すいようびは、いつも



     夏が近づくと、あの家の庭には白い小さな花が一斉に咲くの。
     花びらが、まるで雪のように舞うわ。
     
     ……え?
     違うわ。
     実家じゃないの。
     私のお祖父さんとお兄ちゃんの家。
     
     あなたの記憶違いじゃないわ。
     亡くなった母の弟で、本当は叔父なんだけれど
     “お兄ちゃん”って呼んでいるの。

     …子供の頃から、ずっと。


   * * *


お庭のモモの花がさいた、お兄ちゃんのたんじょうび。
あの日から、ずっとお兄ちゃんはおじいちゃんのお家にいる。

だから、サクラの花がさいてから通うようになった小学校がおわると
わたしはウソップといっしょに、おじいちゃんのお家に行く。

そうすると、お店はお昼がおわって夜がはじまるまでのお休みのじかんで
ウソップと二人で

「「おなかすいた〜!!」」

って言うと、お兄ちゃんは

「しゃあねェなァ。食い盛りだもんな」

って笑いながら、オヤツを作ってくれる。
ホントは、そんなこと言うの、はずかしかったけれど
でも、お兄ちゃんの作ってくれるオヤツは、とってもオイシイんだから!

けれど、すいようびは朝からずっといない。
夜も、うんとおそくにかえってくるから、会えない。

つまんないな、せっかくお店がお休みの日なのに。
遊んでもらおうって、おもってたのに。


そうして、ツツジの花がさいて、フジの花がさいて
もう、長ソデの服をあんまり着ないようになってきたころ。

いつもどおり、おじいちゃんのお家に遊びにきたウソップとわたしは
げんかんの前でビックリしてしまった。

「……俺に、どうしろって言うんだよッ!!」

お兄ちゃんのソンナ声を聞いたのは、はじめてだった。
イタズラするウソップをしかったり、お店のコワイカオのコックさんたちと
大きな声で言いあいっこをしたりするのは、いっつもだったけれど
そういうのとは、ぜんぜんちがう。

二人で口を押さえてジッとしていると、また、はじめて聞く声で言った。

「…わかった…。じゃあ、ゆっくり考えて。
 答えが出たら、連絡して」

カチャンと、電話をおく音がした。


   * * *


その次のすいようび。
ランドセルをしょったまま、ウソップとお店をのぞいたらお兄ちゃんがいた。

「たまには、どっか行くか?」

そう言って、えいがにつれて行ってくれた。
にちようびにTVでやっている“かいぞく”のえいがで、すっごくおもしろかった。

次のすいようびも、お兄ちゃんはお家にいて
こんどはデパ−トにつれて行ってくれた。
おナベとかお皿とかがいっぱいあるところで、お兄ちゃんがお店の人と
むずかしい話をしているあいだ、がまんしていい子でいたら
屋上のゆうえんちで遊ばせてくれた。

けれど、お兄ちゃんはぼおっとタバコを吸っていて
あんまり元気じゃなかった。


「に−ちゃんは、なんか大事なモンがダメになったらしいんだ」

と、ウソップが言った。

「母ちゃんと父ちゃんが話してたんだ。
 “トオキョオはとおいから”とか“やっぱりチョウナンは”とか
 “エンレンはむずかしい”とかさ」

トオキョオはわかる。
チョウナンもだ。
お兄ちゃんもウソップも、“チョウナン”っていう。
わたしは“チョウジョ”で“ヒトリムスメ”だけれど。
…でも、わからないコトバがあった。

