「どうせならもう少し遅くに来れたらよかった。」

「え……どうしてですか?」


さくらさくら


3月もほとんど終わろうとしているある日、トーリスは仕事で上司と共に日本へやって来た。

「どうしてって、桜が咲くにはまだ早いだろう。」

親日が多いトーリスの家でこの上司も例外ではなく、日本で桜並木の中を歩くのは長年の夢らしい。

そして今回は日本の他韓国やアメリカにも行かなければならないので、長く滞日は出来ない。

「この時期は毎年忙しいですが……また来年に期待しましょうよ。」

内心残念なのはトーリスも同じだったがそうこうしてる間に着陸態勢に入ったため、慌ててシートベルトの確認をした。


「リトアニアさん、ようこそいらっしゃいました。」

「トーくん、お久しぶりです! 長旅お疲れ様でした。」

「日本さん、ちゃん。こんにちは。」

空港での出迎えにはもついて来ていた。上司同士は少し向こうで同じように話している。

「リトアニアさん達、今回はいい時期に来られましたね。」

「え?」

「ちょうど東京の桜が見頃ですよ。」

菊からの知らせに隣のも頷く。

「日本さん、それって本当かい!?」

上司同士話していたはずだが、トーリスより速く彼の上司が返事をした。

「ええ、今年は例年より暖かいですから。少し遠回りになりますが、桜並木を通るよう運転手に言いましょうか?」

「いや、むしろ歩きたい!」

「はい!」

上司もトーリスも子供のように目を輝かせる。

その眼差しに負けた菊や上司は空港の近くを少し散歩していくことにした。


「Ah……これは本当、何と言えばいいのか……感激だよ! ここまで綺麗だったなんて!」

「お気に召して頂けて光栄です。」

トーリスも彼の上司も、眼前に広がる桃色の景色にすっかり目も心も奪われている。

「ふふ、トーくんも上司さまもなんだか可愛らしいです。」

彼らの様子をずっと見ていたが笑いながら言うと、トーリスが顔を赤らめた。

「ご、ごめん。いい年してはしゃぎすぎだね、俺。恥ずかしい……。」

「いえいえそんな、私は嬉しいですよ。桜は菊にぃに自慢の花です。それを好きになってくれるのは、皆さんに菊にぃにそのものが好かれている感じがするのです。」

「そっか、そういや桜は国花だったね。日本さんにぴったり。」

トーリスの言葉に、は一層嬉しそうな顔になった。まるで自分が褒められたかのように。

「そうだ、桜のおまじないってご存知ですか?」

「おまじない?」

「はい! 花びらが地面に落ちるまえに3枚キャッチ出来たら、お願いが叶うそうなのです。」

「へえー、なんか可愛いね。簡単そうだし、せっかくだからやってみよ…あれ?」

目の前にひらひら落ちてきた花びらはトーリスがつかもうとした指をすり抜け、そのまま地面へ落ちた。

「あはは、意外と難しいんですよ。まっすぐ落ちるわけじゃないですから。」

「本当だね…ほっ。」

無意識の内に掛け声が出るが、やはりつかめない。

「指でなく手の平を使うといいです。こう…蚊を叩くみたいに。」

「なるほど。」

例えで若干可愛らしさが薄れた気はするが、確かに大分捕まえやすくはなった。

慣れてきたこともあってか順調につかまえられるようになり、そして――


「えいっ…やった、3枚キャッチ出来た。」

「おめでとうございます。トーくん頑張りましたから、きっとお願い叶いますよ!」

「お願い……かあ。」

自殺率とか国際関係だとか、願いたいことはたくさんある。

だけどそれらは願うよりも自分が頑張らなければいけない。

それよりも―――

「またこんなふうに、過ごせたらいいな。」

美しい風景の中、一瞬仕事で来ていることを忘れ、子供のように無邪気に楽しんだ。

たまにはそんな日があってもいいだろう。

「? 何て言ったのですか?」

ぽつりとつぶやいたささやかな願い事は、隣のまでは届かなかったらしい。

「………内緒。だって願い事って、人に話さないほうがかなうんだよね? 確か。」

「ああ、そうですね。じゃあ聞かないでおきます。」

叶うといいですね。

そう付け加えた彼女の優しい笑顔は、トーリスには桜の化身のように見えた。

「…うん。」

願い事をこっそり心の中で付け足してから、トーリスは三枚の花びらを手のひらから風に乗せた。

―――できればまた、君と一緒に。



桜を見てわくわくてかてかする外人さんって可愛いよね。生で見たことないけど。

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