「うおーい、日本いるかー?」
聞き覚えのある声に、家の中にいた人物はぱたぱたと玄関へ向かった。
「おう、嬢ちゃんじゃねえか。」
「サディクさん、こんにちは。菊にぃにはついさっき出かけてしまったばかりなのです……夕方には戻ると言っていたのでお時間ありましたら中で待っていてください。」
「そうか……まーしょうがないってこった、アポ無しで来ちまったからな。それじゃ上がらせてもらうぜ。」
「はい、どうぞどうぞ。」
はいつもの日本茶やコーヒーではなくミルクココアを振る舞った。
「サディクさん、甘いのお好きでしたよね?」
「おう、気ィきくなぁ。ありがとよ。」
砂糖をたっぷり入れたそれは他人なら絶対甘すぎて吹くだろうが、サディクの口には合ったらしい。
「ほ〜、美味ぇなぁ。おおそうだ、今日は日本と嬢ちゃんに土産持ってきたぜぃ。」
サディクはそういうと、かばんの中から長方形のビニール袋を出した。
「大したモンじゃねえが、受け取ってくれぃ。」
「わあ、わざわざありがとうございます。」
「おうよ、開けてみてくれや。気に入るかどうかは分かんねえが………。」
袋の口に貼られているテープを外すと、まず白い布が見えた。
(洋服……?)
綺麗に畳まれたそれの片方を、そっと袋から出して広げる。
「……わあ!」
半袖の白いTシャツに堂々と“トルコ”の文字。
「これは……噂のトルコTシャツ! メイドイントルコなのにカタカナで“トルコ”! 親日国ならではの素敵なTシャツです……!」
「おう、気に入ってもらえてよかったぜ。持ってきた甲斐があるってもんだ!」
「着てみてもいいですか?」
「おうよ。」
が今着ているのはロゴマークの入ったぴったりサイズの長袖Tシャツ。
トルコTシャツは大きめサイズなため、服を脱がなくても着ることが出来た。
「おう、よく似合うぞ!」
「本当ですか? 嬉しいです。」
……とサディクは盛り上がっていたため、気付かなかった。
「トルコ死ねトルコ死ねトルコ死ね。」
庭にいつの間にかヘラクレスがいて、黒いオーラをまとっていることに。
「何でと二人きりなんだこのスケベオヤジ。」
「ああん!? そんなのオメーに関係ねぇだろ、つーか誰がスケベだ!」
「あ、あのお二人とも落ち着いて……。」
「………………!?」
ヘラクレスはいつものなんとなく眠そうな目を見開いて、が着ているTシャツを凝視している。
「ダメ、……こんなの着るのはよくない……。」
「ええと、でもせっかく頂いたので……」
「いただいた……トルコに?」
ヘラクレスはキッとサディクを睨みつけ、サディクも負けじと仮面の下から睨み返す。
「……トルコには負けない。俺も、プレゼント持ってきた………。」
「へっ。」
「これ、あげる……。」
と言って、ヘラクレスは自分が抱っこしている猫――のぬいぐるみを差し出した。
「これぬいぐるみだったんですね。ありがとうございます。」
首に水色のリボンをつけた、白い猫。
「“ヘラクレス”って名前つけたから……俺だと思って大事にして……。」
「重てえだろ、そのプレゼント!」
「重たくない、小さいから軽い……。」
「そっちの“重たい”じゃねえってんだよ、このスットコドッコイ!」
「お、落ち着いてください! 私Tシャツもぬいぐるみも大事にしますから……ね?」
何とか二人を止めないと、万が一どちらかが手を出したら最後、家が壊れる。
「…………。」
の説得に二人の喧嘩は一時ストップしたが。
「なんか、それはそれで嫌……。」
「それはこっちの台詞でい、ばーろーめ! おい嬢ちゃん、そんな猫よりもTシャツの方が気に入っただろ!?」
「いや、こんなダサいTシャツより俺のあげたヘラクレスの方がいい、はず。」
「ダサいだと!? 嬢ちゃんがどんなに喜んでいたかお前ぇ知らねえな!?」
「それは…と、トルコの妄想!」
「……も〜っ! お二人ともそれ以上喧嘩を続けるなら帰っていただきますよ!」
とうとうが怒り、ようやく二人はしぶしぶ静まった。
(気まずい……。)
を挟んでサディクとヘラクレス、この構図は菊もかつて経験していたがなかなか辛いものがある。
(ここは何とか菊にぃにのように場を和ませないと……。)
「あ、あの。そろそろお昼ですね。何か食べたいものはありますか?」
「昼飯……。」
そういえば、と時計を見て自分達の腹が減っていることにも気が付いた。
「カレー。」
しかし、その声を発したのは二人のどちらでもなかった。
「……ってグプタさん。どうもこんにちは。」
「ちょっと待てぃ、お前ぇいつの間に入って来やがった!?」
「け……気配がなかった……!」
サディクやヘラクレスのツッコミは無視し、グプタはいつもの無表情でちゃっかりと輪に加わる。
「カレーですか……いいですね、材料もありますし。」
グプタはやはり無表情で――さっきまでと比べると少し、ほんの少し嬉しそうな表情で頷いた。
「用意して来ますので、待っていてください。サディクさんにヘラさん、喧嘩しちゃ駄目ですよ。」
「う…………。」
冷静になって考えてみたら、自分達のさっきまでの喧嘩はに迷惑をかけただけ。
サディクもヘラクレスもそのことに気付いたため、今度こそ静かになった。
「待って。」
「はい?」
台所へ行こうとするをグプタは呼び止める。
「先に用事済ます。これ。」
そう言って彼はどこからか古めかしい壷を出した。
「この壷、母さんの時代から伝わる技術で作られた貴重な物。」
「へえー、すごいですね! これが古代エジプト文明ですか……。」
何千、何万年レベルの伝統と歴史がその壷には凝縮されているようで、はうっとりと見とれる。
「これ、本当は物凄く高い。でも、お前には特別に無料で譲る。」
「え……え!? そんな、申し訳ないですよ。こんな貴重なものを……。」
は断ろうとするが、グプタは首を横に振って壷を差し出す。
「お前は特別な人だから。」
「え。」
さらっと凄い台詞を言ってのけたグプタを、先程から忘れられている二人が放っておくはずはなく。
「おいこら、エジプト! お前ぇ何嬢ちゃんを誘惑してやがんでぃ!」
「抜け駆け……ずるい。」
二人の抗議は聞きたくないのか、グプタは耳を塞いだ。
「気に入ったか?」
「はい、すごく! ありがとうございます、大事に飾りますね。」
「うん。」
古い壷がTシャツやぬいぐるみより気に入ったのか、本当は高いというお得感からか。
それとも、“特別な人”攻撃が効いたのか。
昼食のカレーはグプタの分が一番多く入れられていて、サディクとヘラクレスはいいところを取られた気分でいっぱいだったとか。
グプタさん、なんていいとこ取りが似合うんだ……。