青い、空の下で。〜やちる編〜

2年生、春。 1             

2年生、春。

それは、1年生ももうすぐ終わりのある日。

「ただいま〜。」

「あ、お帰りやちるちゃん〜。ちょっとこっち来て来て〜。」

ママがリビングで呼んでる。なんだろ〜?

「ほら、これ見てみて。瑛ちゃんのママからのお葉書。」

ママがそう言って、ハガキを渡してくれた。

「……え〜!」


「円香、美月〜!聞いて聞いて!」

「おはよー、やちる。何何?」

「楽しそうね。何かいいことあったの?」

2人に昨日のハガキを見せる。

「あのね、瑛ちゃん覚えてる?今度、こっちに帰って来るんだって〜!」

「瑛ちゃん?」

美月と円香はちょっときょとんとしたけど、すぐに思い出したみたい。

「ああ、瑛ちゃんって瑛一君?1階に住んでた。」

「そうそう〜!」

「懐かしいわね。私達が1年生の時だっけ、引っ越していったの。」

藤堂瑛一君こと瑛ちゃんは、小さいときにあたしたちと同じマンションに住んでた、ひとつ年下の男の子。

このマンションは小さくて、住んでる子供はみんな仲良しの遊び仲間。

それに瑛ちゃんのママとうちのママは同い年で高校の同級生だったから、あたしと瑛ちゃんはとっても仲が良かったんだ〜。

「ここに住むの?」

円香が聞いてきた。

「ううん、下岡町の一軒家買ったんだって〜。」

「ひょっとして、ひーちゃん家や裕ん家の近所?確かあの辺、最近いっぱい家建ってるよね。」

「うん、多分その辺りじゃないかなあ〜。」

同じマンションじゃないのはちょっと残念だけど、うちの学校に入学してくるはずだから、楽しみだな〜。


試合も終わって、来年度に向けてのミーティングも無事に終了。

女子テニス部、春休み!やった〜!

「やちる、ばいばい。」

「ばいばい、のーちゃん!また新学期ね〜。」

友達とバイバイして、マンションへ続く坂を登る。

昨日瑛ちゃんのママから電話がかかってきて、引っ越しが終わったから今日うちに遊びに来るって連絡あったんだ〜。

もう来てるのかな〜?

「ただいま〜!」

ドアを開けると、知らない靴が置いてある。きっと、瑛ちゃんとおばさんの靴だ!

どきどきわくわくしながらリビングに向かう。

瑛ちゃん、どんな男の子に育ってるのかなぁ?

「お帰り、やちるちゃん〜。」

「あら、やちるちゃん?大きくなったわねー。」

「おばさん、お久しぶりです〜。」

おばさんの隣に座ってる瑛ちゃんが、こっちを振り向いた。

「…やちるちゃん…。」

「え…瑛ちゃん?」

おばさんの隣にいるから瑛ちゃんに決まってるのに、一瞬分かんなくなった。

だって瑛ちゃん、すっごく大人っぽくなってる〜!

