「、お茶はいったよ。」
「すみません、湾ちゃん。」
「なあ、何があったんだぜ…?」
「………菊にぃにの国内外の状況は、もうどうしようもないのです。」
湾やヨンスとて菊の状況を知らないわけではない。二人はが何を言っているのか、瞬時に理解した。
ある上司は強硬論を唱え、別の上司は打開策を練る。国民世論は戦うべしと叫ぶ。
まとまらないまま喧嘩が始まり、それはそのまま長引き、西にも北にも東にも脅威がある。
「菊にぃには…悲しんでいます。」
喧嘩の相手は実際に戦う国民同士は面識のない敵で、殺されるか殺すかの関係でしかないけれど。
「国を守るための戦いの、その相手がかつて慕い、仲良くした
国民の感情、意見が分かれる上司たち、そして――自分自身の葛藤。
菊の中にある“人間と同じ喜怒哀楽、人間と同じ感情”が、国としてではなく“ひと”として悲しい、苦しいと叫ぶ。
だけどこんなままでは“国”は守れなくて、自分は“ひと”ではなく国なのだと言い聞かせ、苦しみ悲しみ過去の思い出一切合財を閉じ込める。
そうまでして連日連夜上司とともに国を守る策を練っても、現実は残酷なほど速く動く。
そうした菊の苦しみは、にも痛いほど伝わる。
「私……色々な人に言われました。妹なんだから日本さんを支えてあげなさいって。私だって支えてあげたい、助けたいんです。今までの恩だって返したい! でも!!」
感情の高ぶりとともにの口調は強くなる。自分を責めるかのように。
「私にいったい何が出来るんですか!!」
友好関係にあったころの平穏な思い出も消せない、戦わずして国を守る策も、
絶対誰も死なず悲しまず国体も失わず終えられる戦い方も、何も知らない。何も出来ない。
――挙句の果てに自分までがあの人に心配をかけるなんて、もはや負担にしかなっていない――
「毎日一緒にいるのに…ずっと守ってもらったのに……。」
――あの日家族になってから彼がくれたたくさんのもの、私は何一つ返せない。
知っている、それは私が国じゃないから。人間でもないから。
「何の力もない、ただのちっぽけな妖怪でしかないから……。」
助けられない、守れない、一緒にいても何の役にも立てない存在が私なのだったら。
―――コンナ“妹”イラナイ―――
「もう…妹なんて嫌です………!!」
自分は菊の重荷にしかなっていないと泣き叫ぶにかける言葉が見つからず、湾とヨンスはただひたすら側にいた。
安心できるようにと手を握り、背中をさすり、抱きしめた。
「……ごめんなさい。」
ようやくがふたたび落ち着きを取り戻した時には、太陽が真上近くまで昇っていた。
「謝ることないよー。それだけが日本のにーにを大事に思ってるってコトよ。」
「日本も日本人もまじめすぎるんだぜ。だっておんなじだぜ、今日は少しゆっくりするといいんだぜ。俺も湾も側にいるから、愚痴聞きでも家事でもなんでもやるんだぜ。」
二人の温かい言葉が、絶望の淵にいるを少しだけ癒す。
「そうそう、お昼ごはん食べよーよ! 今日は特別に私が腕をふるうよ! 」
「ありがとうございます。湾ちゃんのご飯、おいしいから楽しみです。」
「よし、高速で作るよ! 韓ちゃんも手伝うのヨ!」
話を聞いてもらったことで、思い切り泣けたことで、は悲しみや苦しみから少し解放されたような気がした。
(菊にぃにも……悲しいこと苦しいことを吐き出してしまえたらいいのですが……。)
「あ。日本のにーに、お帰りなさいー。」
「ただいま戻りました、台湾さん。」
「腹減ってるんだぜ? 今日の夕飯は俺特製の野菜多目ビビンバなんだぜ!」
「ああ、では少しいただきましょうか……。」
ヨンスはかまどに火をつけ、菊の分の夕飯を温めなおす。湾も隣で手伝う。
はというと、奥でぽちくんに餌をやっていた。
部屋に菊が入ってきたことに気が付くと、顔を上げて微笑む。
「お帰りなさい、菊にぃに。お疲れ様です。」
「ただいま帰りました、。それにぽちくん。」
すでに着物に着替え、食事を待つ菊と引き続き餌をやる。少しの沈黙。
――先にそれを破ったのは、菊。
「……もう無理そうです。とうとう、恐れていた事態が起こってしまいました。」
何が無理で、何が起こっていたのかはあえて聞かない。
聞かなくても、“開戦”の二文字はすぐに思いついた。
「……そう、ですか。」
この小さな島国で、他国によって資源の供給を止められたらどうなるか。―――死。
これが最善でなくてももはや他に有効な選択肢はないのだと、菊も上司も思い知ってしまった。
「?」
はそっと、菊の手をとった。
「温かいです、菊にぃにの手。私を家族にしてくれたあの時と同じです。」
この手が、この人が、この国が、温かさを失うようなことがあってはならない。
「菊にぃにも、温かい
「………。」
「ここでアルさん達の要求に屈し続けてしまったらそのうち“俺の家に来い!”なんて言い出されてしまいますもんね。有色人種は白人さんの召使ではない! って、しっかり教えてあげなくては。」
「…………そう、ですね。東亜の秩序を守れるのは、今のところ私だけですから。」
「日本ー! 俺だって忘れちゃ困るんだぜ! 俺も一緒に戦ってやるんだぜ!」
「韓ちゃんズルイよー! 日本のにーに、私だって戦えるよ!!」
―――菊にぃに達のこの決断は、やがて始まる戦いは、世界にどんな影響を及ぼすのでしょう。
すぐに負けるのか、持ちこたえるのか、もしかして勝ってしまうのか、それは私には分からないのです。
ですが、何か行動を起こさないとどう考えても負けしかないのであれば、行動を起こしたい、守るために。
守りたい――国民の皆さんを、これからやってくる幸せな未来を、菊にぃにの全てを。
何も出来ない、ちっぽけな私でも、菊にぃにの悲しいことや苦しいことを受け止めるくらいは出来るかもしれません。
もう泣かないで、何があっても側にいる。菊にぃにを信じて、ずっとついていく。
家族としての私が唯一出来ることを、私は精一杯その役割をこなします―――。
補足:その後。最後の誓いどおり戦いが終わった後もは弱った菊さんを側で支え続けます。
「今は苦しくても、裏切られ続けても、きっといつか菊にぃにの正義が皆さんに分かってもらえます。」と。