「“エンレン”って、なに?」

そしたらウソップは、うれしそうに。

「なんだビビ、しらないのか〜?
 “エンレン”っていうのはな、アレだ。
 エンがレンになってだな〜〜」

ウソップのお鼻が、真っ赤になった。
きっと、うまいウソを考えつかなかったからだ。

「ウソップもしらないんじゃない!もうイイ!!」

ほっぺたをふくらませて、言った。


   * * *


その次のすいようびも、お兄ちゃんはお家にいた。
そして、ヤッパリぼおっとしたカオで

「どっか行くか〜?」

と言ったので、ウソップはわたしを見て、わたしはウソップを見て
こわごわと

「「うん」」

とへんじをした。


水ぞくかんには、おさかながイッパイいる。
ココには、前にもつれてきてもらってて、
そのときのお兄ちゃんは

「あのマグロは脂のノリがクソ悪ィ」

とか、

「あっちのエビは育ちすぎだな」

とか、水そうの中のおさかなさんたちを、ゴハンにすることばっかり
しゃべっていたのに、今日は手すりにもたれたまま
わたしたちを見ているだけだ。

タバコを吸っちゃいけないのに、なんども火をつけかけて
水ぞくかんの人にちゅういされている。

…ぜんぜん、楽しそうじゃない。

イルカさんを見に、たてものの外へ出たとき、わたしはお兄ちゃんの
上着のすそを引っぱって言った。

「お兄ちゃんは“エンレン”っていうのがダメになっちゃったから
 元気がないの?」

ウソップがシ−シ−って合図をしているけれど、わたしはかまわなかった。

「お兄ちゃんがトオキョオにいたときだって、わたしもウソップも
 おじいちゃんも、パパも、ヤソップおじさんも、キ−ナおばさんも、
 ずっとお兄ちゃんのこと、わすれなかったもん。
 だから、とおくたって、だいじょうぶよ!!」

いっしょうけんめい、言った。
お兄ちゃんはかがみこんで、わたしの目をまっすぐに見た。
お兄ちゃんの目のアオい色が、わたしはせかいでいちばんキレイな色だと思う。

「悪かったな、ビビちゃん。
 心配かけちまったか」

「オレだって、オレだって…!
 に−ちゃんがシンパイだったんだぞ!!」

ウソップがお兄ちゃんの背中をポカポカとなぐる。
ウソップの方を向いたお兄ちゃんが、そのあたまをこづいた。

「…で、おめェか。
 ビビちゃんにクソ余計なコト吹き込みやがったのは。
 大人の話を盗み聞きしてんじゃねェよ」

「だってだって!!
 母ちゃん、に−ちゃんはトオキョオにいたまんまのほうがよかったかも、なんて
 言うんだ!!
 父ちゃんなんか、まだワカイからトカイがコイシクなって、フラッとどっかへ
 行っちまうかも…って!!!」

ウソップ、わたしにはそんなこと言わなかったのに。
お兄ちゃんはムズカシイカオをして、タバコに火をつけた。

「…そりゃ、てめェの願望だろ…」

と、小さな声で言うのが聞こえた。
グズグズ泣いてるウソップには、聞こえなかったみたいだけれど。

そしてお兄ちゃんは、ウソツキでベソカキのウソップのあたまに手をおいた。

「どこにも行かねェって。
 自分の“家”があって、“家族”がいんのに、どっかへ行っちまう理由なんてねェだろ?」

「…ホントか?」

ウソップが言った。

「おりゃ、ウソは吐かねェよ」

お兄ちゃんがわたしに目をつむって見せたので、わたしはうなづいて
そして、ふたりで言った。

「「どっかのウソツキとはちがって!!」」

「………!!!」

ウソップがお鼻を真っ赤にしておこって、おかしかった。


ウソップが、ベソをかくのもおこるのもやめたあと、お兄ちゃんは
わたしたちにたずねた。

「ところで、お前等。“エンレン”ってどういう意味か知ってんのか?」

「「ぜんぜん!!」」

ふたりでいっしょに言ったら、お兄ちゃんは笑った。

「ま、十年早ェわな」

わたしとウソップは、すごくよかったと思った。
お兄ちゃんが、いっぱい笑ってくれたから。


   * * *


水ぞくかんからのかえり道、わたしとウソップはかけっこをした。
いつも、わたしの方が早い。

坂をまっすぐにおりていくと、海のニオイがする。
ぱああっと、目の前にひろがるアオい色は、お兄ちゃんの目の色とおんなじ。

はんぶん海に浮かんでて、白いお船がとまってる、おじいちゃんとお兄ちゃんのお店。
日本でいちばんおいしいレストラン。

走りおりて、まっすぐつづくミドリの“カキネ”にそって角を曲がった
お店のまえがゴ−ル。

イッパイに咲いている小さな白い花の花びらが
ユキみたいにふってきて、とってもキレイ。

…何ていうんだっけ?
パパがおしえてくれたのに、忘れちゃった。
ママがダイスキだったお花なのに。

いちばんに角を曲がったら、お店のまえに女の人がいた。
背のびをして、“カキネ”のむこうをのぞいてる。
アオい色のワンピ−スが、花びらだらけになっていた。
お店には、ちゃんと『お休み』のフダがかかっているのに、ヘンな人。

