にほんいちのレストラン



    『ぼくの家は、レストランです。
     ふつうのレストランじゃなくて、“にほんいちのレストラン”です。
     それは、ゴハンがメチャメチャうまいからです。
     テレビにでているゆうめいな人も、よくきてゴハンを食べます。
     うんと、とおいところからも食べにきます。
     そして、みんなが「おいしい」といいます。
     すごいとおもいます。
     そんなうまいゴハンを作る人を、コックといいます。
     まっ白い服をきて、スカ−フを首にまいていて、カッコイイです。
     ぼくも、そういう人になりたいとおもいます。』


   * * *


「じ−ちゃん、じ−ちゃん」

まとわりつく小さな男の子を、サンジはうっとおしげに見やった。
定休日だというのに、庭を眺めながら次のシ−ズンのレシピを練ることも出来ない。
明るい金の髪と色素の薄い肌は、明らかに自分と娘の系統の遺伝だろうが
きかん気の強そうな面構えは娘にも、その夫にも似ていない。

「…たく、ガキがいると五月蝿くってかなわねェな…」


仕事の都合で長く東京に住んでいた娘夫婦だが、今年の正月、この街に戻って開業医を
始めると言い出したのには驚いた。
東京の大学病院で教授達にも目をかけられ、それなりの地位を築いているのに物好きなと。

「だって、お父さんも東京の一流ホテルの主任シェフになる話を断わって
 この街に戻ったんでしょう?」

「それとこれとは話が違うだろ。
 第一、俺は最初から戻るつもりで修行に出たんだ」

「私だって、そのつもりだったわ。
 独りでやっていける経験と自信が出来たら、戻ってくるって決めてたもの」

にこにこと穏やかな笑顔で話す娘だが、言い出したら聞かない性格であるということは
嫌というほど知っている。
それでも、思いつく限りの苦言を呈さずにはいられない。

「…聞いてねェよ。
 てか、お前は良くてもウソップはどうする?別居すんのか?」

日本一のコックが作った純和風のおせちをつまみながら、娘の夫はのたまった。

「あ、俺は大丈夫。ネットとFAXと宅急便でなんとでもなるから。
 日本中、何処行ったって仕事できるもんな」

自称ア−ティストであったこの男は、いまやホンモノの売れっ子ア−ティストだ。
確かこないだは、どこぞのテ−マパ−クのマスコットキャラクタ−のデザインを手がけたとかで
TVに映っていたし、初めて書いた舞台演劇の脚本が何かの賞をとったとかで新聞に名前が
出ていた。
…要するに、専門が何だかよく判らない“何でも書(描)き屋”である。

「……だから、聞いてねェって。
 じゃあ、こいつ等はどうすんだ?東京に友達とか、いるんじゃねェのか?」

「オレは、つるむのキライだからな!!どこ行ったって、へ−きだ!!!」

母親譲りの髪の少年は、口いっぱいに頬張っていた栗きんとんを飲み込むと
偉そうに胸を反らした。

「…………。」

「お兄ちゃんって、最近ますますお祖父ちゃんに似てきたみたいね。
 素直に嬉しいって言えば?」

ちょうど年始の挨拶に来ていた和服姿の姪の言葉に、頷く者と笑いを噛み殺す者、各1名。

「……ビビちゃん、酷ェ……」

父の地盤を継ぎ、新進気鋭の国会議員である彼女の目標は
“日本で最初の女性総理大臣!!”だ。
居ないも同然の夫を心配するのも諦めたらしく、我が道を邁進している。

「キ−ナ、パパとママとおに−ちゃんといっしょなら、さみしくないよ。
 それにキ−ナ、おじいちゃんも、おじいちゃんのおうちも、だいすき」

父親譲りの髪の少女が、サンジの服の袖を引っ張った。
とたんに眉毛をだらんと下げて、膝の上に抱き上げる。

「キ−ナちゃんがそ−言ってくれると、おじいちゃん嬉しいな〜vv」

「や〜ん、おヒゲくすぐったい〜〜」

黒い癖っ毛の少女は彼女の祖母の名をもらったのだが、幸いなことに顔立ちはカヤ似だ。
今度小学校に上がる可愛い孫娘に、彼はメロリンなのである。

……こ−いうトコロは、昔から全ッ然変わってない…。

姪と娘と甥兼義理の息子は、心の中で同時に思ったという。


そんな正月から話はトントン拍子に進み、初夏に開業する病院は車で二十分の場所になった。
名医で知られたご長寿院長が亡くなった後、ロロノア家の次男が引き継いだ病院を
今度はカヤが引き継ぐのだ。
彼は昔からの念願だった無医村の雪国へ赴任するという。
そして春になると、当然のようなカオで娘夫婦は二人の孫を連れ、家に戻って来たのだった。


