「ああ、くっそう。あのアジアめ……。」
ギルベルトはリビングの床に居座っているパンダを見て、悪態をついた。
パンダといってももちろん本物ではない。
先ほど中国と香港が相次いで訪れ、パンダのぬいぐるみをひとつずつ売りつけたのだ。
「これで本当に幸せになれるなら安いけどよー、あれ嘘だよな、絶対……。」
嘘だと分かっていながら、なぜ買ってしまったのか。
ギルベルトが大きなため息をついた瞬間、ピンポンが鳴った。
「ったく、どこのどいつだ? 俺様がナイーブな時に……。」
ぶつぶつ言いながらガチャッとドアを開けたら。
「あ。こんにちは、ギルさん。」
「……よう、じゃねえか!」
仏頂面が一瞬にして笑顔になった。
「どうした、俺に用事か?」
「あ、ええと、ルートさんはいますか?」
ギルベルトの口元からにやにやが消えた。
「ヴェストならイタリアちゃんとこに行ってるぞ。」
(ヴェストめ……何でがお前に会いに来るんだよ。)
ギルベルトは心の中で弟を呪った。
(見てろよ……今晩お前が寝た後、顔に笑える落書きしてやる!)
「お留守なのですか……あ、ではこれを渡していただけますか?」
ギルベルトはすわ弟へのプレゼントかと身構えたが。
「昨日菊にぃにのところへ来た時に忘れて帰っちゃったんです、ルートさん。大事な書類っぽいので、早く届けないとって思って……。」
「忘れ物………。」
ギルベルトは心底ほっとし、すぐにいつものにやにや笑顔に戻った。
(そーだよな、この俺様がヴェスト如きに負けるわけ無えっての! ははははは!)
「分かった、渡しといてやるよ。」
「助かります、お願いしますね。じゃあ、私これで。」
「っておい、もう帰んのかよ。」
ぺこっとお辞儀をしたをギルベルトは引き止める。
「せっかく来たんだし、茶ぐらい飲んでいけよ。」
(こんな千載一遇のチャンス、逃す俺様じゃねえな。)
「ちょうどこの間上手い菓子を(ヴェストが)買ってきたんだ。」
が梅干しと甘いものに目がないことは、何故か世界の常識となっている。
「わあ、お菓子ですか?」
案の定、食い付いた。
「お邪魔しまーす!」
「おう、入れ入れ。」
(やったぜ俺! と初めての2人っきり、成功!)
ギルベルトは小さくガッツポーズをし、さっきの呪いはどこへやら、弟に感謝をした。
「わあ、可愛いパンダさんです! ……あ、“香”って書いてある。香君のですか?」
「ああ、それか……。」
紅茶を淹れながらギルベルトはいい事を思い付いた。
(俺がアジア共に騙されたことをチクって、奴らの株を落とすってどうよ? 俺、天才じゃね?)
「そのパンダな、さっき中国と香港が無理やり売りつけていったんだよ。酷いんだぜ、“幸せになれるパンダ”なんて嘘までついてよー。」
「幸せになれるパンダ……? わあ、素敵です!」
――あれ?
の反応はギルベルトの予想とは大分離れていた。
「いや、それは奴らの嘘……。」
パンダをぎゅっとしているを可愛いと思いつつパンダに嫉妬しながら、ギルベルトは言うが。
「そんな、耀にぃにと香君は嘘なんかつかないですよ。」
と、きっぱりはっきり言われた。
――そりゃ、相手にくだらん嘘つく奴はいないだろうよ。
作戦失敗にがっくりしつつ、ギルベルトは菓子の準備を再開した。
「わあ、すっごくおいしいです、このお菓子!」
「おう、そうだろ! (ヴェストが)買っておいて正解だったぜ!」
はははは、とギルベルトは笑った。
「ありがとうございます、ご馳走してもらっちゃって。」
「何の何の、お安いご用だぜ!」
「あ……そうだ。素敵な事を思い付きました! ギルさんにとっての“幸せ”って何ですか?」
「へ? 幸せ? そうだな……。綺麗な女をはべらすとか……超金持ちとか……世界全部俺様の国土とか……上手い飯たらふく食うとか……。」
思わず本音が出まくっているギルベルト。
他の国が聞いたら間違いなく殴られるが、はふんふん、と真剣に聞いている。
「最後のならなんとか出来そうです! 台所を借りてもいいですか?」
「へ?」
「ルートさんは遅くなるんでしょう? お菓子のお礼に、晩ご飯をお作りいたします!」
「えええ!?」
まさかの申し出に、ギルベルトはソファーから思い切り立ち上がった。
「あ、ご迷惑だったらよしときますね。」
「いやそんな、何でも自由に使ってくれ!」
「分かりました! 頑張りますね!」
そう言っては台所へ向かい、ギルベルトはが「出来上がるまでのお楽しみ」と言ったため、自室へ行った。
「ギルさーん、準備出来ましたー!」
「おう!」
時間的にも腹のすき具合的にも丁度いい。
なんか新婚みたいじゃね? とにやにやしながらギルベルトはダイニングへ行った。
「お待たせしました!」
「うわ、すげえ美味そう!」
テーブルにはの最も得意な日本食や中華の他、ギルベルトが食べ慣れているヨーロッパの料理も並んでいる。
「すげえな、こんな作れるんだ……。」
素直に感心したら、はえへへ、と照れたように笑った。
「どうぞ、冷めないうちに食べて下さい!」
「おう、そうだな! いっただっきまーす!」
美味しすぎる食事と楽しい会話、そしての愛らしい笑顔にギルベルトはすっかり満足した。
「今日はありがとうな、。久しぶりにすっげえ楽しかった。」
日本に帰るを途中まで送りがてら、礼を言う。
「ギルさん、今日は幸せでしたか?」
「……ああ。」
美味しい食事よりも何よりもと一緒に過ごせた事で、ギルベルトは幸せいっぱいだった。
「よかったです。幸せパンダさんの効き目はばっちりでしたね!」
ギルベルトはその言葉を聞いて、パンダの事を思い出した。
「ね? 嘘じゃなかったでしょう?」
――かなわねえな、には。
「……ああ、本当だったぜ!」
後日―――
「よう、中国。」
「あいやー、プロイセン。どしたあるか?」
「この間はパンダ売ってくれてありがとうよ。あれのおかげでが……。」
、と聞いて中国の眼の色と顔色が変わった。
「なっ……がどうしたあるか!?」
「おっと、こっから先は言えねえ。2人の秘密にするって約束したかんな!」
はっはっはっはっはー!とギルベルトは高笑いをし、去っていった。
「ま、待つある! ちょ、パンダ返せあるー!!」
何故か“ギルベルト”じゃなくて“ギルバート”だと勘違いしてて、最初全部そう打ったwww