「きょうは、店は休みだよ」

追いついたウソップが、言う。
その人はカオを赤くして、わたしたちを見た。
キレイで、やさしそうな人だった。
チョットだけ、しゃしん立ての中のママににている。

「なんだ、お客さんかぁ?
 すみませんが、今日は定休……」

ずっとおくれて角を曲がったお兄ちゃんが、そのままソコでうごかなくなった。

「……来ちゃった」

女の人が、言った。

「何で…?」

キレイな女の人なのに、お兄ちゃんはソレだけしか言わなかった。

「家族を説得するのに、これだけかかったの。
 泣き落としたり、ハンストしたりでタイヘンだったんだから。
 …でも、やっと許してくれたわ。私の好きなようにしなさいって。
 だから、来たの」

その人の言うことは、よくわからなかった。
でも、キレイな女の人にナンにも言わないお兄ちゃんは、はじめて見た。
いつもなら、タバコのケムリをハ−トのカタチにして、いっぱいいっぱいしゃべるのに。

「はじめまして。
 ウソップ君とビビちゃんでしょう?
 “お兄ちゃん”から聞いていたから、すぐにわかったわ」

女の人は、わたしとウソップの前にかがみこんだ。
お兄ちゃんといっしょだ。
ふと、思いついたことを言ってみた。

「お姉さんは、お兄ちゃんの“エンレン”の人なの?」

その人は、わたしたちに手をのばした。
そして、あたまについた花びらをとってくれた。

「そうよ。でも、これからお姉さんは“未来の日本一のコックさんのお嫁さん”に
 なる人なの」

笑ったお姉さんのあたまにも、白い花びらがいっぱいついていた。


   * * *


あのあと、お兄ちゃんとお姉さんとおじいちゃんは、奥の部屋でずっとお話をしていた。
キ−ナおばさんに

「コドモは入っちゃダメよ」

って言われて、ウソップと二人でシンパイしていた。
でも、キ−ナおばさんもソワソワしていたし、ヤソップおじさんもきて
タバコをいっぱい吸っていた。


その日の夜、いちばんおそいシンカンセンで、お兄ちゃんはお姉さんといっしょに
トオキョオへ行った。

そして次の日、はじめてすいようびじゃない日にお休みをしたけれど
夕方にお店が開くちょっと前のじかんに一人でかえって来た。
右がわのほっぺたを赤くはらして。

「に−ちゃん、フラれたのか?」

「お兄ちゃん、イタそう…」

学校がおわってから、ずっとまっていたウソップとわたしが言う。

「……いつになった」

おじいちゃんが、言った。

「来月の末。それまでは家に戻した」

「それが、ケジメってモンだ」

おじいちゃんとお兄ちゃんのお話は、それでおわりだった。
わたしたちには、ぜんぜんわからなかったけれど
キ−ナおばさんとヤソップおじさんがよろこんでいた。

「おめでとう!」

「一発ですんだんなら、良かったじゃねぇか!
 俺ンときなんざ、蹴りがニ、三発入って……いやその(汗)」

…だから、あのお姉さんは、またこの家にくるのだとわかった。


うちのパパも、とってもうれしそうだった。
おばさんたちからの電話で聞いたよって言っていたけれど
わたしがもういちどお話するのを、ニコニコして聞いてくれた。

「次のお休みは、パパといっしょにママのお墓参りに行こうね〜vv
 …きっと、安心するだろう」

あのカキネの白い花は、もうちってしまったから
ママのお墓には、さいたばかりのアジサイをもっていった。


   * * *


それから、アサガオやヒマワリの花がさいて
小学校がはじめての夏休みになったあとの、すいようび。

お姉さんは真っ白なキモノをきて
頭に真っ白な布をかぶって
おじいちゃんとお兄ちゃんのお家に来た。

「これが日本の“お嫁さん”なのよ」

キモノを着たキ−ナおばさんが、おしえてくれた。

わたしとウソップもキモノを着せられて
(すっごくアツかったけれど)
お兄ちゃんとお姉さんが手に持った赤い小さなおさらに
金色のきゅうすでお酒を入れた。

お姉さんはひなまつりに家でかざったお人形さんみたいで
とてもキレイだったけれど。
お兄ちゃんはキモノがあんまりにあっていなかった。

…けれど。

「ありがとうな」

って、てれたように笑うお兄ちゃんを見てたら
なんだか泣きたくなってしまった。

どうしてなのか、そのときはわからなかった。


   * * *


     “エンレン”が、“遠距離恋愛”というとても長い言葉の略だと知ったのは
     それから何年も経ってから。

     “家”とか“長男の嫁”とか“跡取り”とか。
     そんな言葉の重さと一緒に、“遠恋”の本当の意味を知ったのは、数年前。
     私が父と東京へ移り住んだ後のこと。

     ……で、その相手があなた。

     あのね、私。
     子供の頃からずっと、決めていたの。
     お姫様みたいなドレスも素敵だけれど、私が花嫁になる時も
     絶対に真っ白い着物を着るのだと。
     あの家の庭に咲く、卯木(うつぎ)の花みたいに。

     あら、そんな嫌そうな顔をしないでよ。
     日本人なんだから、イイじゃない。

     それから、もう一つ。
     コレもずっと前から決めていたわ。

     式を挙げるのは水曜日。
     “日本一のレストラン”を貸し切って、家族皆に祝福されるの。

     ……何もかも一人で決めてるって?
     
