一行は、ようやく山を降りきった。

後ろを見上げるとそれなりに高く、つい数日前まであのほぼ頂上近い村にいたことが嘘のようだ。

「村の人達……よその町からあんなにとおいんだね。」

露々が、ぽそりと呟いた。


第15話 呼祈の書


「あそこでしょうか、ヤシタマという町。」

「そうっぽいな。」

村を出る際、村長が次の行き先にどうかと教えてくれた“ヤシタマ”。

山を降りてすぐのところにあり、彼の息子一家を含む村を出た若い世代が数多く暮らしているという。

さらに、村長はこうも言っていた。

『夢路様から授かったものを、その町にて保存している筈です。皆様の旅に役立つと思うので、是非借りていって下さい。』

『夢路様からって……あの、それは貴重なものなのでは?』

簡単に借りていいものなのか。誰もが躊躇し、十和が代表して尋ねたら。

『ウイルスへ対抗するため、幾つかのな町や村に授けられたものだそうです。貴方たちが訪れた際にお渡しするよう仰せつかったはずですので。』

そういう理由ならと、皆は納得した。それにどちらにせよヤシタマへ寄らなければ、道順の確認も必要な物資の補充もできない。


シンプルな造りの門をくぐってヤシタマに入った、ちょうどその時。

「うわーっ!!」

門のすぐ側に建っている家から男性の叫びが聞こえた。

緋凪と彪砂が顔を見合わせ頷き、その家へ入る。

「君達は……! 助けてくれ、ウイルスに汚染された動物が“呼祈の書”を……!」

家の中にいた男性が、二人の姿を見つけ助けを求めてきた。

男性の指差す方向を見ると、確かに瞳が妖しく光る動物が何かを口にくわえている。

「あらよっと!」

「任せなさい!」

山越えや村周辺でのウイルス退治を経て、一行はかなり戦闘に慣れてきた。

特に最前線で戦い、かつ元から基礎体力が高いこの二人は1、2度ダメージを与える程度でウイルスを倒せるようになっていた。

「ギャウン!!」

今回も多分に漏れずあっさりと戦闘が終わり、ウイルスは跡形もなく消えた。


「ありがとう。来てくれて嬉しいよ。」

ちか と名乗った30歳前後のその男性は、全員を自宅に招き入れ茶を出した。

「呼祈の書が盗られたらどうしようかと……名前を聞いてもいいかな?」

彪砂と緋凪を見て、哉が言った。

「俺は緋凪。」

「彪砂よ……ねえ哉さん、“呼祈の書”ってそれの事よね。」

ウイルスから取り返した紙を指差す。

ちらっと見えたが文字に記号、そして直線などが描かれており、複雑そうに感じた。

「そうだよ。これは僕が以前、碧の巫女様から授かった大事なものだ。」

哉はそれを丁寧にくるくると丸め、青色の紐でとめた。

「あなたにお渡しするため、今まで持っていました。お受け取り下さい。」

視線を呼祈の書から椎香に向け、それを差し出す。

まさか自分に渡されるとは思わず、椎香は戸惑う。哉はさっきまで緋凪達と話していたのだから。

「……差し出す相手間違ってないの?」

心を支配する自虐的な感情が、素直に受け取ることを許さない。

戦って、呼祈の書を取り返したのは緋凪と彪砂だ。自分は普段から何も出来ないししていない。

夢路と一心同体とかよく似ているとか、そんなよく分からない理由で慕われたり頼られたりするのも困る。

だが、顔を俯ける椎香に対する哉の表情は変わらず穏やかなまま。

「…間違ってなどおりません。開いてみて下さい。」

変わらず差し出されているそれを、椎香はそっと手にとる。青色の紐をゆっくりと解き、丁寧に開いた。

「これ………。」

横に引かれた5本の直線と、垂直に短く引かれた縦線。縦線の端にはやや潰れたような丸が、上や下に付いている。

そして、その“丸付き縦線”一つ一つの下に文字が書いてある。椎香にとって馴染み深いそれは――

「楽譜……?」

「椎香、それ分かるのか?」

隣から覗き込んで見ていた緋凪が、驚いた様子で尋ねた。

「うん…歌を歌う時の歌詞とか音程とか速さとか、そういうのが書かれてるのが楽譜っていうんだけど、それにそっくり。」

椎香の説明に、他の仲間達も感嘆の声を上げる。

「…ほら、渡す相手は間違っていなかったでしょう。」

優しく微笑む哉に対して決まりが悪くなった椎香は、一言小声で「…ありがとう」と言った。


その夜はヤシタマに泊まり、翌日、町の商店で必要なものを買い足してから出発することにした。

ちなみに、この世界の通貨はお社の村の人々がウイルス退治の礼も兼ねカンパしてくれた。

「この道をまっすぐ進むと、鉄道が走っている町に着きます。王宮都市へはそれが近道ですね。」

町の門を出たところで、哉が説明する。

「……ねえ、緋凪君に彪砂さん。」

「はい?」

「一つだけ頼みがあるんだが……いいかな。」

哉の穏やかな笑顔が少し陰って寂しそうに見えるのを、二人は見逃さなかった。

「いいよ、何?」

「…哉って呼んで。」

年上で、しかも初対面ということもあり、二人を含め一行は哉さんと呼んできた。

「…哉!」

「……うん、ありがとう。」

満足したのか、哉は頷いて「じゃあ、皆さんお元気で!」と手を振った。



「……よかった。元気そうだ。」

別れた後で哉がそう呟いたのを、一行は知らない。


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