子供時代――。
それはどんな人間…否、どんな生き物にもかつてあった時期。
そう、国にも妖怪にも子供時代は存在する。
「……それで、菊にぃにが家族になって面倒を見てくれたのです。」
「おめも色々あったんだべな。」
「が妖怪って知った時は驚いたけど、そんな事情があったんだね。」
は今、北欧のアイスの家に遊びに来ている。
ちなみにノルまでここにいる理由は、そのことを妖精を使って知った彼が“二人っきりにさせるのは良くないっぺ”と無理矢理理由をつけてやって来たからだ。
が土産に持ってきた和菓子と抹茶を楽しみつつ三人でまったりと話に花を咲かせる中、アイスが
「はどういういきさつで日本さんの義妹になったの?」と尋ねた。
ノルもその話題に興味を持ったので、は二人に子供時代の話をしていたのだ。
「小さい頃のか……見てみでえな。」
ノルがぽそっと呟いた。
彼が初めてに会った時には彼女はすでに今とほとんど変わらない見た目だったので、小さい頃の姿は想像するしかない。
「……そうだ、俺にはあれがあっだど。」
「ノルさん?」
「…何か嫌な予感。」
ぽん、と手を打ったノルからは何やら不穏なオーラが出ている。アイスはそんな彼の様子を何度か見ているが、大抵ロクなことをしない。
「通販で買ったこのステッキで!」
ノルはズボンのポケットから折りたたみ式の棒を出した――先端に、星がついている。
ノルがその棒を伸ばすと、あっという間にどこかで見たようなステッキになった。
「ノーレ、それー!! 、逃げて!」
ステッキの効果を知っているアイスは青ざめ、を逃がそうとしたが。
「ほあだーっ。」
ノルがやや訛った呪文を唱える方が早く、先端の星から出た魔法はに当たった。
「ひゃあ!」
「!」
もくもくと煙があがり、の姿がみるみる小さくなっていく。
「……う〜……菊にぃに、煙たいのです〜……。」
煙が晴れはじめた時には、は見た目五、六歳程度の幼女になっていた。
「ノーレ!! どうすんのコレ、日本やみんなにどう説明する気だよ!」
「心配ねえ、取説には数時間で戻るって書いてあるべ。」
「そういう問題じゃなくてさ……。」
「菊にぃに……? 菊にぃにどこですか? ここどこですか?」
小さくなったは周りの状況に気付き、菊が見えないと分かって一気に不安げな顔になる。
「あ…あのさ。」
アイスは何とかを安心させようと思うが、はっと気付いた。
確か、が小さい頃の菊は西洋との付き合いがほとんど無かったはず。
日本人の瞳や髪の色とは掛け離れている自分のそれを見て、はますます怯えるのではないだろうか?
だが、アイスやノルの顔をじっと見たの反応は、アイスの予想とは違っていた。
「お兄さんたち……ひょっとしてわたしと同じですか? 同じ……妖怪ですか?」
「妖…怪?」
確かには妖怪だが、なぜ自分達が同じだと思ったのか。アイスは首を傾げる。
「だって、髪の色や目の色がへんてこです。人間は黒ですから。」
(そういう事か……。)
とりあえず怯えられていないのはよかったが、へんてこと言われた事で若干アイスは傷ついた。
ノルは少しばかり何かを考えていたが、すぐに口を開いた。
「そだ、俺らもおめと同じだっぺ。」
「……ちょ、何言ってんの!? 意味分かんないんだけ…むぐ。」
ノルはアイスの口を軽く塞ぎ、自分の口に人差し指を当ててから囁く。
「アイス、俺らが国とか言っでもを混乱させるだげだ。話を合わせるのが一番だべ。」
「だからって……。」
「菊……日本は急な仕事が入ってしまったから、おめは帰ってくるまで俺らと留守番だ。ええ子だがら待でるよな。」
「はい!」
素直に返事をする、それを見て満足そうに頷くノル。アイスも諦めて話を合わせるしかなくなった。
「ったく…僕知らないからね。」
「、これ着てみっが。」
珍しくうきうきしながら物置部屋へと行ったノルが、やはりうきうきしながら戻ってきた。
「のるさん、それ何ですか?」
ノルが持って来たのはフリルやリボンを至るところに使っている小さい子用のワンピース。
「ああ、見だ事ねえか。これは普段おめが着とるのと違う方法で作られた着物だ。」
「その説明で間違っちゃいないけどさ……ていうか、どうしてうちにそんな服があるの?」
