――学校近くの駅に着いた時に、改札から一番遠いこの車両。
それでも私は、毎日この車両に乗るのです。
電車が大陸中央駅へ着いた時、彼女――本田の胸は自然と高鳴る。
今日も一番後ろの車両、いつもの扉から“その人”は乗って来る。
――ああ、今日も会えました。
ひっそりと彼を見つめられる至福の時間は大陸中央駅から大陸北駅までの僅か5分。
は大陸北駅近くの亜細亜学園、彼はそこから二駅先の名門・北欧高校の生徒。
内気な彼女は声をかけるなど考えもせず、10メートルの距離で見つめられる事に今日も幸せを感じていた。
「!」
「ちゃん、おはよーございます!」
「香港君、侑莉ちゃん。お早うございます。」
改札口を出たところで、バス通学組の友人達と落ち合う。二人ともアジアの一地域で、と同じ亜細亜学園の普通科に通う。
「ちゃん、今日もあの人と会えたんですね!!」
「はい。今日も麗しいお姿でした……。」
「ニヤニヤし過ぎだろ、ちょいキモい的な。」
学園までの道のりでの話のネタは家族のことやテストのこと、そして最近の旬はの“本日のあの人”。
「そんなに好きなら話しかければいいんじゃね? 半年以上見続けるとか、ちょっと有り得ねー的な。」
「もう、香港君は乙女ゴコロを分かってないですね! そんなんじゃモテませんよーだ。」
「お前に言われたくない的な。」
「話しかけるなんて無理ですよ……。」
は赤い顔のまま表情を曇らせ俯いた。
「私など亜細亜学園の普通科にしか入れないしがない田舎娘ですし、性格も外見も地味ですし。」
透き通るような髪の毛に、ふわふわ浮かぶキュートなくるん。
背も高く顔も格好よく、さらに着ている制服は名門校のもの。
彼と自分の差を意識すれば、元々持たない勇気が更に無くなるのも仕方ない。
せめて亜細亜学園の特進コースに在籍する兄・本田菊のようになにか秀でるものがあれば自信もつこうが……。
「私、今のままで幸せですよ。」
心と言葉の矛盾を隠すように、は笑顔を作った。
「アイス、携帯の電源切れ。ここは電源オフ車両やど。」
「分かってるよ。うっさいな、ノルは。」
――ノル、さん。
同じ北欧高校の制服を着た弟らしき人物と一緒に“あの人”が乗ってきた日、初めて名前を知った。
「なんつー口のきき方だ、お兄ちゃんに向かって。」
弟かも、という予想は当たっていた。
――名前はノルさん。同じ学校に弟さんがいらっしゃるということは二年生か三年生。
少しだが相手を知ることが出来、自然と頬が緩む。
どんなに些細なことでも、彼のことなら何だって自分の心の宝物。
もっと何か彼のことを聞きたい、話を聞きたいと、は無意識に耳を澄ます。
「ああ、そだ。今日俺委員会あるがら、鍵持って帰れ。」
――委員会に入っていらっしゃる。
「じゃあ晩御飯作っとくね。何がいいの?」
「……鯨。」
――鯨がお好き。
「あ、後“稲妻セブン”録画しどっでぐれ。」
――そのアニメ、私も見てます!
その朝は、いつもよりもっと幸せな気分だった。
「、今日は一日ご機嫌でしたね。何かありましたか?」
「ええ。ですが兄上には内緒です。」
「おやおや。」
部活をやっている兄と委員会があったが、久しぶりに同じ時間に学校を出た。
「私、こんな遅い時間に帰るのは初めてです。」
「そうですね。この時間は電車も大分空いているので楽ではありますが。」
北東亜細亜駅行きの普通電車に乗り込む。
――あ。
一番最初に目に入ったのは、向かい側の扉付近にもたれ眠たそうにしているノルの姿。
予想外の幸運に、の鼓動がどくんと跳ね上がる。
「おや、ノルウェーさんではありませんか。」
「ん…おー、本田。久々だべな。」
――え、ちょっと待ってください兄上。
頭が混乱しかけ、状況がすぐには掴めなかった。二人がお互いの名前を呼んで挨拶を交わしたということはつまり。
「あああ兄上、お知り合いですか?」
「ええ、北欧高校のノルウェーさんです。二年前、私達が一年生の時に学校同士の交流行事がありまして、そこで知り合ったのですよ。」
「本田の妹か?」
「はい。私の家のとある地方の子で、と申します。」
の頭より高い位置で交わされる会話はほとんど耳に入ってこない。
見ているだけで幸せだった、話をするなど考えられなかったあの人が、すぐ目の前に。
顔が熱い。心臓がうるさい。挨拶しなければと思うのに、声が出ないどころかノルウェーの顔さえ見られない。
「?」
「具合でも悪いんでねえか?」
黙りこくったに二人が声をかける。
「………だ、だいじょぶ…です。申し訳ない………です。」
本当は、仲良く話せる間柄になったらきっともっと素敵だろうと思ってた。お友達になれたら、もっともっと幸せだろうと。
なのに、せっかくこんなに近くにいるのに、こんなことしか言えないなんて。
昨日の鬱気分は寝て起きても消えなくて、今日はいつもより一本早い電車に乗った。
いつもと違うの様子を香港や侑莉も心配してくるが、昨日の自分は情けなさ過ぎて二人にも話せない。
放課後になっても気分は晴れないまま、一人駅へ向かう。
「あ、お前昨日の。」
“彼の心を掴むトーク術”――そんな広告が目に入り思わず本屋の前で足を止めたら。
北欧高校の近くに本屋は無いため、通学定期で寄れるここは確かに寄り道しやすいだろう。
だがそんな予測をが立てられる筈はなく、やはり今日も思考回路がショート寸前に。
「どした?」
心配したのか怪訝に思ったのかノルウェーに顔を覗き込まれ、は失神寸前――その時。
「あの……ノルウェーさん、後ろに何か大きな…妖怪のようなものが。」
ノルウェーの後ろにぴったりくっついているその存在に気が付いた。
それが万人に認識されるものでは無いことが自分の家に妖怪伝説が多くあるには分かったが、ノルウェーは気付いているのだろうか。
「ああ、こいつか? 悪いモンじゃね、トロールっつー俺の友達だべしゃ。」
「お友達……し、失礼しました。」
「んにゃ、ええ。俺以外でコイツが見える奴は初めでだ。」
――今なら。
いつの間にか体調は持ち直していた。心臓は相変わらず煩いが。
「き、昨日は失礼しました。改めまして本田といいます。私の家には古くからの妖怪伝説が数多く残っていて、私もそういった存在がよく見えるんです。」
「なるほどな。俺はノルウェー。よろしぐな、。」
「……はい!」
の初恋、第一関門無事突破。
ガチな片思い夢初めてかもしれません。ちなみに執筆BGMは℃-uteの「EVERYDAY YEAH! 片思い」でした。マイナーだけど可愛くて大好きv