100年単位で鎖国していた東洋の島国、日本。

しかしアメリカなどの西洋諸国の圧力に――もとい、八橋に包んでいえば“誘いを受け”、とうとうその時代は終わりを告げた。


あい らぶ ゆー

「おや、。」

「菊にぃに、おかえりなさい!」

菊が家に帰ると、縁側で見慣れない本を読んでいるが目に入った。

菊が声をかけると彼女は本を置いて玄関まで走り、改めて出迎える。

「どうですか? “すーつ”は。」

「んー…どうもこの“ねくたい”やら“ぼたん”やらがどうしても厄介ですね……あとは“ずぼん”も。袴と違って細いですから、どうも落ち着かなくて。」

「大変そうです……西洋の人たちはこんなにむずかしい服を毎日着てるなんて、すごいですね。」

「ですがアメリカさんに以前袴をお見せしたときは“なんだいこれ! こんな複雑そうなもの、どうやって着るんだい!”とおっしゃっていましたが…。」

「ふしぎですねぇ。」

悪戦苦闘しながら着ていたスーツを脱ぎいつもの着物に着替えた菊は、うーんと大きな伸びをした。

「はあ、落ち着きます……。」

「お茶入れますね〜。お隣からもらったおだんごも食べましょ〜。」

「ありがとうございます。」


は湯飲みに茶を注ぎ、団子を一本、菊に渡した。もう一本は自分用。

「そういえば、さっき読んでいたのは何の本ですか?」

「これですか? 菊にぃにの新しい上司さんのひとりが、“お兄さんの役に立てるよう、あなたも勉強をしなければ”ってくれました。」

は団子をほおばりつつ、一番上の一冊を手にとって菊に見せた。

「“異国の暮らし”……。ほう、こんな本がもう出ているんですね。知りませんでした。」

ぱらぱらっと本をめくると、アメリカやイギリス、ドイツなどの町並みや簡単な歴史、人々の様子などが写真入りで紹介されている。

「かなり高そうですね…きちんと礼を言わなければ。」

「わたしちゃんと“ありがとうございます”っていいましたよ?」

だけでなく保護者の私からも改めて言うのが礼儀というものですよ。しかし……この本はには少し難しくないですか?」

200歳をとうに越えてるとはいえ、は人間より成長のスピードがかなり遅い。

おそらく人間年齢だと10代前半くらいだろう。対してこの本は大人が読む用に書かれている。

「大丈夫なのです! ……たまーに、ちょっとむずかしいところもありますけど、でもその本とてもおもしろいんですよ!」

子どもは好奇心が強い。確かに見知らぬ国のことが書いてある本は、そこら辺の物語よりも面白く感じられるだろう。

「そうですか。では頑張って勉強してくださいね。」

「はいっ!」


毎日忙しい菊は、朝から夜までずっと家にいないことが多い。

もだいぶしっかりしてきたとはいえ、毎日ぽちくんと留守番では寂しいだろう、と菊は気に病んでいた。

だが、どうやら上司の本はその寂しさを紛らわすにも一役買っているらしい。

その証拠に、うんうん言いながらもが本を読み進めていく速さは決して遅くない。

毎日夕食のときにが今日読んだ中での印象深い箇所を菊に楽しそうに話し、二人でそれについて語ることが日課になっていった。


「菊にぃに、おかえりなさーい!」

「ただいま、。」

「今日のご飯はこの間菊にぃにが作った偽びーふしちゅーです!」

「ほう、上手に作れましたか?」

「ばっちりなのです!」

菊が着替えてちゃぶ台の準備をすると、すぐにほかほかとおいしそうな偽ビーフシチュー――肉じゃがが運ばれてきた。

「ああ、おいしそうですね。いい匂い……。」

「いただきまーす!」

「いただきます。」

もっもっ、としばらくの間二人は食事に集中する。よほど腹が減っていたらしい。

「菊にぃに、今日はアルフレッドさんやアーサーさんの家の言葉で、すごくすてきなのを発見しました!」

「へえ、なんていう言葉なんですか?」

「“あい らぶ ゆー”です!」

「あいらぶ……湯?」

菊もそんな言葉は聞いたことはない。

「どのような意味ですか?」

「あのね、“大切な人”のことなんです! 大切な人がいたら、その人に“あいらぶゆー”って言うんですよ。言われた人も言った人のことが大切だったら、“あいらぶゆー、とうー”です!」

「へえ……知りませんでした。綺麗な響きですし、意味も素晴らしいですね。」

ふふ、と菊が微笑むと、は「……えへへ。」と照れたように笑った。

「あのね、菊にぃに。」

「はい。」

「……あいらぶゆー、です。」

家族を失った自分を救い、育ててくれた。一緒にいてくれた。新しい家族になってくれた。

にとっての一番の“あいらぶゆー”は菊以外にはいない。

そしてそんなを娘とも妹とも感じている菊も、当然同じ気持ちなわけで。

一瞬驚いた後、少し赤い、とても優しい笑顔で返事を返した。

「あいらぶゆー、とぅー。ですよ、。」


学校の“成人の集い”という行事で"I LOVE YOU"を昔の人は“大切な人”と訳した――という話を聞いた途端すぐさま夢妄想。そしてこの話が出来上がった。

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