「久しぶり、やちるちゃん。」

瑛ちゃんがそう言ってにっこり笑ってくれた。

「ねーねー瑛ちゃん。瑛ちゃんも4月から宮野西中に通うんだよね?」

「うん、そうだよ。やちるちゃんの後輩だね。」

「わあ、あたし先輩なんだ〜。なんか変な感じだねぇ。」

ママたちはリビング、あたしと瑛ちゃんはあたしの部屋でそれぞれ話してる。

瑛ちゃん、前に住んでいた町では、県内で有名なかしこい小学校に行ってたんだって。

小さい時のことしか知らなかったから、そんなに頭よかったんだ〜!って、びっくり。

ひょっとして、中学も私立なのかなって思ったけど、同じ学校に通えるみたい。

「部活って何するか考えてる〜?」

「ううん、まだ。何か運動したいなって思ってはいるけど。」

「本当!?あのね、あたしテニス部なんだよ〜。すっごく楽しいから、一緒にやろうよ!」

「テニス部か…。うん、考えとくよ。」


すぐにおばさんが呼びに来て、瑛ちゃんは帰ってっちゃった。

「瑛ちゃん、すごく大人っぽくなったわねぇ〜。やちるちゃんの方が年下みたい。」

「も〜、ママったら!」

失礼しちゃうけどママの言うとおり。

あたしは早生まれだから昔から周りの友達より小さかったけど、瑛ちゃんはもっと小さかった。

でも、今はほとんど一緒の身長。

昔はしていなかったメガネもかけてて、本当、大人っぽくなった。

それに、ちょっとかっこよくなったかも……。


「やちるちゃん、美月ちゃんっ!」

入学式の日は吹奏楽部や生徒会の人たち以外は休み。

美月と一緒にマンションの近くの公園で桜を見ながらまったりしてたら、入学式から同じマンションの子たちが帰って来た。

「おーい、みんなー。」って美月が呼んだら、そのうち2人がすごい勢いで走ってきた。

「どうしたの〜?慌てて〜。」

「瑛ちゃん?藤堂瑛一って瑛ちゃん?」

走ってきた2人、千奈ちゃんとあっちゃんが聞いてきた。

そっか、みんなには言ってなかったっけ〜。

「うん、瑛ちゃん帰って来たんだよ〜。同じクラスなの?」

千奈ちゃんとあっちゃんがこくこく頷く。

「あんなにチビだったのに、かっこよくなっててびっくりした!」

「ね〜っ。」

「うわぁ、瑛一君、モテてるね。」

美月がしみじみと言った。

「そうなの?私も見たかったなあ。」

「くそー、瑛より俺の方が背、高かったのに!」

みんなも口々にしゃべる。

「あ、瑛ちゃん!」

あっちゃんが指差した方を見たら、ほんとに瑛ちゃんがいた。

あたしたちに気付いて、こっちに来る。

「やちるちゃん、おはよう。美月ちゃん、久しぶり。」

「おはよ〜。」

「久しぶり。本当、大人っぽくなったんだね、瑛一君。」

「こら、瑛!親友の俺を無視するなっ!」

「久しぶり、私たちの事覚えてる?」

「マコト、頼ちゃん。もちろん覚えてるよ。久しぶり。」

あっという間に、同学年どうしで盛り上がっちゃった。

……瑛ちゃん、楽しそう。

「やちる、あたしそろそろ帰るね。洗濯終わっただろうし。」

美月が言った。

「あ、じゃああたしも帰る〜!またね、みんな〜。」

「ばいばーい。」

瑛ちゃんたちはみんな同じ幼稚園で、昔からあんな感じで男女混じって仲がよかった。

昔といっしょの光景なのに、なんでかな。

……なんか、さみしい。

「よろしくお願いしまーす!」

テニス部は男子も女子も、一年生がいっぱい入ってきたの。

そしてその中には、瑛ちゃんの姿もあったんだ。


「疲れたー!」

「お疲れさま〜、瑛ちゃん〜。」

部室の鍵を閉める当番にあたってたあたしと後片付けをしていた瑛ちゃん。

ほとんど一緒のタイミングで、それぞれの部室から出て来たから、途中まで一緒に帰ってるんだ〜。

「本当、まさかここまで大変だと思ってなかった。やっぱり中学って本格的なんだね。」

「すぐに慣れるよ〜。」

なんだか、去年のあたしを思い出すな〜。

今の時期って基礎トレーニングや雑用中心で、とにかく疲れるんだよね〜。

「じゃあね〜、瑛ちゃん。」

「うん、また明日。」

門を出てちょっと歩けば、もう分かれ道。

やっぱり、ちょっと寂しいな〜。


「鈴本、ちょっといい?」

「谷君?どうしたの〜?」

同じクラスの谷君はテニス部の仲間で、あたしたち2年生のリーダー的存在。

「1年の藤堂の事だけど、前からの知り合いか何かか?」

「瑛ちゃん?うん、幼なじみなんだ〜。」

あたしがそう言うと、谷君はなんだかむずかしい顔になった。

「…あのさ、言いにくいんだけど……他の1年生とかがいる所で今みたいに“瑛ちゃん”って呼んだり、友達として仲良くするの、あんまし良くないって思うんだ。」

……え?