「じ−ちゃんってば、なあ!!」

「あのな…。悪ィが“じ−ちゃん”はヤメテくんねェか?」

レシピを諦めたサンジは、顔を上げて孫を見た。
言われた彼は不思議そうに青い眸を丸くする。

「“じ−ちゃん”は“じ−ちゃん”じゃんか」

「たまに帰って来た時に呼ばれるくれェは我慢するけどよ。
 毎日毎日呼ばれると、こう、自分が一気に老け込んだよ−な気分になんだよ」

タバコに伸ばしかけた手を止めて、忌々しげな目を向ける。
子供が居る傍では禁煙となるのも、不機嫌の一因だった。
だが、子供は遠慮を知らない生き物だ。

「フケてんだから、いいじゃんか」

「…可愛くね−ガキだな…。誰に似たんだよ、てめェ」

およそ祖父が孫に掛けるものとは思えないセリフだが、言われた方もまたキッパリと言い返す。

「と−さんとか−さんは、『おじいちゃんにソックリ』って言ってるぞ」

「似てね−よ!俺はお前ほど可愛気のねェガキじゃなかったからな」

「ちがうって!!と−さんとか−さんの“おじいちゃん”だから…。
 じ−ちゃんのと−さんだろ!!!」

「………!!」

今まで誰かに同じことを言われても、それは髪や眸の色を指してのことだと思っていた。
自分の記憶にある父親は、長く髭を伸ばして額に皺を刻んだ姿でしかなかったからだろう。
だが、この小憎らしい面構え。
最後の最後に、

『てめぇの料理は、まあまあだ。
 …ま、あと二十年もすりゃ、俺並みにゃあなるだろう!!』

と言い残して往生した、料理人人生最初にして最高最悪の師匠。
その二十年も、何時の間にか過ぎている。

「ま、そんなことど−でもイイけどさ。
 …なあ、ところでさぁ」

「…ん?」

毒気を抜かれた彼の前に、キラキラとした二つの青。

「オレ、コックになりてェ!!」

「………あ?」

「だって、コックってカッコイイじゃん。
 まっ白い服きて、首にアオいスカ−フまいてさ。
 そんで、ドロだらけのジャガイモとか、ニンジンとか、クソまじぃピ−マンとか
 キミのワリィサカナや肉のカタマリがさ、キレ〜でメチャクチャおいしい食いモンに
 ヘンシンするんだもんな。
 なあ、オレ、コックになる!!
 学校の作文にも、もう書いちまったもん」

「…………。」


“レストラン・バラティエ”を継ぐのは、別に自分と関係のある人間でなくてもイイと思っていた。
娘に料理人の婿を取らせるつもりなど最初から無かったし、実際、娘が選んだ男は
“自分と関係のある人間”ではあったが料理には縁が無かった。

力のある料理人がいれば、店の権利も名も譲ってイイと思っていた。
ただ、今のところ修行に訪れる若いコック達の中に、それだけの奴がいなかっただけだ。
それならそれで、二代で店を閉めるのもやむを得ないと覚悟はしていた。

…ところが。

「オレにも、じ−ちゃんみてェにすっげェうまいゴハン、つくれるようにおしえてよ!!」

彼の初孫は、確か次の誕生日で十歳になる。
彼が初めてこの家に来たのと同じ歳だ。
青い眸は真っ直ぐで、まだ悩みらしい悩みも知らないように見える。

だが娘達の話だと、他人に髪や目の色のことを言われると烈火のごとく怒って
手が付けられないほど暴れるそうだ。
むしろ、そのぐらい向こうッ気の強いガキの方が良いだろう。

道は、険しくて長い。

「そ−か。じゃあ、明日から修行だ。
 ビシビシしごいてやるからな。覚悟しとけ、チビナス」

笑いながら言うと、とたんに少年はムッとカオを歪めた。

「なんだよ、チビナスって!!」

「おめェのコトに決まってんだろが。クソチビナス」

鼻であしらうと、彼は顔中を真っ赤に染め、拳を振り上げて大声で怒鳴った。

「オレがチビなら、そっちはクソジジイだ!!!」

ちょうど縁側にお茶を運んで来たカヤが、息子の言葉を聞きとがめた。

「ゼフ、おじいちゃんに何てこと言うの!?」

「まあまあ」

叱ろうとするカヤを、キ−ナの手を引いて後ろに続いていたウソップが制する。

「でも、あんな呼び方。
 そりゃ、お父さんもお父さんだけど…」

困惑の表情を浮かべる彼女に、ウソップは笑いながら応えた。

「大丈夫だって。修行が終わって“一人前”になりゃ、呼ばなくなるさ。
 ……ま、あと十五年はかかるだろうけれどな」


   * * *



   そして、この家にはまた怒鳴りあうコックとコック見習いの声と
   困ったように笑う女達の笑顔が満ちる。

   それは幾度も繰り返されるだろう。
   幾度も繰り返され、“日本一のレストラン”の味と名は次の世代へ引き継がれる。

   “家族”のしあわせと共に。

   そうであることを、私は願って止まない。
   この“家”の一員として。

   (「日本一のレストラン/C・ウソップ著」)





                                        − 未完 −

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“ひとつなぎ”で書いた中では、今のところ一番最後の時間設定です。
ウソップやカヤちゃんが家を出た後、暫くの間サンジ兄ちゃんは独り暮らしとなりますが
こんなカンジで皆さん地元に戻って来るってのはどうかな〜と。
なので、兄ちゃんの晩年は賑やかです。まさに“歴史は繰り返す”となります。

ベタすぎ?とは思うのですが、実はこのためにカヤちゃんをサンジ兄ちゃんの娘にして
ウソップとくっつけました。
これだけ血が濃ければ、ゼフさん似の金髪な孫が生まれるのもアリかと。
そんなワケで“ひとつなぎ”は約半世紀に渡る大河ホ−ムドラマになってしまいました。
…誰の所為かは明白です。すみませんです。(汗)

(2004.5.25 文責/上緒 愛)