした。
出来るだけ、眠そうな声で。


「……すみ、………ロビン……」



※ remain :後に残る (そこに)とどまる



                                     − 終 −



− 星の砂 −

砂漠に、良い思い出なんか一つも無かった。

昼は、フライパンで焼かれるような灼熱。
夜は、凍死寸前の寒さ。
何よりも、終始苛まれ続けた渇き。

正に、地獄のフルコースだ。

死に絶えた街から、枯れたオアシスへ。
そして、敵が待ち受けるカジノの街へ。
徒歩で砂漠を越える旅の間中、口には出さなかったけれど、ずっと思っていた。

なんて酷ェ国なんだ。来るんじゃなかった。
もーやだ、帰りてェ。

……思っていた、筈なのに。
あれから数年経った今も、捨てずに持っているものがある。


   * * *


アラバスタ王国を離れて、半日。
ビビとの慌しい別れと、海軍の包囲網からの脱出。そして、意外な密航者の登場。
矢継早な事件が、ようやく一息ついた頃。

そろそろ何時もの格好に戻ろうと、ウソップはゴーイング・メリー号の男部屋で着替えていた。
袖と裾の長いアラバスタ風の衣装から、よっこらせと頭を引っ張り出す。そのとたん、足元でパラパラと軽い音がした。
米をばら撒いたよりも、もっと小さな。小雨が甲板を叩くのに似た、微かな響き。

「………?」

怪訝な顔をして、ウソップは周囲を見回した。床に屈み、器用な指先で小さな粒を拾い上げる。
暫くそれを見つめていた彼は、甲板に顔を出すと声を張り上げた。

「おお〜〜い、サンジ!!空きビンかなんかね〜かッ!!
 それから、ナミ!!洗濯すんのは、ちょ〜っとまったぁ!!」


   * * *


白っぽくて細かい、小さな粒。
コイツは、本当に忌々しい代物だった。

どんなに気をつけていても、何処にでも入り込む。
目はチクチク。鼻はムズムズ。口の中はザラザラ。
寝床に横になっていても、ジャリジャリ音がして眠れない。

本当に、イライラさせられ通しだった。

なのに、何の変哲も無い砂粒をこう呼ぶヤツがいた。

……星のかけら、と。


   * * *


“ユパ”から、王下七武海クロコダイルの居る“レインベース”へ向かう旅の間のことだった。
休憩を取っていた…というより、文字通り砂の上にひっくり返って喘いでいたウソップのそばに、いつの間にかビビが座っていた。
時刻は深夜。冷えて乾いた空気に、吐く息が白く染まっている。

「ウソップさん、大丈夫…?」

僅かな休憩の度に、彼女はそうやって仲間を気遣う。
特に病み上がりのナミや、暑さに弱いチョッパー。そして、体力不足が否めないウソップを。
本当は、一刻も早く先を急ぎたいだろうに。それが判っているから、ウソップはヒーヒー声でやせ我慢を返す。

「……あー…、まー…、こんくれー…、以前、おれ様が巨大砂地獄から、子供達を救って生還し、英雄と……讃えられた時に、比べたら……、たいしたことねー……」

実際は、手のひらサイズの蟻地獄から、小枝で子蟻を一匹、助けてやっただけのことなのだが。
ビビは小さく微笑んで、何も言わない。その頬には、まだうっすらと赤い痣が残っている。
今朝早く、次に向かう先をどこにするかでルフィと言い争い、取っ組み合いになった時のものだ。
この国に着いて以来……いや、自分達と航海している間も……ずっと気丈に振舞っていた彼女が、最後には両手で顔を覆い肩を震わせていた。
その姿が、今もウソップの目に焼きついている。

「なぁ、ビビ……」
「なあに、ウソップさん?」

おまえ、大丈夫か…?そう言いかけて、口ごもる。
大丈夫なワケがない。今朝、ルフィはビビに一つの決断をさせたが、まだ状況は何一つ変わっていない。むしろ今は、自分達を戦いに巻き込むことへの不安と呵責で、心労が増えただけなのだ。
そういう気持ちは、きっと他の連中にはわからないだろう。ルフィはもちろん、ゾロにもサンジにも。多分、ナミにもチョッパーにも。
腕っ節や、剣術や、料理や、航海術や、医術や。何かに“自信”のあるヤツには、何も持たない、強がることでしか自分を支えられない人間の気持ちはわからない。

「?」

小首を傾げて、ビビはウソップの言葉を待っている。
なーに、おれ様に任せておけ。クロコダイルなんか、ぶっ飛ばしてやるぜ!!……と、ロクに砂漠を越えられもしない男が言っても、説得力がないし、余計に気を遣わせるだけだろう。
困り果てたウソップは、藁にすがる代わりに、寝転がった砂の上で唯一、見えるものに縋った。

「ほ……星が、キレイだなぁ…」

ギャー、何言ってんだおれ!?ラブコックじゃねーっての!!!
……と、心で力いっぱいのセルフツッコミを入れるウソップだが、砂の上で膝を抱えたビビは、笑った。本当に、心から嬉しそうに。

「そうでしょう?アラバスタは空気が乾燥して澄んでいるから、星がとても綺麗に見えるのよ。
 それに……ホラ、耳を澄ましてみて」

目を閉じ、両手を耳に当てて周囲の音を聞き取る仕草を見せる。
仕方なく、それに倣ったウソップだが、何の音もしなかった。砂丘の向こうで、相変わらず元気に騒いでいるらしいルフィの声がするだけだ。
だが、ビビは何かの秘密を告げるかのように囁いた。

「星の降る音が、聞こえない…?」


 サラ サラ サラ


水が流れる音に似て、もっと微かな。
それは、風に乗って砂丘を流れる砂の音だ。もちろん、そんなことはビビも知っているだろう。
黙ったままのウソップに、彼女は続けた。


「だから、アラバスタの砂は“星のかけら”と呼ばれているの。
 夜の砂漠が明るいのは、大地に降りた星達が、空で光っていた輝きを残しているからだと……」


満天の星空の下。
囁く声は、とても誇らしげだった。


   * * *


元はシナモンだかカルダモンだか、菓子用の香料が入っていた小瓶に、三分の二ほど詰められた白い粒。
アラバスタを離れたすぐ後、皆の着ていた服を叩き、チョッパーの毛皮も梳いて、集められたアラバスタの砂。

あれから数年を経た今は、きれいさっぱり覚えていない。

フライパンで焼かれるような灼熱も。
凍死寸前の寒さも。
終始苛まれ続けた渇きも。

覚えているのは、降るような星空と、銀色に輝く砂丘の連なり。
どんな絵の具でも描くことの出来ない、冴え冴えと澄み切った景色。

それから、宮殿の大広間での宴会とか。
プールのような大浴場で、国王と一緒に女風呂を覗いたこととか。
エロい目つきのラクダや、兄弟弟子になったクンフージュゴンや、風のように走る超カルガモや。
……それから、大きく口を開けて笑うビビの顔。

それらを思い出すために、ウソップは時折瓶を取り出して、ゆっくりゆっくり傾ける。


 サラ サラ サラ


星の降る音を聞くために。



                                     − 終 −


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諸事情により姫誕企画を断念した2013年。(涙)
2月中にBBSに掲載したコネタをちょっとだけ手直ししております。