「部活って、やっぱり上下関係は大事だろ?他の1年生も“なんで藤堂だけ”って思うだろうし、あんまいい気持ちしないから。」

「……そっかぁ……。」

「あ、別に距離をとれとか言ってるワケじゃないから。藤堂にも言っとくから、その辺よろしくな。」

瑛ちゃんとあたしは年は違うけど、仲良しの友達。

だけど、部活内ではそうはいかないんだね…。


「えーっ!マジかよ、藤堂!」

「うわぁ、すごいね藤堂君!」

部活が終わった後、何だか1年生数人が盛り上がってる。

しかも、輪の中心は瑛ちゃん。何だろう、気になるな〜。

…“友達”じゃなくて、“先輩後輩”として仲良くするのはいいんだよね?

「ねーねー、何の話?」

輪の中にいる後輩の多野ちゃんに聞いてみた 。

「あ、鈴本先輩。すごいんですよ、藤堂君この間の中間テスト、全部100点満点だったらしいんです。」

「え…ええ〜っ!」

すごい、瑛ちゃん!あたし100点なんてとったことない〜!

「すごい、さすがだね!」

瑛ちゃんに言うと、瑛ちゃんは笑って言った。

「ありがとうございます、先輩。」

――アリガトウゴザイマス、センパイ。

普通の先輩と後輩のやりとりなのに、何だかヘンな感じがする。

心の中がもやもやするっていうか……何だろう。なんか嫌な気持ち。


瑛ちゃんは後輩、あたしは先輩。

瑛ちゃんは天才、あたしはバカ。

なんだか、会っていなかった小学校時代よりも、瑛ちゃんが遠くなったみたい。

宿題してても瑛ちゃんのことばっかり考えちゃって、集中出来ない。

いつもは美月たちのところに行くけど……

「お散歩でも行こっかな〜。」

近所の遊び場にむかう。

小さいころはよかったな〜……。

年上の子も同い年の美月や円香たちも年下の瑛ちゃんたちもみんな友達で、何も気にしないで毎日遊んだっけ。

「あれ……。」

あそこにいるの、瑛ちゃん?

近寄ってよく見ると、やっぱり瑛ちゃん。向こうもあたしに気づいたみたい。

「あ、やちるちゃ……鈴本先輩。」

――また、鈴本先輩……?

いやだ。何だかすごく悲しい。

学校以外で、先輩って呼んでほしくないのに。

部活の時以外は、いままでみたいに友達として仲良くしたいのに。

「先輩?」

「……瑛ちゃん、部活とか、学校以外で、先輩って呼ばないで……。」

さみしい。すごくさみしいの。

瑛ちゃんが遠くなっていく気がしてさみしくて、涙が出てきた。

「あ、や、やちるちゃん!?ど、どうしたの?」

あわてて瑛ちゃんが聞いてきた。

「さみしい……さみしいよ〜!」

泣きながらだけど、全部話した。

先輩って呼ばれるのは部活の時にはしかたないけど、さみしいこと。

瑛ちゃんが頭よくなってて、遠くなっていく気がすること。

瑛ちゃんはだまって聞いてくれた。

「……ごめんね、やちるちゃん。」

「……ううん、あたしこそごめんね。困らせちゃって。」

思ってることをはき出したら、ちょっとスッキリした。

「ねえ、やちるちゃん。2つだけ教えてあげる。」

「何?」

「僕だってやちるちゃんを先輩って呼ぶのは寂しいってことと、小学校の時から勉強を頑張ってきたのは、やちるちゃんが昔“かしこい人と結婚したい”って言っていたのを覚えていたから…なんだよ?」


イマイチな出来なの分かっててUP。

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