「アイスに昔着せどった。」
「は!?」
「あいすさんの服だったのですか?」
「違うし! 僕そんなの知らない!」
「似あっとったど。」
怒りと恥ずかしさでアイスは顔を真っ赤に染めるが、ノルは冷静……というよりアイスの様子を楽しんでいる。
「信じられない、意味わかんない!」
「なんで怒ってるのですか?」
「だってコレ女物じゃない!」
アイスの剣幕には驚く。
「ほめられたのに怒るの、変です。わたしは菊にぃににほめられたらうれしいです。」
「いや、ノーレは純粋に褒めてるんじゃなくてさ……。」
からかっているだけだ、と言おうとしたが。
まっすぐな眼をしているを見るとなぜだか説明するのが面倒くさくなり、やめた。
「私お着替えしてきます!」
何だかんだではその服を気に入ったらしく、隣の部屋へ向かうため席を立った。
「一人で着替えられるのけ? 手伝わんでいいけ?」
「大丈夫なのです。子供とはいえ殿方に肌をさらすわけにはいきません。」
ノルの提案をさらりとかわしたはそのまま部屋を出て行った。
「おー、しっかりしたお嬢さんだべ。さすが大和撫子。」
「……ノーレ、僕さっきの発言が引っ掛かったんだけど。」
手伝わんでいいけ? と尋ねた時のノルの顔が若干ニヤニヤしていた事に、出来れば気付きたくなかった。
「気にすんな。」
「きがえられましたー。」
ほどなくして、ワンピースに身を包んだが戻ってきた。
「おお、よう似合っとるど。めんげーなあ。ほら、こっちゃ来。お兄様が抱っこしてやんべ。」
その可愛らしさにノルはすっかりメロメロになり、に向かって両手を伸ばす。
「アホみたい……。」
その様子をアイスは呆れ顔で眺め、呟いた。
「何だ、アイス。おめも抱っこしたいのけ?」
「いらない。」
「まあ、そう言うでね。ほれ。」
ノルは半ば強引にアイスの手を出させ、を渡した。こうすると、もう落とさないよう抱っこするしかなくなる。
「わっ…ちょ……もう!」
アイスは文句を言いかけながらも、の背中と膝裏に自分の腕を回し抱えた。も若干不安なのか、落ちないようにアイスの首に腕を回す。
(軽い………。)
このと同じくらいの身長の自国の子供を抱き抱えたことはあるが、こんなに軽かっただろうか。
「……ちゃんとご飯食べてる? 軽すぎるよ、お前。」
何故こんな言葉が出たのか。自分は“将来のの元気な姿”を知っているから、“このの体が軽くても”心配いらないと分かっているのに。
「食べていますよ。菊にぃにのごはんはおいしいのです。」
「そう。なら良いけど。」
「アイス、心配すんな。和食はカロリー低いっておめも知っどるだろ。」
「べっ………別に心配なんかしてないし!」
自覚していない図星を付かれ、アイスはうろたえる。
「そうけ、ところで写真撮っとかんけ?」
ノルはそんなアイスの焦りを全く意に介さず、ポケットからデジカメを取り出した。
「今日の記念だべ。」
「もう好きにして……。」
「のるさん、それは何ですか?」
「これか? これはな……思い出を絵に出来る道具だべ。」
「思い出を……絵に?」
ノルは現代の機械を全く知らないこのにカメラをどう説明しようか考えたが、結局抽象的すぎて彼女にはよく分からなかった。
………が、が理解出来たか否かはノルにとって大きな問題ではない。
「まあ、ええ。とりあえず撮るど。」
ノルは手近なテーブルにデジカメを置くと、を抱っこしたままのアイスを向かいの壁際に立たせ、カメラの位置を調節し、ボタンを押した。
「10秒だべ、アイス。」
シャッターがおりるまで10秒。アイスはすぐに理解出来たが、当然は分からない。
「あいすさん、10秒って何ですか?」
「10秒たったらあの道具から光が出るから、それまでにこーってあっち向いて笑ってればいいの。」
「はい!」
言われたとおり、はカメラに向かって精一杯にこーっと笑顔を向ける。
「馬鹿みたいに素直だよね。」
「おめもこんなんだったべ。」
「もうその話はいいよ……。」
写真を撮った直後、魔法の力は切れてももとの大きさに戻った。小さくなっていた数時間の記憶をすっかり忘れた状態で。
この日の思い出と貴重な写真は、世界でノルとアイスだけの秘密。