コオロギの鳴き声。

赤や黄色の木の葉。

めっきり種類の減った、花屋の商品。

涼しい風。

花の芽町に秋が来た。


「いらっしゃいませ――って、シンシア。おはよう〜。」

花屋の店番をしている娘のリリアが開けられたドアのほうを見ると、そこにいたのは彼女の親友、シンシア。

「おはよう、リリア。」

「ナスの種でしょう?ちゃんとあるわよ〜。そこのテーブル。」

牧場の娘であるシンシアは、家の手伝いで牧場の仕事をすることが多い。

「サンキュー。」

代金を払うシンシア。

「ねえねえ、リリア。今日さ、時間ある?山に行かない?」

シンシアが尋ねる。

「う〜ん……お昼からなら…」

リリアが少し考え、そう答えようとしたとき、再び店のドアが開いた。

「おはようございます。」

「バジルさん。おはよう。」

「…バジルさん…。お、おはよう。」

店に入ってきたのは、春からこの町で暮らしている青年、バジル。

「リリアちゃん、あのさ。今日…時間あるかな。」

恥ずかしそうに頭をかきながら、バジルはリリアに声をかける。

「え、あ、でも。今日はシンシアと…」

リリアは断ろうとしたが。

「ああ、あたしやっぱりよしとくよ。じゃあね、リリアにバジルさん。」

シンシアはそういい残して店を後にした。

「え、ええ?ちょっとシンシア……!」

バジル――自分が気になっている男性と2人きりにされ、慌てるリリア。

「…ええと、リリアちゃん。今日の夕方、山に来てほしいんだ。」

「え!……う、うん。」


「どうしよう、シンシア〜。」

「どうしようって、行くしかないでしょ?山に。」

その日の昼。

店番を終えたりリアは、牧場のシンシアのもとに相談に来ていた。

「いやあ、バジルさんもやっと決心したか。告白する。」

「こ、告白って、何?シンシア。」

「だから、バジルさんが。」

「バジルさんが?」

「リリアに愛の告白。」

シンシアがそう言ったとたん、リリアの顔が真っ赤になった。

「うわあ、リリアったらタコみたいな顔。」

「た、タコって…。せめてもっと可愛い例えにして………じゃなくて!ありえないよ、そんな…告白なんて…。」

だんだんと声が小さくなっていく親友を見て、シンシアは“やれやれ”と思う。

「ありえなくはないでしょう。春にあんたと一緒に仲良くムーンドロップケーキ開発していたの誰?あたしじゃないわよねぇ。
夏にあんたの隣で花火見ていたの誰?あたしじゃないわよねぇ。これで脈がないって思うほうが無理じゃないの?」

「う……。」

「ねえ、リリア。リリアだってバジルさんのこと、好きでしょう?仮によ、これが告白でもなんでもない世間話をするために呼び出したんだとしても、
逆にリリアから告白する絶好のチャンスでもあるんだから。」

それまで雑草を抜きながらからかい半分でいたシンシアが、急に自分に向き直り真剣にそう言ったことで、リリアは少し驚いたが、

「そう……だね。」

“告白”へのかすかな決心が芽生えた。


「あ、リリアちゃん。」

「バジルさんっ…ま、待たせちゃってごめんなさい!」

決心したはいいが、なんと言って“告白”すればいいのかリリアはわからず、考えているうちに約束の時間を過ぎてしまっていた。

「いいよいいよ、気にしないで。この実について研究していたから。」

バジルが手にしているのは山ぶどうの実。

「ふふ、本当にバジルさんは植物が好きなんだね。」

「うん。世界中の植物を研究していきたいんだ。」

「すごいなあ……私もお花、好きだけど…世界中なんて考えたこともなかった。」

しばらく2人は、“あの実はあの木から生る”とか“あの花の種はどこそこで手に入る”といった世間話をしていた。

「……あのさ、リリアちゃん。」

「なあに?」

「僕は、君に言わなくちゃいけないことがあるんだ。」

それまでの態度とは一変し、真剣な顔をするバジル。

つられてリリアも真剣な顔になる。

「僕は……僕は、この町を離れる。」

一瞬、世界が停止したようにリリアは感じた。

目の前に立っているバジルが言ったことが、すぐには理解できなかった。

「え……。」

「もうすぐ、冬が来るから。ここより南の国へ行って、今度はそこの植物を研究する。
……元から、そのつもりだったんだ。僕は何年も前から渡り鳥のような生活をして、いろいろな植物を研究していた。
ひとつのところに冬になってもい続けたことはなかったんだ。」

淡々とバジルは喋るが、その表情は少し辛そうだった。

「そ……そう、なんだ。」

リリアは、自分の目から涙が出そうになっていることに気づいていた。だが、必死でこらえた。

「世界中の植物を研究するんだもんね。」(そう、それがバジルさんの夢で、生きがい。)

「すごいね……がんばって、ね。」(だから、“好き”とか“ずっとここにいて”なんて、言えるわけない。)

リリアは、そう言うことがやっとだった。

「でも、また来年の春に戻ってこようと思う。」

「えっ?」

リリアが驚いてバジルの顔を見上げると、彼は真剣な顔からいつものやさしい笑顔へと変わっていた。

「ここ、今まで訪れた中で一番いい町だったと思う。たくさんの自然があって、興味深い植物があって。
町の人も親切で温かくて……それに……君に出会えた。」

「え……?」

「……は………だけど。」

バジルが言葉を続けたときちょうど強い風が吹き木の葉が生って、リリアはほとんど聞き取ることができなかった。

「ご、ごめん。今なんて言った?」

「……いや………来年の春にまた戻ってくるから、それまで待っていてくれるかな、僕のこと。」

お互いに“好き”という、具体的な言葉は出なかったが、バジルがそう言ったことでリリアには彼の自分への想いが伝わり、

リリアが泣き笑いの顔をしながらも強くうなずいたことで、バジルには彼女の自分への想いが伝わった。


「シンシア、見てみて!」

季節はめぐり、春。

「なになに?……へえ、バジルさんからの年賀状かぁ。」

「うふふ。」

頬を染めて、とてもうれしそうな表情のリリア。

「去年はじめてやってきたときと同じ日に帰ってくるとして…あと2週間ぐらいか。もうすぐだね。」

シンシアはカレンダーを見る。

「ふう、待ちきれないなぁ。」

「もう、リリアったら浮かれすぎ!」

「だって〜。」

幸せそうに笑う少女。

再会は、もうすぐ。


〜あとがき〜

愛すべきバジリリ。後悔はしていない。

女子同士の会話が書きたくてシンシア出しちゃったけど後悔はして(ry

ちなみにバジルが言ったけど聞こえなかった箇所、あそこは(以下反転)

「本当は、君を連れて行きたいんだけど。」

って言ってましたとさ。

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