     だって仕方がないじゃない。
     結婚は、女の子の夢なんだから。



※ 空木(うつぎ)。卯木とも書く。
  ユキノシタ科の落葉潅木。日本各地の山野に自生。高さ1〜2m。
  初夏、釣鐘状の白色五弁花を円錐状につけ、球形の刮ハを結ぶ。
  観賞用とし、垣根などを作る。別名、卯の花。
  花言葉は、“秘密”
  (岩波書店「広辞苑」及び検索による複数サイト様からの総合情報)



   * * *



親族・友人を中心とした内輪での披露宴パ−ティ−。
新婦の父親が悪酔いし、国政に携わる者としてはいささか目に余る醜態を晒して
屈強な秘書等に取り押さえられた挙句、花嫁に叱りつけられるというハプニングは
あったものの、新郎新婦の門出に相応しい宴となった。

見事な料理の数々を作り上げた“日本一のレストラン”の二代目オ−ナ−と
気の効いたスピ−チと凝った演出で場を盛り上げた司会者は
彼等以外に人の居なくなった“レストラン・バラティエ”のカウンタ−席に
並んで座っていた。

「おめェはさァ〜〜」

と、オ−ナ−シェフにして新婦の叔父が言った。

「ん〜〜?」

と、司会者にして新婦の従兄弟が答えた。
長い鼻が真っ赤になっているのは、手元のグラスの残り少ない液体の所為だろう。

「アホだよな〜〜」

グラスに琥珀色の液体を継ぎ足しながら、料理人が言う。

「なんだよ〜、ソレ〜〜」

芸術家を自認し、法螺吹きを他認される青年が、ムッとする。

「逃した魚はクソ馬鹿デカイってこった」

自他共に認める“日本一の料理人”が、ニッと笑う。

二十歳近い年齢差がある二人だが、こうして一緒に酒を飲めるようになってからは
互いの距離は近づいたように思われる。

「けどよ〜、俺達はさ〜〜、ず〜〜〜っと“仲良しのイトコ”だったからさァ」

「まぁなぁ……」

「そ〜いうのって、大事にしてェじゃん」

「…ま、飲めや」

叔父は甥の肩を軽く叩いた。
カウンタ−に肘を突いていた甥は、顔を上げて言った。

「けどさァ、イトコっていうんならカヤだって同じだよなァ。
 姉ちゃんに似てカワイイし、優しいし、俺の話をいつもすっげ〜喜んで
 聞いてくれるしよ〜〜vv」

「あァ?俺の娘に手ェ出そうなんざ、おめェイイ度胸じゃねェか…。」

一人娘を溺愛する父親が、幸いにして娘に遺伝しなかった巻き眉毛を吊り上げる。
八つ年下の従妹を実の妹のように可愛がっている男は、慌てて両手を横に振った。

「じょ、冗談だよ冗談!!(汗)
 第一、兄ちゃんが義理の父ちゃんになるなんてな、俺だってゴメンだって〜」

「冗談でも、言うんじゃねェよ!!縁起でもねェ!!!」


…十年後。
ソレが冗談でなくなったのは、また別の物語である。


                                   − 未完 −
                                (次のエピソ−ドへ続く)


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初回から追加設定てんこ盛りなお話ですみません。(汗)
でも、実はまだまだ隠れた設定がたくさんあるのです。
私だけでなく、もとみさん、ゆうさんにも。
おいおい明らかになりますが、ここで挫折せずに次のお話に進んでいただけることを
切に願います。

なお、壁紙は“卯木(うつぎ)”ではなく“ヤマボウシ”の花です。
旧暦四月の別称(卯月=卯の花の咲く季節)でもある卯木ですが、垣根や生け垣が
見られなくなった現在は、余りメジャ−でない花のようですね。
比較的イメージが近かったので、代用に。

(2003.5.25 文責/上緒 愛)